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第23章 最後の夜
第379話 最後の夜(3)
しおりを挟む――もうだめだ。
一瞬、聡は観念した。
どうして知っているのか、という疑問より先にそう思ったのは――
すべてが将にバレていて、この計画を止めにわざわざやって来たと考えたかったから。
この期におよんで、聡はまだ将と離れたくない自分に気づいている。
いや、ずっと前から。
先のことなど考えずに、まわりなど見ずに、二人だけの世界に逃げられたら。
すべてを御破算にしてしまえればどれだけいいか。
自分にひそむ自暴自棄な思い。
自分の中で激しく渦巻くそれを感じている……ということは、今、現実の聡を支配しているのは冷静な思考ということだ。
計画をすべて反故にして。
激しい感情に身を任せられれば。
そう考えつつも、聡の現実は、自分で自分が憎らしくなるほどの冷静さだった。
そしてその現実の聡を支配している冷静さは……将の様子を観察さえ、していた。
『ボストンに行くんだって?』
といった将のその口調は思いつめた様子ではない。
口元には笑いさえ浮かんでいる。
冗談だとでも思っているように。
……つまり、自分と康三の間に交わされた約束のすべてを将が知ったわけではないのだろう。
その全容を知って……今のような反応はありえないからだ。
もし、すべてを知ったら。
将はどうするんだろうか……。
聡は一瞬想像しかけてやめる。怖かったのと、そんなことを想像しても意味がないからだ。
聡は2度、3度と瞬きをしながら、呼吸を整える。
「なあに、それ」
できるだけ明るく返すのに苦労しながら、聡は将の様子を観察した。
「何それって……アキラが言ってたんだろ。ケンちゃんとこの寿司屋で」
――大丈夫。何も将は知らない。
口止めしたにもかかわらず、兵藤は将に聡のボストン行きを伝えたらしい。
ということは、他のことは何一つ知らないのだろう。
康三から、別れるように言われていることも。
そして聡が博史と籍を入れたことも……。
聡は安心するかたわらで……気持ちのかなりの部分で失望するのがわかった。
将のこれからを考えれば、計画が生きていることは喜ばしいことのはずなのに。
「そういうことにしといたのよ……」
聡は、とっさにでまかせを言って取り繕った。
何を言っても。何を約束しても。明日、日本を発ってしまえば……あとは同じだ。
将を安心させて、願わくば明日の試験に合格させれば、聡はそれでいいのだ。
それで将は幸せになれるのだから……。
「明日、試験が終わって、合格できたら……結婚するんでしょう」
できるとは思っていなかったけれど。本当に望んでいたこと。
将が怪しまないよう、彼の瞳を見つめながら口にする将来の希望。
聡は目が熱くなるのを必死で抑えながら取り繕う。
「でも、将が結婚ってことになったら世間が大騒ぎになるでしょ。……だから、子供が産まれるまで、しばらく隠れたほうがいいかな、と思って。それで、美智子とか知り合いには、ボストンっていってごまかしてあるの」
「やっぱり、そうかー」
将は、この苦し紛れの取り繕いを信じたらしい。
白い歯を見せて笑うと、もう一度聡をそっと抱き寄せてくる。
せつなさのあまり肺が押しつぶされそうになる。
将は……聡を心の底から信用しているのだ。
裏切ることなど考えてもいないのだ。
聡の言うことなら……将はおそらく何でも信じるのだろう。
「俺もおんなじこと考えてたんだ。試験が終わったら二人でどこかに隠れようって」
肩越しに聞こえる、将の温かい声。
二人の幸せを信じて疑わない……そんな声。
そんな将が、今の聡にはつらい。
疑ってほしい。咎めてほしい。つじつまが合わないと問い詰めてほしい。
すべてを告白しなくてはならないほどに、厳しく追及してほしいのに。
本当は離れたくない。
いつまでもこのぬくもりに包まれていたい。
一方的に突き離して去っていくなんてできない、できるはずがない。
将のために、将を捨てる明日。
土壇場の今日になってまで、まだ。
……それが台無しになることを願っている。
聡は息苦しいほどの切なさの中で、将の肩の感触とぬくもりを噛みしめていた。
将は……胸の中の聡が、涙をためていることなど何も気づかず、幸福に酔っていた。
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