異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第三章 水の街

第96話 少女、されど異なるモノ

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 埋葬が済んだ後はビィビィを同伴して街へ戻った。
 一般区域は警戒が意外に薄く、水路を使わずとも見つかることなく歩けた。

 そして、真っ暗な道の先には、居候先の家が見えている。

「ほら、着いたぞ」

 やっとフィンチの家に帰れた……。

 まだ日は浅いのに久しぶりの感覚が芽生えている。
 婚前のパーティに行ったり、フィオーレの屋敷に行ったりと、今日は長く感じる一日だった。

 あれから別行動を取っていたテレサは、ロリっ娘に任せて先に戻っているはず。今頃はフィンチの家でぐっすり眠っている頃だろう。

 着いたら、事情を話そう。ビィビィの事も、奇妙なモンスターの失踪も。

「ぃっきし!」
「くしゃみしてる! 鼻くすぐったいの?」
「水に入ったから風邪引きそうになってんの。その様子だと何ともないみたいだな」
「うん、ビィビィ元気!」
「これでヘッチャラとは両生類みたいだな……」
「りょーせー?」
「なんでもない。さっさと行こうか」

 家に着いたら暖炉を使わせてもらおう。水路を通ったから服が濡れてもう寒いのなんの。

「……ん、んん?」

 フィンチの家の前に、変わった光景があった。
 暗がりの中にぽつんと浮く燐光。暖かみのある光に色付いているのは人だ。

 家の前に何者かが立っている。こんな遅い時刻に。
 ただ、見回りに来た騎士ではないのは確かだ。

「誰かいるよぉ」
「あれは……」

 光を手にしている人物……そこに立っていたのはテレサだ。

 蓄光の弱くなったソーラダイトを持ち、ドアに背を預けて静かに佇んでいる。その様はまさに待ち合わせの状況だ。

「……あ、シンジさん!」

 足音を聞きつけ、地面を見下ろしていた顔が上がる。
 やはり待っていたらしく、安堵を浮かべた。

「おかえりなさい。無事で良かったです」
「待ってたのか?」
「はい、心配でしたから……あの、これを預かっていたのですが」

 差し出した手には、ダガーがあった。
 レトが運び損ねた物が彼女の掌に添えられている。

「俺のっ!」

 良かったあ。これが無くて苦労したんだよなあ。

「持っていなかったので何か遭ったらと不安でしたが、大事ないようですね」
「あー……無くはないんだけどさ」
「どうかしましたか?」
「それが……ちょっと怪我してさあ。噛まれたんだよ」
「怪我ですか! 何があったんです? よく見たら服も濡れていますし、レトさんも様子がおかしいですよ?」
「色々あってな。早速なんだが、紹介したい子がいるんだ」
「え?」

 背中に隠れている存在しょうじょを、きょとんとしだしたテレサに明かす。

「ほら、ビィビィ」
「っ……」

 ずっと背後に立ち尽くすビィビィ。知らない、初めて顔を見た人間に少し怯えている。俺の服をきゅっと握ってばかりで、進展が見られない。

「大丈夫だぞ。テレサは怖くないから顔を見せてやりな」
「ほんと?」
「おうよ、信頼できる仲間だ。さ、挨拶しなよ」
「う、うん……」

 ビィビィは人見知りする子供そのもの。けれど勇気を出して姿を見せた。

「え、え? え……?」

 異形の少女にテレサは驚きを禁じ得ず、初めて見るマープルの特異な姿に目を奪われていた。

「いいか。こういう時は初めましてって言うんだぞ。その次は名前を言うんだ。ほら、言ってみな」
「は、はじめましてぇ。ビィビィだよ……」
「あ、は、はい、テレサです」

 緊張しながらの挨拶。それを聞き受けたテレサは流されるように自己紹介をする。ぎこちねえやり取りだ。

「あの、この子は……?」
「マープルだよ。昼に話してたろ」
「ま、マープルをですか?」
「偶然会っちゃってな。連れてきたんだ。話も積もってるから中に──」
「あ、やっぱり。話し声が聞こえると思ったら、戻ってきたのね」

