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第十二章 私の選ぶ幸せ(二十歳~)
124 復讐の始まり、または終わり
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ミュラーの元から王城に戻った私は、ジョシュアの部屋に直行した。
入り口となる、木製の扉を静かに開けた私の目に飛び込んでくるのは、広々とした空間だ。
部屋には小さなランプが灯っており、部屋全体を柔らかな光で照らしている。床には柔らかい絨毯が敷かれ、壁紙は子供部屋らしく、色鮮やかな動物たちのイラストが描かれているものをチョイスしてある。
部屋の一角には、ジョシュアのお気に入りである人形やおもちゃが、きちんと整頓されて置かれていた。
備え付けの本棚は、「全てを読み終えるまでには大きくなってしまうのでは?」と、つい指摘したくなるほど多くの本で埋まっている。これらの本はルーカスが幼少期に読んでいた本、それから新たに買い与えたり、寄贈された本などだ。
『本はいくらあっても、無駄じゃないだろう?』
いつだったか、ルーカスが新たに追加した本に対し、文句を言いかけた私に、堂々と告げた言葉を思い出す。
「確かに本は知識の宝箱だものね」
流浪の民であった私は幼い頃、本の中で世の中を知った。だからこの部屋の光景を見ると、他人事とは思えず懐かしく思ったりする。
ただ、こんな風に広くて清潔で、何もかもが揃う部屋ではなかった。以前の私ならば、「ルーカスが私の権利を奪った」と憤慨したかも知れない。
けれど今は、ジョシュアが私と同じような暮らしをしないで済む事のほうが大事で、嬉しい。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
部屋に入った私に気付いて声をかけてきたのは、ルーカスの乳母でもあったマージョリーだ。
出会った頃よりずっと白髪が増え、年老いた事が隠しきれない彼女ではあるが、その分育児のプロであることは間違いない。彼女に任せておけば間違いなく、ジョシュアは安心だ。
「今日のジョシュア殿下は、おしゃべりも上手になり、動きもますます素早くなってきました、中庭の木に登りたいと、駄々をこねていましたよ。それから、騎士団の練習を熱心に眺めていらして、木の棒を懸命に振り、皆様の真似ごとをなさっておりました。とても愛らしかったですわ」
ジョシュアのことを伝えてくれるマージョリーの顔は明るいもの。私はそんな彼女の表情で、ジョシュアが、今日も幸せに一日を過ごせたことを知り、嬉しくなった。
「ふふ、きっとルーカスが騎士団の練習に顔を出した時のことを、覚えているのかも知れないわね」
「あの頃は良く、陛下とジョシュア殿下は、ルーカス様の練習を見学なさってましたものね」
「ええ。とても懐かしいわ」
私は元気だった頃のルーカスを思い出し、幸せな気持ちになった。それからすぐに、今はもう、剣すら持てないルーカスのことを思い浮かべ、切ない気持ちに囚われる。
「きっと明日もお元気ですよ」
マージョリーは誰とは言わなかった。けれどうっかり沈み込む姿を晒した私を励ますように、優しく微笑んでくれる。
「ありがとう、マージョリー」
私は彼女の優しさに感謝しつつ、続き部屋となるジョシュアの寝室へと向かう。
寝室に入ると、暗い部屋に透き通る月明かりが差し込んでいた。そして、ジョシュアのベッドを見張るように、椅子に腰掛けていた女性が私に気付くと素早く立ち上がった。
「陛下、お疲れさまでございます」
私に頭を下げる年嵩のいった女性。
彼女は夜の間中、ジョシュアに仕える係だ。
