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⑲「福山の昼食~「魚勝」のうずみ~」

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⑲「福山の昼食~「魚勝」のうずみ~」
 7月24日朝8時、希は新大阪駅のホームにいた。1泊2日の三重県の取材旅行を終えた帰り道の車内で希は健から今回の取材旅行は「病気平癒とがん封じ」に関する旅コラムのゴーストライターの仕事であることを聞いた。
 健の予定では、24日終日「福山・鞆の浦」、25日終日「金沢」、26日午前中「大阪・堀越神社」の予定になっているとの事だった。大内のドライブインで買いこんだ300ccの三重の地酒をちびちび飲みながら、程よく酔いが回った希は、強引に明日からの3日間も同行を頼み込んだ。
「私のお願い聞いてくれへんねやったら、今から、「誘拐拉致されて犯される直前でーす!」って110番するでー!」
と健を脅し、了解を得たのだった。大阪に戻るころにはすっかり出来上がっていた希を送り、帰ろうとする健に後ろから抱きつき、
「健さん、この二日間、ありがとう。明日からは、電車やから一緒に飲もな!今日は、これ持って帰って。お礼のつもりで買っておいてん。あと、これはサービスな!」
と言い、伊賀の地酒の4合瓶をカバンから出し健に手渡すと、ゆっくりと背中を掻いたのだった。
「明日は8時1分の「さくら」やで。遅刻したらおいていくから、飲むのはほどほどにしておきや。じゃあ、お休み。」
と別れたのが昨晩の経緯だった。

 健と「さくら」の自由席に乗り込むと、今日の予定をメモに書いていった。
「私、尾道はよく行っててんけど、福山は初めてやねん。福山城も鞆の浦も初めてやから楽しみやわ。また、美味しいもん考えてくれてるんやろ!キャーやなー、ホンマに。今のところ健さんの勧めてくれるもん、全打席ホームランの打率10割やもんなー!」
とはしゃいでいた。

 約1時間で新幹線は福山駅に着き、駅下車徒歩1分の福山城にむかった。今日の第一の目的地は福山城の駅と反対側にある「三蔵稲荷神社」だった。伊勢、鈴鹿で参った猿田彦大神さるたひこのおおかみと「延命・愛敬の神」である大宮女大神おおみやのめかみの夫婦が祀られていると説明を受けた希は
「えー、猿田彦の奥さんってウズメちゃんやなかったん?猿田彦の浮気?それとも、その時代は一夫多妻制やったん?浮気する男の人嫌―い!」
と不機嫌に尋ねた。健はさらっと返事をした。
「「大宮女大神」は古事記で言う「天宇豆女命あまのうずめのみこと」のことやで。猿田彦とは仲良し夫婦やから安心してや。ちなみに大阪で近いところで言うたら、京都で「芸能神社」って呼ばれる「車折神社くるまざきじんじゃ」もウズメちゃんが祭神やな。前にも言ったけど、日本史上最初のダンサーやから、芸能系の神として祀られてるところは多いな。今日は「美人女優になれますように」ってお願いするか?カラカラカラ。」

 ふざけながら境内を歩いたが、きっちりと「延命祈願。1年と言わず100年元気に生きさせてください。お願いします。希。」と書いて絵馬を奉納した。ふたりで手を合わせて、境内を取材して回った。
「あー、順調に行ったからお昼までにまだ時間あるなぁ。希ちゃん、美味しい牛乳飲みに行こうか?おいちゃんのお客さんが近くにあんねん。」
「えー、私牛乳も好きー!いくいくー!」
とレンタカー屋にむかった。