 割って入る開閉音。緊張のあった空気が家主の陽気な声にかき乱される。
 開いた扉から顔を覗かせたのはフィンチだ。

「遅かったわねえ。夜遊びしていたの? テレサったら、ずっと貴方を待っていたのよ。あら?」

 何か変わったものを見つけたらしい。まあ、それは一人しかいないのだが。
 フィンチもまた、見え隠れしているビィビィに興味を向ける。

「そこに誰かいるの?」
「ま、まあ……」
「またお客さんを連れてきたの? 今夜は人が多──」

 失速し、途切れた。
 フィンチの足が縫い止められ、身体が石化の如く硬直する。まさしく危険なもの、、、、、と対峙する反応だ。

 ビィビィを見て、顔色が平常から恐怖に変わった。

「ひっ……!」

 怯え、後退る。ビィビィに対して。
 歯の根の合わない恐怖が滲み出ている。無理もないが、フィンチには恐ろしいものとして映ったようだ。

 ビィビィもびっくりして隠れる。良くない状況だ。

「おい、フィンチ……っ」
「う、後ろに……ば、バケモノ……!」

 口からそんな言葉すら出てくる。フィンチから見ればヒトじゃないのだから。

 しかし、ビィビィは化け物じゃない。難儀な特徴を持っているが、それは衝動に強制されているだけのこと。本当は純粋で優しい子なんだ。

 危険じゃないって説得しなくては……とにかく、この場を落ち着かせて事情を話さないと。

「落ち着けって! この子は怖くもなんともねえからっ!」
「え……?」
「怖くない。怖い子じゃないんだ。ほら、べったり付いてるだろ」

 安心しろ──とフィンチに、そして身を隠すビィビィにも言い聞かせる。

「どういうことなの? そこにいるのは何者なのよ?」
「ほら、この子がお前の言ってたマープルだよ。連れてきたんだ」
「マープル……ですって? それが?」

 まだ呑み込めず、されど自身が教えてくれた存在の名に引っかかったフィンチに、「そうだ」と頷き、

「とりあえずは……中で話をしよう」

 それだけ言うと、場は静まる。異論は出なかった。
 落ち着いた後は家に上がり、ビィビィを迎え入れた。

「大丈夫だ。怖くないからな。こいつらは俺の仲間だから。さっきのは気にしなくていいぞ」
「うん……」

 輪の中心、皆の前に立つビィビィと向かい合う。
 打ち解けて天真爛漫な一面を見せたはずのビィビィは、今は落ち着かず伏し目がちだ。
 複数の人とまともに相対しては緊張が解けそうになく説明するどころじゃなかった。

 よしよしと頭を撫でてあげる。すると、フィンチが沈黙を破った。

「この子がマープル……昨晩、貴方を襲った子なのね?」
「ああ。顔を見てるから合ってる。この子がマープルの正体だ」
「はあ……それがどうして貴方と一緒に居るのよ?」
「帰り道に偶然会ってな。そん時も襲われたけど、なんとか懐かせちゃった☆」
「懐かせちゃった、ではありませんよ。なんて無茶をするんですか」

 テヘペロに嘆息で応えるテレサ。自分でかましていおいてテレサに同感を覚えざるを得ない。

「ふうん……」

 コツ、と足が床を打つ。傍らでフィンチの足がおもむろに動き出した。

「ははあ……」
「な、なんだ?」

 顎に指を添えて、ゆっくりと周回する。ビィビィの全体像を矯めつ眇めつ観察し、人間とは異なる歪さを逐一目に灼きつかせていく。

「本当に変わっているわねえ。この姿……ここがこうなってて、これが……興味深いわ」
「こらこら、変な目で物珍しそうに見るなよ。ビィビィが怖がるだろうが」
「いいじゃない。血が騒いでいるのよ。またとない機会なんだから、しっかり見ないと」
「おいおい……」