といっても、ジョシュアは寝付きの良い子で、朝まで起きる事は滅多にない。ただ、フォレスター家の跡取りである上に、この国を左右する未来の国王であるジョシュアは、万一に備え、常に誰かに見守られているのである。
「あなたもお疲れさま。今日の夜はジョシュアをよろしくね」
「はい、命に変えてでも、しっかりと殿下をお守り致します」
私は侍女に微笑みかけると、そのまま彼女の横を通り過ぎ、ジョシュアの眠るベッドへと向かった。
私がそっと覗き込むと、すやすやと穏やかな表情で眠っている我が子の姿が目に入る。
私譲りのピンクの髪の毛。まだ幼いせいか、私の髪の毛よりずっと細く柔らかい。残念ながら瞳はしっかりと閉じられているので、私とルーカスの子である証拠、青と紫の澄んだ瞳は確認出来ない。
「おやすみ、私の宝物。いつまでもこのまま幸せでいてね」
私はジョシュアを起こさないよう囁く。それから彼の布団をそっとかけ直し、小さな手を優しく撫でた。するとジョシュアは微笑んだかのように、ふっと口元を動かす。そんな息子の幸せに眠る表情を見て、私はこれ以上ないくらい幸せな気持ちになる。
「マージョリー、これからもジョシュアを正しく導いてあげてね」
私はスヤスヤと眠る、愛らしい我が子の寝顔を眺めながら告げる。
「勿論ですとも。ご一緒に、殿下の成長を優しく見守りましょう」
マージョリーは深く頭を下げて答えてくれた。
「ありがとう」
私はマージョリーの言葉に感謝しながら、最後にもう一度、しっかりと記憶に焼き付けるよう、我が子の寝顔を眺める。
「愛してるわ、ジョシュア。生まれてきてくれてありがとう」
つい、泣きそうになってしまった私は、後ろ髪ひかれる思いを断ち切り、ジョシュアの寝室を後にしたのであった。
***
ジョシュアとの別れを済ませた私は、夫婦の寝室に直行する。扉を開けると、そこにはクッションを背にあて、ベッドの上で半身を起こすルーカスの姿があった。どうやら今日は体調が良さそうだ。その事に安堵し、私はルーカスの元へ歩み寄る。
「ただいま」
「おかえり、ルシア」
優しい笑顔を浮かべたルーカスが、両手を広げて出迎えてくれる。私は迷わず彼に抱きつく。そんな私をルーカスの両手が穏やかに包み込む。かつて私を抱きしめてくれた力強い腕はそこにはない。枝のようになってしまったか細い腕。それでもルーカスは、今持てる力を込め、私をギュッと抱きしめてくれた。
私はルーカスの薄くなった胸元に頬をつける。
「どうしたの?今日はいつになく、甘えん坊だね」
ルーカスがクスリと笑う。
「ミュラーにいじめられたのよ」
「それはけしからんな」
私が冗談っぽく告げると、ルーカスは大袈裟な程、眉間にシワを寄せて憤慨してくれた。
「だから、甘やかして」
「仰せのままに、女王陛下」
私達はお互いに笑い合い、どちらからともなくキスをした。夫婦となり、もはや数え切れないほど交わした、甘く蕩けるようなキスだ。
「ねぇ、ルシア。ジョシュアは元気だったかい?」
唇を離し、行儀悪くベッドに乗り、ルーカスにまとわりつく私に彼は静かに尋ねる。
「ええ、相変わらずの可愛さだったわ。それに、随分、おしゃべりになったそうよ」
先程聞いたばかりの情報を、ルーカスに早速共有する。そんな私にルーカスは優しく微笑む。
「ジョシュアは成長が早いね。きっと僕に似たんだろうな」
「どうかしらね。でも、確かにルーカスに似てるところも沢山あるかも」
「例えば?」
ルーカスは私の髪を、指先に絡めながら尋ねてきた。
「あの子はね、とても賢くて好奇心旺盛で、それから……とても強い正義感を持ってるの」
「いや、僕には悪の心を持って見える時もある。この前なんか、どろんこになって、マージョリーを怒らせてたし」
「ふふ、いたずらっ子な一面は、ルーカスにだってあるじゃない」
私たちは顔を見合わせて笑う。
この時間がずっと続けばいいなと、私は結婚してから願わない日はなかった。
