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第6章
三話
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「すいませーん」
軽い運動を兼ねた従魔達との昼ごはんを楽しんだ後、三郎は大量にある書類の束に苦戦していた。
読めない文字をルナに聞きながら書類に目を通し、決済のサインを書いていく。
そんな時だ。
女性の声がテイマーギルドのロビーから聞こえてきたのは。
「拙者が………」
「三郎さんはここで仕事を続けてください。私が見てきますから」
脱出の光明は、いともあっさり潰えてしまった。
読める範囲で書類にサインをするという苦行は、ルナが見知らぬ女性を伴って執務室に入って来るまで続いた。
それは、わずか五分程度の時間だったが、三郎には永遠とも思える長さだった。
「三郎さん、ちょっとよろしいですか?」
ルナは女性を応接セットに座らせると、三郎に耳打ちした。
よろしいもよろしくないも、三郎はこの苦行から解き放たれるならなんでも良かった。
「どうした?」
「学院の研究者の方がいらっしゃいました」
三郎は首を傾げた。
先ほど見た書類には、研究者の到着は明後日と書いてあったはずだった。
「うむ、今いこう」
ただ、三郎にはそんな些末な事はどうでも良かった。
今はこの苦痛このうえない事務仕事から解放されればそれで良い。
ウキウキしているのを悟られないよう、ポーカーフェイスを作りながら応接セットに向かう。
「こちら、学院で研究をなされているベニー・ダースキーさんです」
「あ、こここんにちは。ベニー・ダースキーと言います。こ、これからこちらのギルドで、お、お、お世話になりますぅ」
「三郎じゃ、宜しく頼む」
緊張の為か、ベニーと名乗る研究者の女性はどもりながら挨拶する。
三郎は書類から離れたことが嬉しくて満面の笑みで名乗った。
三郎がソファを勧めると、まるで落ちていくような勢いでベニーは座った。
座った姿勢もガチガチで、見ている三郎にも緊張が移ってしまいそうだ。
程なくルナがお茶を持ってきた。
それまで二人は無言だった。
何を話せば良いのか双方ともに分からなかったからだ。
「どうぞ、お飲みください」
「あ、ありがとうございますぅ」
ペコリと一つ頭を下げると、ベニーは湯気のたつコップを持って口をつけた。
緊張でよほど喉が渇いていたのだろう、一息に飲んだ。
「あっちゃーーーっ!」
ベニーは舌を出しながら転げ回った。
そんな事をしていれば、当然コップに残っていたお茶も零れるわけで、いつの間にか床に小さな水溜まりを作る。
そんなベニーの醜態を見て、三郎とルナは呆気にとられていた。
「ルナ殿、水を」
「あ、そうですね」
「アヒュヒーーー!」
ベニーが落ち着いたのは、ルナが持ってきた水を一口飲んでからだった。
「すいません、猫舌なもので」
ベニーは顔を真っ赤にして、小さな身体をさらに小さくしている。
彼女が着ている、学院の校章が刺繍されたローブもびちょびちょになっている。
「取り敢えず、そのままじゃ風邪をひいてしまうかもしれないわね。上に部屋を用意してあるので、一旦着替えてきてもらえるかしら?」
「は、はい、スミマセン」
ルナはベニーと一緒に執務室を出ていった。
きつい目で「三郎さんは書類お願いしますね」と言い置いて。
着替えてきたベニーは、先程の学者然とした姿とはうって変わって、カーキ色のツナギを着ていた。
亜麻色の髪をポニーテールにし、全体的に動きやすそうな格好だ。
「すいません、先程は失礼いたしました」
元来おとなしい女性なのだろう、ベニーは顔を上げる事すら出来なくなっていた。
三郎はその様子に苦笑すると、彼女に関する資料を見ながら質問することにした。