 怖がっていたくせに興奮している。芸術として活かせるや、これか。
 食指が動き、芸術家として目を光らせるフィンチ──だが、その矢先に不気味な息遣いが間に入った。

「フッ、フゥーッ……」

 出処はビィビィ。変な息が口から撒かれる。

「なに? なんだか様子が変じゃない?」
「どうした? 体調が悪いのか?」
「ウゥゥゥーッ」

 動物のような唸り声も出た。
 目が据わっている。歯を剥き出している。
 呼んでも返事が無く、異常な息遣いと唸り声を繰り返すのみだ。

「ビィビィ……?」
「グウゥッ、ウウゥ……!!」

 運が良いことに、これから起ころうとする事態を察した。


 ──これは、ヤバいな。


「ァグアアアアアアアアァァァァ──ッ!!!!」

 けたたましい叫びに空気がびりびりと震えた。

 口端を裂き、ビィビィが恐ろしい形相を浮かべ咆哮を上げている。
 まさしく荒ぶる猛獣そのものであり、悪魔に憑りつかれたように変貌している。さっきまで緊張していたとは思えない変わりぶりだ。

「ど、どうしたのよ急にっ!」
「ゥウゥッ!!」
「ひっ……!」

 ビィビィがまず目を留めたのはフィンチだ。
 いや、留めたんじゃない。関心興味ではなく、標的として定めている。

「クアァッ!」

 小さな身が跳ね、フィンチに飛びかかろうとした。

「っと……!!」

 咄嗟に割って入る。噛みつこうとした凶牙は届かなかった。阻止させた。
 フィンチを襲おうとしたビィビィを、ギリギリのタイミングで拘束してみせた。

 危なかった。あと少しでフィンチに危害が及ぶところだった。
 我ながら良い反射神経……と言いたいところだが、

「ウゥッ! フウ! クアァッ!!」

 抑えたところでビィビィは止まらなかった。

「ウガァ!! アァッ! ウアアアアウゥゥゥゥッ!!」
「ビィビィ! ビィビィ!」

 拘束した腕の中で暴れ続ける。呼びかけてみるも、ビィビィは耳を傾けてくれない。

 暴走している。今になってモンスターの一面がまた解放されたんだ。
 か弱そうな女の子のはずだが、これでは見た目も相まってモンスターそのものだ。

「シンジさん……!」
「近付くなっ! この子は抑えるっ!」

 これが本意じゃないことは知っている。ビィビィはこの衝動に逆らうことができない。嫌でも内なる別側面に従って動く。誰が襲われようとも。

 此処は街中の民家の中。そんな場所にモンスターが放たれているようなものだ。

 周りにテレサもフィンチもいる。外に逃がしてしまえば街の人間が襲われるかもしれない。そうでなくとも、外を巡回していたミーミルの騎士にビィビィが討たれるなんてことも……。

 大方、ビィビィにとって苦しい未来が待ち構えている。衝動が収まるまで抑えて待つんだ。

「落ち着け、落ち着けっ!」
「グウゥゥゥゥ!! アァッ!! アアアアァァァァ──ッ!!」
「な、なに、何なの……」

 著しい変わりぶりに呆然とするテレサとフィンチを前に、なおも暴れるビィビィを抱き締めて食い止める。しかし、男一人の力では止められない。

「アァッ!! アアァッ!!」

 甘く見ていた。
 先程の、初めて対話する前の出来事を忘れていた。

 力が……強い……っ!

