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一章
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今更あんなストーカー野郎に彼女を渡してたまるか!
葵の隣に立つのも、護ることができるのも、そして唯一愛されるのも慧矢でなくてはならない。
ーやっとここまで来たんだ!思えばあの時の一目惚れから彼女を見守ってきたが、こんな厄介な男は初めてだ。葵にはあの男に気をつけた方がいい、危険だ、という事をほのめかしておいたが、現時点でそれほどの危機感は持っていないだろう。だがそれでいい…彼女を助けるのは俺だから…。それよりも今は葵のことだけを考えていたい。出会ってから四年…本当に長かった…そう…これから始まるんだ。
◆
この身体が小田切慧矢である時に、彼女とは初めて出会った。
あの日の空は雲っていて、駅のホームの人々がモノクロに見えた。
「うわっ、なんだあれ」
「なんかひかれた?」
「なに、なに?」
周囲がざわついてホーム前方を見ている。
気になって少し歩いていくと、黒い大きなゴミ袋のようなものがハタハタと揺らめいている。
なんだかわからず更に近くに行ってみると、カラスだ。 電車に跳ねられてホームに飛ばされたらしいが、弱々しくも片方の羽だけバタつかせてもがいている。
ーかわいそうに…。
そんな諦めの言葉が思わず頭に浮かび自嘲する。
「すみません、ちょっと通ります!」
制服を着た高校生らしき女の子が、人混みを分けてカラスの横に膝をつき、カバンからさっとタオルを取り出してカラスを包んだ。
「痛いね、ごめんね…一緒に病院いこうね…」
彼女がカラスを抱いて立ち上がろうと、カバンを持って横を向いた一瞬…目が合った。
トクン……心臓が一際大きく跳ねて、拳をギュッと握る。
彼女の周りにキラキラと光が降り注ぎ輝きはじめたかと思うと、突如として曇り空が晴れ渡り、まるで天から光のベールが降りてきたかのように見えた。
それは一瞬だったのか、数分だったのか…あまりに幻想的で瞬きするのも忘れるほどの美しい光景だった。
そのまま素早くホームから立ち去ろうとしている彼女の姿に見惚れた。
ーなんて綺麗な人なんだろう…ずっと見ていたい。
そう思ったが、どうしたらいいのかわからず、足に重石がついたかのように動かない自身の意気地のなさに嘆息した。
ただ、あの研ぎ澄まされた眼差しに一瞬で射ぬかれたことだけはわかった。
話してみたいのに追いかけられない、あの瞳に見つめられたいのに彼女の視界に入れない…。
慧矢はその場に立ち尽くしたまま電車を待って、いつも通り学校へ向かうしかなかった。
明くる日、昨日と同じ時間の同じホームに彼女はいた。
また会える事を期待して探してみた甲斐がある。
ストレートロングヘアの黒髪をハーフアップにし、シルバーの髪留めでとめている。色白の肌に桜色の形の良い唇が扇情的だ。
こんなにまじまじと女の子を見つめるのは初めてだが、すごくかわいい。
しばらく様子を窺っていると、後ろに並んでいる中年のサラリーマン風の男が、彼女との距離を詰めていることに気づく。
ーやけに近くないか?
そう思った矢先、男が彼女の髪の毛の匂いをかぎだした。チカンだ!
彼女はちょこっと振り返り、後ろの男が何か怪しいことに気づいてはいるが、確信がもてないのか何も言えずにいる…。
慧矢はつかつかつかと大股で急ぎ近づくと
「待たせてごめん。大丈夫?」
そう言って彼女の肩を抱き寄せ、男を見下ろした。
眉目秀麗な慧矢の顔が、張り付いたような笑顔で威圧感たっぷりに男に迫る。
ばつが悪そうに顔をしかめてそそくさと男がその場を立ち去ると、抱き寄せていた彼女の肩から力がぬけた。
やっと何が起きたのかを理解したようだ。
「あの、ありが…」と言って頭を下げようとする彼女の肩をガシッと押さえ、
「まだあのチカンが見ているかもしれないから、お礼は後で…ね?」
そう言って手を繋いで移動した。
どさくさ紛れだったが、意外にも彼女は嫌がることなく手を繋いだままでいてくれた。
ー少しでも強く握ったら潰してしまいそうだな…小さくて、かわいい手…。
やがて自動販売機の前に着くとその手を離した。
温かい紅茶を買って渡すと
「そんな、悪いです…」
遠慮する彼女に半ば強引に押し付けて
「気にしないでよ。代わりに名前、聞いてもいい?」
「ごめんなさい!私、東城葵って言います。あの、あなたは…?」
「俺は……うっ…」
突然、頭に靄がかかり、意識が引っ張られる。
「どうしたの?大丈夫?」
「ごめん、俺……」
「待って、あっち行こ?ゆっくりでいいよ」
葵は慧矢の肩下に入り込み、支えながら歩きだした。
目元を押さえ引きずられるようにしながらホームのベンチに座ると、葵が背中を擦ってくれた。目眩が少し和らぐと、フッ…と意識が遠退く……
「君…かわいいね~」
慧矢の口から意図しない言葉が零れた。
ー油断した、類…何でてきてるんだよ…!
「え?」
慧矢は手に力を込めて握った左腕に爪を立て、再び自分の意識を前面に出した。
「ご…めん……俺、行かなきゃ…」
「え?大丈夫?」
背中を擦ってくれていた彼女の手から逃れ、慧矢はフラつきながら立ち上がって歩きだした。
ー離れないとー
〝まだ側にいたい…でもできない…〟と矛盾した思いが交差する。
情けなくも逃げる自分に失望しながら「この役立たず…!」と心の中で存分に揶揄した。
覚束ない足どりで掴まりながら階段を降り、改札をでてしゃがみ込むと「はーっ……」っと乱れた息を整えるように目を閉じて深く呼吸をする。
危なかった…あいつの存在を認識してから、これほど焦ったことはない。
こんな俺を知られるわけにはいかない、嫌われたくない、まだ始まってもいないのに…!
俺と類は2人で1人…認めたくはないが、そうなんだ…あの日からずっと…。
『なに1人で楽しんでるんだよ』
ー頭の中で声がする。類……あの子はお前の周りにいる女子たちとは違うんだ、かまうな!
『え~せっかくかわいかったのにィ』
ーあの子には手を出すな!
フフ…と嘲笑うような声の後、すっと類の気配が消える。油断も隙もありゃしねぇ。
東城葵…か。また会いたいな。
◆
慧矢は高校へ入学した時から実家を出て一人暮らしをしている。
ここは母さんが亡くなった祖父から相続したマンションの一つで、祖母が晩年を過ごした所だった。間取りは4SLDK。
大きな箪笥や衣類などは殆んど処分されており、残っている物は祖父母の着物が少しと、年代物のオルガン、アルバム…昭和レトロなガラスコップや食器類くらいだ。
特に写真は、死んだ母さんが生きてきた証だし、俺の知らない母さんの幼少期や祖父母に会える、唯一の手段でもあったから残っていて嬉しかった。
ここは俺の〝聖域〟だ。誰にも侵されることはない。
だからここへ入れる人間は限られる。
当然だが、父親は入れない。
鍵は俺が一つ、執事の門倉に一つ、母さんの宅墓に一つ置いてある。
母さんは、小田切の墓には入りたくない、と遺書に残していたが、俺が家を出るまでの数年間、仕方なく墓に入れていた。それを俺の一人暮らしを機に分骨し、自宅墓地という形をとったのだ。
家にいつまでも遺骨があるのはどうとか、風水的にもよくないとか、どこぞの宗派に属するわけでもない自分には、形式的な意見に聞こえてうんざりするばかりだった。
俺はただ、母さんを一番安らげるであろう場所に置いてあげたかっただけだ。
ここは母さんの場所であり、俺の安住の地。
父親には、墓参りする資格すらないのだから、ここに立ち入る必要もない。
こちらの思惑など意に介さず、父親は幾つかの条件を守るなら一人暮らしもいいだろう…と、体良く厄介払いをしたわけだ。
こちらから提案したことだが、相手に安穏を許してしまったようで、考えると少し面白くない。
そうして出された条件はお粗末なものだった。
一、成績は常に上位でいること
二、友人などを集めて溜まり場にしないこと
三、大学には現役で合格すること
この3つだけで俺は自由になった。
どの条件も息子である俺という人間に、微塵の興味もなかったのだろうと想像させるもので、ただの保身としか思えなかった。
小田切家の人間として勉学に勤しみ、常にトップでいろ!恥ずかしくないように息だけしてろ!そう釘を刺されただけ。
〝父親に迷惑をかけるんじゃないぞ〟と言う意味も込めての条件…。
ーまるで俺をわかっていない。
自由になれれば何だっていい。わかってもらう必要もないから反発心もなかった。
父親はただ単に、自分の浮気現場を目撃した息子と顔を合わせるのが気まずかっただけなのだろうが、そんな安い罪悪感を抱かれたところで、なんの慰めにも救いにもならない。
ーいらないな…あんな家…
◆
あの日、幼かった慧矢は父親の書斎で、勝手に本を物色していた。
しばらく熱中していたが、廊下から人が近づいてくる気配を感じ、叱られてはいけないと、咄嗟に机の下に入り込み隠れた。
扉が開けられ、キィと音がする。
ー誰か…入ってきた。
父親の書斎なのだから、単純に入ってくるのは父親しかいない。
でも小さな声の会話から、入ってきたのはどうやら父親と後からもう一人入って来た女であるとわかった。
慌てて飛び出して勝手に書斎へ入ったことを謝るより、見つからないように息を殺してここから脱出する方が何倍もいいように思えた。
「お願いです、最後にもう一度だけ、抱いて下さい…」
パサッ…と何かが落ちた音がした。
「やめてくれ、私には茜も慧矢もいるんだ」
「愛してるんです。わたしの方が先に旦那様をお慕いしていたのに…わたしにも子供を授けて下さい」
そっと覗くと、半裸の女が父に抱きつき、腕を絡ませ、口づけている。
見てはいけないものを見たような気がして、すぐに机の下に潜り、再び息を潜めた。
「やめ…な…さい…」
父が嫌がっている…?どうしよう、止めた方がいいの?
でもそんな抵抗の声が静まったかと思うと、「ん…ん」とくぐもった女の声が聞こえ、慧矢が隠れる机がガタンと揺れた。
思わずビクっとするが、荒い息遣いとすぐに手を打つような鈍いパンパンパンという音が聞こえ始め、助けに出るタイミングを失ってしまう。
「あ…あん…正裕…さん…っ」
その声が耳朶に張り付いて響き、拍手のような音は早く激しくなる。
気分が悪くなり、声を上げて泣きだしてしまいそうになるのを、両手で口を塞ぎ屏息した。
「く…っ…」
父の呻くような声が聞こえたのと同時に、キィ……扉がゆっくりと開いた。
「きゃっ!」
「っ…!」
そこには母さんが愕然と立ち尽くしていた。
二人は直ぐ様離れると、はだけた体を隠すように乱れた服を整えだす。
「あ、茜…!違うんだ、これは、違う!」
「どういう…こと…」
発せられた言葉は怒りに震え、もはやどのような言い訳も通用しない。
そんな母の声に反応して慧矢が恐る恐る顔を出すと、みるみるうちに大人3人の顔が青ざめ、母の目からは大粒の涙がボタボタと零れ落ちる。
「慧矢!お前なんでここに!いや、茜、聞いてくれ」
母さんの目は瞬きもせず大きく見開き、まるでその光景を忘れまいと焼き付けているようだった。
そして父が手を伸ばすと
「触らないで!穢らわしい!」
父も慧矢もびっくりした。母さんが怒鳴った!
