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⑨「十三の昼食~「たこ八」の焼きそばとお好み焼き~」

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⑨「十三の昼食~「たこ八」の焼きそばとお好み焼き~」
 希は約束の20分前に十三駅西口に到着していた。20年間、特定の男子とつきあったことは無いのでデート前の気持ちはわからないのだが、(きっと、人と会うのが楽しみで約束の時間より早く来てしまうんは、私、健さんと会うのに「うきうき」してるんやろな、まあ、年は2倍半以上離れてるやろうから、カップルと言うより親子ってなもんやろうけどな。)とひとりで下を向いて「くすくす」と笑ってると、
「お巡りさーん、ひとりで笑ってる変な女の子がおるでー!すぐに逮捕したってやー!」
と声がして「びくっ」として前を見ると、健さんが立っていた。

 「もー、変なこと言わんとってや!ホンマにお巡りさん呼ばれたと思ってびっくりしたやんかー!」
と言って健の腕をつねった。
「あいたたた、ごめんごめん、元気そうでよかったわ。昨日からだいぶ背も伸びたんとちゃうか?」
とふざけて言うので
「はいはい、昨晩、健さんと別れてから16時間で2メートルくらい背が伸びたわ。この調子やったら、今月中に通天閣も追い抜くかわからへんな。健さんを踏みつぶさんように気をつけるわな。ケラケラケラ。」
と答えた。健は、笑顔で頷いた。

 ふたりで十三駅の西口から五分ほど歩きバイパスの高架下のお好み焼き「たこ八」についた。暖簾をくぐり、健が希に尋ねた。
「希ちゃん、カープソースの業務用辛口はいける口か?それともおたふくの甘口派か?」
「全然、辛口で大丈夫やで。三次の唐麺焼きにさらに一味かけて食べる方やし!」
「へー、そりゃええわ。ここのソースも辛旨いねん!まさにビールのためのソースやで!まあ、美味しくビールを飲むために、メニューはおいちゃんに全権委任やで!」
とふたりで笑いながら店に入っていった。
 カウンター席に座ると、健はメニューも見ずに瓶ビールとグラスふたつと「豚玉卵乗せ」と「すじねぎ」と「焼きそば」を頼んだ。



 先に出てきたビールを希に注ぐと、手酌で健のグラスに入れ乾杯した。
「健さん、なんの乾杯なん?」
と尋ねると、何食わぬ顔で
「希ちゃんが2メートル背が大きなったお祝いやん!それ以外に何があるねんな?」
と笑うと一気にビールを空けた。今日も7つ数えるのは忘れないところを見ると、完全に習慣になっているのだろう。希もマネをして飲み切り、「ぷはーっ!」と言い、一緒に笑った。

 「お好み」と「すじねぎ」と「焼きそば」を待つ間に、健がお好み焼きに関する「トリビア」を解説してくれた。お好み焼きの起源は二つの説があり、ひとつは千利休が好んだ茶菓子「麩の焼き」で、広島焼きのように小麦粉を溶いたものを薄く焼き味噌を塗って丸めたもので、織田信長や豊臣秀吉も食べたとの事だった。
 もうひとつは、大正時代にできた「どんどん焼き」が昭和に入ってウスターソースを塗り、豚肉を乗せ「一銭洋食」と呼ばれ、後にお好み焼きになったとの事だった。
 「広島焼き」と「大阪焼き」は、「ベタ焼き」と「練り焼き」と言い分けていた。
「まあ、世羅生まれの希ちゃんにとったら、「お好み焼き」は「ベタ焼き」なんやろうけどな。ただ、おいちゃんは「お好み」やねんから、どんな焼き方してもええと思ってんねん。三次の唐麺焼きかて「お好み」やし、今から出て来る「豚玉」も「すじねぎ」も「お好み」でええやん。まあ、唐麺焼きは、毛利醸造さんのカープソース辛口でないとあかんけどな。あー、「カープソース辛口」を市販してくれたら絶対に買うのになー!神様お願い!カープソース辛口を市販してくれー!」
と健が大げさに天を仰ぐと、ちょうど焼きそばができ上がり、希の前の鉄板に置かれた。





 「お先に、いただきまーす!」
と希が割りばしを割ると速攻で箸をつけた。
「希ちゃん、あかん!ちょっと待って!」
と健が制止したが間に合わず、希は最初のひとくちをほおばってしまっていた。
「かっ、辛―い!何これー!カープソースより辛いでー!ひー!はひー!」
とビールを口に含んだ。店のおばちゃんが笑いながら、お椀に入った卵を出してきた。健はちゃちゃっと卵を溶き、希に渡した。
「希ちゃん、卑しいなぁ。ここの焼きそばは、溶き卵につけて食べるんや。ほれ、つけ直して食べてごらん!」

 希は健に言われるままに、焼きそばを溶き卵の容器に入れすすった。超辛かった焼きそばは、マイルドで深みのある味に激変していた。
「がおっ!健さん、これ初めての味やわ!未知の味やね。めちゃくちゃ美味しいし、ビールにも合うわ!あー、こりゃ止まらん!」
 希がバクバクと焼きそばを食べるのを健はビールを飲みながら優しく見守っていた。続いて出てきた「すじねぎ」も「半熟目玉焼きがのった豚玉」もその三分の二は希が食べ、健はその横の席でゆっくりとビールを味わっていた。食べ終わった希が、満面の笑みで言った。
「健さん、こんなに美味しいもんが世の中にまだまだあるんやったら死んでる場合じゃあれへんよね!」

 健はお勘定を済ませた。横で希はその「安さ」に驚いた。(えっ、心斎橋の有名店で食べたときは、ビール無しでこれより高かったで…。昨日の京橋もそうやったけど、恐るべき「おやじの街」やな…。)とひとり感心してると、
「希ちゃん、ええ顔色になってきたな。夕食も食べていく時間があるんやったら、酔い覚ましに、ここからぼちぼち散歩して次は中央区淡路に行って大阪らしいお寿司買いに行こか?それとも、肉か麺の方がええか?」
「ん?健さん、大阪らしいお寿司って何?粉もんのお寿司?」

 希が「きょとん」として尋ねると、
「んなわけあるかい!粉もんのお寿司はさすがの大阪人でも思いつけへんわな!まあ、それは見てのお楽しみや。ここから5キロ程やから、散歩がてらぼちぼち行こうや。」



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