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修道女、女は怖いと思う
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今夜は舞踏会。
着飾った紳士淑女の面々の前で名を呼ばれ、猊下のパートナーとして大扉から入場する。メインの階段をエスコートされながら降り、周囲に顔見世をしてにっこりと微笑むのが今夜の重要なミッションだ。
貴族たちは深夜までダンスを楽しみ、立食形式でアルコールや軽食をたしなむ。華やかなその夜会の真の目的は社交であり、今夜は特に、中央神殿の高名な教皇猊下と面識がもてるとあって、常にも増して参加者が多いらしい。
華やかな会場の様子に目がチカチカしそうだし、なにより、四方八方から寄せられる、好意的とはとても言えない視線が心に刺さった。
もちろんダンスの経験など皆無だから踊ることはできないし、こんな豪華なドレスを着て軽食に口をつける気にもなれない。見世物のようにジロジロ見られてコソコソ陰口をたたかれるぐらいなら、やはりこういう場には出たくなかった。
今メイラは、主賓である猊下を待ち共に会場入りする大扉の前で待機しているところだ。
リンゼイ師は遠くから近づいてきている猊下を出迎えに階段を下りて行ってしまったが、とてもではないが、あんな風に軽やかに動ける気がしない。
なにしろ、ドレスが非常に重い。
着たことがあるわけではないが、冒険者の装備並みなのではあるまいか。
「……重いわ」
「もう少し体力をお付けにならなければ」
清貧な暮らしをし、朝から晩まで働いてきたので、少なくとも一般的な貴族女性よりは体力もあるし動けると思っていた。
ぷるぷるする両足を踏ん張り、軽く小首をかしげてみる。途端に、重心が後ろに傾き、危うく後ずさりしそうになった。
世の貴族女性が皆この重量に耐えているのであれば、外見からは想像もできない体力筋力の持ち主ばかりに違いない。
優美に見えるようにというよりも、物理的に素早く動くことが困難なので、至極ゆっくりとした仕草で扇子を広げ、口元を覆った。
「ものすごく見られているのだけれど、どこかおかしいところはない?」
「皆がこちらを見ているのは、御方さまが素晴らしくお美しいからですよ」
メイラは愛想よく微笑むテトラ(裾さばき要員②)に、胡乱な目を向けた。今夜もきっちりと襟元までしまった騎士服を着ていて、マローとお揃いの恰好だ。女装しているわけでもないのに女に見えてしまうのはどうしてだろう。
「ベールをお付けになって居ないから特に、見惚れてしまう者が多いのです」
本気で言っているのだろうか。
超絶技巧のメイドたちの化粧技術をもって、多少は見れる顔になってはいるだろう。しかし、メイラ程度の容姿の娘など、それこそ掃いて捨てるほどいる。むしろ体格が貧弱なので、豪華過ぎるドレスに見劣りしているに違いないのだ。
実際、今夜のドレスは大仰すぎる。
清楚な藤色の濃淡で、遠目には流れるようなAラインのドレープに見えるだろうが、近くで見るとマーメードライン。ドレープのひとつひとつが変則的な形に波打っていて、まるで花びらで包まれているかのようだ。
しかも総レース。レースなのにドレスが重いのは、レースそのものが密度の高い編み目だということと、内側の照りのある白い布のせいだろう。レース特有の透け感のせいで、内側からぼんやりと光っているように見えている。
しかも、ものすごく裾が長いのだ。小柄だから云々というものではない。常時床のモップ掛けをしているレベルだ。
しかも、歩いても裾が付いてこなさそうに重く、絶対に裾捌き要員なしに一人で歩けるようなものではないし、ダンスを踊れるようなものでもない。
もしかして、踊らなくてもすむように、常時お付きの者を従えていて当然と思われるように、こういうドレスなのだろうか。
段々それがこのドレスに決められた理由な気がしてきた。
扇子の内側で、ため息をつく。
生真面目な顔をして裾を整えているマローたちに何か言ってやろうと口を開きかけたところで、やけにとげとげしい声が、頭上高い位置から降ってきた。
「ごきげんよう、お美しいメルシェイラさま」
メインホールに続く、この廊下というにはあまりにも広い空間は、会場と同じく吹き抜けになっている。今猊下が見えているのは一階で、メイラがいるのは二階、声が降ってきたのは三階の階段の踊り場からだ。
「なんて素敵なドレスかしら」
絵本に出てくる登場人物のように、華やかな若い女性がこちらを見下ろしていた。
