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最終章:祭りのあと(3)
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今日、日曜日の沖島食堂は、看板に「定休日」の札がかかっているが、シャッターは半分開いていた。
それをくぐると、父母と里玖と七海、それに明日の団地まつりの打ち合わせに来ていた波多野が待っていた。
「おかえり。今日から留学じゃなかったとね?」
母が茶化したような笑顔で訊いてくる。
「それが、手違いで飛行機のチケットが取れてなくてさ」
「じゃあ、いつ行くとね」
「えーと……7月 20 日で、チケット取り直してるみたい」
延期された「旅立ち」の日。
海斗がその日付を口にした瞬間、傍らの里玖と目が合った。
その瞳には、残り四十八時間の重みが宿っている。
東恩寺からの帰り道、海斗は里玖へメッセージを送った。
本当は会って伝えても――電話で伝えてもよかったのかもしれない。
だけど、顔を見れば、声をきけば、別れが心に刺さる。そして里玖をまた泣かせてしまう。そう思ったからだ。
-『あの世行きは、二日延期になっただけだった。前に翔生君に戻った二日間がカウントされてなくて、後ろにズレただけだって』
事実のみを淡々と打った。
少しの間をおいて、里玖から返信が届く。
-『そうなんだ。でも、二日でも海斗と一緒にいられる期間が延びて嬉しいよ』
本当は、残酷な宣告に落胆したのかもしれない。
けれど、現状を精一杯ポジティブに捉えようとする里玖の強さが、海斗の胸を締め付けた。
「よし、ならちょうどよか。二十日までおるなら、団地まつりのアイデアば出せ」
波多野が、腕組みをして海斗を促した。
「焼きそばとフィッシュアンドチップスだけじゃ、どうもありきたりな気がする。お前の店だとしたらどうする?」
――俺の店?
かつて海斗が描き、志半ばで海の底に沈んだはずの夢。艦艇勤務時代に世界の港町を渡り歩いたその味の記憶を料理にして届けるバルもしくはビストロ。
「五年前にお前が準備していた店から、団地まつりに出店するとしたらどうする?」
五年前、一緒に店をやろうとしていた波多野。その波多野が、挑むように海斗を見据えている。
とまどう海斗を見て、里玖が、背中を後押しするように言い添える。
「海斗……夢だったお店、明日のおまつりで、少しでも実現できるやん」
里玖は、海斗が明日までしかこの世にいられないことをわかっているから。
少しでも悔いがないように……残った時間を有意義に使えるように、という里玖の気持ちは、海斗に確かに届いた。
「そうや。五年前に、お前が出すつもりやった店の『出張版』として考えろ」
波多野も力強く頷く。
海斗の心に、新しく希望の火が灯った。
与えられた二日のロスタイムを、ただ怯えて悲しんで終わりを待つのではなく、自分の夢を一部でも実現するチャンスにしよう。
それに、団地まつりで「バル沖島」のメニューが評判になれば、父の沖島食堂にも新しい客を呼べるはずだ。
海斗は考え、メニュー案を挙げていった。波多野や父の晃、里玖もアイデアを出し、時に晃が冷蔵庫をあけて材料を確認したりして、メニュー会議は熱く盛り上がった。
「……じゃあ、こんな感じでどうやろ」
海斗はノートにまとめたメニューを皆に見せた。
・フィッシュアンドチップス(イギリス海軍直伝)
・スペイン風イカリングサンド(明太マヨ)
・フローズンガスパチョ・小エビフライ添え
・パッシーユ(タイ風・幅広麺の醤油焼きそば)
「欲張りすぎかいな。メニュー、もっと絞ったほうがいいかな?」
海斗は皆の顔色をうかがうと、波多野と父は「これくらいどってことないったい」と豪快に笑い飛ばした。
特に議論が白熱したのは、イカリングサンドだ。
「本場スペインでは、パンは『バッラ』っていう密度の高いバゲットに似たやつなんやけど、日本にはない。フランスパンで代用すると、密度がスカスカで皮は硬いから、油は染み出るし、皮が固くて噛み切りにくいんですよね」
海斗が説明すると、
「噛んでるうちに、中のイカが全部飛び出すばい」
晃が笑った。波多野が、身を乗り出るようにして提案する。
「フォカッチャはどうや。生地にオリーブオイルと塩気があるからイカとの相性は抜群やし、平べったいから持ちやすい。パンに密度があるけん揚げ物の油もしっかり受け止める」
「最高ですね。そうしましょう!」
「よし、知り合いのパン屋にすぐ発注しとく」
さらに、タイの幅広ビーフン「センヤイ」を使ったパッシーユについても、海斗は具体的なオペレーションを組み上げる。
「パッシーユは、具材を事前に大量に炒めておいてスチコンで保温しておきます。センヤイは戻して油をまぶして小分けにする。当日は、鉄板の上で五食ずつ一気に炒め合わせるスタイルなら回せるんじゃないかな」
つまり露店では揚げ物担当、鉄板担当、ガスパチョ&盛り付け担当を3人で回せばなんとかなりそうだ。
「でもその麺、この辺のスーパーに売っとうね?」
父の心配に、里玖が「あたし、専門店まで買いに行ってくる!」と元気よく手を挙げた。
「よし、さっそく今日できる仕込みからやっておこう!」
父と波多野、そして海斗が厨房へ向けて一斉に動き出す。里玖は足りないものを買いに出る。
母は七海の相手をしながら、その活気溢れる男たちの姿を、眩しそうに、そして嬉しそうに眺めていた。
熱気を帯びた厨房の隅で、海斗のスマホが震えた。アキトからの LINE だ。
