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第十章 グール対人間。最終決戦へ(十九歳)

089 波乱の結婚式5

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 多くの人がひしめき合う広場の中央。ルーカスがランドルフの命令で動いた兵士に拘束こうそくされてしまっている。

 私は今すぐ彼を助けだそうと、杖を召喚した。しかしモリアティーニ侯爵の、やる気溢れる表情を目の当たりにし、ひとまず心を落ち着かせたところだ。

(それに真のあくって……)

 一体誰の事なのだろうかと、私はものすごく気になっている。

「では、老体にムチを打つとするかのう」

 モリアティーニ侯爵の言葉に、私とランドルフは顔を見合わせた。口にはせずとも、心で思う事は一つ。

(だから、真の悪って誰?)

 少なくとも私はそう思ったのだが。

「私達でお守りしよう。勿論君にも、指一本触れさせないつもりだ」

 決意に満ちた顔で告げるロドニール。どうやら彼と私は通じ合っていなかったようだ。

「私はいいけど、モリアティーニ侯はお守りしなくちゃね」

 いかにも、モリアティーニ侯爵を心配していたふうを装った。

 そうこうしている間に、モリアティーニ侯爵はのそりと立ち上がると、トンと杖を床に打ち付けた。

「グラビティレス」

(浮遊呪文だ)

 私がモリアティーニ侯爵が唱えた呪文の意味を悟った瞬間、彼が地面に突き立てた杖の先から、白い光が放たれた。そしてそのまばゆい光は、私たちの体を巻き込む。そして私の体はふわふわと宙に浮く。

「ワープリフト」

 立て続けに唱えられる呪文。

(これは、瞬間移動)

 私が理解した瞬間、明るい光の奔流に身体が吸い込まれる。

「うわぁ」
「くっ、何て強引な!」

 すぐ近くでロドニールの声がして、私は咄嗟とっさに彼の袖口そでぐちを掴もうと手を伸ばす。何故なら体が浮いた状態のため、踏ん張る事が出来ないからだ。

(な、何か安定したものを)

 私は無我夢中で手を伸ばす。そしてロドニールの袖口を掴んだと思った瞬間、目の前には驚愕きょうがくした様子のランドルフの顔があった。

「あ」

 どうやらロドニールの袖口を掴もうとした瞬間と、転移終了が同時だったらしい。

 私はふわふわと宙を浮きながら、しっかりとランドルフの首元に巻かれた赤いタイを掴んでいた。

「ぶ、無礼者ぶれいもの!!」

 ランドルフのタイを掴んでいた私の手が、彼によって乱暴に振り払われる。その勢いのまま、私は空中に投げ出された。

「え!?」

 風船のようにポーンと飛ばされる事を覚悟した私。けれど不思議な事に、私の体は事なきを得る。

「ルシア様」

 親愛なる下僕げぼくこと、ロドニールが咄嗟に私の腰に巻かれた、黒いリボンを掴んでくれたからだ。そして宙に浮く私は、既に浮遊ふゆう魔法を解除したらしいロドニールに、グイッと地上に引っ張られた。

「あ、ありがとう」
「いえ、お気になさらず」

 ロドニールの手を借り、何とか吹き飛ばされずに済んだ私はホッとする。しかしこれはこれで、実に恥ずかしい状況だ。

 なぜなら浮遊魔法が切れた私は、ロドニールに横抱きにされた上に、彼の首にしっかり両手を絡めている。しかも今いる場所は、群衆ぐんしゅうが観覧しやすいよう、結婚式のために設置された円形の舞台上。つまり現在の私は、大勢の注目を浴びる中、ロドニールにお姫様抱っこされている。しかも自ら抱きついているような状況だと言える。

(こ、これって、はたから見たら完全にアウトなんじゃ?)

 私はそっと手を離す。

「ええと、降ろしてもらえる?」

 私は気まずい雰囲気のまま、ロドニールにお願いする。するとロドニールは、私の顔をじっと見つめた後、「名残惜なごりおしいですが」と口にしたのち、私をゆっくりと地面に降ろしてくれた。

「ありが……」
「ルシア、君は意外に浮気症なんだな」

 囚われの身になっているはずである、ルーカスの不服そうな声が飛んでくる。

「ち、違うから!」

 振り返って後ろ手に兵士に拘束されている、ルーカスに抗議する。

「それはそれで、悲しいですね……」

 今度は、ロドニールが悲しげに目を伏せる。

(ややこしいんだけど)

 私は思わず頭を抱えそうになる。しかし今はそんな場合ではないと、すぐに思い直す。そして二人を無視し、頬を軽く叩き、気持ちを引き締め直した。

「そこのあなた。ルーカスを離しなさい、今すぐ!!」

 私は色々と誤魔化そうと、ルーカスを拘束する兵士に命令する。すると、ランドルフが呆れたように首を振った。

「お前は馬鹿なのか?この状況で解放するわけないだろう」
「……確かに」

 私はうっかり納得する。

「ランドルフ、久しいのう」

 杖をついたモリアティーニ侯爵が、ランドルフの前に立つ。周囲には解放軍の面々が彼を守るように、取り囲んでいる。

 途端に緊張した雰囲気が辺りを包み込む。

「モリアティーニ侯」
「少し痩せたようじゃが。お前のその体は、すでに限界が来ておるのだろう?」

 モリアティーニ侯爵の言葉に、ランドルフは僅かに眉を顰める。

 その姿を確認しながら、私は久々対面した、ランドルフを観察する。

 確かに、以前舞踏会で対面した時より、目の周りに浮かぶくまや、ほほの肉の落ち具合などが、どこかやつれた顔つきに見える。そのせいか何となく、健康な人とは言い難い感じだ。

