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④ 「スパコン」

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④ 「スパコン」

 少し遅咲きだった桜も半分は散り、その散った花びらが道路をピンクに染めている。以前は大阪市内に教室を構えていた「大阪CPTS」は、2020年に世界的なパンデミックを引き起こした流行り病ですべての講義が「オンライン化」したことをきっかけに「対面授業」を廃止し、賃料の安い門真のスタジオに移ってきたと聞いている。
 駅から徒歩15分とやや交通の便は悪いのは、学生が通うわけではないので専門学校側は気にしていないが、通う教員や職員には少し遠く感じる。1年通った通勤路であるが、あまり注意して周りを見て歩いたことがなかったことに気がついた。

 「蔵ざらえ大セール中」と派手なピンクの「のぼり」が並ぶ店に目が留まった。「リサイクルショップニコニコ」と看板があがり、店の前に古着のワゴンが並び、「冬物衣料一掃!1着100円から300円!」とポップが貼られている。(こんなところにリサイクルショップなんかあったのね。1年通ってて気がつかなかったわ。)と思った。
 何を買うという気も無く、店の前に立ち寄った瞬間、如志の目は店内のある商品に釘付けになった。(えっ、あれって「TSUBASA」じゃないの?なんでこんなリサイクルショップに?)如志は、疑心暗鬼で店の中に入った。

 「はい、いらっしゃい!季節商品入れ替えで衣料も家電もめちゃくちゃ安くで出してるからようさん買って帰ってや!」
と如志とそう年が変わらない様子のショートカットの女の子が声をかけてきた。
 如志は店の中に入るとお目当ての商品の前にささっと移動した。家電商品が並ぶ狭い通路の先にパソコンコーナーが設けてあった。如志の目的物には「3000円」の札がついている。
「お姉さん、パソコンをお探しですか?ノート、デスクトップ、プリンターやスキャナーだけでなく周辺機器まで何でもあるで。倉庫にもまだいろいろ置いてるから何でも言ってや。」
今度はポニーテールにした女の子が店の奥から出てきて如志の横に並んだ。
「これ、本当に3000円なんですか?」
と幅約20センチ、奥行き約42センチ、高さ約52センチの黒いタワー型のボックスを指さして如志はポニーテールの店員に尋ねた。
「うん、これ2年近く前の差し押さえ物件の一括引き取りで入ってきたんやけど、電源が200ボルトやねん。おまけに電源入れたら凄いファンの音がするんよ。もしかしたら壊れてるんかも知れへんからジャンク扱い。せやから「ノークレーム、ノーリターン」やで。まあ、カスタムパソコンの外箱代ってなところやな。ケラケラケラ。ちなみに起動パスワードがわからへんから、ハードディスクの中身をクリーニングしてへんからいったんフォーマットかけてな。ウイルスとか入ってても自己責任で頼むで。かばるけど、持って帰ってくれるんやったら消費税はサービスしとくで。」
 店員は笑いながら、本体後ろのケーブルの先の200ボルトのコンセントを見せた。埃をかぶっていることを除けば、本来個人所有など不可能な価格の如志の憧れの「高嶺の花」の「スーパーコンピュータ」そのものである。
 (この店員さん、TSUBASAの価値がわかってないんだわ。NEC製SX-Aurora TSUBASAシリーズのエッジモデルのスーパーコンピュータA―101モデル。ファンの音が大きいのも電源が200ボルトなのも業務用スパコンだから当たり前なのに。これがたったの3000円って「天啓」だわ!)如志は0.1秒で財布を出し、3000円を突きつけ、上ずった声で言った。
「買います!あとこれを仕入れた時に、大きなケースありませんでしたか?」

 まずは通電試験だけはさせてもらった。問題なく通電し作動ランプの点灯を確認し、電動ファンの動作もチェックした。掃除機の作動音やトイレの洗浄音と同じレベルの55.7デシベルの騒音が店内に響き渡った。店員が顔をしかめる横で(ファンも正常作動してる。普通の人が聞いたら壊れてるって思っちゃうわよね…。後は「ラック」もあればいいんだけど…。新品で買うと10万円以上の出費になっちゃうもんね。)と如志は店員にバックヤードに通してもらうと目当ての「静音ラック」も置かれていた。ケースの横にバーチャルユーチューバーのキズナアイのステッカーと起動パスワードであろう「8桁」の数字を書いた付箋がセロテープで貼ってあった。
 「これいくらですか?」と尋ねた。「これ何なん?トランクやと思ってたんやけど30キロの重さやし、キャスターついてるけど持ち運び用や無いよな?まあ、デッドストックやから一緒に持って帰ってくれるんやったら合わせて5000円でええよ。」と言われ、購入を即決した。
 店員に門真市駅からタクシーを手配してもらい、運転手に手伝ってもらい後部座席に丁寧に置いた。
「ところでこれってそんなに価値のあるもんやったん?」
「えらい爆音やったけどこんなもんほんまに使うの?」
と尋ねる二人の店員に満面の笑顔で返した。
「普通の人には利用価値はないですけど、私にとっては「宝石箱」です。いい買い物させてもらいました!」

 如志はタクシーを先程までいた専門学校にむかわせた。マンションには200ボルトのコンセントがないため「200ボルト設置工事」が済むまでは使えない。一刻も早く使ってみたいがゆえに、学校のコンピュータルームに持ち込むことにしたのだった。
 事務長に断りを入れ、予備のモニターとキーボードを借りた。ドライバーでケースを開けるとVEメモリ容量はマックスの48GBであることが如志を喜ばせた。モニターとキーボード結線を済ませると電源を入れた。
 再び通常の家庭用パソコンとは比べ物にならない爆音が響いた。(マンションで使うには「静音ラック」は必須よね。まあ、本体とセットで5000円で購入できたなんて夢みたい。)と鼻歌交じりに静音ラックに書かれていた8桁のパスワードを入力するとスパコンは立ち上がった。ドライブチェックを入れるとハードディスクは4テラバイトあり、「なにがしら・・・・・」のファイルが残っていた。(差押さえ品って言ってたから、転売目的でフォーマットすることなく引き上げられたのかな?ちょっと、行儀悪いけど「覗き見」させてもらっちゃおうか?ファイルの最終保存日時は2022年の6月2日なのね。あぁ、私の「最悪記念日・・・・・」じゃない。まあ、TSUBASA君も差し押さえされる前最後の稼働日ということで「最悪」同士の出会いで良しとするか…。)

 独り言をぶつぶつとこぼしながら、フォルダ内のファイルを閲覧して如志の心拍数が一気に上がった。悪寒が走り、背中に冷たい汗が流れるのを感じつつ、モニタ―に並ぶ文字を目で追いながら呟いた。
「これって、凄い拾い物かも…。」
 退館時刻を迎え、警備員が注意しに来るまで如志は夢中になって残されたプログラムをチェックし続けた。 


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