こんなことは初めてだった。だが次の瞬間にはもう穏やかな声で
「慧くん…おいで…」
と慧矢を呼んでくれた。黙って駆け寄りその手を取って父と女を見やった。
「慧くん…怖かったね…」
母さんはそう言うと手をぎゅっと握り、部屋をでて足早に歩きだした。
強く握られた手が痛いなどと、とても言える状況ではない……。
いつも穏やかな母さんが、氾濫した川のように荒れ狂っているのが、犇々と伝わってくる…。
母さんの瞳はすっかり悲しみの色に染まり、顔を歪ませて涙を流していた。
このまま泣きすぎて死んでしまうのではないか心配で…その不安定の釣り合いが怖くて、慧矢は黙って考えているしかできなかった。
子供ながらに、父親が浮気をしたから母さんを悲しませたんだと理解し、父親への嫌悪感を募らせていた。
しかし、慧矢の心配は最悪な形で現実と化してしまうなど、この時は思いもしなかった。
二人は慧矢の部屋へ着くと鍵をかけ、何を言うわけでもなくベッドに入った。
「さ、もう休みましょうね…」
母さんの目は真っ赤に充血し、瞼も腫れ上がり、唇を噛んでしまったのか、血が滲んでいた。
「母さん、大丈夫?」
「…慧くんは優しいのね」
「当たり前だよ!俺は母さんの味方だからね!」
「慧くん、あんなところ見たくなかったね…ごめんね…今の慧くんにはまだわからないかもしれないけど、ああいうことはね…本当に好きな人とだけするものよ。なのに…お父さんは…うぅ…お母さんにとっては唯一の…人だったのに……あ…あの家政婦に奪われて…しまったわ…あぁ…あぁぁ…」
両手で顔を覆い肩を震わせ、止まりかけていた涙が母さんの指の間から溢れて零れ落ちる。
ーあの家政婦が…あいつが母さんから父さんを奪ったんだ!許さない…!。
母親の悲しみに同調し、憎しみと怒りがこの時継承された。
「大丈夫だよ母さん、俺がずっと側にいるよ」
「そうね…慧くんはずっとお母さんと一緒に居てくれるのよね」
「うん、絶対に母さんを泣かせたりしないよ。俺は母さん一筋だよ」
「ありがとう、慧くん…愛してるわ…」
「俺も、愛してるよ」
母の胸に強く抱かれ、慧矢も抱きしめ返すと、母さんがまた泣きじゃくり始めた。
「母さん、泣かないで…どうしたら涙止まるの?どうすればいい?」
慧矢は静かに聞いてみる。
「ごめんね、ごめんなさいね…慧くんが優しくて…涙が止まらないのよ…」
こんなに母さんが悲しんでいる、苦しんでいる、涙も止まらない、父さんは追いかけてもこない、何してるんだ、あの家政婦をどうしてやろう、許せない、思い知らせてやる!
頭の中で沢山の怒りの言葉が渦巻いている。
「慧くん、お願いがあるの…聞いてくれる?」
「何?なんでも言って」
「お願いだから、お父さんみたいに浮気するような男にはならないで…」
「ならないよ、俺、大人になっても父さんみたいに浮気なんかしないよ!約束する」
「約束ね」
母さんが小指を差し出して、慧矢もそれに習い小指を出して指切りをした。
「慧くん…他にもお願いがあるの」
「何?」
「お勉強をしっかりやって、知らない事をたくさん知ってほしい。いろんな事を選べる人になってもらいたいの」
「うん、わかった」
「本もいっぱい読んで…」
「うん」
「それから、本当に好きな人ができたら、お母さんと同じくらい愛してあげて」
「うん」
「大切にするのよ。お母さんみたいな思いをさせては駄目」
「わかったよ。母さん」
「あなたのお嫁さんになる人を…見て見たかったわ…」
「……?」
慧矢はきょとんとした。なんで見られないみたいな言い方をするんだろう…?
「慧くん、強くなるのよ…強くなっていつか、お母さんの無念を…晴らして…うぅ…」
母さんは再び泣きだしたが、慧矢は落ち着いて抱きしめ返した。
ー大丈夫だよ。絶対に俺が護るからね。
抱きしめられる温もりが心地よく少しずつ押し寄せてくる眠気に負けて、慧矢は目を閉じた。
「慧矢…かわいい子……お母さんを許してね…」
程なくして張り詰めた緊張から開放された慧矢が眠りにつくと、母親はそっとベッドからでて行った。
……なんとなく物寂しくて慧矢が目が覚ますと、窓の外はまだ薄暗く雨でも降りだしそうに見える。
ーあれ?母さんがいない…。
「母さん?」
部屋にはいない。
そのままの格好で他の部屋を覗いてみることにする。
まず最初に行ったのは父親の部屋だ。
カチャっ……母さんは…いない。父親だけだ。
ーいい気なもんだよな。母さんがあんなに取り乱して怒鳴ったのに、追いかけもしないでよく眠れるよ。
自分も眠ってしまったことは棚にあげた。
慧矢は次の部屋を見に行く…。
書斎だ。昨日のことがあったから、ここにはいないと思うが一応覗いてみる。
キィ……
「母さん…?」
薄明の中に人影が見え、誰かが父親の机に突っ伏しているのかわかる。
昨日、慧矢が隠れていた机…父親が母さんを裏切った場所…。
慧矢は母親が眠っていると思い、静かに近づいていった。
だが何かがおかしい。胸がざわざわとして、嫌な予感に胃がせりあがってくるようだった。
「母さん…?こんなところで寝たら風邪ひくよ?」
そう言って母親の背中に回り肩に手を伸ばすと、足元でピシャッと音がした。それになんだか鉄臭くて滑る…。
ーなんだろう…水…?
薄暗くてよくは見えないが、今はそんなことどうでもいい。慧矢はとにかくこの胸のざわつきを鎮めたかった。
「母さん、起きて…」
ポンポンと肩を叩いても起きない。
慧矢は母親を無理にでも部屋に連れ帰ろうと、肩を揺さぶった。
すると不自然に腕が下に垂れていることに気付き、その手を取る。
ーえ?なんかベタベタしてる…。
慧矢の鼓動が一気に速くなり、母親を早く起こさなくてはと焦る。
「母さん!母さん!」
恐る恐る母親を揺らす自分の手を見ると…
「血…だ……!」
何が起こっているのかわからない!どうしたらいいかなんて考えられない!
慧矢はその場にへたりこみ震駭した。
母さんが…血を流してる…!
「母さん……!嫌だ、母さん!起きて、起きてよ!」
慧矢は腰が抜けて立てないまま、母親の足元を揺らしていた。
ーどうして、どうしてこんなこと!
助けを呼ばなければならないのに、慧矢は腰が抜けて立てないでいた。
声を出して叫ぼうとしても声が出ない、言葉にすらできない。
ー立てよ!叫べよ!母さんを助けないといけないんだよ…!
慧矢は母親の足元に縋りついたまま、何度も何度も足を揺すった。
何の反応も返してくれない母親の手を、今ここにあるというだけで安堵さえしてしまう自分の浅慮さを悲観した。
時が止まってしまったかのような空間に、カチカチと時計の秒針だけがその存在を主張している。
……………
母親の足元にへばり付いてから、いったいどのくらいの時間が経ち、どのくらいそうしていただろう…。
「あぁぁー、あぁぁぁー…」
母親の血で全身真っ赤に染まった慧矢の口からは、もはや言葉らしい言葉は出ていなかった。
それでも母親を揺らし、なんとか起こそうとしている。
ー母さん…母さん…嫌だよ!起きてよ…!
母親はもう助からない…漠然とそんな諦めの言葉が頭を過ったが、母親の足元を揺らすこの手を止めることはできなかった。
自分が諦めてしまったら、本当にもう終わりのような気がしたからだ。
ー母さん…死んじゃ嫌だよ、俺強くなるから…母さんを護るから…だから…俺を置いて逝かないで…独りに…しな…いで…
慧矢の身体から痺れたように力が抜けていき、やがてゆっくりと意識が遠退いていった。
母親の冷たい手を力いっぱい握っていた両手も徐々に解けて、その場に横たわろうとする身体に引きずられて地面に落ちる…。
ーあぁ…俺はなんて役立たずなんだ…こんな時に眠いだ…なんて…。
慧矢は母親の血で出来た海に落ちた…深い深淵の底を覗き込むように沈む…沈む………
暗がりを手探りで歩くように、手を伸ばしてみる…でも何もない…何も聞こえない…目も開けているのか、閉じているのか曖昧でわからなかった。
自分はどこにいるんだろう…暑くもないし、寒くもない…俺は夢を見ているのだろうか…?夢なら何か見えてもいいはずなのに何も見えないし、何かがおかしい…。
違和感はあるのに、何故かこのままでいたいような気持ちになるのはどうしてだろう…いや、起きなきゃ…何か忘れている気がする。
そう思って藻掻いてみると、黒い霧が少しづつ薄らいできた。
見えてきた光に近づいて行くと、瞼を開く感覚を感じられた。
目が覚めた…瞬時にそう思った。慧矢は自室のベッドで横になっていたらしい。
見慣れた天井に少しほっとしたが、すぐさま母親のことを思い出す。
「母さん!」
慧矢は慌てて起き上がり、母親を探そうとベッドから降りた。
だが上手く降りることができず、床にトスンと経たりこんだ。
「母さん、母さん!どこ!」
母さんは血塗れだった…!あれは夢じゃない、どうなってんだ…!