私は世界一愛する人と結婚出来た幸せ者だ。けれど振り返ってみると、フェアリーテイル魔法学校時代。ルーカスを煙たがっているフリをしていた時の方が、ずっと楽にルーカスを好きでいられた。
今は彼を愛する気持ちが大きくなり過ぎて、常に視界に入れておきたいと、そう願うほど、欲張りになりすぎてしまっている。
「ふふ、ルーカスが私のストーカーになった気持ちがわかるかも」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね」
ルーカスは少し照れたように頬を赤らめながら、また私を強く抱きしめてくれた。そしてその状態のまま、ルーカスが真面目な表情を私に向ける。
「ルシア、僕はもう長くなさそうだ。今度こそ、君を残して逝ってしまうだろう」
「……」
私は黙って彼の話を聞く。
「けれど、それでもいいと思えるようになったんだ。この人生が、どんなに短い時間であっても、愛する人と過ごす事が出来たし、可愛い息子にも恵まれた。色々あったけど、今は本当に幸せだったと思えているんだ。だから、ありがとう」
ルーカスは再び私を抱き寄せ、私の頭の天辺に、キスを落とす。
私は泣きそうになるのを必死にこらえる。ここで泣いたら、最後に彼の記憶に残る私が泣き顔になってしまうからだ。私は精一杯、笑みを浮かべる。そして深呼吸を一つして、気持ちを落ち着かせた。
私はこれから、念願の復讐を彼に果たす。だから、彼に最後の意地悪を言わなくてはならない。私はルーカスの目を見て、覚悟と共に口を開く。
「ルーカス、悪いけどあなたは死ねないわ」
私の言葉を聞いた途端、彼が息を飲む音が聞こえた。そんな彼に構わず続ける。
「私は言ったでしょ?あなたを恨み続けるって」
ルーカスに告げると、私は用意してあった、ミュラーから受け取ったクリスタルを彼の体に押し付ける。するとルーカスの体に、淡い光が宿った。
(お願い、成功して!)
私は光を目掛け、自分の魔力を全力で流し込む。
「これは復讐だから。あなたは一生、私への恨みに囚われて生きて行くしかないのよ」
私が口にした事を理解したらしいルーカスの顔からは、血の気が引いていた。
「ルシア、やめろ。僕は君を失ってまで、生きたくない」
ルーカスは私の手首を掴み、抵抗を試みる。けれど今の彼には、私に勝てる力は残っていない。私はそんなルーカスを見つめ、静かに宣言する。
「私を許さないでいいから」
(お願い、それを生きる糧として)
私は願いつつ、魔力を流す。
「ルシア、駄目だ、僕は君のいない人生なんて、死んだほうが……」
ルーカスの身体がガクリと崩れ落ちる。私は慌てて彼の身体を支えようとするも、魔力が奪われた私の体は、もはや言うことを聞かない。
「ルーカス、ありがとう。あなたに会えて幸せだったよ」
言い切った私の心は、温かく、やわらかな光に包まれたようだった。
復讐を果たし確かに私は「やり遂げた」と、後悔する事なく達成感に包まれる。
(ルーカス、ジョシュアをお願いね)
私の脳裏に父や母。それからロドニールにリリアナ。モリアーティニ侯爵にドラゴ大佐達が「頑張ったね」と手招きする映像が流れ込む。
(うん、復讐、やり遂げたよ)
私は心で呟き、穏やかな気持ちに包まる。そして真っ白な光に、意識が飲み込まれていったのであった。
入り口となる、木製の扉を静かに開けた私の目に飛び込んでくるのは、広々とした空間だ。
部屋には小さなランプが灯っており、部屋全体を柔らかな光で照らしている。床には柔らかい絨毯が敷かれ、壁紙は子供部屋らしく、色鮮やかな動物たちのイラストが描かれているものをチョイスしてある。
部屋の一角には、ジョシュアのお気に入りである人形やおもちゃが、きちんと整頓されて置かれていた。
