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第一章
1話
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あぁ、神様。あなたはなんてひどい人なのでしょう。
フィリア=リル=クラネリアは、名門貴族であるクラネリア公爵家の一人娘らしく、これまでの人生の中で一度も神を呪ったことはない。
しかし、それはつい3分前までの話である。
フィリア=リル=クラネリア___つまり、“私”は今、もの凄い勢いで神を呪っていた。
「大丈夫……?」
心配そうな声がかけられる。
柔らかくて、穏やかで、そのくせひどく凜としていて、とてもとても優しい声。
うつむいていた私は顔をあげる。
今、私の目の前には、一人の人間が立っていた。
柔らかそうなふわふわの薄水色の髪。見る者を魅了するアメジストのような瞳。
極めつけに、そのアメジストの一つを隠す、金の縁取りのついた片眼鏡。……は、今はまだないか。強めの幻覚だったみたいだ。とにかく。
「っ……」
思わず目を閉じて片手で押さえ、上を向く。
「てえてぇ……」
口から零れ出たのは、そんな言葉だった。
◇ ◇ ◇
「いや、あの、つまりですね、先ほどの発言に関しましては、その、異世界、いえ、えーと、そう、本!本ですわ!とある本を読んだときに出てきた言葉なのです!おほほほほ、気にすることはありませんわというかどうぞ気にするなくださいませああー!調べるとかいいですから!!」
多分、人生で一番焦りながら、必死の言い訳をし、どうにか家に返ってきた私は、自室のベッドに倒れ込む。
そして、
「ああああー!もう!推しが!とても!尊い!!」
そんな絶叫とともにゴロゴロとハートの枕を抱きしめながら転がった。
「はあー!もう、一体何なの!あの可愛さ!笑顔!声!神か!ここは天国か!私は明日死ぬのか!?そういえばもう死んでたわ!!なーんちゃって!キャー!!」
端から見れば、頭の方がどうにかしてしまったのではないかと思われるほどの悶えっぷりだろう、しかし!
考えてみてほしい。自分がずっとずっと大好きで、でも決して会うことはできないからとあきらめていた人間が目の前にいたらどう思うか。
いや、そりゃあ、悶えるでしょ!
だって推しが目の前にいるんだよ!?生きて、動いて、三次元で、触れて、声も聞けるんだよ!?何その天国!ってなるでしょ!?
「はぁ……ノアくんしゅき……」
語彙力が完全にとろけてきたあたりで、事情を説明しよう。
フィリア=リル=クラネリアは、ミストリア大陸の東に位置する森と湖に囲まれたレカファウロス王国の名門貴族、クラネリア家の一人娘である。一人娘、とはいっても兄がひとりいるため、一人っ子、というわけではない。
ない、のだが。一家で1番年下であること、愛くるしい容姿であること、家族が全員子煩悩であったこと、と三拍子揃っていたため、彼女は基本的に、これまで周りの人間から蝶よ花よと溺愛され、大層可愛がられてきたのである。
もちろん、可愛がること、がられることは決して悪いことではない。しかし……フィリアは少々可愛がられすぎていた。
何が言いたいかというと、つまり、可愛がられすぎたフィリアはいつしかとんでもない"わがまま娘"になっていたのだ。
『お茶菓子が好みじゃないからすぐに変えろ』、『新しいドレスがほしい』なんて願いはまだかわいいもので、『世界一美しい首飾りを用意しろ』とか、『庭の花が赤いのが気にいらないから全部白く塗れ』だとか……なんだお前は、どこぞの月の姫か不思議の国の女王か?というツッコミが必須の要求を朝の挨拶より簡単に口に出し、まるで自分が世界で一番偉いのだ、というように威張り散らす……と、まぁ、とにかくフィリアはこれまでの人生でかなり好き放題やってきたのである。
