復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第十二章 私の選ぶ幸せ(二十歳~)

116 逃げ出した、私2

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 ナターシャに「行きつけ」だと案内されたのは、私にとって懐かしいお店だった。というのも学生時代、グリムヒルで通い尽くしたお店の二号店。その名も『羊たちのお喋り亭――メルヘンシティ店』だったからだ。

 しかしそこは、さすが都会にある店と言ったところだろうか。私の知る、グリムヒルの店よりも、店内は落ち着いた雰囲気に包まれていた。石壁せきへきには様々な種類の木製棚が取り付けられ、その上には見るからに怪しそうな、魔法のポーションや呪文書、そして魔法生物の化石にホルマリン漬けなどが、綺麗に陳列ちんれつされている。

 店内には様々な種族の客がいて、おしゃべりや笑い声が響き渡っている。背の高いエルフたちや、ふわふわした羽毛を持つフェアリーたちが、ドラゴンの骨を使った小さなテーブルに腰をかけ、仲良くお喋りを楽しんでいた。

 カウンターには、ワイバーンの角から作られた、クリスタルのワイングラスが並んでおり、麗しさ抜群、美丈夫びじょうぶなバーテンダーが、フルーティーで香り高いワインを注いでいる。

 そんな店内の奥。私とナターシャはボックス席で向かい合って座っていた。そして現在、私が抱える事情。主に昨夜の件をナターシャに、ざっと説明し終えた所だ。

「なるほど。植物マニア君とついにねぇ」

 一通り私の話を聞いたナターシャは、ニヤリとした笑みを私に向けた。

 彼女の手には、サクランボ・スプリッツァーなどという、小洒落こじゃれたた名前のカクテルが握られている。カクテルグラスに入るそれは、炭酸水と、サクランボとグレナデンシロップを合わせた、すっきりとした甘酸っぱい味わいが特徴な、大人のためのカクテルらしい。

 因みに私は、ミッドナイトサンダーという、これまたお洒落極まりない名が付けられたカクテルを注文した。氷を入れたグラスに、赤とオレンジのグラデーションを持つ薬草酒を注ぎ、もくもくとスモークをかせた、実に怪しいカクテルだ。

「で、結婚式はするの?絶対出席したいからさ、早めに教えておいてくれると有り難いんだけど」
「ちょっと、まだ付き合うとかそういう話じゃなくて」

 私は先走るナターシャにストップをかける。

「あら、違うの?てっきりプロポーズを受けたから、そういう関係になったんだと思ってたけど」
「プロポ……!?ち、違うから。昨日のアレは、生存確認的な感じであって、決して、結婚とかそういう話と直結しないっていうか、その……」

 私は自分でも混乱し、しどろもどろになりながら、どうにか言葉をつなぐ。すると、そんな私を見つめたナターシャは、大きく溜息をついた。

「あのね、ルシア。別に結婚を急かすつもりはないけどさ。そろそろ素直になりなってば。それともルシアは好きでもない男と寝たって、わざわざメルヘンシティまでグリフォンを乗り継いでまで、私に報告しにきたわけ?」
「違うけど」

 私は即答した。

 私はルーカスだから、一夜を共にした。それは間違いない確かな事実だ。そして「結婚させられる、ヤバい!」とパニックになり、ナターシャの元を、それこそ着の身着のまま、訪れているという状況だ。

「というかさ、ルシアとあいつの学生時代を知る人なら、いまさら二人が結ばれたって聞いても、誰も驚かないと思うけど」
「まぁ、そうかもだけど」

 確かに私は学生時代、ルーカスと公認の仲。そんな風に思われていた。

(だから全然、浮いた話もないわけだし)

