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第十二章 私の選ぶ幸せ(二十歳~)
123 私の決意3
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真っ白な織物が風にふわりふわりとなびく神殿の中。立派な王座に足を組んで座り、肘をかける偉そうなミュラー。そんないつも通り偉そうなミュラーに、私はルーカスを救って欲しいとお願いした所だ。
「正直なところ、君にはまだもう少し、容れ物の中で生きていて欲しい」
「いやよ」
私は即答する。
「このまま彼が死を迎えるほうが自然じゃないか。それにジョシュアはまだ三歳だ。私の話し相手としては不十分だと言える」
「いつもジョシュアに、おじいさんみたいに目を細めていたじゃない」
ルーカスの命の灯火が途切れそうなこと。それを悟っていた私は、息子のジョシュアを何度もこの場所に連れてきていた。その時ミュラーはジョシュアにとても優しい視線を向けている。あれは絶対に嫌いな者に向ける視線ではないと断言できる。
「おじいさんではない。そもそもジョシュアは、神の望むそのものだ。グールと人間の友好関係を示す彼の瞳の色。あれほど美しく尊いものはない。現に今のローミュラー王国はかつてないほど、平和だろう?」
ミュラーの問いかけに、私は黙り込む。
確かにジョシュアが産まれてから、グールと人間の関係はより良好なものとなっている。それは、次世代の王となる彼が、グールと人間の子である事から、両者に平等に接してくれる国王となるであろうと、周囲から期待されているからだ。
そして、ルーカスと私も「そうあるべきだ」と、グールと人間が横並びである事をジョシュアに教えている。だからきっと、ジョシュアは戦争を起こさないし、起こさせない。立派な王になると、私は信じている。
一方で、かつて父が私に「すまない」と何度も口にしていたように、私の子に生まれてきてしまったがために、余計な運命を背負わせてしまった事に対する、後ろめたい気持ちも抱えている。けれど、そもそも私とルーカスが結ばれなければ、ジョシュアという人間はこの世に誕生すらしなかった。
(だから、まぁ、半々ってこと)
今後の人生で与えられる幸せ。そして責務。多少責務の比重が高い気もしなくはないが、それでもきっと、ジョシュアを包み込む幸せは、重い責務の分、誰よりも大きいものだと私は信じている。少なくとも私は、幸せな人生だったから。
「ルシア、君はどうして自らを犠牲にしてまで、彼を生かしたいんだ?そもそも君の夫は、愛する人の命を奪ってまでも、生き長らえたい。そう思うような男ではなさそうだが」
「そう、だけど」
ミュラーの言い分は正しいし、同じような疑問を、私は死を覚悟したリリアナに抱いた。けれど、母親となった今、私にはリリアナの気持ちがようやく理解出来る。
(ジョシュアの未来を考えると、ルーカスを生かした方がいいと、私はそう結論付けたからよ)
ミュラーの問いかけに、心で答える。
そもそもお飾りの女王である私が息子に出来る事は少ない。せいぜい人を上手く欺く方法や、魔法の特訓くらいだ。それに対し、いずれ国王となる教育を幼い頃から受けてきたルーカスは、私なんかよりずっと、国のアレコレを知っている。現にモリアティーニ侯爵が亡くなってからずっと、ルーカスが私の代わりとなり、この国を影から支えている事は明確だ。
それに少数派であるグールの良き理解者であるルーカスの死は、この国にまたもや混乱を招くかもしれない。正直私は未だに、この国がどうなろうと構わないと思っている。けれどジョシュアがいずれ統治する事を考えると、出来るだけ平和でいて欲しいと願う気持ちになってしまうのだ。
これは子を産み芽生えた、親心というやつなのだろう。