慧矢は混乱し、大声で母親を呼んだ。
「母さん!」
大声で叫ぶのと重なって、男の声が響く。
「慧矢様…!」
どこで待機していたのか、執事の門倉が走り寄ってきた。
「門倉、母さんは?母さんは無事だよね?」
慧矢は門倉の両腕を掴みながら捲し立てた。
彼は黙ったまま、瞳を伏せた…。
「慧矢様…奥様をお護りできず、申し訳ございません…!」
震える声を絞り出して、その目から涙が一筋伝った。
「嫌だ!嘘だ!うわあぁぁーーあぁぁーーーっ!」
一瞬にして部屋は慧矢の阿鼻叫喚で地獄と化し、門倉の胸を締め上げる。
「慧矢様…!私がおります!ずっとお側におりますから!必ずお護りしますから!」
慧矢を抱き締めた門倉が「申し訳ありません!申し訳ありません…!」と繰り返しながら流涕した。
それは母親の死が真実であることの確証…。
「うぅ…ぁぁぁ……母さん…母さん!」
慧矢は門倉に縋り、気を失うまで泣き続けた。
……あの日から慧矢は色を失った。
どんなに太陽がギラギラと照りつけようが弾ける色はわからないし、月がどれほど美しく輝こうが、悲しみの余り項垂れたその風貌は哀れな雨空と同じ色だった。
…そうして慧矢の世界はモノクロになる。
当然、父親の顔色もわかるはずはないから、まともに見てもいない。
類が現れたのも、おそらくこの時からだ。
ー俺は母さんの葬儀すら覚えていないのだから…あいつがうまくやってくれたんだろう。
だからこれでいい。
母さんが死んでから俺は苦しみ呻いていたはずなのに、類のおかげで幾つものことを忘れられている気がする。
忘れる…というより、記憶が抜け落ちているのだが……。
それでもこの寂寥感は消えない。
今さら類を邪魔にするなんて、何かとてつもなく悪いことを自分は考えているようで、少し心が軋んだ。
類と俺は別人格だ。同じじゃないから、助け合えた。
そんな類は真にパートナーと呼べる存在かもしれない。
「どうしたらいいんだ…類をそのままに、彼女を手に入れる方法…」
よく考えなくてはならない、複雑な案件だ。
1つの身体に2つの人格…そのもう1つの人格に彼女を渡したくなくて悩んでいるのだから…。
いや元い、誰にも渡したくないんだ。
ー頭が痛い…
慧矢は目頭を押さえ、少しだけ眠ることにした。
◆
カーテンの端から陽が射し込んでいる。
「さぁて、いってみようっかなぁ」
んーーと両手を上げて伸びをする。
先に目を覚ましたのが類であったことなど、あっただろうか。
「慧矢に女ねぇ…」
類は鼻歌でも始まりそうなほど上機嫌だ。
すぐにベッドから降りて、部屋を出ると、洗面所へ向かう。
着ていた白のTシャツを脱いで洗濯機に放り込み、鏡の前で顔にパシャっと水をかけて微笑んでみせる。
「この顔目当てか…?」
独り言ちる類は、自信たっぷりに呟いた。
「なかなか可愛い子だったな…でもどうやって慧矢をその気にさせたんだろう…ま、いっか。会えばわかる」
ニヤリとした類は久しぶりの早起きにも関わらず、楽しくて仕方なかった。
いつもなら朝は慧矢が起きる。面倒な電車に乗るくらいなら、類は身体を明け渡して通学してもらう方がよほど楽だったからだ。
学校に着くと今度は慧矢が面倒そうだったが、僕の出番は放課後だ。
意識はあったりなかったりだが、これで2人のバランスはとれている。
「コンタクトつけよっと…」
慧矢は眼鏡ばかりだったから〝コンタクトを買ってほしい〟とメモを残しておいたら、思ったより素直に用意してくれていた。
「あれでいて結構優しいんだよな」
類にだって意思はあるし、好き嫌いの好みだってある。
それを慧矢はわかっていて、尊重してくれている。
この間も冷蔵庫に、類の大好物のオレンジヨーグルトのパウンドケーキが入っていたが、これも慧矢が甘い物好きの僕のために冷やしておいてくれたのだろう。
「だから確かめないといけないんだ…」
類は疑念を隠せない。そして反面、慧矢の初恋が成就することを望んでいた。
ー僕が守るからな…もう誰にも傷つけさせない。
類はそう心に誓う。
「ヤバっ、時間だ!」スマホを乱暴にカバンへ投げ入れ、急いで鍵をかけて走った。
慧矢が惚れた女への好奇心もあるが、騙されてるのではないか…?という気持ちも払拭できない。
ー今までずっと女はおろか、人間にさえ興味を示さず、人付き合いはほとんど僕に任せきりだったのに…。
「あの子はいるかな…」
駅に着くと、すぐさまホームを探してみる。
いた!彼女を見つけた類は小走りで近寄ろうとした。が…ぐらり…と急に目眩に襲われ、視界が霞む。
ーあぁ…慧矢か…短い朝だったなぁ…。
身体が後ろに引っ張られるようにフッと意識が遠退いた。
「はーっ……本当に油断も隙もねぇな…」
瞬時に慧矢に入れ替わった。
◆
今朝、慧矢がぼんやりと意識を覚醒させると、なんとなくおかしな感じがした。
見えるのは駅のホームで、ぼんやりとしている。
類が先に起きていたのだとすぐにわかった。
ぼやけた景色に手を伸ばし、虚空を掴むように類をつかまえた。
それを力いっぱい掴んで引っ張り、投げ飛ばすように後ろに放ると、ぐるんと前後が入れ替わるように意識がハッキリし、視界もクリアになった。
慧矢は慌ててホームの端に寄って、周囲の視線を確認した。誰も見ていない。
彼女は…葵には…見られてない…な。よし。
やはり、どう考えてもこの状態で彼女を手に入れることは難しい気がする。
何より、このままでは二人のうち、どちらが彼女に選ばれるかわからない。
もし自分が選ばれなかったら…。
彼女を口説く類も許せないし、類を選ぶ彼女も許せない。
考えただけで腸が煮えくり返る思いだった。
ー誰であろうと渡さない!俺は彼女を手に入れ、彼女には俺を捧げる。
だが…初めて好きになった女性にこれ以上近づけないなんて…もしまた類が彼女に近づいたら我慢なんてできない、嫉妬で頭がおかしくなる!
「間もなく1番線から上り電車が参ります…ー」電車到着のアナウンスが流れる。とりあえず、彼女から少し離れた後方から付いていってみることにした。
程なくして電車が到着しプシューっとドアが開く。先頭車両に乗り込むと、横の手すりに彼女は寄りかかった。
ーどこの高校なんだろう。何年生?今は直接聞くことができない…。
そんなことを考えながら、彼女を見つめていると、やがて電車が大きな橋にかかり、川が見えはじめる。
まともに眺めることはあまりなかったが、川面が太陽の光に照らされて、キラキラと美しく見える。
そのまま流れるように葵に視線をやると、彼女も同じく川を眺めていた。同じものを見ているというだけのことだが、無性に嬉しくて綺麗だと思った。
川には龍神様がいるなんて聞いたことがあるが、信じたことはない。
でも今は信じてもいいと思える。
彼女が見つめるこの川に神様がいるなら、俺は頭を垂れて祈ったっていい。
そしてこの瞬間の記念に、その姿をカメラに収めた。
橋を渡った次の駅で電車が止まると、開いたドアから降りていく葵を慌てて追いかけた。
「この駅だと高校は……あそこだけか」
スマホの画面を見やりながら、駅名で出てきた高校の制服を確認した。
「間違いない…ここだ」
慧矢はスマートフォンの画面を見て、満足げに薄ら笑う。
しばらく彼女の後を付いていき観察していると、急に立ち止まりキョロキョロし始め、ゴミ置き場の前にしゃがみ込んだ。
ー何だ、どうしたんだ?何か拾った…?
慧矢は思わず駆け寄りたくなったが堪えた。
道路の反対側へ渡り、彼女にカメラを向けズームしてみると、その手の中には一匹の子猫がいた。
「あなた捨てられたの?可哀想に…お腹空いたね…一緒に行こうか」
彼女はそう言うと、そのまま仔猫を抱いて歩き出す。
慧矢はそれを見て思わず…
「一日一善のノルマでも課せられてるのか?」と呟く。
ーカラスを助けたり仔猫を拾ったり…明日は何を助けるつもりなんだ?
だがこんな皮肉めいた言葉とは裏腹に、心の中は彼女への慈愛で溢れ、その気持ちのやり場に困ってしまっていた。
ー今日は一旦引き返すことにしよう。学校も休んで作戦を考えたい。
門倉に動いてもらうか…。
母が唯一、頼っていた小田切家の執事。
門倉のおかげで〝あの女〟を追い出すことにも成功した。
ー葵の高校はわかったから、次は自宅と身辺調査を任せればいいな…あとは類をどうするかだ。
今まで考えたこともなかったが、類でいる時間を減らすことができればいい。
せめて、葵といる時に勝手にでてこないようにできたら…。
でも、類なしでは現状は厳しい…。今さら学校の知り合い達と放課後に仲良く連むなんて面倒だし、きっと永久に交わることはない。それにお互いの交遊関係なども殆んど知らないから、誰かに尻尾を捕まれでもしたら厄介だ。
ーちょっと、互いを知らな過ぎたかもしれない…。関心がなかった俺の責任だが。
つい、楽をしてしまっていたことを少しだけ反省する。
ーけど俺も大概、勝手だよな…気になる子ができたから、お前はでてくるなって。
今までお互い、都合よく利用するだけだったから、まさか自分にこんな日がくるとは思ってなかった。
待てよ…今まで類は俺の身体を使って自由にやってた…。
ー女にだらしないことはしてないだろうな…。
一抹の不安はあるが、慧矢である時にトラブルはまだない。大丈夫か…?いや、この甘さがいけない。彼女を手に入れてから、万が一にも他の女が絡んでくるなどあってはならない。
いずれにしても、こんな事実を彼女に知られたくない。
「落ち着け…考えろ…」
まずはもろもろの調査が先だ。彼女を監視させよう。
家の間取りや起床時間、好きな食べ物に好きな色、交遊関係に服や足のサイズも知りたい。
当然のことだが、男性遍歴とSNSのアカウントもだ。
彼女に付き合っている男がいるなど、考えただけでも反吐が出そうだが、あれほどの聡明さを持ち合わせた美人だ。男がいたとしても不思議ではない。
現在進行形でいるなら、そんなものは別れさせて「過去」にしてしまえばいい。
そう考えながら、慧矢は帰路についた。
◆
自宅マンションに帰ると、まず今日撮った葵の写真をチェックした。
「よく撮れてる」
少し遠目だが問題ない。
「本当に綺麗だ…」
川を眺めていた美しい葵を思い出す。
駅のホームでなんの迷いもなく、カラスを抱き上げ颯爽と歩いて行った姿…慈眉善目な彼女に、一瞬で恋に落ちた。
「一目惚れなんて、本当にあるんだな…」
思わず零れ出た言葉に、自分は完全に彼女に魅了されてしまったのだと、改めて自覚する。
なんとしても手に入れたい…こんな気持ちは初めてだった。
そしてふと、母親の言葉が蘇る。
『お母さんと同じくらい愛してあげて…』
『お母さんみたいな思いをさせては駄目…』
ー母さん…好きな人ができたんだ。彼女はまだ俺をよく知らないけど、必ず母さんにも紹介するよ。母さんと同じくらい愛して、母さんのように悲しませたりしない!今度こそ、絶対に護ってみせるよ!