 気付けば、最初から最後まで。私の学生時代の思い出には、いつだってルーカスの影がまとわりついている。それはもうべったりと、背後霊はいごれいのようにだ。

「まぁ、諦めなって。あいつ昔から執念しゅうねん深いというか、ストーカー気質というか。とにかくルシアはいまさら、逃げられないでしょ」
「な、なるほど」

 確かに私はあまりに彼にまとわりつかれ、とうとうルーカスがそばにいるのが、当たり前だと思うまでになっている。

(それどころか、いなくなる事が不安に思いはじめちゃってるし)

 つまり今となっては、私のほうがルーカスに依存いぞんしている可能性すらある状況だ。

「ぶっちゃけさ、ルシアが結婚を躊躇ちゅうちょしているのって、何が原因なの?」

 ズバリ問われ、私はうつむく。

 正直、様々な理由が絡み合い、私は停滞ていたいしている。よって、「こうだから」と明確な理由を口にするのは難しい。

「ローミュラー王国で起きていた戦争。それで命を失った人達への懺悔ざんげの気持ちから、自分だけが幸せになっちゃ駄目。もしかしてそう思ってるとか?」

 ナターシャが、私の気持ちの上澄うわずみ部分を探り当てた。そもそも、私がルーカスとの結婚を躊躇することの原因は、彼が父と母、そしてロドニールのかたきであることが大きい。

 仇であるがゆえに復讐せねばと思う気持ちが、どうしたってわき起こるからだ。

 その事プラス、私をかばって命を散らしたロドニールの存在があげられる。私は未だ彼に対し、ルーカスと結ばれる事に、後めたい気持ちを抱いてしまう。

 (だからルーカスとは結婚できない)

 それらの気持ちを大きくまとめると、ナターシャの示した通り。

(自分だけが幸せになっちゃだめ)

 そんな気持ちに私は行き着いてしまうのだろう。

 それに結婚の先に待ち構える、子どもを産むということに対する、不安もある。

 正直私は子どもが苦手だ。だからもし、ルーカスと結婚して子を成した後。彼が先に亡くなってしまった場合、スティーブのように、「この子の為に」と前向きに一人で育て上げられる自信は、今のところゼロだ。

「あー、無理。やっぱり無理」

 ルーカスの事は好き。けれど、その先に続く未来に不安しかわかない私は、やけ酒とばかり、ちびちびとカクテルを口に運ぶ。

「ルシアはさ、毎日生死をけた戦いをしてたんでしょ?」

 突然問われ、私はナターシャに顔を向ける。

「そうだね」
「正直、違う国に住んでると、他人事ひとごとというか、全世界版のニュースをチェックしないと情報は入って来ないし、そもそも知ろうとする努力をしなければ、こっちは変わらぬ平和な日々を過ごせちゃうんだよね」

 ナターシャの口にした事は正しい。フェアリーテイル魔法学校にいた頃も、誰かの出身国で起こる事件なんて、遠い世界の話だったから。

 誰だって、自分の身に降りかからないと、所詮しょせん他人事なのである。

「もちろん私は、ルシアと植物マニア君の事が心配だから、それなりにチェックはしてた。でもさ、ルシアが生きるか死ぬかをかけて戦っている時。私は毎日マジグラムをチェックして、血みどろについて投稿している記事にいいねを押したり、友達と話したり、時には旅行に行ったりと、平和に過ごしてたわけ」

 ナターシャはカクテルを飲み干すと、グラスの中でカランと音を立てる氷を見つめながら続ける。

「ルシアが、誰かと魔法で戦っている間。私は毎日仕事に行って、帰宅して、恋愛して、失恋して。そんな変わらぬ日々を普通に繰り返していたの。それが申し訳なくてさ。だから今日、私に連絡くれたの、すごく嬉しかったよ」

 ナターシャは照れくささを隠すかのように店員を呼び、追加のカクテルを注文した。

「ナターシャは悪くないよ。そもそも内紛ないふんだった訳だし。他国が介入するような、大きな国同士の戦争じゃなかったから」

 世界レベルで見たら、ローミュラー王国なんて小さな国だ。そしてそんな小さな国の戦争は、長引けは長引くほど、大国で起きる他のニュースに埋もれてしまうのは仕方がない。よって、その事でナターシャが罪の意識を感じる必要性はない。