「ところでベニー殿はここで魔獣の研究をされるという事なのだが、具体的にどの様な事をするので?」
「ええっとですねぇ」
蚊の鳴くような小さな声だ。
自然、聞き役の三郎とルナはベニーに身を寄せるかっこうになる。
「私は魔獣の生態について研究していましてぇ。特に成長とその変異について専攻していますぅ。ここにはぁ、オーガの悪魔憑きがいると聞きましてぇ、応募してきましたぁ」
「なるほど、クローを見に来たのか」
小さく、間延びした声に若干イラつきながらも、三郎はここにベニーが来た目的を理解した。
ルナは前もってベニーの履歴書を見ているため、今ベニーが話したことは分かっていた。
「ならば、早速クローを見に行くか」
「良いんですかぁ?」
ベニーの目が輝いた。
よっぽど悪魔憑きオーガを見たいのだろう、声が少し大きくなった。
「三郎さん、案内が済んだらすぐに戻って決済をお願いしますね。」
「ハイ、ワカリマシタ」
ルナには三郎が机から離れたがっているのはまる分かりだった。
急にとぼとぼと元気なく歩き出した三郎に、ベニーは不思議そうな顔をしてついていく。
厩舎に入り、クローの居るであろう岩山に向かう。
思った通り、岩山にクローはいた。シローと子コボルト達も一緒だ。
四匹は仲良く食事をしている。
餌はさっき外に行った時、夕食用にと狩ってきた大熊だ。
シローの指示のもと、クローが取り分けて行儀よく食べている。
「お、食べているな」
「うわぁ、お行儀良いんですねぇ」
三郎はベニーに自分の従魔達を紹介する。
ベニーは一定の距離を保ち、まずシローに挨拶をする。
研究者と言うだけあって、この群れで三郎を除いたナンバーワンを的確に見抜いたのだ。
「これからはこの者も我らが仲間じゃ。仲良くやるんだぞ」
「ワン」
「ガオ」
「「グルゥ」」
「宜しくお願いしますぅ」
元気に挨拶する従魔達を見て、ベニーをここに残しておいても大丈夫だと判断し、三郎は一人執務室に戻っていった。
軽い運動を兼ねた従魔達との昼ごはんを楽しんだ後、三郎は大量にある書類の束に苦戦していた。
読めない文字をルナに聞きながら書類に目を通し、決済のサインを書いていく。
そんな時だ。
女性の声がテイマーギルドのロビーから聞こえてきたのは。
「拙者が………」
「三郎さんはここで仕事を続けてください。私が見てきますから」
脱出の光明は、いともあっさり潰えてしまった。
読める範囲で書類にサインをするという苦行は、ルナが見知らぬ女性を伴って執務室に入って来るまで続いた。
それは、わずか五分程度の時間だったが、三郎には永遠とも思える長さだった。
「三郎さん、ちょっとよろしいですか?」
ルナは女性を応接セットに座らせると、三郎に耳打ちした。
よろしいもよろしくないも、三郎はこの苦行から解き放たれるならなんでも良かった。
「どうした?」
「学院の研究者の方がいらっしゃいました」
三郎は首を傾げた。
先ほど見た書類には、研究者の到着は明後日と書いてあったはずだった。
「うむ、今いこう」
ただ、三郎にはそんな些末な事はどうでも良かった。
今はこの苦痛このうえない事務仕事から解放されればそれで良い。
ウキウキしているのを悟られないよう、ポーカーフェイスを作りながら応接セットに向かう。
「こちら、学院で研究をなされているベニー・ダースキーさんです」
「あ、こここんにちは。ベニー・ダースキーと言います。こ、これからこちらのギルドで、お、お、お世話になりますぅ」
「三郎じゃ、宜しく頼む」
緊張の為か、ベニーと名乗る研究者の女性はどもりながら挨拶する。
三郎は書類から離れたことが嬉しくて満面の笑みで名乗った。
三郎がソファを勧めると、まるで落ちていくような勢いでベニーは座った。
座った姿勢もガチガチで、見ている三郎にも緊張が移ってしまいそうだ。
程なくルナがお茶を持ってきた。
それまで二人は無言だった。