慧矢は執事の門倉に電話をかける。
「お疲れ様、慧矢です。ある女性について調査をお願いしたい。これからデータを送ります」
しばらくは見守るだけになる。
かなり物足りないが仕方ないだろう。
「かしこまりました。その人はどのようなお方なのですか?」
門倉が心配そうに聞いてきた。
「ああ…実は好きな子なんだ。でも…俺には類もいるから、まだ話しかけてもいない。だからまず、彼女の事を知りたいんだ。協力してくれるだろ?」
類のことを知る門倉は、慧矢のよき理解者でもある。
「左様でございましたか。では早速、調査を開始致します」
「ありがとう。頼むよ」
「旦那様にはいかがなさいますか?」
「いや、言う必要はないよ。俺のことは父よりあなたのほうがよく知ってる…それだけで十分だよ」
「恐れ入ります…」
「門倉、ありがとう…頼りにしてる」
「もったいないお言葉です」
門倉は優秀な男だ。執事としても秀逸だが、人望も厚く、部下を育てるのも上手い。
『良い人材は、良い人間環境の中で育まれると思っております。小田切家での給仕においては、〝報連相〟と〝おひたし〟が大変有効かと存じます』と言っていた。
『ほうれんそう…?おひたし…?』と思わず聞くと、
『報連相は、報告、連絡、相談の略。おひたしは、怒らない、否定しない、助ける、指示する…の略でございます』と教えてくれた。
できる上司である門倉は、人間関係を円滑にする術もよく心得ていて、その基礎もしっかり新人の時から叩き込む。
おかげで、小田切家で働く者の離職率はかなり低いと言える。
父親よりもたくさんのことを教えてくれた門倉は、教育学上の父親と言っても過言ではないくらいだ。
それに俺の邪推かもしれないが、門倉は母さんに特別な思いを抱いていたのではないだろうか。
それもかなり真剣な思い…。
母さんと話している時の門倉が、まるで誘惑でもするかのように扇情的な眼差しを向けていたのをよく覚えている。二人の会話に入って行けないような…子供ながらになんとなくモヤモヤしていたものだ。
他にも、俺と類の存在を当初から否定もせず支えてくれるだけではなく、母さんが嫁いできた時の話しや、慧矢が生まれた時の話しを、まるで我が事のように目を細めて話す様は、さながら父親のようだった。
四十八歳とは思えない端整な顔立ちに、礼儀正しく、落ち着いた立ち居振舞いで頭もいい…かといって全く隙がないのかと思えば、極度の蜘蛛嫌いで見つけてしまうと大騒ぎするという、かわいい一面もある。
門倉がその気になれば、落ちない女などいないのではないかと思う。
それなのに未だに独身であることも、母さんを愛しているが為だと言われたら納得だ。
決定的だったのは、あの家政婦を追い出す時、門倉が言った一言だった。
『茜さんの死の苦しみは、これからあなたが一生かけて償うべきものです。そんなものでは到底足りませんが、贖罪のお手伝いはさせていただきますよ』
ー茜さん?いつもは奥様って言ってるのに…?
俺は聴き逃さなかった。
あの時の門倉の含むところがある目つきは、一介の執事の顔ではなかった。
母さんと門倉がどういう関係だったのかはわからない。確かに、母さんは門倉を頼りにしていたと思う…よく笑顔で話していたし、相談しているような雰囲気の時もあった。
だが少なくとも二人の間に不貞はなかっただろうと想像できる。
もしあったなら母さんは自殺などしないで離婚をし、門倉と一緒になる道を選んでいたかもしれない。
それはそれで複雑だが、そうであったなら生きていたはずだ。
でも…母さんは死んだ。
俺がまだ子供だったせいで、母さんを支えきれないと判断されたからだ。
母さん…本当にごめん…。
慧矢は寥寥とした部屋で、葵の写真をプリントしながら自分を苛んだ。
でも白い壁にビスで写真を留め終える頃には、まるでクリスマスツリーの飾り付けを仕上げた時のように心が踊った。
◆
門倉に彼女の身辺調査を頼んでから一週間ほど経った頃、調査報告書が届いた。
自分が撮ったのよりもはるかに美しい葵の写真が、ところ狭しと貼られている…幸せだ。
もちろん他にも写真があるから、後で見る楽しみができた。
ー東城葵…十六歳。父、東城修…享年三十二歳、交通事故死。母、明子…三十七歳、トラック運転手。
一通り目を通す。
ー葵も一人親だったのか…。
そして一番知りたかった項目に目をやる。
…男性との交際履歴……なし。
「よしっ!」
思わず歓喜の声をあげる!
例え彼女に男がいても奪い取るつもりではいたが、それでもやはり、真っ新でいてくれたことは嬉しい。
だが、ここからが正念場だ。
美しい花の甘い香りには、とかく虫が引き寄せられる…
ーそうだ…余計な虫がつかないよう、護衛をつけよう。それでも害虫が寄ってきた時は、駆除するための演出も必要になるな…役者の手配もしておくか。
慧矢の中で次々とシナリオが出来上がっていく。
ーそうして丹精込めて彼女を護ったら、いつか俺だけに微笑みを向けて咲き誇る花になってもらえるかもしれない。それまでいくらでも待てる…でも、他の誰かに奪われるのだけは嫌だ!耐えられない!彼女が生涯独身なら、俺も独身で構わない…だけど、彼女がもし恋をし結婚を望むなら、その相手は俺であってほしい…。
慧矢はもう、そうしなければ生きていけない程、彼女を愛し欲していた。
ー迎えに行く…必ず!今は少し離れた場所から見守ってるからね。
その間に俺は類をなんとかするしかない。
病院にいくか?いや、父親に知れたら面倒だ…だが…試してみないとわからないこともある。
数ヶ月通うくらいなら、言い訳もなんとかなる。
己の意思の力だけで乗り切れるものなのかが疑問なだけに、やらないわけにはいかない。
彼女を手に入れたいなら、なんとしても類を制御できなくてはいけないんだ。
それから慧矢は同封してあった葵の写真の束を取り、一枚一枚食い入るように見ていった。
「どれもかわいいなぁ…これなんかあの時の眼差しそのものじゃないか…」
そう呟くと、それを大きくコピーし、自分の目線の高さに貼り付け、優しく慈しむように撫でた。
「大好きだよ…葵…」
慧矢は恍惚とした表情で写真に頬擦りした。
◆
毎月恒例の調査書が届いた。
ここに書かれている内容で、慧矢の今月の機嫌は左右される。
「いかがでございましたか?」
門倉のこの台詞も決り文句だ。
「うん、よく調べてあって満足だよ」
「これからのご予定は?」
彼女に集る虫をどうするのか…と聞いているのだとすぐに察する。
「しばらくは見守るしかないと思ってる。彼女には護衛も付けてあるし、危険がない限り基本的には静観だ。でも虫がつかないようにはしてくれ」
やる事は山積みだが、今までと違って張り合いがある。
「慧矢様、こちらの虫についてはすでに簡単な調査が済んでおります」
「ありがとう。家の仕事と、あの女の監視もしてるのに…あまり無理はしないでくれよ」
「お気遣い、ありがとうございます。ご心配には及びません。あの女に関しましては見ているだけで気分が悪くなるので、もはや監視も他の者に任せております」
「そうか。何から何まですまない」
母さんを死に追いやった、元家政婦の阿部洋子…一生許さない……
金欲しさから父親を誘惑し、自分とあまり年の違わない母親に嫉妬した愚かな女……
妊娠したら本妻になれるとでも思っていたのだろう。なんの信念も拘りもない、吹けば飛ぶような上辺だけの好意…そんなものを手にして何が面白いのか…こいつらの考えなど慧矢には全く理解できない。
当時、母親を失ったばかりの慧矢は、持て余す怒りと悲しみを制御できずにいた。
度々記憶を失くしてはまるで別人のように振る舞い、周囲も困惑していた。
そんな中でも門倉は常に慧矢に寄り添い、食事の管理から睡眠に至るまで補佐する毎日…。
そしてある日、こんな話をした。
『奥様を死に追いやった家政婦はまだここにおります。慧矢様はどうしたいですか…?』
門倉からこの事を聞いた時は、頭に急激に血が登り言葉にならない奇声をあげたのを覚えている。
母さんを殺した家政婦が、まだこの家にいるという事実に激昂した。
ただ怒り狂うだけの慧矢に対して門倉は冷静に話して聞かせた。
『何事も、下調べと準備、証拠が必要です。不義に対する罰は最後に下す事にしましょう』
それから二年かけて、洋子が売春をしている事、母さんの形見のアクセサリーを盗んで換金していた事を突き止めた。
だがこれだけでは弱い……
『慧矢様…無理にしなくてもよいのですよ…これだけでも証拠としては十分です』
『ダメだ…あの女は母さんを殺した!世界中どこにいても地獄が付いて回るようにしてやるんだ!』
慧矢は洋子に売春と窃盗の証拠を突き付けた上でこう囁いた。
『あなたが俺を誘惑してくれたら…ここにある証拠を全て、お渡しします。今日は父も門倉もいません。そういうことで、部屋には今夜十時にいらして下さい。来たらおしゃべりはせず黙って俺を誘惑するように。上着の下は裸でお願いしますね…』
『っ!』
………
夜十時…
ーコンコン…
のこのことやってきた洋子に憐れみさえ湧いてくる。
ーお前は終わりだ……
『あの…』
ー黙って…という簡単な指示も守れないのか…
『しーっ……』と人差し指を口に当て、黙れ…と合図する。
『……』
洋子は黙って着ていたコートを脱ぎ捨てる…言われた通り裸だった。
こんな子供を相手に躊躇もせず脱げるのだから大した雌豚だ。
そのまま慧矢の上に跨がりズボンに手を掛け、唇が触れる寸前……
ーガチャー
部屋のドアが開き、そこには父親と門倉が立っていた!