備え付けの本棚は、「全てを読み終えるまでには大きくなってしまうのでは?」と、つい指摘したくなるほど多くの本で埋まっている。これらの本はルーカスが幼少期に読んでいた本、それから新たに買い与えたり、寄贈された本などだ。
『本はいくらあっても、無駄じゃないだろう?』
いつだったか、ルーカスが新たに追加した本に対し、文句を言いかけた私に、堂々と告げた言葉を思い出す。
「確かに本は知識の宝箱だものね」
流浪の民であった私は幼い頃、本の中で世の中を知った。だからこの部屋の光景を見ると、他人事とは思えず懐かしく思ったりする。
ただ、こんな風に広くて清潔で、何もかもが揃う部屋ではなかった。以前の私ならば、「ルーカスが私の権利を奪った」と憤慨したかも知れない。
けれど今は、ジョシュアが私と同じような暮らしをしないで済む事のほうが大事で、嬉しい。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
部屋に入った私に気付いて声をかけてきたのは、ルーカスの乳母でもあったマージョリーだ。
出会った頃よりずっと白髪が増え、年老いた事が隠しきれない彼女ではあるが、その分育児のプロであることは間違いない。彼女に任せておけば間違いなく、ジョシュアは安心だ。
「今日のジョシュア殿下は、おしゃべりも上手になり、動きもますます素早くなってきました、中庭の木に登りたいと、駄々をこねていましたよ。それから、騎士団の練習を熱心に眺めていらして、木の棒を懸命に振り、皆様の真似ごとをなさっておりました。とても愛らしかったですわ」
ジョシュアのことを伝えてくれるマージョリーの顔は明るいもの。私はそんな彼女の表情で、ジョシュアが、今日も幸せに一日を過ごせたことを知り、嬉しくなった。
「ふふ、きっとルーカスが騎士団の練習に顔を出した時のことを、覚えているのかも知れないわね」
「あの頃は良く、陛下とジョシュア殿下は、ルーカス様の練習を見学なさってましたものね」
「ええ。とても懐かしいわ」
私は元気だった頃のルーカスを思い出し、幸せな気持ちになった。それからすぐに、今はもう、剣すら持てないルーカスのことを思い浮かべ、切ない気持ちに囚われる。
「きっと明日もお元気ですよ」
マージョリーは誰とは言わなかった。けれどうっかり沈み込む姿を晒した私を励ますように、優しく微笑んでくれる。
「ありがとう、マージョリー」
私は彼女の優しさに感謝しつつ、続き部屋となるジョシュアの寝室へと向かう。
寝室に入ると、暗い部屋に透き通る月明かりが差し込んでいた。そして、ジョシュアのベッドを見張るように、椅子に腰掛けていた女性が私に気付くと素早く立ち上がった。
「陛下、お疲れさまでございます」
私に頭を下げる年嵩のいった女性。
彼女は夜の間中、ジョシュアに仕える係だ。
といっても、ジョシュアは寝付きの良い子で、朝まで起きる事は滅多にない。ただ、フォレスター家の跡取りである上に、この国を左右する未来の国王であるジョシュアは、万一に備え、常に誰かに見守られているのである。
「あなたもお疲れさま。今日の夜はジョシュアをよろしくね」
「はい、命に変えてでも、しっかりと殿下をお守り致します」
私は侍女に微笑みかけると、そのまま彼女の横を通り過ぎ、ジョシュアの眠るベッドへと向かった。
私がそっと覗き込むと、すやすやと穏やかな表情で眠っている我が子の姿が目に入る。
私譲りのピンクの髪の毛。まだ幼いせいか、私の髪の毛よりずっと細く柔らかい。残念ながら瞳はしっかりと閉じられているので、私とルーカスの子である証拠、青と紫の澄んだ瞳は確認出来ない。
「おやすみ、私の宝物。いつまでもこのまま幸せでいてね」
私はジョシュアを起こさないよう囁く。それから彼の布団をそっとかけ直し、小さな手を優しく撫でた。するとジョシュアは微笑んだかのように、ふっと口元を動かす。そんな息子の幸せに眠る表情を見て、私はこれ以上ないくらい幸せな気持ちになる。