 なんという怪力。子供といえど、モンスター故の尋常ではない力。小さな体から出てくる凄まじい膂力に、倍ある体格が翻弄されてしまう。

「アアアアァァァァッ!! ガアァァァァッ!!」
「うあっ……!」
「きゃあ!」

 抵抗するビィビィとのせめぎ合い。抑える者とそれを離そうとする者との攻防が続く。
 
「ウゥッ!!」
「うぐあ……っ!」

 周りの物が巻き込まれ、破壊されてる。ガツン、と壁にぶつけられたりもした。
 痛い……が、それでも離さない。どれだけ暴れようとも、どれだけやられようともビィビィを止める。

「アアァッ!! アァッ!!」

 拘束を解こうと振り回されるビィビィの腕。その指先が迫り、顔面にザクリと食い込む。

 指先が滑った瞬間、熱く鋭い痛みが顔を走った。
 小さな手の爪先は鮮血の赤に染められている。追って液体が周りに散った。

「ぐっ……!」
「あぁっ! シンジさん!」
「っう……よーしよし、大丈夫だビィビィ。落ち着こうな、ビィビィ」

 顔に傷を付けられても尚、優しく呼びかける。

「ビィビィは人間だ。お前はヒトなんだ」
「グウゥッ、ウアァゥッ!」
「落ち着け、ビィビィ。落ち着くんだ」
「アグッ、ウゥッ、フゥー、フゥーッ」

 息はまだ荒いが、あれほど興奮していたのが鎮まり身動ぎが少なくなった。
 抵抗が弱くなっているのが伝わる。これは、俺の言葉が聞こえているのか……?

「フウゥゥゥ……フッ、ウゥーッ……あ……」
「落ち着いたか?」
「…………うん」

 意思が通じ合った。
 悪魔に憑りつかれたような挙動、獣じみた眼光は失われていた。

 良かった……。

 ようやく衝動から解放された。元に戻れた。
 誰も、、傷付けずに済んで良かった。

「お兄ちゃん……」

 しかし、途端にビィビィの顔が歪む。
 小さな身体がぎゅっと抱き付き、俺の胸に自身の顔面を寄せる──懐に、溢れ出る感情が伝わった。


 ……泣いている。


「ビィビィ……」

 静けさの戻った室内を、むせび泣く声が浸透していく。
 昼が夜に急変する変わりぶり。正気を失い暴れていたはずのビィビィが弱々しくなっている。
 顔は見えない。泣いているのは如何な感情から来ているのか。

「よく頑張ったな。えらいぞ」

 元に戻ってくれたビィビィにそう言葉を掛ける。
 少しでも和らげようと、頭を撫でてやった。





「──モンスター捜しぃ?」

 荒らされ、物の乱雑したアトリエ内に、フィンチの声が投じられた。

 事のあらましを話しておいた。
 ビィビィがミーミルに出没する理由、行方不明のモンスターを捜すと決めた──ひいてはそれがアプスの救出に繋がる──ことを。

 ちなみにビィビィはまだ離れない。一言も言わず、黙って身を預けている。
 だっこに応じてる親の気分でビィビィを慰めながら、話を続ける。

「誰かがモンスターを捕まえて、どこかに連れて行ってるんだってよ」
「街に現れてたのはそういう事ね。変な話よね、モンスターを街中に連れてくるなんて物騒よ」

 明るみになれば大騒ぎになるのは明白。そんなリスクを抱えても実行してんのは度胸があり、傍迷惑なものだ。

「誰がどのような理由で運んでいるのでしょうか?」
「さあてな。わかりたくもないな。変態の思考は読めねえよ」

 何の為なのかは分からんが、良い趣味じゃないのは確かだと言える。

「どうやって捜すの? この街は広いのよ。手がかりも犯人も判明していないのに……」
「ある。少しだけ心当たりがあるんだ。それと、あの子に頼んでみよう」
「あの子?」
「トゥールさ。あの子はマグノリオン家の娘だ」
「はあ、トゥールさんですか?」
「モンスターを隠して運ぶなんて相応の手配ができる奴だ。俺らだけで検挙すんのは賢くない。最悪、揉み消しに遭うかもしれん」

 だから、アイツに頼る。ロリっ娘には、いざという時の後ろ盾になってもらおう。

「なるほど。トゥールさんの協力があれば心強くなりますね」
「そういうこと。明日はビィビィの友達捜しだ。テレサも手伝ってくれるか?」
「はいっ! 手伝わせていただきます!」