-『ショウ、ブレイキン終わった……惨敗やったw まだ修行足りねえ。明日釣りいかね?』
それをくぐると、父母と里玖と七海、それに明日の団地まつりの打ち合わせに来ていた波多野が待っていた。
「おかえり。今日から留学じゃなかったとね?」
母が茶化したような笑顔で訊いてくる。
「それが、手違いで飛行機のチケットが取れてなくてさ」
「じゃあ、いつ行くとね」
「えーと……7月 20 日で、チケット取り直してるみたい」
延期された「旅立ち」の日。
海斗がその日付を口にした瞬間、傍らの里玖と目が合った。
その瞳には、残り四十八時間の重みが宿っている。
東恩寺からの帰り道、海斗は里玖へメッセージを送った。
本当は会って伝えても――電話で伝えてもよかったのかもしれない。
だけど、顔を見れば、声をきけば、別れが心に刺さる。そして里玖をまた泣かせてしまう。そう思ったからだ。
-『あの世行きは、二日延期になっただけだった。前に翔生君に戻った二日間がカウントされてなくて、後ろにズレただけだって』
事実のみを淡々と打った。
少しの間をおいて、里玖から返信が届く。
-『そうなんだ。でも、二日でも海斗と一緒にいられる期間が延びて嬉しいよ』
本当は、残酷な宣告に落胆したのかもしれない。
けれど、現状を精一杯ポジティブに捉えようとする里玖の強さが、海斗の胸を締め付けた。
「よし、ならちょうどよか。二十日までおるなら、団地まつりのアイデアば出せ」
波多野が、腕組みをして海斗を促した。
「焼きそばとフィッシュアンドチップスだけじゃ、どうもありきたりな気がする。お前の店だとしたらどうする?」
――俺の店?
かつて海斗が描き、志半ばで海の底に沈んだはずの夢。艦艇勤務時代に世界の港町を渡り歩いたその味の記憶を料理にして届けるバルもしくはビストロ。
「五年前にお前が準備していた店から、団地まつりに出店するとしたらどうする?」
五年前、一緒に店をやろうとしていた波多野。その波多野が、挑むように海斗を見据えている。
とまどう海斗を見て、里玖が、背中を後押しするように言い添える。
「海斗……夢だったお店、明日のおまつりで、少しでも実現できるやん」
里玖は、海斗が明日までしかこの世にいられないことをわかっているから。
少しでも悔いがないように……残った時間を有意義に使えるように、という里玖の気持ちは、海斗に確かに届いた。
「そうや。五年前に、お前が出すつもりやった店の『出張版』として考えろ」
波多野も力強く頷く。
海斗の心に、新しく希望の火が灯った。
与えられた二日のロスタイムを、ただ怯えて悲しんで終わりを待つのではなく、自分の夢を一部でも実現するチャンスにしよう。
それに、団地まつりで「バル沖島」のメニューが評判になれば、父の沖島食堂にも新しい客を呼べるはずだ。
海斗は考え、メニュー案を挙げていった。波多野や父の晃、里玖もアイデアを出し、時に晃が冷蔵庫をあけて材料を確認したりして、メニュー会議は熱く盛り上がった。
「……じゃあ、こんな感じでどうやろ」
海斗はノートにまとめたメニューを皆に見せた。
・フィッシュアンドチップス(イギリス海軍直伝)
・スペイン風イカリングサンド(明太マヨ)
・フローズンガスパチョ・小エビフライ添え
・パッシーユ(タイ風・幅広麺の醤油焼きそば)
「欲張りすぎかいな。メニュー、もっと絞ったほうがいいかな?」
海斗は皆の顔色をうかがうと、波多野と父は「これくらいどってことないったい」と豪快に笑い飛ばした。
特に議論が白熱したのは、イカリングサンドだ。
「本場スペインでは、パンは『バッラ』っていう密度の高いバゲットに似たやつなんやけど、日本にはない。フランスパンで代用すると、密度がスカスカで皮は硬いから、油は染み出るし、皮が固くて噛み切りにくいんですよね」
海斗が説明すると、
「噛んでるうちに、中のイカが全部飛び出すばい」
晃が笑った。波多野が、身を乗り出るようにして提案する。
「フォカッチャはどうや。生地にオリーブオイルと塩気があるからイカとの相性は抜群やし、平べったいから持ちやすい。パンに密度があるけん揚げ物の油もしっかり受け止める」
「最高ですね。そうしましょう!」
「よし、知り合いのパン屋にすぐ発注しとく」
さらに、タイの幅広ビーフン「センヤイ」を使ったパッシーユについても、海斗は具体的なオペレーションを組み上げる。
「パッシーユは、具材を事前に大量に炒めておいてスチコンで保温しておきます。センヤイは戻して油をまぶして小分けにする。当日は、鉄板の上で五食ずつ一気に炒め合わせるスタイルなら回せるんじゃないかな」
つまり露店では揚げ物担当、鉄板担当、ガスパチョ&盛り付け担当を3人で回せばなんとかなりそうだ。
「でもその麺、この辺のスーパーに売っとうね?」
父の心配に、里玖が「あたし、専門店まで買いに行ってくる!」と元気よく手を挙げた。
「よし、さっそく今日できる仕込みからやっておこう!」
父と波多野、そして海斗が厨房へ向けて一斉に動き出す。里玖は足りないものを買いに出る。
母は七海の相手をしながら、その活気溢れる男たちの姿を、眩しそうに、そして嬉しそうに眺めていた。
熱気を帯びた厨房の隅で、海斗のスマホが震えた。アキトからの LINE だ。
-『ショウ、ブレイキン終わった……惨敗やったw まだ修行足りねえ。明日釣りいかね?』
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