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第五章 事件がいっぱい、学校生活(十五歳)

043 お金のかかる、彼氏?

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 フェアリーテイル魔法学校に入学した生徒は、ホワイト、ブラック。それぞれの寮に組み分けされたのち、二人に一つ個室を与えられ、そこを我が家とし学校生活を送る事となる。

 私の相方は、スノーベック国出身のナターシャ。

 今となっては気心知れた仲ではあるが、友達などいらない。そう思って入学した事もあり、最初は彼女と仲良くできるか不安でしかなかった。

 けれど気さくな性格と人を巻き込みがちなナターシャのおかげもあって、気付けば横にいて、二人で笑い合う。そんな楽しい学校生活を送っている。

 勿論未だ、見解の違いや些細なことで衝突することもある。しかし根底の部分では、お互いを認め合っている。

 少なくとも私にとってナターシャは、友達という存在がわずらわしいというものだけではない。その事を私に教えてくれた、かけがえのない親友だ。

 そんなナターシャと私は、同室が決まった時。住まいとなる手狭な空間で、少しでも快適に過ごせるよう、二人で話し合い、インテリアのテーマを決めた。

 それは『甘すぎず、しかしロマンチックな雰囲気になるように』というもの。そして、そのテーマは現在も継続中。

 元々、備え付けの家具が黒いゴシック調で揃えられていた部屋は、さらなる進化を遂げ、全体的に暗い色合いと複雑な装飾で満たされた空間となっている。

 部屋の隅に置かれた小さな本棚の上には、見た目がクールだという理由で、古い本や置物が飾られており、赤い壁にはエキセントリックな骸骨がいこつ蝙蝠こうもりが描かれているポスターや血みどろ紳士をモチーフにしたアートワークがいくつか飾られていた。

 そして学生には必須。壁に沿って置かれたアンティーク感たっぷりな机の上には、教科書やら筆記用具など。わかりやすい勉強道具と共に、黒いメイクボックスが存在感たっぷりに置かれている。

 ナターシャと私は、今まさにその場所で、どこかぼんやりとする素の顔から、ブラック・ローズ科のキリリとした生徒になるべく、メイクという魔法をほどこしている最中だ。

妖艶ようえんかつ怪しげにっと」

 私はナターシャの執事、いや、もはや下僕と言っても過言ではない、由緒正しい魔法の鏡に映り込む自分の姿を見つめながら言い聞かせるように呟く。

 鏡の中には、ピンクブロンドの髪をくちで梳かす、私の姿が映し出されている。

「美しくもダークな雰囲気を忘れちゃ駄目よ」

 横からナターシャの声が飛んでくる。

「わかってるって」

 櫛を机に置き、鏡に映る自分を改めて見つめる。

 青い瞳には長いまつげが縁取られており、目元のキワをはみ出すように、黒いシャドウがのせられている。そして頬には甘すぎずを意識し選んだ、オレンジ系のチーク。覚めるような真っ赤な唇には薄いグロスを塗っているため、つややかに光っており、それが私の可憐な顔立ちをより一層際立たせている。

「うん、今日も私は妖艶だし、可愛い」

 最近めっきり、誰からも告白されなくなったという悲しい事実。それを打ち消すように、私はえて口にし、自分が「可愛い」という真実をしっかりと、この身に染み込ませておいた。

 呪いの人形しかり。何事もほどほどの思い込みは大事なのである。

「あ、そういえばさ、昨日寝言を言ってたよ」

 私は思い出したように、鏡越しにナターシャに伝える。

「寝言?」

 赤いアイラインを引き終わり、マスカラを手に取った状態のナターシャは、訝しげな表情を浮かべた。その様子を見るに、どうやら本人に自覚はないようだ。

「うん。ブルーノに「もうお金はないよ」って言ってる感じ。ちょっとうけた」
「えっ!?」

 私が言った瞬間、ナターシャの手からマスカラが滑り落ちる。
 コロコロと机の上を転がるそれは、私の陣地に到達し香水瓶にぶつかると、停止した。

「そんな驚くこと?」

 私はマスカラを拾い上げ、ナターシャに差し出す。

「驚くって言うか、実はさ……」

 ナターシャは眉間にシワを寄せたまま、私からマスカラを受け取る。

「みんなには内緒なんだけど」
「うん」
「実はブルーノ。お金に困っているみたいなんだよねぇ」
「え、そうなの?」

 思わず聞き返すと、ナターシャはこくりと首を縦に振った。

「熱狂的なファンにストーカーじみた事をされて、その警備に莫大ばくだいなお金がかかるみたい」
「えええええ!?」

 思いもよらぬ展開に驚きを隠せない私。
 しかしふと思う。

「あ、でも普通そういうのってさ、所属事務所が何とかしてくれるんじゃないの?」

 私の記憶が正しければ、血みどろ紳士は大手芸能事務所に所属していたはずだ。

 そもそも事務所とアーティストは、お互いに依存しあい、共に成功を目指している関係である。よって、所属するアーティストがストーカーを含むトラブルにあった場合、その被害に対し、事務所が真摯しんしに取り組むはずだ。

(だってブルーノに何かあったら、全てがおじゃんになるわけだし)

 ブルーノがボーカルを務める血みどろ紳士は、既にメジャーデビューを果たしているバンドである。そしてこの秋には世界ツアーをすると発表されたばかり。

 つまり彼らは今まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気のあるバンドだと言える。そんな人気絶頂である彼の足を引っ張りかねない事態が起きたら、流石に事務所は全力で問題解決に動くはず。