 快い返事だ。捜索に難色を示していないところを見るに、テレサは既にビィビィを受け入れているようだ。ホント、人の良いこと。

「本当に大丈夫なのかしら……」

 しかし、フィンチはこれに明るくなく、行き先を不安視していた。

「心配ないって。でさあ、それまで暫くビィビィを家に居させてもいいか? 面倒はちゃんと見るからさ」
「そ、その子を……?」

 微かにぎょっとしたのを見逃さなかった。
 動物を飼うのとは違う。路頭に迷った人間を預かるのとも違う。

 ビィビィほんにんに止められないとはいっても、この散らかりぶりだ。
 各所に残る暴走の爪跡。その行為をした者を泊めてあげるとなれば頭が重いだろうが……。

「迷惑は掛けない。掛けさせはしない。二度とさっきの真似はさせないと誓うよ」
「うーん……」
「あの、私からもお願いします。私も手伝いますので」
「テレサ……!」

 思わぬ味方が付いてくれた。
 意外にもテレサがこっち側に来てくれた。フィンチと同様にビィビィの暴走を見たというのに。

 賛成意見が増え、頭を悩ませていた家主が肩を竦めた。

「はいはい、わかったわ。そこまで言うのなら構わないわよ」
「本当か!? 助かるぅ! 良かったなビィビィ!」
「……」
「いやぁ、本当にありがてえ。じゃあ、この子を部屋に送るから。あ、後で暖炉借りるからな」

 落ち込んだままのビィビィを抱え、二階へ行く。
 さっきの暴走でひどく落ち込んでいる。今日はもう寝かせてあげよう。




「……ほらよっと。ちょっと硬いだろうが我慢してくれ。寝りゃ少しは元気になれるさ」

 借り部屋のベッドにビィビィを寝かせる。たくさん泣いたビィビィは目元が腫れぼったくなっていた。

「明日はお前の友達、捜しに行くよ。ちゃんと見つけてやるからな」
「うん、ありがとう…………ねえ、お兄ちゃん」

 沈黙を挟んで、ビィビィが呼び止めた。

「なんだ?」
「さっきの……痛かった?」
「あぁ、そのことか。大丈夫だって」

 暴走時にやられた傷はテレサに治療してもらった。じきに痕も消える。
 気にさせないよう明るく振る舞う……が、それだけでは元気付けには足りなかった。

「また、おかしくなってた。頭が変になって、お兄ちゃんを傷つけた。お兄ちゃん、守ってくれたのにビィビィは……ひどい子だよ」
「済んだことだ。気にしちゃあいない。ビィビィのことはよく知ってる。お前が教えてくれたからな」
「あ、あのね……どうすればいいのか分からないの」
「んん? わからない?」
「お兄ちゃんが傷ついたのイヤなのに、どうしていいのか分からなくて……身体が苦しくて痛いの」

 胸が辛いらしい。苦しみや痛いってのは直喩じゃなく、内包する感情だ。

「うぅ……くるしいよぉ、イヤだよぉ……」

 こみ上げてきたモノに蝕まれ、溜まった水粒を零す。ぽろぽろと流れる涙がビィビィの顔を濡らす。
 苦心を伴った声と息。俺は傍に寄り添いながら、異なものを覚えた。

 そうか、そこからか……。

 こういう時、どうしてやればいいのか知らないんだ。ヒトじゃないから、ごく当たり前で簡単な事も身に付いていない。

「よしよし。いいか、ビィビィ。よーく聞け」

 慰め、落ち着かせつつ話し掛ける。罪悪感でくしゃくしゃになった顔が見上げる。

「自分が悪いことをしたと思ったのなら……そういう時はな、謝るんだよ」
「あやまる?」
「そうだ。もし悪い事をしたら謝る。何かを傷つけた時は『ごめんなさい』と言うんだ。ほら、言ってみな」
「う、うん、わかった……ごめん、なさ、い」