(だから、ジョシュアが幸せな未来を掴むために必要な人材は、私じゃなくてルーカス)
少なくとも息子の為には、間違っていない判断のはずだ。けれど、悪役でありたい私は、息子のためにだなんて、そんな事は口にしない。
「そんなの……決まっているでしょう?」
私は、ミュラーをまっすぐ見据える。
「私はルーカスに復讐したいからよ」
「復讐?」
ミュラーは愉快だといったふうに口元を緩ませる。
「私が死ねば、彼は悲しむ。でもジョシュアの為に死は選べない。だから、ルーカスはこの先ずっと、私を思って生き続けていかなくちゃいけない。それって、彼が私から奪った者達に対する復讐に値すると思わない?」
ミュラーに問われると思い、用意した答えを口にする。
これは、半分口からでまかせ。そして残りの半分は本心だ。
私はルーカスと結婚する時。かれを生涯愛す事を誓うと共に、恨み続ける事も誓った。だから私の命を彼に与え、彼を生かすこと。それは私が考えうる中で、一番効果的な復讐方法だと思っている。
長年悩み続けてきた、ルーカスへの復讐方法。
その方法に、幸せを満喫した今、ようやく私は辿り着いたのである。
「随分とうぬぼれた考えだ。そう指摘したい所ではあるが、君を愛する彼はきっと、己の命と引き換えに生かされることに苦痛を感じるだろう。そして、彼は永遠に君に囚われたまま過ごす事になる。なるほどな、まぁ、君らしいと言えば、君らしいか」
「うん」
ミュラーの問いに、私は力強くうなずく。
「残されたジョシュアを思えば、複雑な心境にならなくもない。しかし、子を思ってこその判断のようでもあるし、まぁいいだろう。君がそれで満足だというのであれば、願いを叶えようじゃないか」
ミュラーの言葉が胸に突き刺さる。確かにジョシュアにとってみれば、私は自分勝手な事をしようとしているからだ。
(でも、これ以上私の記憶が残る前に、いなくなれて良かったのよ)
三歳ならばきっと、復讐に燃え、人を恨み続け、悪に憧れる。そんな人生を送った、私の事を忘れる事ができるだろう。その代わり、ジョシュアの中に残るのは、ルーカスの愛情で上書きされた、愛ある人生を送った私だけ。
(それでいいの)
どっちも私であることに変わりはないのだから。
「じゃあ、早速お願い」
私は、胸の前で両手を組む。すると、ミュラーは王座から立ち上がり、私の方へ歩み寄る。
「では、君の魔力を彼にもらうよ?」
私の目の前に立ち止まったミュラーは、少しだけ躊躇したような顔で私を見つめる。
「君は本当に愚かだ。しかし実に、人間らしい生き方をした。だから最後も、人らしく感情的に別れておいで」
ミュラーはかつてないほど優しい声で呟くと、私の手を開き、コロンと硬いクリスタルを握らせた。
「これは?」
私は手のひらに乗るクリスタルを見つめたまま、ミュラーに問いかける。
「君の魔力をこの中に閉じ込め、彼の身体に埋め込む媒体となるものだ」
「え、手術とか無理だけど」
私は自分がルーカスの身体を切り開く姿を想像し、流石に無理だと顔をしかめる。
「大丈夫だ。手順は簡単だ。彼の体にクリスタルを近づければ勝手に飲み込まれていく。そして君は彼の体に埋め込まれたクリスタルに魔力を全て与えれば良い」
「そうなんだ。便利なものがあるのね」
「特別なものだ。私のお気に入りの君にしか使わない代物だ」
「そう……」
何だかんだ、長い間付き合っていたミュラーは優しくていい人な所もあるようだ。私は彼の口から飛び出した特別という言葉に、口元を緩める。
「ありがとう、ミュラー様」
最後に私は最上級の敬称をつけて彼に礼をつげる。
「全く手がかかる子だ。しかしまぁ、手がかかる子ほど、不思議と可愛く見えるものだしな」
「ふふっ、それは嬉しい。だけど、手がかからなくても私は可愛いから」
「ふん。早く行くといい」
ミュラーは私を急かすように言うと、扉の前まで私を導く。