初対面だが、見覚えのある容姿なのですぐに年上の姪だとわかった。
二番目の異母兄にそっくりの髪色で、顔立ちは美しく整っており、下品にならないギリギリのラインで強調された胸が赤いドレスから溢れそうだ。
いや、階段の下から見ていてそう思うのだから、男性の目線だとあらぬところまで見えてしまうのではないか。そんな心配をしてしまったメイラとは違い、すっと立ち上がった裾さばき姉弟の表情は厳しかった。
まあ、明らかにマナー違反だからね。
実際にシーラ嬢がどう思っているにせよ、今この場ではメイラの方が上位者なのだ。
陛下の妃であり、猊下のパートナーとしてここに居るのだから、あろうことか頭上から物申すなど失礼極まりない。
二人の厳しい視線を浴びて、たちまち怯んでしまったところを見ると、意図したものではなく考えなしの発言だったのかと思う。
しかしその目がメイラの傍らに動き、不気味なほど存在感なく立っているその女性を捉えるなり、再びにんまりと意地悪そうに笑った。
「貧相なその身体でどうやって陛下の御寵愛を得たのかと思っていたのだけれど、そのお美しい方の引き立て役なのね」
「口を慎まれよ」
何事かと遠巻きに見ていた周囲の人々が、ぴたりと黙った。
それほどにマローの口調は鋭く、意地悪そうだとはいえ状況に即した声で喋っていたシーラと違い、会場の隅々まで響きそうな声量だった。
「御方さまに非礼は許さぬ」
「御方さま? まあおかしい。その見るからに場違いで貧相な女が?」
ああ、まずい。
いつの間にいたのだろう。ホストである父の鋭い視線がこちらに向いている。
上階から見下ろしているシーラは全くそれに気づいておらず、表情を硬くしたメイラを見て得たりと笑う。
「お隣にいらっしゃる方を紹介いただけないかしら。その方が陛下の御寵愛深い御愛妾なのでしょう? ご身分が低いのかしら? そのうちわたくしが後宮に上がった際には、どうかよしなに」
おおおう、彼女も後宮に上がる気なのか。そういえば、異母兄もそんなことを言っていた気がする。
美しい陛下の妃たちを思い出し、チクリと胸が痛んだ。
いや今更だ。陛下にはすでに十人以上の妻たちがいて、メイラはそのうちの下の方の一人にすぎず、あとひとりふたり妃が増えたところで、状況は何も変わらない。
シーラの言う様に、枯れ枝のようにやせぎすで貧相なメイラなど、陛下の寵を競うあの場所にはふさわしくないのだろう。
お気持ちひとつを頼りに、妻だと名乗るのもおこがましい。
表情を暗くしたメイラに、年上の姪は軽やかな声で笑う。
「猊下のお相手はわたくしが務めますわ。そこのあなた。帝都に戻る時にはわたくしの侍女をなさい。陛下に上手くとりなしてくれれば、そうね、わたくしの母の実家である男爵家で養女にしてもらえるように話をつけてあげてもいいわ」
「その考えなしな口を閉ざせ、馬鹿者」
「おっ、お爺様!!」
いつのまにか、埃ひとつついていない真っ黒な仕立ての盛装を着た父が目の前にいた。
俯きかけた視線を塞ぐように、小柄でほっそりとした父の背中が立ちふさがる。
上機嫌で哄笑していたシーラが、一気に顔色を悪くした。
父はくるりとこちらを振り返り、まっすぐにメイラを見下ろして、高位貴族らしい挙動の礼をとった。
「申し訳ありません、妾妃メルシェイラ殿」
父に頭を下げられるという、居心地が悪いというよりも、心臓に悪い状況に扇子の下で半笑いが零れる。
公の場であっても、父より立場が上になるなどあるはずもない。
父が本心から頭を下げているとも思わない。
しかし、シーラを含めその場にいる誰もが息を飲み、この信じがたい情景を唖然と見ていた。
「……お気になさらず」
ぎろり、と黒く鋭い眼光がメイラを諫める。
ため息交じりに首を傾け、もうどうにでもなれと笑った。
「わたくしの女官が美しすぎるのがいけないのですわ」
「もうしわけございません、御方さま」
普段を知る者がいれば、ぽかんと口を開けてしまう程の弱々しい声だった。
しかしそんな震える声ですら美しいと感じてしまうのは、メイラだけではあるまい。
今夜のルシエラは、貴族の令嬢らしいドレス姿だった。
ただでさえ美しい彼女が美しく装うと、それはもう、誰もの注目を引き誰もが見惚れる。
そんなルシエラが、彼女の本性を知る者なら二度見どころか三度見、いや、まじまじと凝視して気が遠くなってしまいそうなしおらしさで、淑やかなカテーシーを披露した。
「妾妃メルシェイラさま付きの一等女官、ルシエラと申します」
メイラよりもよっぽど、楚々と付き従う美貌の女のほうが人目を引くと思うだろう?