『だ、旦那様っ!』
『何を…お前、ここは慧矢の部屋だぞ!』
『違います!私は、呼ばれて来ただけなんです!』
裸で子供の上に跨っていた女の言葉に説得力などなかった。
『門倉ーっ!怖かったよ!この人がいきなり来て服を脱ぎ始めて…それで…』
半べそをかきながら門倉に走り寄り縋る慧矢を見て、父親の顔が怒りで真っ赤になっていく。
『お前はクビだ!訴えてやるからなっ!出てけ!』
これが慧矢の復讐…一連の出来事はしっかり動画に撮って保存し、いくらでも利用できる。
これから洋子は〝強制わいせつ罪〟の看板を背負った人生を生きて行くのだ。
このデジタルタトゥーは後々まで響いていくだろう。
ーいつまでも忘れないように、アンタの行く先々で皆に見てもらうからな……
こんな事をしても母親は返ってこない…だが、深く傷ついた十二歳の子供が心を癒やすには充分な復讐劇だった。
今も尚、門倉による監視は続いていて、もう十年になる。
その十年が母親にもあったなら…慧矢にとってこの世が苦界となる事もなかっただろう…。
「門倉、お疲れ様。たまには休んでくれ…」
「はい。しかし休むのはどうも苦手でして…」
慧矢が「はぁ…」と深いため息をつく。
「あなたは俺の父親も同然なんだ。母さんだけじゃなく門倉まで失ったら、俺はどう生きたらいいんだよ…頼むから、きちんと休んでくれ…」
門倉は僅かに笑みを浮かべて目を伏せ「はい…」と頷いた。
葵の隣に立つのも、護ることができるのも、そして唯一愛されるのも慧矢でなくてはならない。
ーやっとここまで来たんだ!思えばあの時の一目惚れから彼女を見守ってきたが、こんな厄介な男は初めてだ。葵にはあの男に気をつけた方がいい、危険だ、という事をほのめかしておいたが、現時点でそれほどの危機感は持っていないだろう。だがそれでいい…彼女を助けるのは俺だから…。それよりも今は葵のことだけを考えていたい。出会ってから四年…本当に長かった…そう…これから始まるんだ。
◆
この身体が小田切慧矢である時に、彼女とは初めて出会った。
あの日の空は雲っていて、駅のホームの人々がモノクロに見えた。
「うわっ、なんだあれ」
「なんかひかれた?」
「なに、なに?」
周囲がざわついてホーム前方を見ている。
気になって少し歩いていくと、黒い大きなゴミ袋のようなものがハタハタと揺らめいている。
なんだかわからず更に近くに行ってみると、カラスだ。 電車に跳ねられてホームに飛ばされたらしいが、弱々しくも片方の羽だけバタつかせてもがいている。
ーかわいそうに…。
そんな諦めの言葉が思わず頭に浮かび自嘲する。
「すみません、ちょっと通ります!」
制服を着た高校生らしき女の子が、人混みを分けてカラスの横に膝をつき、カバンからさっとタオルを取り出してカラスを包んだ。
「痛いね、ごめんね…一緒に病院いこうね…」
彼女がカラスを抱いて立ち上がろうと、カバンを持って横を向いた一瞬…目が合った。
トクン……心臓が一際大きく跳ねて、拳をギュッと握る。
彼女の周りにキラキラと光が降り注ぎ輝きはじめたかと思うと、突如として曇り空が晴れ渡り、まるで天から光のベールが降りてきたかのように見えた。
それは一瞬だったのか、数分だったのか…あまりに幻想的で瞬きするのも忘れるほどの美しい光景だった。
そのまま素早くホームから立ち去ろうとしている彼女の姿に見惚れた。
ーなんて綺麗な人なんだろう…ずっと見ていたい。
そう思ったが、どうしたらいいのかわからず、足に重石がついたかのように動かない自身の意気地のなさに嘆息した。
ただ、あの研ぎ澄まされた眼差しに一瞬で射ぬかれたことだけはわかった。
話してみたいのに追いかけられない、あの瞳に見つめられたいのに彼女の視界に入れない…。
慧矢はその場に立ち尽くしたまま電車を待って、いつも通り学校へ向かうしかなかった。
明くる日、昨日と同じ時間の同じホームに彼女はいた。
また会える事を期待して探してみた甲斐がある。
ストレートロングヘアの黒髪をハーフアップにし、シルバーの髪留めでとめている。色白の肌に桜色の形の良い唇が扇情的だ。
こんなにまじまじと女の子を見つめるのは初めてだが、すごくかわいい。
しばらく様子を窺っていると、後ろに並んでいる中年のサラリーマン風の男が、彼女との距離を詰めていることに気づく。
ーやけに近くないか?
そう思った矢先、男が彼女の髪の毛の匂いをかぎだした。チカンだ!
彼女はちょこっと振り返り、後ろの男が何か怪しいことに気づいてはいるが、確信がもてないのか何も言えずにいる…。
慧矢はつかつかつかと大股で急ぎ近づくと
「待たせてごめん。大丈夫?」
そう言って彼女の肩を抱き寄せ、男を見下ろした。
眉目秀麗な慧矢の顔が、張り付いたような笑顔で威圧感たっぷりに男に迫る。
ばつが悪そうに顔をしかめてそそくさと男がその場を立ち去ると、抱き寄せていた彼女の肩から力がぬけた。
やっと何が起きたのかを理解したようだ。
「あの、ありが…」と言って頭を下げようとする彼女の肩をガシッと押さえ、
「まだあのチカンが見ているかもしれないから、お礼は後で…ね?」
そう言って手を繋いで移動した。
どさくさ紛れだったが、意外にも彼女は嫌がることなく手を繋いだままでいてくれた。
ー少しでも強く握ったら潰してしまいそうだな…小さくて、かわいい手…。
やがて自動販売機の前に着くとその手を離した。
温かい紅茶を買って渡すと
「そんな、悪いです…」
遠慮する彼女に半ば強引に押し付けて
「気にしないでよ。代わりに名前、聞いてもいい?」
「ごめんなさい!私、東城葵って言います。あの、あなたは…?」
「俺は……うっ…」
突然、頭に靄がかかり、意識が引っ張られる。
「どうしたの?大丈夫?」
「ごめん、俺……」
「待って、あっち行こ?ゆっくりでいいよ」
葵は慧矢の肩下に入り込み、支えながら歩きだした。
目元を押さえ引きずられるようにしながらホームのベンチに座ると、葵が背中を擦ってくれた。目眩が少し和らぐと、フッ…と意識が遠退く……
「君…かわいいね~」
慧矢の口から意図しない言葉が零れた。
ー油断した、類…何でてきてるんだよ…!
「え?」
慧矢は手に力を込めて握った左腕に爪を立て、再び自分の意識を前面に出した。
「ご…めん……俺、行かなきゃ…」
「え?大丈夫?」
背中を擦ってくれていた彼女の手から逃れ、慧矢はフラつきながら立ち上がって歩きだした。
ー離れないとー
〝まだ側にいたい…でもできない…〟と矛盾した思いが交差する。
情けなくも逃げる自分に失望しながら「この役立たず…!」と心の中で存分に揶揄した。
覚束ない足どりで掴まりながら階段を降り、改札をでてしゃがみ込むと「はーっ……」っと乱れた息を整えるように目を閉じて深く呼吸をする。
危なかった…あいつの存在を認識してから、これほど焦ったことはない。
こんな俺を知られるわけにはいかない、嫌われたくない、まだ始まってもいないのに…!
俺と類は2人で1人…認めたくはないが、そうなんだ…あの日からずっと…。
『なに1人で楽しんでるんだよ』
ー頭の中で声がする。類……あの子はお前の周りにいる女子たちとは違うんだ、かまうな!
『え~せっかくかわいかったのにィ』
ーあの子には手を出すな!
フフ…と嘲笑うような声の後、すっと類の気配が消える。油断も隙もありゃしねぇ。
東城葵…か。また会いたいな。
◆
慧矢は高校へ入学した時から実家を出て一人暮らしをしている。
ここは母さんが亡くなった祖父から相続したマンションの一つで、祖母が晩年を過ごした所だった。間取りは4SLDK。
大きな箪笥や衣類などは殆んど処分されており、残っている物は祖父母の着物が少しと、年代物のオルガン、アルバム…昭和レトロなガラスコップや食器類くらいだ。
特に写真は、死んだ母さんが生きてきた証だし、俺の知らない母さんの幼少期や祖父母に会える、唯一の手段でもあったから残っていて嬉しかった。
ここは俺の〝聖域〟だ。誰にも侵されることはない。
だからここへ入れる人間は限られる。
当然だが、父親は入れない。
鍵は俺が一つ、執事の門倉に一つ、母さんの宅墓に一つ置いてある。
母さんは、小田切の墓には入りたくない、と遺書に残していたが、俺が家を出るまでの数年間、仕方なく墓に入れていた。それを俺の一人暮らしを機に分骨し、自宅墓地という形をとったのだ。
家にいつまでも遺骨があるのはどうとか、風水的にもよくないとか、どこぞの宗派に属するわけでもない自分には、形式的な意見に聞こえてうんざりするばかりだった。
俺はただ、母さんを一番安らげるであろう場所に置いてあげたかっただけだ。
ここは母さんの場所であり、俺の安住の地。
父親には、墓参りする資格すらないのだから、ここに立ち入る必要もない。
こちらの思惑など意に介さず、父親は幾つかの条件を守るなら一人暮らしもいいだろう…と、体良く厄介払いをしたわけだ。
こちらから提案したことだが、相手に安穏を許してしまったようで、考えると少し面白くない。
そうして出された条件はお粗末なものだった。
一、成績は常に上位でいること
二、友人などを集めて溜まり場にしないこと
三、大学には現役で合格すること
この3つだけで俺は自由になった。
どの条件も息子である俺という人間に、微塵の興味もなかったのだろうと想像させるもので、ただの保身としか思えなかった。
小田切家の人間として勉学に勤しみ、常にトップでいろ!恥ずかしくないように息だけしてろ!そう釘を刺されただけ。
〝父親に迷惑をかけるんじゃないぞ〟と言う意味も込めての条件…。
ーまるで俺をわかっていない。
自由になれれば何だっていい。わかってもらう必要もないから反発心もなかった。
父親はただ単に、自分の浮気現場を目撃した息子と顔を合わせるのが気まずかっただけなのだろうが、そんな安い罪悪感を抱かれたところで、なんの慰めにも救いにもならない。
ーいらないな…あんな家…
◆
あの日、幼かった慧矢は父親の書斎で、勝手に本を物色していた。
しばらく熱中していたが、廊下から人が近づいてくる気配を感じ、叱られてはいけないと、咄嗟に机の下に入り込み隠れた。
扉が開けられ、キィと音がする。
ー誰か…入ってきた。
父親の書斎なのだから、単純に入ってくるのは父親しかいない。
でも小さな声の会話から、入ってきたのはどうやら父親と後からもう一人入って来た女であるとわかった。
慌てて飛び出して勝手に書斎へ入ったことを謝るより、見つからないように息を殺してここから脱出する方が何倍もいいように思えた。
「お願いです、最後にもう一度だけ、抱いて下さい…」
パサッ…と何かが落ちた音がした。
「やめてくれ、私には茜も慧矢もいるんだ」
「愛してるんです。わたしの方が先に旦那様をお慕いしていたのに…わたしにも子供を授けて下さい」
そっと覗くと、半裸の女が父に抱きつき、腕を絡ませ、口づけている。
見てはいけないものを見たような気がして、すぐに机の下に潜り、再び息を潜めた。
「やめ…な…さい…」
父が嫌がっている…?どうしよう、止めた方がいいの?
でもそんな抵抗の声が静まったかと思うと、「ん…ん」とくぐもった女の声が聞こえ、慧矢が隠れる机がガタンと揺れた。
思わずビクっとするが、荒い息遣いとすぐに手を打つような鈍いパンパンパンという音が聞こえ始め、助けに出るタイミングを失ってしまう。
「あ…あん…正裕…さん…っ」
その声が耳朶に張り付いて響き、拍手のような音は早く激しくなる。
気分が悪くなり、声を上げて泣きだしてしまいそうになるのを、両手で口を塞ぎ屏息した。
「く…っ…」
父の呻くような声が聞こえたのと同時に、キィ……扉がゆっくりと開いた。
「きゃっ!」
「っ…!」
そこには母さんが愕然と立ち尽くしていた。
二人は直ぐ様離れると、はだけた体を隠すように乱れた服を整えだす。
「あ、茜…!違うんだ、これは、違う!」
「どういう…こと…」
発せられた言葉は怒りに震え、もはやどのような言い訳も通用しない。
そんな母の声に反応して慧矢が恐る恐る顔を出すと、みるみるうちに大人3人の顔が青ざめ、母の目からは大粒の涙がボタボタと零れ落ちる。
「慧矢!お前なんでここに!いや、茜、聞いてくれ」
母さんの目は瞬きもせず大きく見開き、まるでその光景を忘れまいと焼き付けているようだった。
そして父が手を伸ばすと
「触らないで!穢らわしい!」
父も慧矢もびっくりした。母さんが怒鳴った!