さらに始末が悪かったのは、クラネリア家がレカファウロスで王家に次ぐ権力を持っていたことだ。気に入らなければすぐに癇癪を起こして口先ひとつで簡単に人を破滅へと追い込む。そんな調子だから周りの人々は誰もフィリアに強く出られず、賢明である家族はフィリアのことになると途端に盲目的になるので役に立たない。齢一桁の少女が『自分は特別なんだ』と勘違いするのに時間はかからなかった。誰にも止められなかったフィリアは、いつしか『最悪の我儘令嬢』と呼ばれるようにまでなってしまう。
そして、その噂が止まる事を知らずに国中に轟きつつあったある日_______ついに彼女はとんでもないことを言い出した。
『王子様と結婚したい』
……まぁ、なんとも夢見がちな話である。こんなこと、クラネリア家以外であれば決して取り合ってもらえなかっただろう。
……そう、"クラネリア家でなければ"。
つまり_______その発言の5分後。
あろうことが、王家とクラネリア家は、わがまま娘とこの国の王子様との婚約をトントン拍子で進めてしまったのである。
一体どんな手を使えばそうなるのやら、恐ろしくて聞けるはずもない。……自分で言うのもなんだが、このアホ女はどう考えてもこの国の女王になれるような器ではない。誰が考えたって間違いなく何か抗い難い大きな力が働いている。
しかし、そんなことをつゆほども考えなかった阿保フィリアはその話が決まった時、それはそれは喜んだ。
喜んで、喜んで……そして、喜びのあまり足を滑らせ、階段を勢いよく転がり落ちた。幸いにも(ある意味では不幸にして)大事にはならなかったのだが、頭を強く打ち、フィリアは何日か懇々と眠り続け……。
そして、“私”が目覚めた。
"私"はフィリアではない。いや、体も声もフィリアのものだし、それまでのフィリアの記憶もしっかりと残っているから、フィリアであるといえばあるんだろうけど……
なんというか、ある日突然フィリアの人格が私の人格とチェンジしたのである。
何を言っているんだ、と思われるかもしれないが、一片の虚構もない事実なのだからどうしようもない。
とにかく、フィリアは“私”になったのである。
ついさっきまで日本国で1人ゲームをしていたはずのオタク女子大生に。
……お前は一体何を言っているのかって?そんなのこっちが聞きたい!
フィリア=リル=クラネリアは、名門貴族であるクラネリア公爵家の一人娘らしく、これまでの人生の中で一度も神を呪ったことはない。
しかし、それはつい3分前までの話である。
フィリア=リル=クラネリア___つまり、“私”は今、もの凄い勢いで神を呪っていた。
「大丈夫……?」
心配そうな声がかけられる。
柔らかくて、穏やかで、そのくせひどく凜としていて、とてもとても優しい声。
うつむいていた私は顔をあげる。
今、私の目の前には、一人の人間が立っていた。
柔らかそうなふわふわの薄水色の髪。見る者を魅了するアメジストのような瞳。
極めつけに、そのアメジストの一つを隠す、金の縁取りのついた片眼鏡。……は、今はまだないか。強めの幻覚だったみたいだ。とにかく。
「っ……」
思わず目を閉じて片手で押さえ、上を向く。
「てえてぇ……」
口から零れ出たのは、そんな言葉だった。
◇ ◇ ◇
「いや、あの、つまりですね、先ほどの発言に関しましては、その、異世界、いえ、えーと、そう、本!本ですわ!とある本を読んだときに出てきた言葉なのです!おほほほほ、気にすることはありませんわというかどうぞ気にするなくださいませああー!調べるとかいいですから!!」
多分、人生で一番焦りながら、必死の言い訳をし、どうにか家に返ってきた私は、自室のベッドに倒れ込む。
そして、
「ああああー!もう!推しが!とても!尊い!!」
そんな絶叫とともにゴロゴロとハートの枕を抱きしめながら転がった。
「はあー!もう、一体何なの!あの可愛さ!笑顔!声!神か!ここは天国か!私は明日死ぬのか!?そういえばもう死んでたわ!!なーんちゃって!キャー!!」
端から見れば、頭の方がどうにかしてしまったのではないかと思われるほどの悶えっぷりだろう、しかし!
