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⑳「医王寺と自由軒での夕食~キモテキとちいちいイカ~」

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⑳「医王寺と自由軒での夕食~キモテキとちいちいイカ~」
 見た目質素で超豪華な「うずみ」の昼食を済ませると、レンタカーで「鞆の浦」にむかった。子供から大人まで人気のあるアニメスタジオの魚の子が女の子になるヒット映画の舞台になっていたことを告げられ、窓の外の景色に(あー、確かにこんな景色やったよな。健さん、アニメも詳しいんやな。ちょっと意外…。)と思っていると、車は海沿いの「鞆の浦歴史民俗資料館」を過ぎ、「常夜燈」の駐車場に止まった。
「さあ、ここからはハイキングやで!しっかり山登るで!」

 狭い街並みを通り抜け、さらに狭い立派な石垣や漆喰塗りの白壁の街の石畳を上って最後に石段を上がると鞆の浦を下に一望する絶景の「医王寺」があった。特段お参りする様子はなく、写真だけを撮っている。一通り、写真を撮ると鐘楼の奥にある「太子堂登り口」の「立札から伸びる石段の前で立ち止った。
「さあ、ここから583段の石段登りやで。希ちゃん、この後のビールを美味しく飲むために頑張んで!」
と急な石段を奥に向かって上がりだした。

 石段の勾配は進めば進むほどきつくなり、景色を見る余裕もなく、足元だけ見て、「ゼイゼイ」と切れる息で、短い脚でひょこひょこと登っていく健に必死についていった。黙っていると余計にきつくなるので切れ切れの息で健に話しかけた。
「ゼイゼイ、健さん、お医者さんの王様が開いたお寺なん?ハアハア、病除けのご利益があんの?」
「どっちも外れ!開いたんは「空海」や。歴史の授業で平安時代初期で真言宗の開祖「弘法大師」って習ったやろ?厄除けとかのご利益があるとは聞いてへんなぁ。」
「ゼイゼイ、じゃあ、なんでこんなしんどい思いして登ってんの?ハアハア、健さんのことやから、何か思うところがあるんやろ?目的は何なん…?」
と絶え絶えの息で、ようやく583と彫り込まれた最後の石段に足を上げ、前を見た。小さな瓦葺の赤い木と白壁で作られた小さなお堂があり、その前が展望台になっていた。

 「よう登ったな。はいこれ、ご褒美!」
と言い、健は小さなクーラーバックをリュックサックから出し、希に缶ビールを手渡してくれた。希は、山の下に広がる鞆の浦の海を見下ろしながら、ビールをあおった。
「1、2、3、4、5、6,7―!あー、今までで飲んだビールの中で一番美味しいかも!キャーやな!健さん、ありがとう。景色も最高やわ!」
と答えると、ここからの景色は1939年に国立公園第1号指定の記念切手にもなっていると教えてくれた。
「この景色は、70年たっても全然変わらへんねや。希ちゃんも足がしっかりしてたら、孫やひ孫連れてきて見せたりや!
 あー、あと、ここまで来た理由やな。「しんどい思いしても、最後に笑えたらええ」ってことを知ってもらいたかったんや。さっき、「今までのビールで一番旨い!」って言ってたやろ!まさに、それや!
 あと、「弘法大師」の有名な「格言」で「弘法も筆の誤り」ってあるやろ。ベテランのお医者さんだろうが、国際がんセンターの先生だろうが、「誤り」つまり「誤診」の可能性もあったらなってな!帰りには、「先生の診断が「誤り」でありますようにってこのお堂にお願いするんやで!」
と言われ、希は大きな声で笑った。(健さんらしい励ましかたやな。ありがとうね!)