 初めて耳にしたであろう言葉を声音に表す。たったそれだけでビィビィにとっては大きな前進だ。

「はい、よく言えました。これでいい。謝って相手が許してくれりゃ終わりだ」
「いいの? お兄ちゃん許してくれるの?」
「ああ、許すよ。一つ気が付いたことがある」
「え、なあに?」
「意外に思ったんだが、ビィビィは『ありがとう』は言えるんだよな」
「あ……」

 暗い空間に、意表を突かれたような声が落とされた。

「どうしてだ? どうしてありがとうは言える? どこで覚えた?」
「ありがとうは……ビィビィと同じくらいの子が言ってるの見た。うれしそうな顔で。ビィビィはそれ真似してた」
「使い方、よく解ってんじゃねえか。たまげたもんだ。お前は感謝も謝ることもできる良い子だ。俺達と変わらない普通の人間だ。なんもおかしくねえ」
「あ、あ……」
「それでもまたビィビィが暴れるようなことが起きたら……俺がお前を守ってやる」

 丸くなっていた目は、やがて明るいモノを宿していた。

「どうだ、気分は? まだ苦しいことあるか?」
「ううん、ないよ。お兄ちゃんのおかげだよ。ありがとう」

 重苦しい胸の痛みはすっかり取れている。ニカッとした顔が証拠だ。
 気分が晴れてきたところで、

「明日はテレサとフィンチにも謝れよ。教えられたこと、ちゃんと実践するんだぞ」
「うん、わかった……やってみる」
「えらいぞ。じゃあ、もう眠れ。寝る時は『おやすみ』と言うんだぞ」
「そうなんだ。お……おやすみ!」

 教えられたばかりの言葉を活気良く、自身の声音で告げる。また少し前進したな。
 それを最後にして、暖炉を使おうと部屋を出た。

「──お?」

 出てすぐ横にテレサが立っていた。
 顔を見合わせた彼女は澄んだ顔で迎える。

「もしかして聞いてた?」
「つい立ち聞きをしまして……優しいんですね」
「やれることをやったまでさ。あんまり子守りは得意じゃ……いや、近いことはしてたな」

 遠い目で、小さな大精神ヤツらの面倒を見ていた日々を思い出す。

「なんだか、お父さんみたいです」
「お父さん? そんな風に見えたか?」
「ええ。あの子への接し方はまるで父親そのものでした」
「父親ねえ。しっくり来ないなあ」

 などと話を交わしていると、テレサが近寄る。それから見上げて、

「シンジさんは偉いです。傷付いてまであの子を守りきってあげたのですから」
「お、おう……」
「で・す・が。無理はしないでくださいね。さっきはヒヤヒヤしたんですよ? シンジさんは時に無理をしてしまいます」

 そんな事は無いと思うけど……まあいいか。

「……ん、シンジさん、ちょっと失敬しますね」
「お? な、なんだ?」

 突然、テレサが顔を近づけて匂いを嗅ぐ。そして、目の色が変わった。

「この匂い……知らない女の人の匂いがします。それも二人、、ですね」
「へ、へえ……」
「これはフィオーレさんの匂いと似ています。どうしてシンジさんから匂うのでしょうか?」

 あれれー、おかしいな? 水の中を泳いできたのに匂いを嗅ぎ分けられるなんて……というか女二人分の匂いって、どういうこと?

「思い当たる節はありませんか? あるとすれば、フィオーレさんのお家に行った時とか」
「うーん、どうだったかなあ?」
「本当ですか? どうして目が泳いでるんでしょうね?」
「さ、さあな、なんともなかったよっ」
「ふーん、そうですか……」

 目が怖くて直視できない。笑みの形をしているのに別の何かが潜んでいる。口調も普通の事を言ってるだけなのに妙な刺々しさがある。

「なんか怒ってない?」
「いいえ、そのような事はありませんが? そんな事より、フィオーレさんのお家に行きましたね? 詳しいお話を聞かせてもらいたいのですが」
「あ、あのー、遅いし暖炉使いたいから……おやすみっ!」

 これ以上追及されると何が起きるか分からない。逃げるように足早にテレサから離れた。
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