何を話せば良いのか双方ともに分からなかったからだ。
「どうぞ、お飲みください」
「あ、ありがとうございますぅ」
ペコリと一つ頭を下げると、ベニーは湯気のたつコップを持って口をつけた。
緊張でよほど喉が渇いていたのだろう、一息に飲んだ。
「あっちゃーーーっ!」
ベニーは舌を出しながら転げ回った。
そんな事をしていれば、当然コップに残っていたお茶も零れるわけで、いつの間にか床に小さな水溜まりを作る。
そんなベニーの醜態を見て、三郎とルナは呆気にとられていた。
「ルナ殿、水を」
「あ、そうですね」
「アヒュヒーーー!」
ベニーが落ち着いたのは、ルナが持ってきた水を一口飲んでからだった。
「すいません、猫舌なもので」
ベニーは顔を真っ赤にして、小さな身体をさらに小さくしている。
彼女が着ている、学院の校章が刺繍されたローブもびちょびちょになっている。
「取り敢えず、そのままじゃ風邪をひいてしまうかもしれないわね。上に部屋を用意してあるので、一旦着替えてきてもらえるかしら?」
「は、はい、スミマセン」
ルナはベニーと一緒に執務室を出ていった。
きつい目で「三郎さんは書類お願いしますね」と言い置いて。
着替えてきたベニーは、先程の学者然とした姿とはうって変わって、カーキ色のツナギを着ていた。
亜麻色の髪をポニーテールにし、全体的に動きやすそうな格好だ。
「すいません、先程は失礼いたしました」
元来おとなしい女性なのだろう、ベニーは顔を上げる事すら出来なくなっていた。
三郎はその様子に苦笑すると、彼女に関する資料を見ながら質問することにした。
「ところでベニー殿はここで魔獣の研究をされるという事なのだが、具体的にどの様な事をするので?」
「ええっとですねぇ」
蚊の鳴くような小さな声だ。
自然、聞き役の三郎とルナはベニーに身を寄せるかっこうになる。
「私は魔獣の生態について研究していましてぇ。特に成長とその変異について専攻していますぅ。ここにはぁ、オーガの悪魔憑きがいると聞きましてぇ、応募してきましたぁ」
「なるほど、クローを見に来たのか」
小さく、間延びした声に若干イラつきながらも、三郎はここにベニーが来た目的を理解した。
ルナは前もってベニーの履歴書を見ているため、今ベニーが話したことは分かっていた。
「ならば、早速クローを見に行くか」
「良いんですかぁ?」
ベニーの目が輝いた。
よっぽど悪魔憑きオーガを見たいのだろう、声が少し大きくなった。
「三郎さん、案内が済んだらすぐに戻って決済をお願いしますね。」
「ハイ、ワカリマシタ」
ルナには三郎が机から離れたがっているのはまる分かりだった。
急にとぼとぼと元気なく歩き出した三郎に、ベニーは不思議そうな顔をしてついていく。
厩舎に入り、クローの居るであろう岩山に向かう。
思った通り、岩山にクローはいた。シローと子コボルト達も一緒だ。
四匹は仲良く食事をしている。
餌はさっき外に行った時、夕食用にと狩ってきた大熊だ。
シローの指示のもと、クローが取り分けて行儀よく食べている。
「お、食べているな」
「うわぁ、お行儀良いんですねぇ」
三郎はベニーに自分の従魔達を紹介する。
ベニーは一定の距離を保ち、まずシローに挨拶をする。
研究者と言うだけあって、この群れで三郎を除いたナンバーワンを的確に見抜いたのだ。
「これからはこの者も我らが仲間じゃ。仲良くやるんだぞ」
「ワン」
「ガオ」
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「宜しくお願いしますぅ」
元気に挨拶する従魔達を見て、ベニーをここに残しておいても大丈夫だと判断し、三郎は一人執務室に戻っていった。
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