こんなことは初めてだった。だが次の瞬間にはもう穏やかな声で
「慧くん…おいで…」
と慧矢を呼んでくれた。黙って駆け寄りその手を取って父と女を見やった。
「慧くん…怖かったね…」
母さんはそう言うと手をぎゅっと握り、部屋をでて足早に歩きだした。
強く握られた手が痛いなどと、とても言える状況ではない……。
いつも穏やかな母さんが、氾濫した川のように荒れ狂っているのが、犇々と伝わってくる…。
母さんの瞳はすっかり悲しみの色に染まり、顔を歪ませて涙を流していた。
このまま泣きすぎて死んでしまうのではないか心配で…その不安定の釣り合いが怖くて、慧矢は黙って考えているしかできなかった。
子供ながらに、父親が浮気をしたから母さんを悲しませたんだと理解し、父親への嫌悪感を募らせていた。
しかし、慧矢の心配は最悪な形で現実と化してしまうなど、この時は思いもしなかった。
二人は慧矢の部屋へ着くと鍵をかけ、何を言うわけでもなくベッドに入った。
「さ、もう休みましょうね…」
母さんの目は真っ赤に充血し、瞼も腫れ上がり、唇を噛んでしまったのか、血が滲んでいた。
「母さん、大丈夫?」
「…慧くんは優しいのね」
「当たり前だよ!俺は母さんの味方だからね!」
「慧くん、あんなところ見たくなかったね…ごめんね…今の慧くんにはまだわからないかもしれないけど、ああいうことはね…本当に好きな人とだけするものよ。なのに…お父さんは…うぅ…お母さんにとっては唯一の…人だったのに……あ…あの家政婦に奪われて…しまったわ…あぁ…あぁぁ…」
両手で顔を覆い肩を震わせ、止まりかけていた涙が母さんの指の間から溢れて零れ落ちる。
ーあの家政婦が…あいつが母さんから父さんを奪ったんだ!許さない…!。
母親の悲しみに同調し、憎しみと怒りがこの時継承された。
「大丈夫だよ母さん、俺がずっと側にいるよ」
「そうね…慧くんはずっとお母さんと一緒に居てくれるのよね」
「うん、絶対に母さんを泣かせたりしないよ。俺は母さん一筋だよ」
「ありがとう、慧くん…愛してるわ…」
「俺も、愛してるよ」
母の胸に強く抱かれ、慧矢も抱きしめ返すと、母さんがまた泣きじゃくり始めた。
「母さん、泣かないで…どうしたら涙止まるの?どうすればいい?」
慧矢は静かに聞いてみる。
「ごめんね、ごめんなさいね…慧くんが優しくて…涙が止まらないのよ…」
こんなに母さんが悲しんでいる、苦しんでいる、涙も止まらない、父さんは追いかけてもこない、何してるんだ、あの家政婦をどうしてやろう、許せない、思い知らせてやる!
頭の中で沢山の怒りの言葉が渦巻いている。
「慧くん、お願いがあるの…聞いてくれる?」
「何?なんでも言って」
「お願いだから、お父さんみたいに浮気するような男にはならないで…」
「ならないよ、俺、大人になっても父さんみたいに浮気なんかしないよ!約束する」
「約束ね」
母さんが小指を差し出して、慧矢もそれに習い小指を出して指切りをした。
「慧くん…他にもお願いがあるの」
「何?」
「お勉強をしっかりやって、知らない事をたくさん知ってほしい。いろんな事を選べる人になってもらいたいの」
「うん、わかった」
「本もいっぱい読んで…」
「うん」
「それから、本当に好きな人ができたら、お母さんと同じくらい愛してあげて」
「うん」
「大切にするのよ。お母さんみたいな思いをさせては駄目」
「わかったよ。母さん」
「あなたのお嫁さんになる人を…見て見たかったわ…」
「……?」
慧矢はきょとんとした。なんで見られないみたいな言い方をするんだろう…?
「慧くん、強くなるのよ…強くなっていつか、お母さんの無念を…晴らして…うぅ…」
母さんは再び泣きだしたが、慧矢は落ち着いて抱きしめ返した。
ー大丈夫だよ。絶対に俺が護るからね。
抱きしめられる温もりが心地よく少しずつ押し寄せてくる眠気に負けて、慧矢は目を閉じた。
「慧矢…かわいい子……お母さんを許してね…」
程なくして張り詰めた緊張から開放された慧矢が眠りにつくと、母親はそっとベッドからでて行った。
……なんとなく物寂しくて慧矢が目が覚ますと、窓の外はまだ薄暗く雨でも降りだしそうに見える。
ーあれ?母さんがいない…。
「母さん?」
部屋にはいない。
そのままの格好で他の部屋を覗いてみることにする。
まず最初に行ったのは父親の部屋だ。
カチャっ……母さんは…いない。父親だけだ。
ーいい気なもんだよな。母さんがあんなに取り乱して怒鳴ったのに、追いかけもしないでよく眠れるよ。
自分も眠ってしまったことは棚にあげた。
慧矢は次の部屋を見に行く…。
書斎だ。昨日のことがあったから、ここにはいないと思うが一応覗いてみる。
キィ……
「母さん…?」
薄明の中に人影が見え、誰かが父親の机に突っ伏しているのかわかる。
昨日、慧矢が隠れていた机…父親が母さんを裏切った場所…。
慧矢は母親が眠っていると思い、静かに近づいていった。
だが何かがおかしい。胸がざわざわとして、嫌な予感に胃がせりあがってくるようだった。
「母さん…?こんなところで寝たら風邪ひくよ?」
そう言って母親の背中に回り肩に手を伸ばすと、足元でピシャッと音がした。それになんだか鉄臭くて滑る…。
ーなんだろう…水…?
薄暗くてよくは見えないが、今はそんなことどうでもいい。慧矢はとにかくこの胸のざわつきを鎮めたかった。
「母さん、起きて…」
ポンポンと肩を叩いても起きない。
慧矢は母親を無理にでも部屋に連れ帰ろうと、肩を揺さぶった。
すると不自然に腕が下に垂れていることに気付き、その手を取る。
ーえ?なんかベタベタしてる…。
慧矢の鼓動が一気に速くなり、母親を早く起こさなくてはと焦る。
「母さん!母さん!」
恐る恐る母親を揺らす自分の手を見ると…
「血…だ……!」
何が起こっているのかわからない!どうしたらいいかなんて考えられない!
慧矢はその場にへたりこみ震駭した。
母さんが…血を流してる…!
「母さん……!嫌だ、母さん!起きて、起きてよ!」
慧矢は腰が抜けて立てないまま、母親の足元を揺らしていた。
ーどうして、どうしてこんなこと!
助けを呼ばなければならないのに、慧矢は腰が抜けて立てないでいた。
声を出して叫ぼうとしても声が出ない、言葉にすらできない。
ー立てよ!叫べよ!母さんを助けないといけないんだよ…!
慧矢は母親の足元に縋りついたまま、何度も何度も足を揺すった。
何の反応も返してくれない母親の手を、今ここにあるというだけで安堵さえしてしまう自分の浅慮さを悲観した。
時が止まってしまったかのような空間に、カチカチと時計の秒針だけがその存在を主張している。
……………
母親の足元にへばり付いてから、いったいどのくらいの時間が経ち、どのくらいそうしていただろう…。
「あぁぁー、あぁぁぁー…」
母親の血で全身真っ赤に染まった慧矢の口からは、もはや言葉らしい言葉は出ていなかった。
それでも母親を揺らし、なんとか起こそうとしている。
ー母さん…母さん…嫌だよ!起きてよ…!
母親はもう助からない…漠然とそんな諦めの言葉が頭を過ったが、母親の足元を揺らすこの手を止めることはできなかった。
自分が諦めてしまったら、本当にもう終わりのような気がしたからだ。
ー母さん…死んじゃ嫌だよ、俺強くなるから…母さんを護るから…だから…俺を置いて逝かないで…独りに…しな…いで…
慧矢の身体から痺れたように力が抜けていき、やがてゆっくりと意識が遠退いていった。
母親の冷たい手を力いっぱい握っていた両手も徐々に解けて、その場に横たわろうとする身体に引きずられて地面に落ちる…。
ーあぁ…俺はなんて役立たずなんだ…こんな時に眠いだ…なんて…。
慧矢は母親の血で出来た海に落ちた…深い深淵の底を覗き込むように沈む…沈む………
暗がりを手探りで歩くように、手を伸ばしてみる…でも何もない…何も聞こえない…目も開けているのか、閉じているのか曖昧でわからなかった。
自分はどこにいるんだろう…暑くもないし、寒くもない…俺は夢を見ているのだろうか…?夢なら何か見えてもいいはずなのに何も見えないし、何かがおかしい…。
違和感はあるのに、何故かこのままでいたいような気持ちになるのはどうしてだろう…いや、起きなきゃ…何か忘れている気がする。
そう思って藻掻いてみると、黒い霧が少しづつ薄らいできた。
見えてきた光に近づいて行くと、瞼を開く感覚を感じられた。
目が覚めた…瞬時にそう思った。慧矢は自室のベッドで横になっていたらしい。
見慣れた天井に少しほっとしたが、すぐさま母親のことを思い出す。
「母さん!」
慧矢は慌てて起き上がり、母親を探そうとベッドから降りた。
だが上手く降りることができず、床にトスンと経たりこんだ。
「母さん、母さん!どこ!」
母さんは血塗れだった…!あれは夢じゃない、どうなってんだ…!