 レンタカーを借りると、福山駅を南にむかった。しばらく走ると「クリモト牛乳」という看板の大きな倉庫に着いた。荷台にたくさんの空の牛乳瓶を積んだ軽トラックが止まっている。
 健は「まいどー、社長おられますかー?」と事務所に入っていくと、筋骨隆々の若い男性が出てきた。「社長、すみませんけど、ここの牛乳とドルチェディロナ出してやってもらえませんか?」と健が頼むと、200ccの瓶牛乳とカップのアイスクリームが出てきた。クリモト牛乳の若社長から「牛乳は非加熱、アイスは保存料や固定材不使用なんで美味しいですよ。ゆっくりどうぞ。」と商談スペースに希を残し、健と一緒に社長室に入っていった。
 希はまず、牛乳の紙キャップを空けた。(わー、子供のころ温泉で飲んで以来やな。わー、全然普通の牛乳と違うー!「濃い」だけやなくてほんのり甘みも感じる。非加熱っていうだけでこんなに味が違うんや!)一気にひと瓶を飲み干すと、次はアイスのふたを開けた。(きゃー、何て言ったらええの?さっきのクリモト牛乳がそのままアイスになったまろやかさや。甘いのに舌や口に残れへんし、この舌触りが最高やわ!今までに食べたアイスの中でいっちゃん美味しいかも!)と思うと、(きっと、健さん、この牛乳とアイスの為に出発時間早くしてくれたんやろな…。ありがとう、健さん…)自然に頭に感謝の言葉が浮かんだ。

 健が社長室から出てきた。「じゃあ、今から「魚活」行って、帰りに「自由軒」行って帰りますわ。いろいろと情報ありがとうございました。」と頭を下げ、クリモト牛乳を後にした。福山駅に車を戻し、コインパーキングに入れると、「魚活」といういかにも高そうな店に入っていった。(えー、健さん、入り口に合ったコースメニューやと8000円から1万5千円になってたで。そんな贅沢せんでもええのに…)

 店に入り、4人掛けのテーブルにかけると、いつものようにメニューも見ず健は「うずみ2つと瓶ビール1本」と注文した。テーブルにお置いてあるおすすめコースのメニューを見ても、1品で最低1000円、コースは、8000円から25000円とあった。
「健さん、無理してへん?私、こんな高級店でなくてええねんで…。」
と言うと、
「いやいや、福山に来たらこれ食わんとあかんやろ。「ウズメ」ちゃんもとい「「うずみ」ちゃんや!まあ、旨いから期待してや。」
と言われた。

 そこへ女性ホールスタッフが持ってきたお盆には、細切りの海苔と三つ葉だけが丼に盛られた「白飯」、「漬物」、「味噌汁」だけがのっていた。健は希にビールを注ぐと
「さあ、希ちゃん、食べるで!ビールも飲みや!ここのご飯に合うと思うで!」
といい箸を取った。
「えっ、健さん、まだ「お造り」とか「天ぷら」とか来るんとちゃうの?先にご飯食べてたら行儀悪くない?」
と真面目な顔をして聞いてきた。
「いや、今日のお昼はこれで全部やで。さあ、遠慮せんと食べや!」
と言う健の言葉に、(あー、この4日間、色々食べさせてもらって、健さんももうお金尽きてしもたんやろか…。ごめんな、いっぱい贅沢させてしもて…。)と思って、健の丼を見るとさっきまでなかったエビやアナゴやお刺身が顔を出している。
「えっ、健さん、海鮮丼頼んでたん。ずるーい、なんで私だけ白飯なん?」
と文句を言うと、「箸でひっくり返す」動作をして見せる。(ん、もしかして…)
「きゃー、ご飯の下からいっぱいおかずが出てくるやん!松茸に鯛に里芋まで出てきたでー!えー、これは、落として上げる最高のサプライズやなー!」

 健からこの料理は「うずみ」という福山名物で、江戸時代の「倹約令」で贅沢が禁止されていた時にできた料理らしいと説明があった。島根県石見地方の「うずめ飯」や岡山備前の具材を下に敷いて見た目は酢飯だけの「備前ばら寿司」と言ったよく似た料理があるが、福山の「うずみ」が一番ゴージャスだと笑いながら説明してくれた。
 最後に出し茶漬けで締め、ビールと併せて、希のお腹は「120点」をつけていた。







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