ところがどういう訳か、彼女の存在に気づく者は非常に少ない。
人々の視線はまずメイラの方を見て、ひとによっては感心した、多くは悪意か隔意のこもった目で見られて、ざっとお付きの者たちも確認した最後に、ごく少数の者たちだけがルシエラに目を向ける。
そこまで生き残った視線の持ち主は、総じて呆然と彼女の美貌に見惚れ、動きを止める。間違いなくこの会場一の、いや国家レベルで数えても上の方にいるであろう美しさなのだ。
いや、ルシエラの美しさに注目が集まるだけならどうという事はない。
問題は、事あるごとにこれ見よがしに悲し気に俯き、弱々しく微笑み……普段の彼女を知っている者からしてみれば、何事かと背筋に悪寒が走るようなその態度だ。
悲しいなら慰めもする。困ったことがあるなら話を聞こう。ルシエラの美貌に魅せられた面々が、良しに着け悪しきにつけ、そう思っていそうなのが大問題だった。
お願いだから、揉め事を起こさないで欲しい。
どこに行っても、メイラの気苦労はそれに終始する気がしてきた。
着飾った紳士淑女の面々の前で名を呼ばれ、猊下のパートナーとして大扉から入場する。メインの階段をエスコートされながら降り、周囲に顔見世をしてにっこりと微笑むのが今夜の重要なミッションだ。
貴族たちは深夜までダンスを楽しみ、立食形式でアルコールや軽食をたしなむ。華やかなその夜会の真の目的は社交であり、今夜は特に、中央神殿の高名な教皇猊下と面識がもてるとあって、常にも増して参加者が多いらしい。
華やかな会場の様子に目がチカチカしそうだし、なにより、四方八方から寄せられる、好意的とはとても言えない視線が心に刺さった。
もちろんダンスの経験など皆無だから踊ることはできないし、こんな豪華なドレスを着て軽食に口をつける気にもなれない。見世物のようにジロジロ見られてコソコソ陰口をたたかれるぐらいなら、やはりこういう場には出たくなかった。
今メイラは、主賓である猊下を待ち共に会場入りする大扉の前で待機しているところだ。
リンゼイ師は遠くから近づいてきている猊下を出迎えに階段を下りて行ってしまったが、とてもではないが、あんな風に軽やかに動ける気がしない。
なにしろ、ドレスが非常に重い。
着たことがあるわけではないが、冒険者の装備並みなのではあるまいか。
「……重いわ」
「もう少し体力をお付けにならなければ」
清貧な暮らしをし、朝から晩まで働いてきたので、少なくとも一般的な貴族女性よりは体力もあるし動けると思っていた。
ぷるぷるする両足を踏ん張り、軽く小首をかしげてみる。途端に、重心が後ろに傾き、危うく後ずさりしそうになった。
世の貴族女性が皆この重量に耐えているのであれば、外見からは想像もできない体力筋力の持ち主ばかりに違いない。
優美に見えるようにというよりも、物理的に素早く動くことが困難なので、至極ゆっくりとした仕草で扇子を広げ、口元を覆った。
「ものすごく見られているのだけれど、どこかおかしいところはない?」
「皆がこちらを見ているのは、御方さまが素晴らしくお美しいからですよ」
メイラは愛想よく微笑むテトラ(裾さばき要員②)に、胡乱な目を向けた。今夜もきっちりと襟元までしまった騎士服を着ていて、マローとお揃いの恰好だ。女装しているわけでもないのに女に見えてしまうのはどうしてだろう。
「ベールをお付けになって居ないから特に、見惚れてしまう者が多いのです」
本気で言っているのだろうか。
超絶技巧のメイドたちの化粧技術をもって、多少は見れる顔になってはいるだろう。しかし、メイラ程度の容姿の娘など、それこそ掃いて捨てるほどいる。むしろ体格が貧弱なので、豪華過ぎるドレスに見劣りしているに違いないのだ。