慧矢は混乱し、大声で母親を呼んだ。
「母さん!」
大声で叫ぶのと重なって、男の声が響く。
「慧矢様…!」
どこで待機していたのか、執事の門倉が走り寄ってきた。
「門倉、母さんは?母さんは無事だよね?」
慧矢は門倉の両腕を掴みながら捲し立てた。
彼は黙ったまま、瞳を伏せた…。
「慧矢様…奥様をお護りできず、申し訳ございません…!」
震える声を絞り出して、その目から涙が一筋伝った。
「嫌だ!嘘だ!うわあぁぁーーあぁぁーーーっ!」
一瞬にして部屋は慧矢の阿鼻叫喚で地獄と化し、門倉の胸を締め上げる。
「慧矢様…!私がおります!ずっとお側におりますから!必ずお護りしますから!」
慧矢を抱き締めた門倉が「申し訳ありません!申し訳ありません…!」と繰り返しながら流涕した。
それは母親の死が真実であることの確証…。
「うぅ…ぁぁぁ……母さん…母さん!」
慧矢は門倉に縋り、気を失うまで泣き続けた。
……あの日から慧矢は色を失った。
どんなに太陽がギラギラと照りつけようが弾ける色はわからないし、月がどれほど美しく輝こうが、悲しみの余り項垂れたその風貌は哀れな雨空と同じ色だった。
…そうして慧矢の世界はモノクロになる。
当然、父親の顔色もわかるはずはないから、まともに見てもいない。
類が現れたのも、おそらくこの時からだ。
ー俺は母さんの葬儀すら覚えていないのだから…あいつがうまくやってくれたんだろう。
だからこれでいい。
母さんが死んでから俺は苦しみ呻いていたはずなのに、類のおかげで幾つものことを忘れられている気がする。
忘れる…というより、記憶が抜け落ちているのだが……。
それでもこの寂寥感は消えない。
今さら類を邪魔にするなんて、何かとてつもなく悪いことを自分は考えているようで、少し心が軋んだ。
類と俺は別人格だ。同じじゃないから、助け合えた。
そんな類は真にパートナーと呼べる存在かもしれない。
「どうしたらいいんだ…類をそのままに、彼女を手に入れる方法…」
よく考えなくてはならない、複雑な案件だ。
1つの身体に2つの人格…そのもう1つの人格に彼女を渡したくなくて悩んでいるのだから…。
いや元い、誰にも渡したくないんだ。
ー頭が痛い…
慧矢は目頭を押さえ、少しだけ眠ることにした。
◆
カーテンの端から陽が射し込んでいる。
「さぁて、いってみようっかなぁ」
んーーと両手を上げて伸びをする。
先に目を覚ましたのが類であったことなど、あっただろうか。
「慧矢に女ねぇ…」
類は鼻歌でも始まりそうなほど上機嫌だ。
すぐにベッドから降りて、部屋を出ると、洗面所へ向かう。
着ていた白のTシャツを脱いで洗濯機に放り込み、鏡の前で顔にパシャっと水をかけて微笑んでみせる。
「この顔目当てか…?」
独り言ちる類は、自信たっぷりに呟いた。
「なかなか可愛い子だったな…でもどうやって慧矢をその気にさせたんだろう…ま、いっか。会えばわかる」
ニヤリとした類は久しぶりの早起きにも関わらず、楽しくて仕方なかった。
いつもなら朝は慧矢が起きる。面倒な電車に乗るくらいなら、類は身体を明け渡して通学してもらう方がよほど楽だったからだ。
学校に着くと今度は慧矢が面倒そうだったが、僕の出番は放課後だ。
意識はあったりなかったりだが、これで2人のバランスはとれている。
「コンタクトつけよっと…」
慧矢は眼鏡ばかりだったから〝コンタクトを買ってほしい〟とメモを残しておいたら、思ったより素直に用意してくれていた。
「あれでいて結構優しいんだよな」
類にだって意思はあるし、好き嫌いの好みだってある。
それを慧矢はわかっていて、尊重してくれている。
この間も冷蔵庫に、類の大好物のオレンジヨーグルトのパウンドケーキが入っていたが、これも慧矢が甘い物好きの僕のために冷やしておいてくれたのだろう。
「だから確かめないといけないんだ…」
類は疑念を隠せない。そして反面、慧矢の初恋が成就することを望んでいた。
ー僕が守るからな…もう誰にも傷つけさせない。
類はそう心に誓う。
「ヤバっ、時間だ!」スマホを乱暴にカバンへ投げ入れ、急いで鍵をかけて走った。
慧矢が惚れた女への好奇心もあるが、騙されてるのではないか…?という気持ちも払拭できない。
ー今までずっと女はおろか、人間にさえ興味を示さず、人付き合いはほとんど僕に任せきりだったのに…。
「あの子はいるかな…」
駅に着くと、すぐさまホームを探してみる。
いた!彼女を見つけた類は小走りで近寄ろうとした。が…ぐらり…と急に目眩に襲われ、視界が霞む。
ーあぁ…慧矢か…短い朝だったなぁ…。
身体が後ろに引っ張られるようにフッと意識が遠退いた。
「はーっ……本当に油断も隙もねぇな…」
瞬時に慧矢に入れ替わった。
◆
今朝、慧矢がぼんやりと意識を覚醒させると、なんとなくおかしな感じがした。
見えるのは駅のホームで、ぼんやりとしている。
類が先に起きていたのだとすぐにわかった。
ぼやけた景色に手を伸ばし、虚空を掴むように類をつかまえた。
それを力いっぱい掴んで引っ張り、投げ飛ばすように後ろに放ると、ぐるんと前後が入れ替わるように意識がハッキリし、視界もクリアになった。
慧矢は慌ててホームの端に寄って、周囲の視線を確認した。誰も見ていない。
彼女は…葵には…見られてない…な。よし。
やはり、どう考えてもこの状態で彼女を手に入れることは難しい気がする。
何より、このままでは二人のうち、どちらが彼女に選ばれるかわからない。
もし自分が選ばれなかったら…。
彼女を口説く類も許せないし、類を選ぶ彼女も許せない。
考えただけで腸が煮えくり返る思いだった。
ー誰であろうと渡さない!俺は彼女を手に入れ、彼女には俺を捧げる。
だが…初めて好きになった女性にこれ以上近づけないなんて…もしまた類が彼女に近づいたら我慢なんてできない、嫉妬で頭がおかしくなる!
「間もなく1番線から上り電車が参ります…ー」電車到着のアナウンスが流れる。とりあえず、彼女から少し離れた後方から付いていってみることにした。
程なくして電車が到着しプシューっとドアが開く。先頭車両に乗り込むと、横の手すりに彼女は寄りかかった。
ーどこの高校なんだろう。何年生?今は直接聞くことができない…。
そんなことを考えながら、彼女を見つめていると、やがて電車が大きな橋にかかり、川が見えはじめる。
まともに眺めることはあまりなかったが、川面が太陽の光に照らされて、キラキラと美しく見える。
そのまま流れるように葵に視線をやると、彼女も同じく川を眺めていた。同じものを見ているというだけのことだが、無性に嬉しくて綺麗だと思った。
川には龍神様がいるなんて聞いたことがあるが、信じたことはない。
でも今は信じてもいいと思える。
彼女が見つめるこの川に神様がいるなら、俺は頭を垂れて祈ったっていい。
そしてこの瞬間の記念に、その姿をカメラに収めた。
橋を渡った次の駅で電車が止まると、開いたドアから降りていく葵を慌てて追いかけた。
「この駅だと高校は……あそこだけか」
スマホの画面を見やりながら、駅名で出てきた高校の制服を確認した。
「間違いない…ここだ」
慧矢はスマートフォンの画面を見て、満足げに薄ら笑う。
しばらく彼女の後を付いていき観察していると、急に立ち止まりキョロキョロし始め、ゴミ置き場の前にしゃがみ込んだ。
ー何だ、どうしたんだ?何か拾った…?
慧矢は思わず駆け寄りたくなったが堪えた。
道路の反対側へ渡り、彼女にカメラを向けズームしてみると、その手の中には一匹の子猫がいた。
「あなた捨てられたの?可哀想に…お腹空いたね…一緒に行こうか」
彼女はそう言うと、そのまま仔猫を抱いて歩き出す。
慧矢はそれを見て思わず…
「一日一善のノルマでも課せられてるのか?」と呟く。
ーカラスを助けたり仔猫を拾ったり…明日は何を助けるつもりなんだ?
だがこんな皮肉めいた言葉とは裏腹に、心の中は彼女への慈愛で溢れ、その気持ちのやり場に困ってしまっていた。
ー今日は一旦引き返すことにしよう。学校も休んで作戦を考えたい。
門倉に動いてもらうか…。
母が唯一、頼っていた小田切家の執事。
門倉のおかげで〝あの女〟を追い出すことにも成功した。
ー葵の高校はわかったから、次は自宅と身辺調査を任せればいいな…あとは類をどうするかだ。
今まで考えたこともなかったが、類でいる時間を減らすことができればいい。
せめて、葵といる時に勝手にでてこないようにできたら…。
でも、類なしでは現状は厳しい…。今さら学校の知り合い達と放課後に仲良く連むなんて面倒だし、きっと永久に交わることはない。それにお互いの交遊関係なども殆んど知らないから、誰かに尻尾を捕まれでもしたら厄介だ。
ーちょっと、互いを知らな過ぎたかもしれない…。関心がなかった俺の責任だが。
つい、楽をしてしまっていたことを少しだけ反省する。
ーけど俺も大概、勝手だよな…気になる子ができたから、お前はでてくるなって。
今までお互い、都合よく利用するだけだったから、まさか自分にこんな日がくるとは思ってなかった。
待てよ…今まで類は俺の身体を使って自由にやってた…。
ー女にだらしないことはしてないだろうな…。
一抹の不安はあるが、慧矢である時にトラブルはまだない。大丈夫か…?いや、この甘さがいけない。彼女を手に入れてから、万が一にも他の女が絡んでくるなどあってはならない。
いずれにしても、こんな事実を彼女に知られたくない。
「落ち着け…考えろ…」
まずはもろもろの調査が先だ。彼女を監視させよう。
家の間取りや起床時間、好きな食べ物に好きな色、交遊関係に服や足のサイズも知りたい。
当然のことだが、男性遍歴とSNSのアカウントもだ。
彼女に付き合っている男がいるなど、考えただけでも反吐が出そうだが、あれほどの聡明さを持ち合わせた美人だ。男がいたとしても不思議ではない。
現在進行形でいるなら、そんなものは別れさせて「過去」にしてしまえばいい。
そう考えながら、慧矢は帰路についた。
◆
自宅マンションに帰ると、まず今日撮った葵の写真をチェックした。
「よく撮れてる」
少し遠目だが問題ない。
「本当に綺麗だ…」
川を眺めていた美しい葵を思い出す。
駅のホームでなんの迷いもなく、カラスを抱き上げ颯爽と歩いて行った姿…慈眉善目な彼女に、一瞬で恋に落ちた。
「一目惚れなんて、本当にあるんだな…」
思わず零れ出た言葉に、自分は完全に彼女に魅了されてしまったのだと、改めて自覚する。
なんとしても手に入れたい…こんな気持ちは初めてだった。
そしてふと、母親の言葉が蘇る。
『お母さんと同じくらい愛してあげて…』
『お母さんみたいな思いをさせては駄目…』
ー母さん…好きな人ができたんだ。彼女はまだ俺をよく知らないけど、必ず母さんにも紹介するよ。母さんと同じくらい愛して、母さんのように悲しませたりしない!今度こそ、絶対に護ってみせるよ!