「じゃあ、行ってくるわ」
私はミュラーに背中を向け、ゆっくりと歩き出す。
「愛した者たちに、しっかりと、別れを告げてきなさい」
背後からミュラーの声が飛んでくる。私はその言葉にうっかり泣きそうになるも、グッとこらえながら光の先に足を進めたのであった。
「正直なところ、君にはまだもう少し、容れ物の中で生きていて欲しい」
「いやよ」
私は即答する。
「このまま彼が死を迎えるほうが自然じゃないか。それにジョシュアはまだ三歳だ。私の話し相手としては不十分だと言える」
「いつもジョシュアに、おじいさんみたいに目を細めていたじゃない」
ルーカスの命の灯火が途切れそうなこと。それを悟っていた私は、息子のジョシュアを何度もこの場所に連れてきていた。その時ミュラーはジョシュアにとても優しい視線を向けている。あれは絶対に嫌いな者に向ける視線ではないと断言できる。
「おじいさんではない。そもそもジョシュアは、神の望むそのものだ。グールと人間の友好関係を示す彼の瞳の色。あれほど美しく尊いものはない。現に今のローミュラー王国はかつてないほど、平和だろう?」
ミュラーの問いかけに、私は黙り込む。
確かにジョシュアが産まれてから、グールと人間の関係はより良好なものとなっている。それは、次世代の王となる彼が、グールと人間の子である事から、両者に平等に接してくれる国王となるであろうと、周囲から期待されているからだ。
そして、ルーカスと私も「そうあるべきだ」と、グールと人間が横並びである事をジョシュアに教えている。だからきっと、ジョシュアは戦争を起こさないし、起こさせない。立派な王になると、私は信じている。
一方で、かつて父が私に「すまない」と何度も口にしていたように、私の子に生まれてきてしまったがために、余計な運命を背負わせてしまった事に対する、後ろめたい気持ちも抱えている。けれど、そもそも私とルーカスが結ばれなければ、ジョシュアという人間はこの世に誕生すらしなかった。
(だから、まぁ、半々ってこと)
今後の人生で与えられる幸せ。そして責務。多少責務の比重が高い気もしなくはないが、それでもきっと、ジョシュアを包み込む幸せは、重い責務の分、誰よりも大きいものだと私は信じている。少なくとも私は、幸せな人生だったから。
「ルシア、君はどうして自らを犠牲にしてまで、彼を生かしたいんだ?そもそも君の夫は、愛する人の命を奪ってまでも、生き長らえたい。そう思うような男ではなさそうだが」
「そう、だけど」
ミュラーの言い分は正しいし、同じような疑問を、私は死を覚悟したリリアナに抱いた。けれど、母親となった今、私にはリリアナの気持ちがようやく理解出来る。
(ジョシュアの未来を考えると、ルーカスを生かした方がいいと、私はそう結論付けたからよ)
ミュラーの問いかけに、心で答える。
そもそもお飾りの女王である私が息子に出来る事は少ない。せいぜい人を上手く欺く方法や、魔法の特訓くらいだ。それに対し、いずれ国王となる教育を幼い頃から受けてきたルーカスは、私なんかよりずっと、国のアレコレを知っている。現にモリアティーニ侯爵が亡くなってからずっと、ルーカスが私の代わりとなり、この国を影から支えている事は明確だ。
それに少数派であるグールの良き理解者であるルーカスの死は、この国にまたもや混乱を招くかもしれない。正直私は未だに、この国がどうなろうと構わないと思っている。けれどジョシュアがいずれ統治する事を考えると、出来るだけ平和でいて欲しいと願う気持ちになってしまうのだ。
これは子を産み芽生えた、親心というやつなのだろう。
(だから、ジョシュアが幸せな未来を掴むために必要な人材は、私じゃなくてルーカス)
少なくとも息子の為には、間違っていない判断のはずだ。けれど、悪役でありたい私は、息子のためにだなんて、そんな事は口にしない。
「そんなの……決まっているでしょう?」
