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最終章:祭りのあと(2)
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朝食を終えると、海斗はすぐに東恩寺へ向かった。
日曜日の午前中ということもあり、寺の境内は黒い礼服姿の人々が行き交い、線香の香りが濃く漂っていた。
案内をしていた女性に「住職に面会を」と告げると、受付の女性は申し訳なさそうに
「本日は、法事が立て込んでおりまして……住職との面会は十四時以降でないと難しいかと」
と頭を下げた。しかし、海斗はなおも食い下がった。
「僕は、朝倉翔生といいます。……以前、スーパーでお会いした、と伝えていただけますか」
"朝倉"と聞いて、事務員の女性の表情が一瞬で変わった。
「少々お待ちください」と奥へ消え、数分後に戻ってきたときには、その態度はさらに丁寧なものになっていた。
「……今行われている法事が終わり次第、十五分だけお時間をいただけるそうです」
「ありがとうございます」
その応対の変化に、裕福な朝倉家だから、お布施の額も相当なのかもしれないな、と海斗は想像する。
「本来は書院へお通しするのですが、本日は法事の方々で塞がっておりまして……。
少し雑然としておりますが、寺務所の打ち合わせスペースでお待ちください。
他のお客様と顔を合わせることもございませんので、かえってお話もしやすいかと存じます」
案内されたのは、寺務所にある小さな打ち合わせスペースだった。
折りたたみ机とパイプ椅子が並び、壁には法事の予定表が貼られている。
冷房の音だけが静かに響いていた。
しばらく待つと、廊下に衣の擦れる音が響き、安光和尚が姿を現した。
スーパーで出会った時のパーカー姿とは一変し、今日は金糸の入った豪華な袈裟を纏っている。
その姿は、高僧としての威厳が満ち溢れていたが、海斗――いや、翔生の姿を見るなり「あ」と、口を丸く開けた。
「沖島海斗です」
「え~~っ。あの世に行けんかったの? まじで?」
重厚な見た目とは裏腹なカジュアルすぎる口調。
安光はドサリと椅子に腰を下ろすと、事務員が運んできた紙パックのリンゴジュースを手に取り、ストローを「ちゅーちゅー」と音を立てて吸い始めた。
「はあ……おかげさまで、まだ生きてます」
なんのおかげだか、と思いつつも、ふるまわれた同じジュースを口にする。
外の暑さで喉が渇いていたので、一口飲むと冷たさと甘みが染み渡った。
安光はしばらく、
「え~~なんでやろ。おかしいなあ……」
「ほんとは、行けるはずやったんやけどなあ……」
安光は、立派な袈裟の袖を揺らしながら、首を傾げて「おかしい、おかしい」と繰り返している。
その姿は高僧というより、難解なパズルに頭を抱える少年のようだった。
だが、ジュースを飲み干したところで、
「あ!」
安光は突然、手を打った。
「お前さん、巌さんの法事の時に、一度翔生君に戻ったやろ?」
巌といわれても、海斗は一瞬わからなかったが、数秒後に
(ああ、翔生を可愛がったといってたひいじいさんか)
と思い出した。
確かにあの法事の直後に『喝!』をされて二日間意識が飛んだ。
「……はい、確かに。あの時は二日間ほど、俺の意識はありませんでした」
「それや! ロスタイムだわ!」
「ロスタイム……? サッカーの……?」
海斗は眉をひそめた。
「つまりな、お前さんが翔生君の体を借りて現世にいられるのは、四十九日間という決まりがある。
……けど、お前さんの意識が途切れて、翔生君自身に戻っていた二日間は、そのカウントが止まっとったんや。止まっとった二日間は、そのまま後ろ倒しになったってことや」
「え~~……」
つまり、結局あの世へは行くのか。胸の奥がずしりと重くなる。
「つまり、お前さんがあの世へ行き、その体が翔生君に戻るのは――7月 20 日!」
「7月 20 日……? あさってやん」
肩を落とす海斗が目に映ってないのか、安光は
「……待て。7月 20 日って……翔生君の誕生日やん」
「そうだけど、なんで和尚さんが知っとうと?」
「"翔生"の名前をつけたのは、ボクやもん。……あ~!わかった! 謎が解けたわ!」
安光は、クイズの難問を解いた時のような晴れやかな声を上げた。
「なんだよ……俺、結局、死ぬんやろ」
安光の能天気な様子に、海斗は自嘲気味に吐き捨てる。
安光は、ジュースのストローをくわえたまま、ゆっくりと首を横に振った。
