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4:みだれゆくこころ(3)
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「……まーた早川ちゃん見てたやろぉ」
週が明けて、英語の授業後の休み時間の教室。
斜め前の席から身を乗り出した杏奈が、ジト目で海斗を指差した。
「見てないよ」
「うそつき。視線の角度でバレバレなんやけん」
杏奈はぷくっと頬をふくらませた。
里玖を追う瞳は、海斗の意志とは無関係に動いてしまう。
図星すぎて反論できない海斗は、話題を変えようと、ふと思いついた疑問を口にした。
「そういやさ……俺の誕生日って、いつやっけ?」
先日。アキトとの釣り後のタコパで、ビール飲みてえ~!と思ったときに、この体の実年齢がふと気になったのだ。
(高三なら十七か十八だろうが、ワンチャン留年してたら二十すぎってことも……)
「はぁ?」
杏奈の眉がぴくりと動く。
「なにショウ、自分の誕生日も忘れちゃったとぉ? それとも杏奈にプレゼントおねだりしとーと?」
杏奈は途端に機嫌を直し、急に甘い声になる。扱いが難しい。
「ショウの誕生日は七月二十日だよ。一学期の終業式の日!」
「……俺、留年とかしとった?」
「はぁ? 留年? するわけないじゃん」
杏奈は呆れたように笑った。
「ショウほんとは頭いいじゃん。英語もできるし」
(いや、英語は俺の実務スキルなんだが……)
杏奈によれば、翔生は不登校気味ではあるが、テストだけは赤点を取らないのでギリギリ進級しているらしい。
(あの豪邸だし……寄付金パワーとかもあるんだろうな)
と考えつつも、この体がまだ十七才の未成年とわかり、ビールが遠ざかった海斗は少し落胆した。しかし、
(こいつ、素行悪かったらしいし、飲酒くらい絶対やってそう)
とも考えた。かといって飲まないが。
同時に海斗はこの体の持ち主・朝倉翔生の素行について少し気になった。
海斗が憑依する前の朝倉翔生の素行が相当悪かったらしいことはわかる。
バイク事故を起こした、というのもそうだし、海斗にとっての登校初日のクラスメートの反応、それから居眠りしても注意もしない教師たちの扱い。
「……俺、もしかして、めっちゃ悪かった?」
海斗は何げなく杏奈に聞いてみた。
今でこそリレー優勝のおかげでクラスの空気はだいぶ柔らかくなった。
先週の特別水泳授業のリレーでアンカーとして共闘した水泳部女子の石川から「朝倉、おはよ!」と声をかけられるようになったのも大きいが……。
「えっ……あっ……」
杏奈は言いよどんだ。
「なに?」
杏奈は周囲をちらりと見回すと、海斗の近くに寄り、小声で打ち明ける。
「……あれは、先生の方が悪いと! ショウはぜんぜん悪くないけん」
「先生?」
「若林先生の前にいた体育の〇〇って、いたやん? あいつ、女子更衣室に盗撮カメラ仕掛けてて……」
杏奈は周囲を気にするようにさらに声を潜めて打ち明けた。
きけば、翔生は、若林が来る前にいた〇〇という中年の体育教師を「病院送り」にしたのだという。
その教師は女子更衣室に盗撮カメラを仕掛けていた卑劣漢だった。
女子生徒らが盗撮カメラを発見し、〇〇の仕業だと突き止めたときは女子の間で大騒ぎになった。
それを杏奈が翔生に告げ口したところ、翔生は学校に告発するのではなく、教師を直接ボコボコにしてやったのだという。
「ボコボコ……」
「うん。病院送り。でもその〇〇がクズすぎて、学校も表沙汰にしなかったんだよ。
〇〇は懲戒免職で終わり。ショウは一ヶ月停学」
(まじか……教師に暴行……)
海斗は開いた口がふさがらなかった。
(いや、でも……高校時代の俺でも、同じ場面に出くわしたら殴ってたかもしれん……)
そう思う一方で、大人になった今の海斗からは、直情的かつ後先考えなさすぎる解決法だと思えた。
そして、ふと気づく。
(てことは……)
里玖が先週、何度も目をそらした理由。
あの硬い表情。
あの距離感。
生徒に暴行を加えて病院送りにするような少年。 そんな危険人物が、自分を真っ直ぐに見つめてきたら――。
(俺……里玖に、怖がられてるのか?)
