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第一章
7話
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その後、おそらく生まれて初めて聞いたのであろうてえてぇ、と言う言葉に興味を持ったらしいノア君に必死に言い訳をし、買い物から戻ってきたメイドさんに呼ばれて、慌ててさよならして、ベッドで転がるに至ったというわけだ。
結局、名前は言わないままだった。慌ててきたから言えなかった、が正解かもしれないが。
でも、私はものすごく幸運だ。さっきはあの天使を前に、何故こんな尊い生き物を生み出されたのかと逆に神を呪ってしまったが、百八十度回転した。神様、ありがとうございます。
そこにいてくださいと言いましたのにどうたらこうたらと言うメイドさんの声も耳に入らないほどに私は舞い上がっていた。だからなのだろうか。私にはバチが当たってしまった。
◇ ◇ ◇
「お茶会?」
その日の夜。巨大なシャンデリアに照らされた豪華な食堂で、繊細な料理を食べ終わり、食後のお茶を飲んでいた私は父に聞き返した。
「あぁ。年若い者を集めて開く、王家のお茶会があるのだが……お前に招待状が届いた」
「招待状、ですか」
隣に控えていた私の侍女のセシルが、スッと一枚の封筒を差し出す。金に縁取られたその招待状は、王家直々のものだった。
「フィリアは王太子殿下の婚約者。呼ばれるのは当然だろうが、くれぐれも粗相のないように」
言うだけ言って、父は食堂から出て行った。今日は、母は夜会、兄は剣の訓練で、2人だけの食卓だったので緊張したが……まさかまさかの展開である。
「おちゃかい……」
「お嬢様、お紅茶が溢れます」
セシルの言葉に我に帰り、お茶の入ったカップをソーサーに戻す。
「大変だわ……」
呟いた声は、セシルの耳にも入らなかっただろう。
◇ ◇ ◇
ラビファンのゲーム本編にも、学園主催のパーティーやお茶会は何度か登場する。
その度に違うドレスを用意したり、違う靴を用意したり、まずは服装から主人公ルリア(やその周りの人々)を馬鹿にしてやろうとフィリアはそれらに大変なお金をかける。
平民ゆえに高価なドレスなど買えないルリアは、お手製の綺麗なドレスをしつらえるのだが、それをフィリアに台無しにされ、攻略対象が色々プレゼントしてくれたりなんだりかんだり……というイベントがあるのだが、今回のお茶会に関しての問題はそこではない。
問題なのは、"私"が今ここで、どういう態度を取るべきなのか、ということだ。
何せ、今回のお茶会は本編とは全く関係がないものだ。
悪役に徹すると決めたのだから、そのように振る舞えば良い。しかし、その、どうにも普通の女子大生の感覚を思い出してしまった今では、毎回ドレスを買えという勇気が……今着ているものですら、本物のシルクとレースで出来ていてもてあますのだ。なんなら食事のたびに高価な食器に手が震えそうになる。
前世では全部箸で食べていたのに、テーブルマナーがきちんと身についているのはさらに幼かった頃の英才教育の賜物だろう。教育ってすごい。
さてどうしたものか……と真剣に考えていると、コンコンとノックの音が聞こえてセシルが入ってきた。
ボブカットの甘茶色の髪。ぱっちりとした緑の瞳。美男美女の揃う我が家の使用人ズの中でも格別な美人だ。おまけにとびきり優秀。さらに、わがままばかりの私の元から去って行った数多の侍女たちと違って、ずっとお世話係を続けてくれている。
「……ありがとう」
ふいに、感謝の気持ちが溢れてぽつりと言うと、
「……はっ?」
普段から冷静なセシルにしては珍しく、間のぬけた声が聞こえた。
「いえ……本当にありがとう、セシル。こんな、生意気以外の何者でもないような小娘の側にいてくれて……」
「と、唐突に何をおっしゃるのですフィリア様?ま、まさか、お体の具合が……?」
慌てて額に手を当ててくれるセシル。ありがたいけど違う、そうじゃない。
「はっ、さては、久しぶりに王太子殿下とお会いなられるので緊張してらっしゃるのですか?」
「……ん?ちょっと待ってねセシル。今、何かとんでもない単語が聞こえたのだけど」
「失礼いたしました、緊張などしてらっしゃらないですよね」
「その前!」
「王太子殿下……でございますか?」
キョトンとするセシルと裏腹に、それもあったかーーー!!そういえば王家主催って言ってたーーー!!と、私は頭を抱えた。
「……第一印象は大切よね……」
「あ、あの、お嬢様……?」
ぶつぶつと呟く私を恐る恐るセシルが覗きこむ。(まさかまた癇癪……最近治ってきたのに……)とセシルが息を詰めていることなどつゆほども知らずに、