 一気に思考を巡らせた私は、どうにもに落ちない気持ちのまま、鏡越しにナターシャを見つめる。

「勿論対策はしてくれているみたい。だけど、ブルーノのマネージャーさんは、あまり頼りにならない人らしくて。それに、ストーカーと化したファンは売れない時代から、血みどろを応援してくれているファンらしくてさ」

 ナターシャはマスカラの蓋を開けながら、疑いの眼差しを向ける私に対し補足する。

「つまり、古参こさんってこと?」
「そうみたい。だから事務所的にも対応が難しいらしくてさ。それにブルーノもファンの事を悪く言いたくないって、詳しく語りたがらないし。何だか踏み込みにくい雰囲気があるっていうかさ」
「そうなんだ……」

 やはり、にわかには信じ難い話だという気持ちのまま、相槌あいずちを打つ。

「ブルーノがストーカー被害を受けている。それが本当だったとして、何でナターシャに頼るのよ」

 疑問をいだきながらも、とりあえず確信に迫る。

「だって私は、ブルーノの彼女だから」

 ナターシャは、まつ毛にマスカラを当てながら、得意げな声で私に告げた。

「え、付き合ってるってこと?」
「まぁね」
「待って。いつ告白されたの?どこで?というか、いつ会ってたの?」

 知らないんだけどと、私はナターシャに身を乗り出す。

「DMで」
「は?」
「だから、マジグラムのDMで」

 私は衝撃的な告白に、ついに言葉を失った。

「ほら、前に言ったでしょ。ブルーノからDMが来たって。そこでメッセージの交換をしているうちに、私の事が気になって仕方がないって言われちゃってさ。それで私の方からブルーノに好きって伝えたら、向こうも同じ気持ちだって。だから付き合う事になったってわけ」
「なるほど。それはなんというか、おめでとう」

 私はひとまず親友に彼氏が出来たことを祝う。そして次は探りを入れるターンだ。

「それで、実際に会って、デートとかしたの?」
「ちょっとルシア。向こうは私達と違って、世界を駆け巡るスターよ?」
「うん、まぁスターだよね。その事に異論はないよ。ただ、だからこそ、いつデートするのかなぁって」
「そんなのDMで済むでしょ?」
「それってどういうこと?」
「対面はまだしてないってこと。けど、毎日愛のこもったDMはくれるわよ?」

 ナターシャの嬉しそうな声に、私は思わず頭を抱えた。

(会った事がないのに、付き合ってる?)

 その感覚がいまいちわからなかったからだ。

(でもそういう事だったんだ)

 私は常々不思議に思っていたナターシャの行動を思い出す。

 最近やたらマジカルモバイルを気にしていたこと。それから急にダイエットを始めたり、肌の手入れに力を入れていたりすること。

 それら全ての理由は、彼氏が出来たからだったようだ。

「そっか。ナターシャはブルーノと付き合ってるんだ」

 改めて確認するように呟くと、ナターシャは頬を赤らめる。

「今度グリムヒルでライブがあるじゃん?だからさ、その時会おうって」
「すごい。良かったじゃん」

 会う予定があるなら、だまされている感じではなさそうだ。安心した私は心底、親友の幸せを思い喜ぶ。

「でもそのためには、ボディーガード代とか支払わないといけなくて。だからお金の事がずっと頭に残ってて、寝言でれちゃったのかも」

 塗り終わったマスカラを乾かすため、パタパタと両手で目元を仰ぎながら、ナターシャがまたもや衝撃的な言葉を明かす。

(会うのにお金がいる?)

 それは私の思う常識ではよく理解できないことだ。けれど、ナターシャはその事について何とも思っていなさそうである。

「それってつまりさ、言い方はアレだけど。ナターシャはブルーノにお金をせびられているってことだよね?」

 正直に感じた気持ちそのまま尋ねる。

「言い方はアレすぎるけど。でもまぁあながち間違ってないわ」

 特に気分を害した様子なく、ナターシャが私の発言を認めた。

「つまり、ナターシャはお金を出す事に納得してるってこと?」
「だって私とデートする時間は、完全なるプライベートでしょ?だからこっちがボディーガード代を出すのは当たり前じゃない」
「確かにそういう合理的な考えもわかる。けど、私は無理かもなぁ」

 鏡越しに映るナターシャの顔を見ながら、私はぼやく。するとナターシャは私の呟きに反応したのか、こちらに顔を向けた。

「有名人と付き合うってことは、それなりにお金がかかるのよ」
「まぁ、そうだよね」

 会う度、ボディーガード代をせびられること。
 それに対し「せめて折半じゃないの?」と思う気持ちがある。

 ただ、付き合う男性が有名であればあるほど、人の目が気になる気持ちはわからなくもない。隣に立った時、「あんな子が彼女だなんて」と思われるのは嫌だからだ。

 だから外も中も、自分を磨くために、お金がかかるのは理解できる。そして付き合う相手が世間から注目を浴びた人であればあるほど、自分に対するハードルも高くなり、努力するためのお金も、時間もかかるのかも知れない。

(付き合う人は、ほどほどでいいや)

 私は左手の薬指にはまる金の指輪をいじりながら、強くそう思った。

「その点、ルシアの彼は植物マニアで良かったわよ。温室デートなんて、至ってエコロジーな付き合いができるんだから」

 ナターシャは悪びれず笑顔を私に向けた。そして化粧ポーチから口紅を取り出すと、慣れた手つきで唇を紫色に染め上げていく。

「だから……付き合ってないってば」

 私は小さな声で訂正するのであった。
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