復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第五章 事件がいっぱい、学校生活(十五歳)

042 ブードゥードール

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 呪い学のレポートを仕上げ、無事に提出までをも済ませたナターシャと私。
 ウキウキとした足取りで寮に向かうため、中央棟の扉を通りすぎる。そしてそのまま花壇の花が満開に咲き誇る中庭に侵入した。

 花の甘い香りに誘われた蜜蜂のように、青い空の下、たくさんの生徒達が、思い思いに余暇よかの時間を楽しんでいる。

 中央にある噴水の周りには、ホワイト・ローズ科のプリンセス達が揃って、編み物をしていた。
 少し離れた所ではブラック・ローズ科の生徒が仲間の一人に浮遊魔法をかけて楽しんでいる。

 その光景を微笑ましく眺めつつ、私はナターシャと中庭を進む。

 すると、前方からものすごい勢いでこちらに向かってくる人物を発見する。

「やめてくれー、こっちくんなー」

 悲鳴をあげながら先頭を走るのは、狼男のリュコス。

「リュコス様、待ってー。クッキー焼いたんですぅーー」

 取って付きのバスケットを腕にかけ、颯爽とリュコスを追いかけるのは、白いドレスに赤ずきんを被った女子生徒。

「相変わらずだねぇ」
「うん」

 苦笑する私とナターシャの前で、ふたりは仲良く私達の脇を走り抜けていく。

 ホワイト・ローズ科のロリっ子赤ずきんちゃんが、ブラック・ローズ科のワイルド系モフモフ男子を自称する、狼男のリュコスを追いかける光景。

 それはもはや、フェアリーテイル魔法学校名物の一つとなっている。

「卒業まで、リュコスは逃げ切るつもりなのかな?」

 元気に走り去る二人を目で追いながら、ナターシャが首を傾げる。

「リュコスは、赤いものがトラウマって言ってたから。逃げ切るつもりなんじゃない?」

 ニヤニヤしながら答えたその時。

 私の頭上で、紙で折られた白いハトが旋回し始めた。

「あ、魔法の伝書鳩でんしょばとだ。両親からの返信かな」

 口にしながら不安な気持ちが私を襲う。

 何故なら、私が両親に定期連絡となる手紙を送ったのは三日前のこと。

『あんまり送ると、勉強に差し支えちゃうし、面倒になって、返信してくれないのも寂しいし』

 という母の気遣いもあり、向こうからの返信は、私が手紙を送ってから数週間後にこちらに届く。それが両親との、暗黙の了解となっているからだ。

 私は胸騒ぎと共に、ハトを見上げ手を伸ばす。
 すると、ハトはポトリと私の手のひらに一通の白い封筒を落とした。

「やだ、なんか分厚くない?」

 ナターシャは私が受け取ったばかりの封筒を見て、ぎょっとした表情を浮かべる。

「しかもわりと重いんだけど」

 私も想像を遥かに超えた、封筒の重さに驚く。

「ご両親から?」

 ナターシャに問われながら、封筒を確認する。
 しかし、宛名に私の名があるだけで、差出人は書いてない。

「匿名希望の手紙なんて、怪しくない?まさかラブレターとか?」

 ナターシャが嬉しそうな声をあげる。

「もしそうなら、だいぶまずいね」

 私は生垣の下に視線を送る。すると生垣として植わる植物に同化するようになのか、緑の迷彩服に身を包み、こちらの様子をうかがう、見慣れたマンドラゴラ部隊の姿があった。

 彼らは私と目が合った途端、わたわたとしたのち、脱兎だっとの如く視界から消え去った。

(あー、ルーカスに報告されちゃってるだろうな)