実際、今夜のドレスは大仰すぎる。
清楚な藤色の濃淡で、遠目には流れるようなAラインのドレープに見えるだろうが、近くで見るとマーメードライン。ドレープのひとつひとつが変則的な形に波打っていて、まるで花びらで包まれているかのようだ。
しかも総レース。レースなのにドレスが重いのは、レースそのものが密度の高い編み目だということと、内側の照りのある白い布のせいだろう。レース特有の透け感のせいで、内側からぼんやりと光っているように見えている。
しかも、ものすごく裾が長いのだ。小柄だから云々というものではない。常時床のモップ掛けをしているレベルだ。
しかも、歩いても裾が付いてこなさそうに重く、絶対に裾捌き要員なしに一人で歩けるようなものではないし、ダンスを踊れるようなものでもない。
もしかして、踊らなくてもすむように、常時お付きの者を従えていて当然と思われるように、こういうドレスなのだろうか。
段々それがこのドレスに決められた理由な気がしてきた。
扇子の内側で、ため息をつく。
生真面目な顔をして裾を整えているマローたちに何か言ってやろうと口を開きかけたところで、やけにとげとげしい声が、頭上高い位置から降ってきた。
「ごきげんよう、お美しいメルシェイラさま」
メインホールに続く、この廊下というにはあまりにも広い空間は、会場と同じく吹き抜けになっている。今猊下が見えているのは一階で、メイラがいるのは二階、声が降ってきたのは三階の階段の踊り場からだ。
「なんて素敵なドレスかしら」
絵本に出てくる登場人物のように、華やかな若い女性がこちらを見下ろしていた。
初対面だが、見覚えのある容姿なのですぐに年上の姪だとわかった。
二番目の異母兄にそっくりの髪色で、顔立ちは美しく整っており、下品にならないギリギリのラインで強調された胸が赤いドレスから溢れそうだ。
いや、階段の下から見ていてそう思うのだから、男性の目線だとあらぬところまで見えてしまうのではないか。そんな心配をしてしまったメイラとは違い、すっと立ち上がった裾さばき姉弟の表情は厳しかった。
まあ、明らかにマナー違反だからね。
実際にシーラ嬢がどう思っているにせよ、今この場ではメイラの方が上位者なのだ。
陛下の妃であり、猊下のパートナーとしてここに居るのだから、あろうことか頭上から物申すなど失礼極まりない。
二人の厳しい視線を浴びて、たちまち怯んでしまったところを見ると、意図したものではなく考えなしの発言だったのかと思う。
しかしその目がメイラの傍らに動き、不気味なほど存在感なく立っているその女性を捉えるなり、再びにんまりと意地悪そうに笑った。
「貧相なその身体でどうやって陛下の御寵愛を得たのかと思っていたのだけれど、そのお美しい方の引き立て役なのね」
「口を慎まれよ」
何事かと遠巻きに見ていた周囲の人々が、ぴたりと黙った。
それほどにマローの口調は鋭く、意地悪そうだとはいえ状況に即した声で喋っていたシーラと違い、会場の隅々まで響きそうな声量だった。
「御方さまに非礼は許さぬ」
「御方さま? まあおかしい。その見るからに場違いで貧相な女が?」
ああ、まずい。
いつの間にいたのだろう。ホストである父の鋭い視線がこちらに向いている。
上階から見下ろしているシーラは全くそれに気づいておらず、表情を硬くしたメイラを見て得たりと笑う。
「お隣にいらっしゃる方を紹介いただけないかしら。その方が陛下の御寵愛深い御愛妾なのでしょう? ご身分が低いのかしら? そのうちわたくしが後宮に上がった際には、どうかよしなに」
おおおう、彼女も後宮に上がる気なのか。そういえば、異母兄もそんなことを言っていた気がする。