 それに、ナターシャはフェアリーテイル魔法学校を中退する私のために、泣いてくれた友人だ。あの時私はルーカスが行方不明になり、今のように心がズタボロだった。それでも、ナターシャが。

『どんな人生を選ぼうとも、私は応援するし、親友だと思ってるから』

 そう告げてくれた事が嬉しかったし、そのお陰で未練なくフェアリーテイル魔法学校を去る事が出来たのだと思っている。

「ナターシャは私の中で、一番の親友だよ」

 私が告げると同時に、ナターシャの前に新たなロイヤルブラッドという名の赤いカクテルが追加された。

「お客様は、どうなさいますか?」

 私の空になりかけたグラスを確認した男性店員さんが、たずねてきた。

「じゃ、それと同じものを下さい」

 カクテルの名前がすぐに出て来なかった私は、咄嗟とっさにナターシャと同じ物を注文した。

(ロイヤルブラッドなんて、ちょっと縁起が悪そうだけど)

 赤いラズベリーが飾られたカクテルは、ウイスキーとクランベリージュースが混ざったような、ふんわりとした甘い香りが美味しそうではある。

「はい、これ」

 ナターシャがルーカスの元を飛び出してきた私の、心許こころもとないふところ事情を察したのか、私のカクテル代を払ってくれた。

「かしこまりました。すぐにお待ち致します」

 店員さんはニコリと微笑み、その場から立ち去る。

「ありがとう。今度おごるから」
「いいって。あ、でもそっか。ルシアは王女様だもんね。じゃ、今度よろしく」

 少し赤くなった顔でナターシャは笑顔で告げる。

「こうなってさ、改めて思うんだけど。ルシアの人生って、結構ハードモードなんだよね」
「まぁね」

 自覚ある私は、つまみのチーズを口に運びながら頷く。

「だからさ、もうちょっと自分に優しく生きてもいいんじゃないかなって、私は思うよ」
「…………」
「それに、ルシアが幸せになってくれたら、私の罪悪感も薄れるって言うかさ。上手く言えないけど、そんな感じ」

 ナターシャはとってつけたように、へらっと笑った。

「とにかくさ、あいつとちゃんと話したほうがいいと思うよ。って、噂をすれば」
「え?」

 私は嫌な予感たっぷりに振り向く。すると、ひたすら不機嫌な顔をして、こちらに向かって一直線に店内を横断してくるルーカスの姿があった。

「ほらね、言ったでしょ。あいつからは絶対逃げられないって。さすがにもう、マンドラゴラの鉢植はちうええは持ってないんだね。安心した」

 ナターシャはくすくすと笑う。

「ルシア!」

 ルーカスは私たちの座っている席まで来ると、テーブルにバンッと手をつき、身を乗り出す。

「おまたせしました……っと」

 丁度現れた店員さんが持っていたのは、ラズベリーが飾られた、真っ赤なカクテル。その名もロイヤルブラッドだ。

「これを頼んだのは」

 ルーカスが私を睨む。

「ええと、ナターシャだよ」

 私は息を吐くように嘘をつく。しかし、彼の疑いの眼差しは変わらない。

「ルシアよ。ほら、私は頼んだばかりでしょ?」

 ナターシャが手にした赤いカクテルを揺らしながら、私の名を告げる。

「じゃ、これは俺がいただこう」

 そう言うと、ルーカスは立ったまま、店員さんから受け取ったカクテルを一気に飲み干す。

「あっ、なにするのよ」

 私は声をあげるが、ルーカスは無視する。

「ふふ、まさにこれから、ロイヤルブラッド。ルシアは半殺しにあうんだもんね」

 無邪気に喜ぶナターシャの言葉に、私は一気に青ざめたのであった。
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