 マンドラゴラ部隊が意気揚々いきようようと「メーデー、メーデー」と大騒ぎする姿が目に浮かぶ。

 つまり、こんな風に人知れずマンドラゴラを操るルーカスの監視の目をくぐり、私に接触しようとする男子生徒など、いる訳がないのである。

 正直そのせいで、私はここ一年。誰からも告白されず、自分の容姿を若干「本当は可愛くないんじゃ」などと、疑う気持ちにすらなっている。

「開けてみなよ」
「うん」

 ナターシャに促されるまま、私は手紙を開封し、中身を確認する。

「え?」

 視界に飛び込んできたのは、茶色の毛糸で編まれた、手足がついた人形のようなもの。目の代わりなのか、丸っこい頭のような部分には黒いボタンが、二つ縫い付けられている。

「かわいい……」

 思わず呟いた私の言葉に、ナターシャは呆れたように笑う。

「何それ、呪いの人形なんじゃないの?」
「いや、違うと思うけど……」

 とりあえず人形を取り出してみると、それは思ったより小さく、手のひらにすっぽり収まるサイズだった。

 胸の部分が赤く染まっているのが気になるものの、光を反射し、ツヤツヤとこちらを見つめる黒い瞳にはキュンとくるものがある。

「これって、編みぐるみかな?」

 私は人形をひっくり返し確認する。
 しかし製造元を表すようなタグはどこにも縫い付けられていない。

「編みぐるみっぽくもあるけど、ブードゥードールっぽくもある。その胸の赤い部分とかさ。手紙は入ってなかったわけ?」

 ナターシャに問われ、私は慌てて封筒の中を覗いてみる。すると中に一枚の白いカードが入っていた。

「カードがある」

 私は封筒の中から早速そのカードを取り出す。

「どれどれ見せて」

 ナターシャが興味津々といった感じで、私が手にしたカードを覗き込んで来る。

「えーと、『不誠実なあなたが、もがき苦しみますように』だってさ。え、まさかこれって」

 読み上げた後、慌てて顔をあげる。すると、にんまりと微笑むナターシャとバッチリ目が合った。

「どうみても、ブードゥードールみたいね」
「だよね……」
「そのメッセージに思い当たるフシはあるの?」
「確証はないけど、多分あの子かなって、人はいる」

 脳裏に、つい最近温室で「不誠実」と私に訴えかけた人物が浮かぶ。

 瞳をうるうるとさせ、己の考える正義を、私に押し付けまくっていたエリーザだ。

「じゃあ、その子に直接送ったかどうか。ずばり聞いてみたらいいじゃん」

 ナターシャは簡単そうに言うが、私は苦笑する。

「それが出来たら苦労しないんだけど」
「なんで?本人に確かめるのが一番早いじゃん」

 不思議そうな顔をしたナターシャに、私は首を横に振る。

「多分、犯人はホワイト・ローズ科の人だから」
「あー、それは厄介ね。絶対自分がやったなんて認めないだろうし。それにそっか。ブラック・ローズ科の人間なら、堂々と名乗ってから呪うだろうしねぇ」

 納得したという表情を浮かべるナターシャ。

 確かにナターシャの言う通りだ。ブラック・ローズ科の生徒が犯人であれば、むしろ誇らしげに「私がやったけど何か?」と胸を張るに違いない。

 何故なら、誰かに呪いをかけようとすること。その事自体を「悪いこと」だと思う人も、それについてとがめる人も、そもそもブラック・ローズ科には存在しないからだ。

 対するホワイト・ローズ科の人間は、人を恨むという行為自体、「人として間違っている」という考えを持っている。

 よって、人を呪う行為をしたと周囲に知れたら、「ホワイト・ローズ科の品位を落とした」とれから除外される可能性が高い。となると、エリーザが私にブードゥードールを送った犯人だとしても、決定的な犯行現場を押さえない限り、彼女は「やっていない」とシラを切り通すだろう。

「まぁ、邪悪な魔力をその人形からは感じないし、きっとルシアを怖がらせるだけが目的じゃない?」
「確かに」

 私はため息をつくと、手の中の人形をもう一度見つめる。

(何より父さん達からの手紙じゃなくて良かった)

 安堵した気持ちのまま、手の中にある人形のツルンとした瞳と見つめ合うこと数秒。

「この人形。やっぱり可愛いかも。リメイクしよっかな、呪いごと」

 思わず頭に浮かんだ案をボソリと口にする。

「うける。でもさ、犯人がホワイト・ローズ科の人間だったとしたら、そんな発想は死んでもいだかないだろうし、むしろ自分の呪いの人形を可愛がってる姿を見たら、むこうがショック死するかも」

