【R18】君は僕の太陽、月のように君次第な僕(R18表現ありVer.)

茶山ぴよ

文字の大きさ
20 / 427
第1章 新担任

第13話 汐風の中で(1)

しおりを挟む
土曜日。午後の空はすでに金色の粒子を含んだような秋の色になっていた。

聡はローバーミニの助手席に乗っていた。運転席には楽しげにFMラジオにあわせて鼻歌の将。

ローバーミニの狭い車内は、二人の距離をとても近いものにしていた。



昨日。

自宅に帰りついてから聡は将に電話をかけた。

「先生?」

将は電話に出るなり聡を呼んだ。きっと番号を登録してあるのだろう。

「今日は残念だったね」

「フン……で、なんだよ」

「明日デートしてもいいよ」

「ウソっ!?マジ?……何で」

「前に助けてもらったのに、お礼もしてなかったでしょ。携帯も拾ってもらったし。それにテストすごい頑張ったし……」



電話を切って、聡は思わず、博史の写真を振り返った。

細い目の笑顔はいつもと変わりがない。

「浮気じゃないよ。教え子のご褒美にちょっと付き合うだけだから、ね?」

と写真の博史に囁く。

このちくちくとした罪悪感は婚約者以外の男性と2人でデートするからであって、特別なものではない、

と聡は思い込んで納得する。



しかし、高校生とのデートに何を着ていくべきなのか。

あんまり若作りするのも何だし。

あんまり気合を入れたと思われるのも何だし。

そうかといっていつも学校に着ていくようなスーツじゃあんまりだし。

鏡の前であれこれ合わせ。挙句、床に紙を敷いて靴まで合わせないと気が気じゃなくなる。

聡は小一時間たっぷり悩んだ。

結局、聡は学校では着れないフェミナンな柔らかい生地の、柄もののスカートに

黒いノースリーブのカットソーとデザインジャケット、それに少し早めではあるがブーツをあわせることにした。

黒は流行を問わず、聡の好む色だ。肌の色が引き立って大人っぽく見える上に、

スタイルのよさを引き立てることを知っている。

これなら少し年上の雰囲気もあって、ブーツで可愛さもあるし、いいだろう。

聡は髪に艶出しのヘアオイルをいつもより多めに塗った。



家まで迎えに来るというので、待っていると時間に、合図どおりワンギリコール。

外に出ると将はローバーミニの横から手を振っていたのだ。

「た、鷹枝くんっ、あなた無免許」聡は階段を降りて駆け寄る。

「先生、ここ、駐禁だから早く乗って」

サングラスをかけた将は、聡を強引に助手席に座らせてアクセルを踏んだ。

「どこいこうか?」

将はのんびりと運転している。そのサングラスをかけた横顔はとても高校生には見えない。

高く鋭い鼻梁に、整った形の良い唇。聡は一瞬見惚れてしまった。

長い足を包んでいるのはジーンズ、たぶん高価なヴィンテージものだろう。

そこらの不良少年のように「腰パン」などにしていない。

「ちょっと、鷹枝くん、無免許でしょ」

「免許?もってるから心配しないで。ほら」

よこした免許は写真だけ将にすり替わっていて、他は山田某名義になっている。

「これは山田のでしょーっ!先生に運転代わりなさい!」

「え、先生免許持ってるの?」

一応持っている。もっとも高校を卒業した春休みに取得して以来、ほとんど運転してないが……。

でも無免許の教え子に運転させてたことがバレたらそれこそ一大事だ。

将はしぶしぶ、道路わきに車を止めた。

聡は覚悟を決めて、運転席に座った。

―――え、うそ。マニュアル車?

いちおう聡の免許はマニュアルも運転できるものだが、本当に教習所以来運転していない。

アメリカで少々運転したのは、すべてAT車だった。

「ちょっとクラッチ固めだから」助手席に移った将がアドバイスする。

なんとかなるさ、と再度覚悟を決めてクラッチをおそるおそる踏みつつアクセルを踏む。

前に進まない。

―――なんで?

「先生、ハンドブレーキ、ハンドブレーキ」

「あ、そうか」

ハンドブレーキ解除。よし。クラッチとアクセルをゆっくり……。

「危ねえっ!」振り返っていた将の緊迫した声。

「ええっ?キャ!」

とたん、運転席の窓ギリギリを原付バイクが走り抜けていった。

車を出していたら接触したかもしれない。

聡は胸が痛くなるほどドキドキした。

「ちゃんと後ろ確認して」思わず将の声が少し鋭くなる。

今度は確認した。聡は再度クラッチとアクセルを踏んだ。

ガクッと車がのめった。お決まりのエンスト。

「……やっぱり俺が運転するよ」



「で、どこに行こうか」

落ち込む聡だったが将は別段気にする様子もない。

「水族館、遊園地、動物園、映画、海……デートっていったらこのへん?」

聡は思わず博史とのデートを思い出していた。

博史が帰国したときに一緒にいくところ、といったら、ホテ……。

―――バカ、そればっかじゃないでしょ!