海斗はひじをついた右手で、額を黄色い髪ごと掴んだ。
どんなに「中身」が彼女を愛した海斗であっても、里玖から見れば、自分は得体の知れない暴力の影を背負った「教え子」でしかない。
その埋めようのない距離に、海斗は言いようのない絶望を覚えていた。
週が明けて、英語の授業後の休み時間の教室。
斜め前の席から身を乗り出した杏奈が、ジト目で海斗を指差した。
「見てないよ」
「うそつき。視線の角度でバレバレなんやけん」
杏奈はぷくっと頬をふくらませた。
里玖を追う瞳は、海斗の意志とは無関係に動いてしまう。
図星すぎて反論できない海斗は、話題を変えようと、ふと思いついた疑問を口にした。
「そういやさ……俺の誕生日って、いつやっけ?」
先日。アキトとの釣り後のタコパで、ビール飲みてえ~!と思ったときに、この体の実年齢がふと気になったのだ。
(高三なら十七か十八だろうが、ワンチャン留年してたら二十すぎってことも……)
「はぁ?」
杏奈の眉がぴくりと動く。
「なにショウ、自分の誕生日も忘れちゃったとぉ? それとも杏奈にプレゼントおねだりしとーと?」
杏奈は途端に機嫌を直し、急に甘い声になる。扱いが難しい。
「ショウの誕生日は七月二十日だよ。一学期の終業式の日!」
「……俺、留年とかしとった?」
「はぁ? 留年? するわけないじゃん」
杏奈は呆れたように笑った。
「ショウほんとは頭いいじゃん。英語もできるし」
(いや、英語は俺の実務スキルなんだが……)
杏奈によれば、翔生は不登校気味ではあるが、テストだけは赤点を取らないのでギリギリ進級しているらしい。
(あの豪邸だし……寄付金パワーとかもあるんだろうな)
と考えつつも、この体がまだ十七才の未成年とわかり、ビールが遠ざかった海斗は少し落胆した。しかし、
(こいつ、素行悪かったらしいし、飲酒くらい絶対やってそう)
とも考えた。かといって飲まないが。
同時に海斗はこの体の持ち主・朝倉翔生の素行について少し気になった。
海斗が憑依する前の朝倉翔生の素行が相当悪かったらしいことはわかる。
バイク事故を起こした、というのもそうだし、海斗にとっての登校初日のクラスメートの反応、それから居眠りしても注意もしない教師たちの扱い。
「……俺、もしかして、めっちゃ悪かった?」
海斗は何げなく杏奈に聞いてみた。
今でこそリレー優勝のおかげでクラスの空気はだいぶ柔らかくなった。
先週の特別水泳授業のリレーでアンカーとして共闘した水泳部女子の石川から「朝倉、おはよ!」と声をかけられるようになったのも大きいが……。
「えっ……あっ……」
杏奈は言いよどんだ。
「なに?」
杏奈は周囲をちらりと見回すと、海斗の近くに寄り、小声で打ち明ける。
「……あれは、先生の方が悪いと! ショウはぜんぜん悪くないけん」
「先生?」
「若林先生の前にいた体育の〇〇って、いたやん? あいつ、女子更衣室に盗撮カメラ仕掛けてて……」
杏奈は周囲を気にするようにさらに声を潜めて打ち明けた。
きけば、翔生は、若林が来る前にいた〇〇という中年の体育教師を「病院送り」にしたのだという。
その教師は女子更衣室に盗撮カメラを仕掛けていた卑劣漢だった。
女子生徒らが盗撮カメラを発見し、〇〇の仕業だと突き止めたときは女子の間で大騒ぎになった。
それを杏奈が翔生に告げ口したところ、翔生は学校に告発するのではなく、教師を直接ボコボコにしてやったのだという。
「ボコボコ……」
「うん。病院送り。でもその〇〇がクズすぎて、学校も表沙汰にしなかったんだよ。
〇〇は懲戒免職で終わり。ショウは一ヶ月停学」
(まじか……教師に暴行……)
海斗は開いた口がふさがらなかった。
(いや、でも……高校時代の俺でも、同じ場面に出くわしたら殴ってたかもしれん……)
そう思う一方で、大人になった今の海斗からは、直情的かつ後先考えなさすぎる解決法だと思えた。
そして、ふと気づく。
(てことは……)
里玖が先週、何度も目をそらした理由。
あの硬い表情。
あの距離感。
生徒に暴行を加えて病院送りにするような少年。 そんな危険人物が、自分を真っ直ぐに見つめてきたら――。
(俺……里玖に、怖がられてるのか?)
海斗はひじをついた右手で、額を黄色い髪ごと掴んだ。
どんなに「中身」が彼女を愛した海斗であっても、里玖から見れば、自分は得体の知れない暴力の影を背負った「教え子」でしかない。
その埋めようのない距離に、海斗は言いようのない絶望を覚えていた。
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