私は、ミュラーをまっすぐ見据える。
「私はルーカスに復讐したいからよ」
「復讐?」
ミュラーは愉快だといったふうに口元を緩ませる。
「私が死ねば、彼は悲しむ。でもジョシュアの為に死は選べない。だから、ルーカスはこの先ずっと、私を思って生き続けていかなくちゃいけない。それって、彼が私から奪った者達に対する復讐に値すると思わない?」
ミュラーに問われると思い、用意した答えを口にする。
これは、半分口からでまかせ。そして残りの半分は本心だ。
私はルーカスと結婚する時。かれを生涯愛す事を誓うと共に、恨み続ける事も誓った。だから私の命を彼に与え、彼を生かすこと。それは私が考えうる中で、一番効果的な復讐方法だと思っている。
長年悩み続けてきた、ルーカスへの復讐方法。
その方法に、幸せを満喫した今、ようやく私は辿り着いたのである。
「随分とうぬぼれた考えだ。そう指摘したい所ではあるが、君を愛する彼はきっと、己の命と引き換えに生かされることに苦痛を感じるだろう。そして、彼は永遠に君に囚われたまま過ごす事になる。なるほどな、まぁ、君らしいと言えば、君らしいか」
「うん」
ミュラーの問いに、私は力強くうなずく。
「残されたジョシュアを思えば、複雑な心境にならなくもない。しかし、子を思ってこその判断のようでもあるし、まぁいいだろう。君がそれで満足だというのであれば、願いを叶えようじゃないか」
ミュラーの言葉が胸に突き刺さる。確かにジョシュアにとってみれば、私は自分勝手な事をしようとしているからだ。
(でも、これ以上私の記憶が残る前に、いなくなれて良かったのよ)
三歳ならばきっと、復讐に燃え、人を恨み続け、悪に憧れる。そんな人生を送った、私の事を忘れる事ができるだろう。その代わり、ジョシュアの中に残るのは、ルーカスの愛情で上書きされた、愛ある人生を送った私だけ。
(それでいいの)
どっちも私であることに変わりはないのだから。
「じゃあ、早速お願い」
私は、胸の前で両手を組む。すると、ミュラーは王座から立ち上がり、私の方へ歩み寄る。
「では、君の魔力を彼にもらうよ?」
私の目の前に立ち止まったミュラーは、少しだけ躊躇したような顔で私を見つめる。
「君は本当に愚かだ。しかし実に、人間らしい生き方をした。だから最後も、人らしく感情的に別れておいで」
ミュラーはかつてないほど優しい声で呟くと、私の手を開き、コロンと硬いクリスタルを握らせた。
「これは?」
私は手のひらに乗るクリスタルを見つめたまま、ミュラーに問いかける。
「君の魔力をこの中に閉じ込め、彼の身体に埋め込む媒体となるものだ」
「え、手術とか無理だけど」
私は自分がルーカスの身体を切り開く姿を想像し、流石に無理だと顔をしかめる。
「大丈夫だ。手順は簡単だ。彼の体にクリスタルを近づければ勝手に飲み込まれていく。そして君は彼の体に埋め込まれたクリスタルに魔力を全て与えれば良い」
「そうなんだ。便利なものがあるのね」
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「そう……」
何だかんだ、長い間付き合っていたミュラーは優しくていい人な所もあるようだ。私は彼の口から飛び出した特別という言葉に、口元を緩める。
「ありがとう、ミュラー様」
最後に私は最上級の敬称をつけて彼に礼をつげる。
「全く手がかかる子だ。しかしまぁ、手がかかる子ほど、不思議と可愛く見えるものだしな」
「ふふっ、それは嬉しい。だけど、手がかからなくても私は可愛いから」
「ふん。早く行くといい」
ミュラーは私を急かすように言うと、扉の前まで私を導く。
「じゃあ、行ってくるわ」
私はミュラーに背中を向け、ゆっくりと歩き出す。
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