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9:悪夢(1)
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杏奈をソファに押し倒した海斗は、至近距離からその姿を睥睨(へいげい)した。
仰向けになった彼女の胸は、サマーニットの網目を押し広げるように、重力に逆らって豊かな弧を描いている。
十七歳の男子高校生であれば、理性を失ってもおかしくない扇情的な光景だ。
「ショウ……」
杏奈の声に、戸惑いが混じる。
海斗は一瞬だけ躊躇したが、意を決して彼女の首筋に唇を這わせた。
里玖への罪悪感は無理やり心の奥底に沈め、今はただ「朝倉翔生」という肉体になりきる――そこには、ある明確な目的があった。
首筋の素肌に翔生の唇が触れた瞬間、杏奈の体がビクッと硬直した。
だが、その震えは悦びからくるものではない。刺されるのがわかっていて動けない獲物のような、強烈な緊張による硬直。海斗はそれを敏感に察知した。
(やっぱりな……)
海斗は杏奈の反応を見ながら、自らの中にある「手続き記憶」の覚醒を待った。
隠す収納の中のモノ。登校の道のりに下駄箱、マシンエクササイズ。
これまでの経験から、翔生の身体に染み付いた習慣は、思考を介さずとも自然に動き出すことを知っていた。
もし杏奈が主張するように、二人が「何度も」重なっていたのであれば。
この密着した状況で、次に手がどこへ伸びるべきか、どう身体を重ねるべきか、肉体が勝手に最適解を導き出すはずなのだ。
しかし――指先一つ、腰一つ、自律的に動こうとする気配は微塵もなかった。
静まり返った朝倉翔生の身体が、何よりも雄弁に真実を物語っていた。
海斗はそのまま、冷めた動作で身を起こした。
視線を落とすと、そこには解放されたことに露骨に安堵し、肩で息をする杏奈が横たわっていた。
「俺たち、今までこういうこと……一回もしたことなかろ?」
「なっ……」
杏奈は顔を真っ赤にして絶句した。しかし、すぐに焦ったように言葉を継ぎ足す。
「したよ! ……したじゃん。何回もしたから、妊娠したんでしょ!」
「その子は、俺の子じゃない」
海斗は断定した。
「何言ってるの? 記憶が戻らないからって、そんなの勝手すぎる!」
「記憶はある」手続き記憶が。
海斗のまっすぐな眼差しに射すくめられ、杏奈の表情が歪んだ。
「……しらばっくれるなら、みんなに言いふらしてやるから。学校にも、親にも全部言ってやる!」
「好きにすればいい。……けど、そんなことをして一番傷つくのはお前やけん」
一気に突き放そうとした海斗は、ふと杏奈が、哀れに感じてしまう。
「……もし、本当に困っとうことがあって、助けが必要なら相談には乗る。……友人としてならな」
「何よ、その言い方……ひどい……ひどいよ!」
杏奈はヒステリーのように泣き喚きながらバッグを掴むと、逃げるように部屋を飛び出していった。
静まり返ったリビングで、海斗は深い溜め息を吐いた。
(……里玖、ごめん)
手続き記憶を試すための形式上とはいえ、他の女を押し倒してしまった罪悪感で、みぞおちが重い。
また、アドレナリンが引いていくのと同時に、さっきのゲリラ豪雨で濡れたままの身体が、急激に芯から冷えていった。
その夜、海斗――朝倉翔生の肉体は、高熱を発して倒れ込んだ。
仰向けになった彼女の胸は、サマーニットの網目を押し広げるように、重力に逆らって豊かな弧を描いている。
十七歳の男子高校生であれば、理性を失ってもおかしくない扇情的な光景だ。
「ショウ……」
杏奈の声に、戸惑いが混じる。
海斗は一瞬だけ躊躇したが、意を決して彼女の首筋に唇を這わせた。
里玖への罪悪感は無理やり心の奥底に沈め、今はただ「朝倉翔生」という肉体になりきる――そこには、ある明確な目的があった。
首筋の素肌に翔生の唇が触れた瞬間、杏奈の体がビクッと硬直した。
だが、その震えは悦びからくるものではない。刺されるのがわかっていて動けない獲物のような、強烈な緊張による硬直。海斗はそれを敏感に察知した。
(やっぱりな……)
海斗は杏奈の反応を見ながら、自らの中にある「手続き記憶」の覚醒を待った。
隠す収納の中のモノ。登校の道のりに下駄箱、マシンエクササイズ。
これまでの経験から、翔生の身体に染み付いた習慣は、思考を介さずとも自然に動き出すことを知っていた。
もし杏奈が主張するように、二人が「何度も」重なっていたのであれば。
この密着した状況で、次に手がどこへ伸びるべきか、どう身体を重ねるべきか、肉体が勝手に最適解を導き出すはずなのだ。
しかし――指先一つ、腰一つ、自律的に動こうとする気配は微塵もなかった。
静まり返った朝倉翔生の身体が、何よりも雄弁に真実を物語っていた。
海斗はそのまま、冷めた動作で身を起こした。
視線を落とすと、そこには解放されたことに露骨に安堵し、肩で息をする杏奈が横たわっていた。
「俺たち、今までこういうこと……一回もしたことなかろ?」
「なっ……」
杏奈は顔を真っ赤にして絶句した。しかし、すぐに焦ったように言葉を継ぎ足す。
「したよ! ……したじゃん。何回もしたから、妊娠したんでしょ!」
「その子は、俺の子じゃない」
海斗は断定した。
「何言ってるの? 記憶が戻らないからって、そんなの勝手すぎる!」
「記憶はある」手続き記憶が。
海斗のまっすぐな眼差しに射すくめられ、杏奈の表情が歪んだ。
「……しらばっくれるなら、みんなに言いふらしてやるから。学校にも、親にも全部言ってやる!」
「好きにすればいい。……けど、そんなことをして一番傷つくのはお前やけん」
一気に突き放そうとした海斗は、ふと杏奈が、哀れに感じてしまう。
「……もし、本当に困っとうことがあって、助けが必要なら相談には乗る。……友人としてならな」
「何よ、その言い方……ひどい……ひどいよ!」
杏奈はヒステリーのように泣き喚きながらバッグを掴むと、逃げるように部屋を飛び出していった。
静まり返ったリビングで、海斗は深い溜め息を吐いた。
(……里玖、ごめん)
手続き記憶を試すための形式上とはいえ、他の女を押し倒してしまった罪悪感で、みぞおちが重い。
また、アドレナリンが引いていくのと同時に、さっきのゲリラ豪雨で濡れたままの身体が、急激に芯から冷えていった。
その夜、海斗――朝倉翔生の肉体は、高熱を発して倒れ込んだ。
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