「勝手に人を判断しないで欲しい。私は至って健康だし、この座を当分開け放すつもりはない」
「そうかのう。ワシが最後に会った時よりも、随分と老けたように見えるが」
貴方あなたに心配される筋合いはない」

 ランドルフはモリアティーニ侯爵の指摘を跳ね除けた。

「私を揶揄からかうために、この場にいるのであれば、今すぐ退席して頂きたい」
「ふむ。認めんか。まぁいい。わしはお前を救いに来たのじゃ」

 モリアティーニ侯爵の表情は、なぜか寂しそうで、悲しみを堪えているように見える。

 どうして、そんな表情になるのか。その理由がさっぱりわからない私は、静かに二人のやりとりを見つめる。

「救うだと?」

 ランドルフがモリアティーニ侯爵を睨みつける。

「そのままの意味じゃ。お前の奥底に眠る良心。それが消滅する前に、決着を付けようと思ってな。あの世で待つお前の両親に、お前が言い訳をできるうちにと、思ってな」

 ランドルフの問いに対し、モリアティーニ侯爵は淡々と答える。
 この場にいる主要人物の中で、最年長だと思われるモリアティーニ侯爵は、きっと彼らの親と共に青春時代を過ごし、この国を見守ってきたのだろう。

(でもみんな、いなくなっちゃった……)

 ローミュラー王国を襲った謎の疫病えきびょう。それからランドルフが起こしたクーデターによる、政権交代。そして現在のような、グールによる統治とうち時代が到来した。そういった激動の世を生き抜いた中で、モリアティーニ侯爵は多くの友人や知人を失ったのかもしれない。

 私は両親のお墓の前で、どこか遠くを見つめるモリアティーニ侯爵の、とても寂しげな、やるせない表情を思い出し、胸がちくんと痛んだ。

「私は両親に背を向けるような事はしていない。一体貴方は何の話をしているんだ?」

 この期に及んでもなお、とぼけまくるランドルフの疑問に、モリアティーニ侯爵が答えようと口を開いたその時だった。

「陛下に対し、無礼ですよ、モリアティーニ侯」

 ランドルフの背後から、聞き覚えのある声が響いた。

「すで隠居されたのだと思っておりましたが。まさかこのような場所にまで足を運ばれるとは。まだまだお元気なようで、何よりです」

 現れたのは、頭頂部が寂しげな白髪頭の男性、ハーヴィストン侯爵だ。

 やや小柄でありながら、鋭い目つきと、程よくシワが刻まれた顔は、計算高そうな性格をそのまま表している。そして意外な事に、ハーヴィストン侯爵は以前よりずっと老けたものの、ランドルフほど不健康な感じはしない。むしろ以前より恰幅かっぷくが良くなっているような気がする。

 私がハーヴィストン侯爵を観察していると、彼は私をチラリと一瞥した後、モリアティーニ侯爵に視線を戻した。

「これは、これは、宰相さいしょうどの。随分と出世したようだ。天国のお父上も喜んでおられる事でしょう」

 モリアティーニ侯爵は穏やかな笑みを浮かべながら、言葉を返す。
 どうやら、現在ハーヴィストン侯爵はランドルフの宰相にまで上り詰めているようだ。きっとBGビージーの開発に係わるうちに、ランドルフの右腕になった、という感じなのだろう。

(あ、そっか)

 モリアティーニ侯爵が言う、真の悪とは彼の事なのかも知れない。

 私はハーヴィストン侯爵邸から押収した、手紙や帳簿の事を思い出す。それらの証拠からして、彼がBGに深く関わっている事は間違いない。

(真の悪め!私の役を奪いやがって!)

 私は「あんたのせいで、こっちは正義の味方みたいになっちゃってるんだからね」と内心文句を言いつつ、ハーヴィストン侯爵をキッと睨みつけておいた。

「代々フォレスター家につかえ宰相をしてきたモリアティーニ侯爵家の貴方に言われるとは。いやはや、恐れ多いですな」
「恐れ多い。確かにそうじゃろう」

 モリアティーニ侯爵は笑みを浮かべたまま、不穏な空気を放つ。

「実力ではなく、ランドルフ陛下の弱みに付け込み、薄汚い手を使い、宰相になった。確かにそれは誇れる事ではないからのう」

 鋭い目つきではっきりと告げた、モリアティーニ侯爵の言葉に、ハーヴィストン侯爵はわずかに顔を歪めた。

「何が仰りたいのですか?」
「わからんか。では、わかりやすく言ってやろう。お前が今までに犯してきた罪を全てここで清算しろ。さすれば、殺すことはせんと言っておるのじゃ」
「罪を、清算。私には何の事だかわかりませんが」
「あくまでシラを切るつもりか」

 モリアティーニ侯爵は怒りを抑えた声で呟く。

「モリアティーニ侯、悪いが、私は貴方が何を言っているのか理解できない。私が貴方に何かをしたと言うなら、是非とも教えて頂きたい」
「ほう。あくまで知らぬ存ぜぬを貫く気か。ならば良い。では見せてやろう。お主がこの国の悪であるという証拠を!」

 モリアティーニ侯爵は、手にした長い杖を地面に突き立てた。すると、私たちの頭上に透過とうかされた映像が大きく映し出されたのであった。
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