武者修行の仕上げは異世界で

丸八

文字の大きさ
4 / 62
第1章

三話

しおりを挟む
最初は本当に微かな音だった。
ドンドンドンと何かを乱雑に打ち付けるような音だ。
それが次第に大きくなってくる。

耳障りなその音に、焚き火の傍で木にもたれて寝ていた三郎がまぶたを開ける。
ゆっくりと身を起こし、辺りの様子をキョロキョロと伺う。

三郎が起き上がったのを見て、小川で水を飲んでいたシローが駆け寄ってきた。
そして、三郎の真似をするかのように首を左右に振る。

今のところ周囲に目立った異変は無いようだが、どうやら音は背後の森から聞こえてきているようだ。
それも段々こちらに近付いてくる。
それに伴い、ガサガサという葉擦れの音と人の悲鳴のような声も混じってきた。

時刻は既に昼近くだが、明け方に眠った三郎はまだ眠気が取れず、ぼんやりとしている。
近付いてくる音の方へと顔を向けたその時だった。

目の前の藪から、小柄な少年が飛び出してきた。

「あぁ、誰か知らないけど助けて!」

飛び出してきた少年は三郎の袖にしがみつくと、切羽詰まった声で叫んだ。

三郎は無言のまま頷き、すがり付く少年を背後に庇いながら、腰に手をやる。
刀の柄を求めた指先が空を切る。

「あれ?」

慌てて腰を見ると、そこには見慣れた二刀がない。
それもそのはず、寝るときに外して木の根元に置いたままにな三郎がっているのだ。
その事実に思い当たった時、少年が飛び出してきた藪を蹴散らして巨大な猪が現れた。

「うわっ!」

こちらを撥ね飛ばそうと突進してくる猪へ、三郎は咄嗟に拳を繰り出した。
反射的に出たとは言え、不断の鍛練の賜物か、しっかり体重の乗った突きだ。

激突する額と拳。

ガツン

派手な音と共に、衝撃が三郎の拳から背中へと走り抜ける。
そのまま勢いに圧され、三郎が地面を抉りながら後退させられる。

猪はと言うと、その場に立っている。

「ブギィ」

一声鳴くと、猪はそのまま横倒しになった。
口から泡を吹き、どうやら気絶しているようだ。

真っ赤になった右拳を擦りながら、涙目になっている三郎。
あまりの痛みで一気に目が覚めた三郎は、自分の行いを反省中だ。

痛みを紛らすようと拳に息を吹き掛けていると、一連の騒ぎに目を覚ましたミドリが三郎の懐からもぞもぞと這い出てきた。

「キュゥ」

真っ赤になった三郎の拳を見ると、心配そうに優しくクチバシでつつく。

「おぉ、気を使わせたな。ありがとうよ。お陰で少し痛みが和らいだわ」

そう言って三郎はミドリの頭を軽く撫でる。

不思議な事に、あれほど痛かった拳も本当に痛みが少し消えている。

痛みが少し引いた事で、周りを気遣う余裕ができた。
シローは猪から少し距離を取り、警戒の姿勢を崩さない。
ミドリは役目を終えたと言った体で、再び三郎の懐に潜り込む。

飛び出してきた少年はと言うと、猪が倒れたのを見てその場にへたりこんでいた。
懸命に逃げていたのだろう、息も絶え絶えでその目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「大丈夫か?」

呼吸が多少落ち着いてきた頃合いを見計らって、三郎は声をかけた。

「う、うん。ありがとう」

少年は返事をして立ち上がろうとする。

その時、間の悪い事に、気絶から目を覚ました猪と目があってしまった。

「うひゃあ!」

驚いた少年は尻餅をついた。
猪も驚いたのか素早く立ち上がると、踵を返すと一目散に森の奥へと逃げていった。

「あはははは。猪もおぬしの声に驚いて逃げていったぞ」

三郎は笑いながら手を貸して、少年を立ち上がらせようとする。
しかし、少年は足が震えていて上手く立てずにいる。

「まただよ。・・なんだよあの赤い目は・・・こえぇよ、まじこえぇよ・・・なんだよあれ怖すぎるよ・・・あんなのムリムリムリ・・・もうやだよ・・・」

少年はそのまま座り込み、正気を失ったようにぶつぶつと呟き続ける。

少年の様子に、三郎は笑いを納め、代わりに困惑の表情を浮かべて傍に来たシローと顔を見合わせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...