 お堂を降り、常夜燈で車に乗り込むと、いつものように「背中掻いてもろてええか?」と言われ、ゆっくりと丁寧に背中を掻いて、車に乗り込んだ。
「さあ、次は「自由軒」や!おいちゃんも今日は飲むで!レッツラゴーや!」
と車を出発させた。
 福山駅でレンタカーを返すと福山城と反対の駅正面の通りを北に上がり、細い路地に入ると「自由軒」の暖簾が目に入った。
 店に入った瞬間、(これ、絶対にうまい店やん!「まつい」、「たこ八」、「おすみ」と同じ匂いがする!)と思った。



 店のおばちゃんから、健さんは「お帰りなさい。今日はひとり?」と言われていた。いつもクリモト牛乳の社長と一緒に来ては「痛飲」しているらしい。夕方五時でほとんどの人が飲み始めている。壁には、広島カープの選手のポスターと手書きのメニュー札が壁いっぱいに張ってある。
 健さんはいつものように「「キモテキ」、「トンねぎ」、「おでんの大根」、「ちいちい酢味噌」と生ふたつ」 と勝手に注文してくれた。
 笑顔が可愛い細面のおばちゃんが、生ビールのジョッキをカウンターに置いてくれた。
「カンパーイ!今日もようさん歩いたから旨いやろなー!さあ、一緒に数えるで!」
と健が言うと一緒に「7」まで数えて一緒に「ぷはーっ!」と言って笑った。

 最初に出てきたほくほくの大根のおでんは、甘味噌でゆっくりと胃に染みた。次に出てきた「キモテキ」には驚いた。大きなレバースライスのソテーにケチャップベースのソースがたっぷりと乗っている。健の言う「福山で一番美味しいもんやで!」との言葉は「大げさ」ではなかった。
 噛めば噛むほど、コクが出る臭みの無いレバーにソースがよく合い、ビールがどんどん進んでいく。(あかん!これ「絶対にあかん奴」や!)と思いながらも箸が止まらなかった。続いて出てきた「トンねぎ」も「悪魔の料理」だった。豚スライスでねぎを巻き、パン粉をつけて揚げたカツが一口大にカットされて出て来るのだが、添えのキャベツと併せてもう止まらない。
 テレビのバラエティー番組の格闘シーンで必ずと言ってもいいくらいの頻度でかかる、前世紀の偉大なプロレスラー、「ブレーキの壊れたダンプカー」と呼ばれた「スタン・ハンセン」の入場曲「サンライズ」が頭の中で鳴り響いた。







 健が「おばちゃん、次は「冷酒れいしゅお願いします。コップでいきますわ。」と生ビールから日本酒にシフトしていた。
「あー、冷たいお酒にアツアツの「トンねぎ」のカツがたまらん!ビールも合うけど、冷酒れいしゅにもめっちゃ合う!あー、もう福山に、いや「自由軒」に住んでしまいたいわ!」
の言葉は、店中の客から笑いが起こった。健も楽しそうに日本酒の熱燗をお替りしている。おでんの鍋で一緒に温められる「しゅタンポ」でコップに注がれる熱燗は、いつものお調子より美味しそうに見えた。頬を赤く染めた健がご機嫌で言った。
「希ちゃん、これで終わりやと思ったら甘いで!今日の「トリ」はこいつや!」

 希のグラスに冷酒れいしゅを注ぎ足すと、「ちいちいイカ」が出てきた。瀬戸内で撮れる「小イカ」で岡山では「ベイカ」と呼ばれるが福山では「ちいちいイカ」と呼ばれるらしい。軽くボイルしたものに甘めの「酢味噌」がかかったものが出てきた。
 一口食べて、希の頭の線が切れた。
「おばちゃん、これあと3つ!それと冷酒れいしゅもお替り!」
と言い、お替りにむさぼりついた。
 すっかり食べ疲れ、飲み疲れたのか、希はカウンターに突っ伏し寝息を立て始めた。(あーあ、しゃあないな。おいちゃんが、ブレーキかけたらなあかんかったのに、ついつい、一緒になって飲んでしもたな…。しゃあない、おんぶして駅まで戻って、ぼちぼち帰ろうか…。)健は店のおばちゃんに「お勘定」の合図を出した。



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