「お前さんは“死ぬ”んやない――あの世へ旅立つだけたい」
日曜日の午前中ということもあり、寺の境内は黒い礼服姿の人々が行き交い、線香の香りが濃く漂っていた。
案内をしていた女性に「住職に面会を」と告げると、受付の女性は申し訳なさそうに
「本日は、法事が立て込んでおりまして……住職との面会は十四時以降でないと難しいかと」
と頭を下げた。しかし、海斗はなおも食い下がった。
「僕は、朝倉翔生といいます。……以前、スーパーでお会いした、と伝えていただけますか」
"朝倉"と聞いて、事務員の女性の表情が一瞬で変わった。
「少々お待ちください」と奥へ消え、数分後に戻ってきたときには、その態度はさらに丁寧なものになっていた。
「……今行われている法事が終わり次第、十五分だけお時間をいただけるそうです」
「ありがとうございます」
その応対の変化に、裕福な朝倉家だから、お布施の額も相当なのかもしれないな、と海斗は想像する。
「本来は書院へお通しするのですが、本日は法事の方々で塞がっておりまして……。
少し雑然としておりますが、寺務所の打ち合わせスペースでお待ちください。
他のお客様と顔を合わせることもございませんので、かえってお話もしやすいかと存じます」
案内されたのは、寺務所にある小さな打ち合わせスペースだった。
折りたたみ机とパイプ椅子が並び、壁には法事の予定表が貼られている。
冷房の音だけが静かに響いていた。
しばらく待つと、廊下に衣の擦れる音が響き、安光和尚が姿を現した。
スーパーで出会った時のパーカー姿とは一変し、今日は金糸の入った豪華な袈裟を纏っている。
その姿は、高僧としての威厳が満ち溢れていたが、海斗――いや、翔生の姿を見るなり「あ」と、口を丸く開けた。
「沖島海斗です」
「え~~っ。あの世に行けんかったの? まじで?」
重厚な見た目とは裏腹なカジュアルすぎる口調。
安光はドサリと椅子に腰を下ろすと、事務員が運んできた紙パックのリンゴジュースを手に取り、ストローを「ちゅーちゅー」と音を立てて吸い始めた。
「はあ……おかげさまで、まだ生きてます」
なんのおかげだか、と思いつつも、ふるまわれた同じジュースを口にする。
外の暑さで喉が渇いていたので、一口飲むと冷たさと甘みが染み渡った。
安光はしばらく、
「え~~なんでやろ。おかしいなあ……」
「ほんとは、行けるはずやったんやけどなあ……」
安光は、立派な袈裟の袖を揺らしながら、首を傾げて「おかしい、おかしい」と繰り返している。
その姿は高僧というより、難解なパズルに頭を抱える少年のようだった。
だが、ジュースを飲み干したところで、
「あ!」
安光は突然、手を打った。
「お前さん、巌さんの法事の時に、一度翔生君に戻ったやろ?」
巌といわれても、海斗は一瞬わからなかったが、数秒後に
(ああ、翔生を可愛がったといってたひいじいさんか)
と思い出した。
確かにあの法事の直後に『喝!』をされて二日間意識が飛んだ。
「……はい、確かに。あの時は二日間ほど、俺の意識はありませんでした」
「それや! ロスタイムだわ!」
「ロスタイム……? サッカーの……?」
海斗は眉をひそめた。
「つまりな、お前さんが翔生君の体を借りて現世にいられるのは、四十九日間という決まりがある。
……けど、お前さんの意識が途切れて、翔生君自身に戻っていた二日間は、そのカウントが止まっとったんや。止まっとった二日間は、そのまま後ろ倒しになったってことや」
「え~~……」
つまり、結局あの世へは行くのか。胸の奥がずしりと重くなる。
「つまり、お前さんがあの世へ行き、その体が翔生君に戻るのは――7月 20 日!」
「7月 20 日……? あさってやん」
肩を落とす海斗が目に映ってないのか、安光は
「……待て。7月 20 日って……翔生君の誕生日やん」
「そうだけど、なんで和尚さんが知っとうと?」
「"翔生"の名前をつけたのは、ボクやもん。……あ~!わかった! 謎が解けたわ!」
安光は、クイズの難問を解いた時のような晴れやかな声を上げた。
「なんだよ……俺、結局、死ぬんやろ」
安光の能天気な様子に、海斗は自嘲気味に吐き捨てる。
安光は、ジュースのストローをくわえたまま、ゆっくりと首を横に振った。
「お前さんは“死ぬ”んやない――あの世へ旅立つだけたい」
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