慧矢は執事の門倉に電話をかける。
「お疲れ様、慧矢です。ある女性について調査をお願いしたい。これからデータを送ります」
しばらくは見守るだけになる。
かなり物足りないが仕方ないだろう。
「かしこまりました。その人はどのようなお方なのですか?」
門倉が心配そうに聞いてきた。
「ああ…実は好きな子なんだ。でも…俺には類もいるから、まだ話しかけてもいない。だからまず、彼女の事を知りたいんだ。協力してくれるだろ?」
類のことを知る門倉は、慧矢のよき理解者でもある。
「左様でございましたか。では早速、調査を開始致します」
「ありがとう。頼むよ」
「旦那様にはいかがなさいますか?」
「いや、言う必要はないよ。俺のことは父よりあなたのほうがよく知ってる…それだけで十分だよ」
「恐れ入ります…」
「門倉、ありがとう…頼りにしてる」
「もったいないお言葉です」
門倉は優秀な男だ。執事としても秀逸だが、人望も厚く、部下を育てるのも上手い。
『良い人材は、良い人間環境の中で育まれると思っております。小田切家での給仕においては、〝報連相〟と〝おひたし〟が大変有効かと存じます』と言っていた。
『ほうれんそう…?おひたし…?』と思わず聞くと、
『報連相は、報告、連絡、相談の略。おひたしは、怒らない、否定しない、助ける、指示する…の略でございます』と教えてくれた。
できる上司である門倉は、人間関係を円滑にする術もよく心得ていて、その基礎もしっかり新人の時から叩き込む。
おかげで、小田切家で働く者の離職率はかなり低いと言える。
父親よりもたくさんのことを教えてくれた門倉は、教育学上の父親と言っても過言ではないくらいだ。
それに俺の邪推かもしれないが、門倉は母さんに特別な思いを抱いていたのではないだろうか。
それもかなり真剣な思い…。
母さんと話している時の門倉が、まるで誘惑でもするかのように扇情的な眼差しを向けていたのをよく覚えている。二人の会話に入って行けないような…子供ながらになんとなくモヤモヤしていたものだ。
他にも、俺と類の存在を当初から否定もせず支えてくれるだけではなく、母さんが嫁いできた時の話しや、慧矢が生まれた時の話しを、まるで我が事のように目を細めて話す様は、さながら父親のようだった。
四十八歳とは思えない端整な顔立ちに、礼儀正しく、落ち着いた立ち居振舞いで頭もいい…かといって全く隙がないのかと思えば、極度の蜘蛛嫌いで見つけてしまうと大騒ぎするという、かわいい一面もある。
門倉がその気になれば、落ちない女などいないのではないかと思う。
それなのに未だに独身であることも、母さんを愛しているが為だと言われたら納得だ。
決定的だったのは、あの家政婦を追い出す時、門倉が言った一言だった。
『茜さんの死の苦しみは、これからあなたが一生かけて償うべきものです。そんなものでは到底足りませんが、贖罪のお手伝いはさせていただきますよ』
ー茜さん?いつもは奥様って言ってるのに…?
俺は聴き逃さなかった。
あの時の門倉の含むところがある目つきは、一介の執事の顔ではなかった。
母さんと門倉がどういう関係だったのかはわからない。確かに、母さんは門倉を頼りにしていたと思う…よく笑顔で話していたし、相談しているような雰囲気の時もあった。
だが少なくとも二人の間に不貞はなかっただろうと想像できる。
もしあったなら母さんは自殺などしないで離婚をし、門倉と一緒になる道を選んでいたかもしれない。
それはそれで複雑だが、そうであったなら生きていたはずだ。
でも…母さんは死んだ。
俺がまだ子供だったせいで、母さんを支えきれないと判断されたからだ。
母さん…本当にごめん…。
慧矢は寥寥とした部屋で、葵の写真をプリントしながら自分を苛んだ。
でも白い壁にビスで写真を留め終える頃には、まるでクリスマスツリーの飾り付けを仕上げた時のように心が踊った。
◆
門倉に彼女の身辺調査を頼んでから一週間ほど経った頃、調査報告書が届いた。
自分が撮ったのよりもはるかに美しい葵の写真が、ところ狭しと貼られている…幸せだ。
もちろん他にも写真があるから、後で見る楽しみができた。
ー東城葵…十六歳。父、東城修…享年三十二歳、交通事故死。母、明子…三十七歳、トラック運転手。
一通り目を通す。
ー葵も一人親だったのか…。
そして一番知りたかった項目に目をやる。
…男性との交際履歴……なし。
「よしっ!」
思わず歓喜の声をあげる!
例え彼女に男がいても奪い取るつもりではいたが、それでもやはり、真っ新でいてくれたことは嬉しい。
だが、ここからが正念場だ。
美しい花の甘い香りには、とかく虫が引き寄せられる…
ーそうだ…余計な虫がつかないよう、護衛をつけよう。それでも害虫が寄ってきた時は、駆除するための演出も必要になるな…役者の手配もしておくか。
慧矢の中で次々とシナリオが出来上がっていく。
ーそうして丹精込めて彼女を護ったら、いつか俺だけに微笑みを向けて咲き誇る花になってもらえるかもしれない。それまでいくらでも待てる…でも、他の誰かに奪われるのだけは嫌だ!耐えられない!彼女が生涯独身なら、俺も独身で構わない…だけど、彼女がもし恋をし結婚を望むなら、その相手は俺であってほしい…。
慧矢はもう、そうしなければ生きていけない程、彼女を愛し欲していた。
ー迎えに行く…必ず!今は少し離れた場所から見守ってるからね。
その間に俺は類をなんとかするしかない。
病院にいくか?いや、父親に知れたら面倒だ…だが…試してみないとわからないこともある。
数ヶ月通うくらいなら、言い訳もなんとかなる。
己の意思の力だけで乗り切れるものなのかが疑問なだけに、やらないわけにはいかない。
彼女を手に入れたいなら、なんとしても類を制御できなくてはいけないんだ。
それから慧矢は同封してあった葵の写真の束を取り、一枚一枚食い入るように見ていった。
「どれもかわいいなぁ…これなんかあの時の眼差しそのものじゃないか…」
そう呟くと、それを大きくコピーし、自分の目線の高さに貼り付け、優しく慈しむように撫でた。
「大好きだよ…葵…」
慧矢は恍惚とした表情で写真に頬擦りした。
◆
毎月恒例の調査書が届いた。
ここに書かれている内容で、慧矢の今月の機嫌は左右される。
「いかがでございましたか?」
門倉のこの台詞も決り文句だ。
「うん、よく調べてあって満足だよ」
「これからのご予定は?」
彼女に集る虫をどうするのか…と聞いているのだとすぐに察する。
「しばらくは見守るしかないと思ってる。彼女には護衛も付けてあるし、危険がない限り基本的には静観だ。でも虫がつかないようにはしてくれ」
やる事は山積みだが、今までと違って張り合いがある。
「慧矢様、こちらの虫についてはすでに簡単な調査が済んでおります」
「ありがとう。家の仕事と、あの女の監視もしてるのに…あまり無理はしないでくれよ」
「お気遣い、ありがとうございます。ご心配には及びません。あの女に関しましては見ているだけで気分が悪くなるので、もはや監視も他の者に任せております」
「そうか。何から何まですまない」
母さんを死に追いやった、元家政婦の阿部洋子…一生許さない……
金欲しさから父親を誘惑し、自分とあまり年の違わない母親に嫉妬した愚かな女……
妊娠したら本妻になれるとでも思っていたのだろう。なんの信念も拘りもない、吹けば飛ぶような上辺だけの好意…そんなものを手にして何が面白いのか…こいつらの考えなど慧矢には全く理解できない。
当時、母親を失ったばかりの慧矢は、持て余す怒りと悲しみを制御できずにいた。
度々記憶を失くしてはまるで別人のように振る舞い、周囲も困惑していた。
そんな中でも門倉は常に慧矢に寄り添い、食事の管理から睡眠に至るまで補佐する毎日…。
そしてある日、こんな話をした。
『奥様を死に追いやった家政婦はまだここにおります。慧矢様はどうしたいですか…?』
門倉からこの事を聞いた時は、頭に急激に血が登り言葉にならない奇声をあげたのを覚えている。
母さんを殺した家政婦が、まだこの家にいるという事実に激昂した。
ただ怒り狂うだけの慧矢に対して門倉は冷静に話して聞かせた。
『何事も、下調べと準備、証拠が必要です。不義に対する罰は最後に下す事にしましょう』
それから二年かけて、洋子が売春をしている事、母さんの形見のアクセサリーを盗んで換金していた事を突き止めた。
だがこれだけでは弱い……
『慧矢様…無理にしなくてもよいのですよ…これだけでも証拠としては十分です』
『ダメだ…あの女は母さんを殺した!世界中どこにいても地獄が付いて回るようにしてやるんだ!』
慧矢は洋子に売春と窃盗の証拠を突き付けた上でこう囁いた。
『あなたが俺を誘惑してくれたら…ここにある証拠を全て、お渡しします。今日は父も門倉もいません。そういうことで、部屋には今夜十時にいらして下さい。来たらおしゃべりはせず黙って俺を誘惑するように。上着の下は裸でお願いしますね…』
『っ!』
………
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ーコンコン…
のこのことやってきた洋子に憐れみさえ湧いてくる。
ーお前は終わりだ……
『あの…』
ー黙って…という簡単な指示も守れないのか…
『しーっ……』と人差し指を口に当て、黙れ…と合図する。
『……』
洋子は黙って着ていたコートを脱ぎ捨てる…言われた通り裸だった。
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そのまま慧矢の上に跨がりズボンに手を掛け、唇が触れる寸前……
ーガチャー
部屋のドアが開き、そこには父親と門倉が立っていた!
『だ、旦那様っ!』
『何を…お前、ここは慧矢の部屋だぞ!』
『違います!私は、呼ばれて来ただけなんです!』
裸で子供の上に跨っていた女の言葉に説得力などなかった。
『門倉ーっ!怖かったよ!この人がいきなり来て服を脱ぎ始めて…それで…』
半べそをかきながら門倉に走り寄り縋る慧矢を見て、父親の顔が怒りで真っ赤になっていく。
『お前はクビだ!訴えてやるからなっ!出てけ!』
これが慧矢の復讐…一連の出来事はしっかり動画に撮って保存し、いくらでも利用できる。
これから洋子は〝強制わいせつ罪〟の看板を背負った人生を生きて行くのだ。
このデジタルタトゥーは後々まで響いていくだろう。
ーいつまでも忘れないように、アンタの行く先々で皆に見てもらうからな……
こんな事をしても母親は返ってこない…だが、深く傷ついた十二歳の子供が心を癒やすには充分な復讐劇だった。
今も尚、門倉による監視は続いていて、もう十年になる。
その十年が母親にもあったなら…慧矢にとってこの世が苦界となる事もなかっただろう…。
「門倉、お疲れ様。たまには休んでくれ…」
「はい。しかし休むのはどうも苦手でして…」
慧矢が「はぁ…」と深いため息をつく。
「あなたは俺の父親も同然なんだ。母さんだけじゃなく門倉まで失ったら、俺はどう生きたらいいんだよ…頼むから、きちんと休んでくれ…」
門倉は僅かに笑みを浮かべて目を伏せ「はい…」と頷いた。
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