聡は照れ隠しに窓の外に顔をむけた。それは将にはそっぽを向いたように見えた。

窓の外に聡は博史との思い出を投影していた。

お盆に行ったのが温泉。聡は一人頬を染める。

前には和食、映画、美術館、歌舞伎、買い物に行っている。

ひとつひとつに博史の思い出がまとわりついている。

外国に赴任している博史は、帰国すると『日本』にどっぷり浸かろうとする。

今年一緒に行った温泉宿でも、浴衣に檜風呂、冷酒にうっとりしていたっけ。

竹林にひらけた縁側、浴衣姿で同じく浴衣姿の博史に膝枕を与えて、和紙の団扇で風を送った今年の夏。

竹林がさわさわと風の訪れを告げ、風鈴が儚げな音色をたてた……。

「どうするよー」将の声で窓の外は竹林から殺風景な国道沿線に戻った。

夏の回想を振り払うように将の提案を検討してみた。

水族館は行ったことがある。

遊園地、これはネズミのキャラクターで有名なあそこに行った。

動物園、行った。海。

―――そういえば、今年の夏は海にいかなかったな。

 聡の実家は山口県萩市。あのあたりは透明度で有名な海岸線が続いている。

聡は子供の頃、よく泳ぎにいったものだ。

「じゃ、とりあえず、海にむかってドライブしよっか」

将が、聡の心を読んだように言った。

 でも、本当の恋人同士でもないのに、単に海を見に行くなんて、間が持つんだろうか。



海へ行く、といったがまだまだ道のりは遠い。

車はようやく高速道路の南下をはじめたばかりだ。

「音楽どんなの聴く?」

好きな音楽が終わったのか、将はラジオのチャンネルを切り替えながら聡に訊いた。

「え、別に普通の……」

音楽に関しては、流行りにまったく疎い聡は、若くていかにも洒落者っぽい将に普段自分が聞く音楽を言う自信がない。

「……が好きだろ?」

将が、あるJポップアーチストの名前を挙げた。少年のような声がずっと変わらない大御所である。

「なんで知ってるの?」

「CDが部屋にあったから」

「!。勝手に引き出しを開けたのね!」

めったにCDを聞かない聡はそれを引き出しにしまいこんでいたはずだ。

「いいじゃん、別に下着盗んだわけじゃなし」

将は笑う。「んもう!」膨れる聡に

「俺のおふくろも好きだったよ。といっても……の頃だけど」

といってそのアーチストが昔所属していたグループ名を言った。

「へえ……、あのお母様が」

聡は校長室に苦情を言いにきた和服姿の将の母親を思い浮かべた。

流行歌などまったく聞きそうにない雰囲気だったと思う。

「いや、俺の本当のおふくろの方。こないだ学校に来たのはママハハ」

「……そうなんだ」

まずいことを聞いてしまったと思った。

問題児といわれる将がそうなるには、きっと家庭の問題があったのに違いない。

しかし、担任教師としての使命感なのか、単なる好奇心なのか、聡は質問をやめることができない。

「本当のお母様は……?」

「小1のときに死んだ。病気で」

将は淡々と答えながらCDをセットした。

「……ごめん」

今度こそマジでまずいことを聞いてしまったと聡は後悔した。

ハンドルを握る横顔はサングラスでその表情が隠されてしまっている。

小1といえば、将の父が選挙に出た、といっていたのも小1だ。

父の立候補、母の死、さまざまな出来事がまだ小さい将をゆがめたのかもしれない。

ゆがめた? 横にいる将はゆがんでいる人間には、あまり見えない。

聡が知る限り、将は明るくて快活な普通の17歳だ。

カーオーディオからは聡が好きな歌声が流れ始めた。

「これ、俺も好きなほうだよ」

聡はその声に救われた。

「あんたみたいな若い子が意外ね」

あんた言うな。と将は笑った。

CDの中で大御所が『また来る 哀しみは 超えてゆくもの』と歌っていた。

それは二人の遥かな未来を暗示していた。

哀しみの到来も、そのまえの嵐も、きらめきも、まだかすかな予感にすぎなかった。
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました

せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~ 救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

俺様御曹司に飼われました

馬村 はくあ
恋愛
新入社員の心海が、与えられた社宅に行くと先住民が!? 「俺に飼われてみる?」 自分の家だと言い張る先住民に出された条件は、カノジョになること。 しぶしぶ受け入れてみるけど、俺様だけど優しいそんな彼にいつしか惹かれていって……

処理中です...