 愉快そうな声をあげるナターシャ。

「よし、今日は徹夜して、この子をリメイクする」
「私も手伝うよ」

 ナターシャと私は顔を向け合い、楽しい気分で笑い合うのであった。


 ***


「出来た!」

 ブードゥードールを、推定エリーザから送りつけられた日の、泣く子も黙るうし三つ時。
 ようやく呪いごとリメイクが完成した。

 因みに「手伝うよ」と口にしたナターシャは、「ブルーノから返事がきた!」と大騒ぎしたのち、熱心にメッセージのやりとりをし、疲れ果てたようだ。現在、黒字に紫のバラが描かれたカバーに覆われた、ゴスロリ感あふれる自分のベッドで爆睡中である。

「それにしても、より可愛くなっちゃって」

 私はベッドの上に座りながら、手にした人形の出来映えを確認する。

 黒い丸ボタンのつぶらな瞳はそのまま。
 ぎざぎざしていた口元の端には、赤い舌べろをフェルトで縫い付けた。

 怪しい物が入っていないかどうかを確かめるため、切り開いたお腹部分。その部分を閉じる糸は、ちょっと太めの白い糸で縫い、デザインにメリハリをつけてある。

 胸の部分につけられた赤いシミ。それはどうも嗅いでみたところ、絵の具のようだったので、そのまま残してある。

 因みにお腹の他にも、腕、足、頭とそれぞれのパーツも解体してみたが、怪しいモノは何一つ入っておらず、拍子抜けといった感じだ。

 最大のポイントは、人形の頭の部分に、バックなどにぶら下げる事ができるよう、黒い紐を縫いつけたこと。

「完璧だわ」

 もはやブードゥードールとは呼べない。
 ちょっとパンクな編みぐるみのキーホルダーの誕生だ。

「マジグラムに投稿しよっかな。ってその前に写真撮らなきゃか」

 ベッドの上に投げ出されたマジカルモバイルに手を伸ばす。すると画面にはルーカスからのメッセージが届いている知らせが表示されていた。

「うわ、全然気づかなかった」

 私はマジカルモバイルの画面を操作し、ルーカスからのメッセージを確認する。

『ルシア、今日変わったことはなかった?』
『人形を受け取ったらしいけど』
『犯人を探すつもりなら、僕に任せて。マンドラゴラ部隊を動かすから』
『寝ちゃったのか?』
『心配だけど、流石に女子寮にマンドラゴラ部隊は送っちゃ駄目だよね?』

 最後のメッセージは、今から三十分前だった。

「起きてたんだ……」

 私の事を心配する気持ちが伝わってくる文面。それが嬉しくもあり、同時にちょっと怖くもある。

 何故なら私はいつか、ルーカスに復讐しなければならないから。その決心が揺らぐことはない。だから適度な距離を置くべきだ。

(なのになんだかな)

 私の中でルーカスという存在が、当たり前にそばにあるものと認識されつつある。

 それはあまり良いことではない。いつか彼にどんな形であれ、復讐を果たせた時。そこから先に続くであろう、私の人生。そのかたわらにルーカスの存在はないのだから。

「返事をしなきゃ」

 そう思って文字を打ち込むものの、中々文章が出来上がらない。そして、悩んだ末完成したのは、全てを省いた「おやすみ」という一文のみ。

 心配してくれた人に対し、相当感じ悪い対応だという自覚はある。できればもう少し気の利いた返事をしても許されるのでは?と思わなくもないが。

「多分、これが正解」

 私は呟き、布団の中に潜り込んだ。すると、枕元に置いたマジカルモバイルがブルブルと震えだす。

『おやすみ、ルシア』

 画面上に表示される文字を確認し、どういうわけだか、私は至極安心する。そしてうつらうつら、夢の世界に身を任せかけた時。

「ごめん、ブルーノ。もうお金はないよ」

 突然、爆睡中なはずのナターシャが喋り出した。

「うわ、びっくりした」

 私は半身を起こし、ナターシャのベッドを確認する。しかしうなされたような感じではない。どうやら今のは寝言だったようだ。

 とはいえ。

「いま、お金はないって言ってたような」

 しかもその前に聞こえた名は、ナターシャの推しメン。パンクバンド、血みどろ紳士のボーカル、ブルーノだった気がする。

「一体どんな夢を見てるのよ……」

 無性に気になるものの、流石に起こしてまで問いただす事ではない。

「ま、覚えてたら、明日聞いてみよっかな」

 私は呪いを解いた編みぐるみを手に、再度布団に潜り込む。そして意識を手放すように、くたりと眠りについたのであった。
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