美しい陛下の妃たちを思い出し、チクリと胸が痛んだ。
いや今更だ。陛下にはすでに十人以上の妻たちがいて、メイラはそのうちの下の方の一人にすぎず、あとひとりふたり妃が増えたところで、状況は何も変わらない。
シーラの言う様に、枯れ枝のようにやせぎすで貧相なメイラなど、陛下の寵を競うあの場所にはふさわしくないのだろう。
お気持ちひとつを頼りに、妻だと名乗るのもおこがましい。
表情を暗くしたメイラに、年上の姪は軽やかな声で笑う。
「猊下のお相手はわたくしが務めますわ。そこのあなた。帝都に戻る時にはわたくしの侍女をなさい。陛下に上手くとりなしてくれれば、そうね、わたくしの母の実家である男爵家で養女にしてもらえるように話をつけてあげてもいいわ」
「その考えなしな口を閉ざせ、馬鹿者」
「おっ、お爺様!!」
いつのまにか、埃ひとつついていない真っ黒な仕立ての盛装を着た父が目の前にいた。
俯きかけた視線を塞ぐように、小柄でほっそりとした父の背中が立ちふさがる。
上機嫌で哄笑していたシーラが、一気に顔色を悪くした。
父はくるりとこちらを振り返り、まっすぐにメイラを見下ろして、高位貴族らしい挙動の礼をとった。
「申し訳ありません、妾妃メルシェイラ殿」
父に頭を下げられるという、居心地が悪いというよりも、心臓に悪い状況に扇子の下で半笑いが零れる。
公の場であっても、父より立場が上になるなどあるはずもない。
父が本心から頭を下げているとも思わない。
しかし、シーラを含めその場にいる誰もが息を飲み、この信じがたい情景を唖然と見ていた。
「……お気になさらず」
ぎろり、と黒く鋭い眼光がメイラを諫める。
ため息交じりに首を傾け、もうどうにでもなれと笑った。
「わたくしの女官が美しすぎるのがいけないのですわ」
「もうしわけございません、御方さま」
普段を知る者がいれば、ぽかんと口を開けてしまう程の弱々しい声だった。
しかしそんな震える声ですら美しいと感じてしまうのは、メイラだけではあるまい。
今夜のルシエラは、貴族の令嬢らしいドレス姿だった。
ただでさえ美しい彼女が美しく装うと、それはもう、誰もの注目を引き誰もが見惚れる。
そんなルシエラが、彼女の本性を知る者なら二度見どころか三度見、いや、まじまじと凝視して気が遠くなってしまいそうなしおらしさで、淑やかなカテーシーを披露した。
「妾妃メルシェイラさま付きの一等女官、ルシエラと申します」
メイラよりもよっぽど、楚々と付き従う美貌の女のほうが人目を引くと思うだろう?
ところがどういう訳か、彼女の存在に気づく者は非常に少ない。
人々の視線はまずメイラの方を見て、ひとによっては感心した、多くは悪意か隔意のこもった目で見られて、ざっとお付きの者たちも確認した最後に、ごく少数の者たちだけがルシエラに目を向ける。
そこまで生き残った視線の持ち主は、総じて呆然と彼女の美貌に見惚れ、動きを止める。間違いなくこの会場一の、いや国家レベルで数えても上の方にいるであろう美しさなのだ。
いや、ルシエラの美しさに注目が集まるだけならどうという事はない。
問題は、事あるごとにこれ見よがしに悲し気に俯き、弱々しく微笑み……普段の彼女を知っている者からしてみれば、何事かと背筋に悪寒が走るようなその態度だ。
悲しいなら慰めもする。困ったことがあるなら話を聞こう。ルシエラの美貌に魅せられた面々が、良しに着け悪しきにつけ、そう思っていそうなのが大問題だった。
お願いだから、揉め事を起こさないで欲しい。
どこに行っても、メイラの気苦労はそれに終始する気がしてきた。
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