考えてみてほしい。自分がずっとずっと大好きで、でも決して会うことはできないからとあきらめていた人間が目の前にいたらどう思うか。
いや、そりゃあ、悶えるでしょ!
だって推しが目の前にいるんだよ!?生きて、動いて、三次元で、触れて、声も聞けるんだよ!?何その天国!ってなるでしょ!?
「はぁ……ノアくんしゅき……」
語彙力が完全にとろけてきたあたりで、事情を説明しよう。
フィリア=リル=クラネリアは、ミストリア大陸の東に位置する森と湖に囲まれたレカファウロス王国の名門貴族、クラネリア家の一人娘である。一人娘、とはいっても兄がひとりいるため、一人っ子、というわけではない。
ない、のだが。一家で1番年下であること、愛くるしい容姿であること、家族が全員子煩悩であったこと、と三拍子揃っていたため、彼女は基本的に、これまで周りの人間から蝶よ花よと溺愛され、大層可愛がられてきたのである。
もちろん、可愛がること、がられることは決して悪いことではない。しかし……フィリアは少々可愛がられすぎていた。
何が言いたいかというと、つまり、可愛がられすぎたフィリアはいつしかとんでもない"わがまま娘"になっていたのだ。
『お茶菓子が好みじゃないからすぐに変えろ』、『新しいドレスがほしい』なんて願いはまだかわいいもので、『世界一美しい首飾りを用意しろ』とか、『庭の花が赤いのが気にいらないから全部白く塗れ』だとか……なんだお前は、どこぞの月の姫か不思議の国の女王か?というツッコミが必須の要求を朝の挨拶より簡単に口に出し、まるで自分が世界で一番偉いのだ、というように威張り散らす……と、まぁ、とにかくフィリアはこれまでの人生でかなり好き放題やってきたのである。
さらに始末が悪かったのは、クラネリア家がレカファウロスで王家に次ぐ権力を持っていたことだ。気に入らなければすぐに癇癪を起こして口先ひとつで簡単に人を破滅へと追い込む。そんな調子だから周りの人々は誰もフィリアに強く出られず、賢明である家族はフィリアのことになると途端に盲目的になるので役に立たない。齢一桁の少女が『自分は特別なんだ』と勘違いするのに時間はかからなかった。誰にも止められなかったフィリアは、いつしか『最悪の我儘令嬢』と呼ばれるようにまでなってしまう。
そして、その噂が止まる事を知らずに国中に轟きつつあったある日_______ついに彼女はとんでもないことを言い出した。
『王子様と結婚したい』
……まぁ、なんとも夢見がちな話である。こんなこと、クラネリア家以外であれば決して取り合ってもらえなかっただろう。
……そう、"クラネリア家でなければ"。
つまり_______その発言の5分後。
あろうことが、王家とクラネリア家は、わがまま娘とこの国の王子様との婚約をトントン拍子で進めてしまったのである。
一体どんな手を使えばそうなるのやら、恐ろしくて聞けるはずもない。……自分で言うのもなんだが、このアホ女はどう考えてもこの国の女王になれるような器ではない。誰が考えたって間違いなく何か抗い難い大きな力が働いている。
しかし、そんなことをつゆほども考えなかった阿保フィリアはその話が決まった時、それはそれは喜んだ。
喜んで、喜んで……そして、喜びのあまり足を滑らせ、階段を勢いよく転がり落ちた。幸いにも(ある意味では不幸にして)大事にはならなかったのだが、頭を強く打ち、フィリアは何日か懇々と眠り続け……。
そして、“私”が目覚めた。
"私"はフィリアではない。いや、体も声もフィリアのものだし、それまでのフィリアの記憶もしっかりと残っているから、フィリアであるといえばあるんだろうけど……
なんというか、ある日突然フィリアの人格が私の人格とチェンジしたのである。
何を言っているんだ、と思われるかもしれないが、一片の虚構もない事実なのだからどうしようもない。
とにかく、フィリアは“私”になったのである。
ついさっきまで日本国で1人ゲームをしていたはずのオタク女子大生に。
……お前は一体何を言っているのかって?そんなのこっちが聞きたい!
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