「セシル!」
「はっ、はい!」
「私が持っているものの中で________1番地味なドレスと靴を選んで!!」
予想外すぎる回答でしたと、その夜セシルは同僚に語った。
結局、名前は言わないままだった。慌ててきたから言えなかった、が正解かもしれないが。
でも、私はものすごく幸運だ。さっきはあの天使を前に、何故こんな尊い生き物を生み出されたのかと逆に神を呪ってしまったが、百八十度回転した。神様、ありがとうございます。
そこにいてくださいと言いましたのにどうたらこうたらと言うメイドさんの声も耳に入らないほどに私は舞い上がっていた。だからなのだろうか。私にはバチが当たってしまった。
◇ ◇ ◇
「お茶会?」
その日の夜。巨大なシャンデリアに照らされた豪華な食堂で、繊細な料理を食べ終わり、食後のお茶を飲んでいた私は父に聞き返した。
「あぁ。年若い者を集めて開く、王家のお茶会があるのだが……お前に招待状が届いた」
「招待状、ですか」
隣に控えていた私の侍女のセシルが、スッと一枚の封筒を差し出す。金に縁取られたその招待状は、王家直々のものだった。
「フィリアは王太子殿下の婚約者。呼ばれるのは当然だろうが、くれぐれも粗相のないように」
言うだけ言って、父は食堂から出て行った。今日は、母は夜会、兄は剣の訓練で、2人だけの食卓だったので緊張したが……まさかまさかの展開である。
「おちゃかい……」
「お嬢様、お紅茶が溢れます」
セシルの言葉に我に帰り、お茶の入ったカップをソーサーに戻す。
「大変だわ……」
呟いた声は、セシルの耳にも入らなかっただろう。
◇ ◇ ◇
ラビファンのゲーム本編にも、学園主催のパーティーやお茶会は何度か登場する。
その度に違うドレスを用意したり、違う靴を用意したり、まずは服装から主人公ルリア(やその周りの人々)を馬鹿にしてやろうとフィリアはそれらに大変なお金をかける。
平民ゆえに高価なドレスなど買えないルリアは、お手製の綺麗なドレスをしつらえるのだが、それをフィリアに台無しにされ、攻略対象が色々プレゼントしてくれたりなんだりかんだり……というイベントがあるのだが、今回のお茶会に関しての問題はそこではない。
問題なのは、"私"が今ここで、どういう態度を取るべきなのか、ということだ。
何せ、今回のお茶会は本編とは全く関係がないものだ。
悪役に徹すると決めたのだから、そのように振る舞えば良い。しかし、その、どうにも普通の女子大生の感覚を思い出してしまった今では、毎回ドレスを買えという勇気が……今着ているものですら、本物のシルクとレースで出来ていてもてあますのだ。なんなら食事のたびに高価な食器に手が震えそうになる。
前世では全部箸で食べていたのに、テーブルマナーがきちんと身についているのはさらに幼かった頃の英才教育の賜物だろう。教育ってすごい。
さてどうしたものか……と真剣に考えていると、コンコンとノックの音が聞こえてセシルが入ってきた。
ボブカットの甘茶色の髪。ぱっちりとした緑の瞳。美男美女の揃う我が家の使用人ズの中でも格別な美人だ。おまけにとびきり優秀。さらに、わがままばかりの私の元から去って行った数多の侍女たちと違って、ずっとお世話係を続けてくれている。
「……ありがとう」
ふいに、感謝の気持ちが溢れてぽつりと言うと、
「……はっ?」
普段から冷静なセシルにしては珍しく、間のぬけた声が聞こえた。
「いえ……本当にありがとう、セシル。こんな、生意気以外の何者でもないような小娘の側にいてくれて……」
「と、唐突に何をおっしゃるのですフィリア様?ま、まさか、お体の具合が……?」
慌てて額に手を当ててくれるセシル。ありがたいけど違う、そうじゃない。
「はっ、さては、久しぶりに王太子殿下とお会いなられるので緊張してらっしゃるのですか?」
「……ん?ちょっと待ってねセシル。今、何かとんでもない単語が聞こえたのだけど」
「失礼いたしました、緊張などしてらっしゃらないですよね」
「その前!」
「王太子殿下……でございますか?」
キョトンとするセシルと裏腹に、それもあったかーーー!!そういえば王家主催って言ってたーーー!!と、私は頭を抱えた。
「……第一印象は大切よね……」
「あ、あの、お嬢様……?」
ぶつぶつと呟く私を恐る恐るセシルが覗きこむ。(まさかまた癇癪……最近治ってきたのに……)とセシルが息を詰めていることなどつゆほども知らずに、
「セシル!」
「はっ、はい!」
「私が持っているものの中で________1番地味なドレスと靴を選んで!!」
予想外すぎる回答でしたと、その夜セシルは同僚に語った。
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