「マージョリー、これからもジョシュアを正しく導いてあげてね」
私はスヤスヤと眠る、愛らしい我が子の寝顔を眺めながら告げる。
「勿論ですとも。ご一緒に、殿下の成長を優しく見守りましょう」
マージョリーは深く頭を下げて答えてくれた。
「ありがとう」
私はマージョリーの言葉に感謝しながら、最後にもう一度、しっかりと記憶に焼き付けるよう、我が子の寝顔を眺める。
「愛してるわ、ジョシュア。生まれてきてくれてありがとう」
つい、泣きそうになってしまった私は、後ろ髪ひかれる思いを断ち切り、ジョシュアの寝室を後にしたのであった。
***
ジョシュアとの別れを済ませた私は、夫婦の寝室に直行する。扉を開けると、そこにはクッションを背にあて、ベッドの上で半身を起こすルーカスの姿があった。どうやら今日は体調が良さそうだ。その事に安堵し、私はルーカスの元へ歩み寄る。
「ただいま」
「おかえり、ルシア」
優しい笑顔を浮かべたルーカスが、両手を広げて出迎えてくれる。私は迷わず彼に抱きつく。そんな私をルーカスの両手が穏やかに包み込む。かつて私を抱きしめてくれた力強い腕はそこにはない。枝のようになってしまったか細い腕。それでもルーカスは、今持てる力を込め、私をギュッと抱きしめてくれた。
私はルーカスの薄くなった胸元に頬をつける。
「どうしたの?今日はいつになく、甘えん坊だね」
ルーカスがクスリと笑う。
「ミュラーにいじめられたのよ」
「それはけしからんな」
私が冗談っぽく告げると、ルーカスは大袈裟な程、眉間にシワを寄せて憤慨してくれた。
「だから、甘やかして」
「仰せのままに、女王陛下」
私達はお互いに笑い合い、どちらからともなくキスをした。夫婦となり、もはや数え切れないほど交わした、甘く蕩けるようなキスだ。
「ねぇ、ルシア。ジョシュアは元気だったかい?」
唇を離し、行儀悪くベッドに乗り、ルーカスにまとわりつく私に彼は静かに尋ねる。
「ええ、相変わらずの可愛さだったわ。それに、随分、おしゃべりになったそうよ」
先程聞いたばかりの情報を、ルーカスに早速共有する。そんな私にルーカスは優しく微笑む。
「ジョシュアは成長が早いね。きっと僕に似たんだろうな」
「どうかしらね。でも、確かにルーカスに似てるところも沢山あるかも」
「例えば?」
ルーカスは私の髪を、指先に絡めながら尋ねてきた。
「あの子はね、とても賢くて好奇心旺盛で、それから……とても強い正義感を持ってるの」
「いや、僕には悪の心を持って見える時もある。この前なんか、どろんこになって、マージョリーを怒らせてたし」
「ふふ、いたずらっ子な一面は、ルーカスにだってあるじゃない」
私たちは顔を見合わせて笑う。
この時間がずっと続けばいいなと、私は結婚してから願わない日はなかった。
私は世界一愛する人と結婚出来た幸せ者だ。けれど振り返ってみると、フェアリーテイル魔法学校時代。ルーカスを煙たがっているフリをしていた時の方が、ずっと楽にルーカスを好きでいられた。
今は彼を愛する気持ちが大きくなり過ぎて、常に視界に入れておきたいと、そう願うほど、欲張りになりすぎてしまっている。
「ふふ、ルーカスが私のストーカーになった気持ちがわかるかも」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね」
ルーカスは少し照れたように頬を赤らめながら、また私を強く抱きしめてくれた。そしてその状態のまま、ルーカスが真面目な表情を私に向ける。
「ルシア、僕はもう長くなさそうだ。今度こそ、君を残して逝ってしまうだろう」
「……」
私は黙って彼の話を聞く。
「けれど、それでもいいと思えるようになったんだ。この人生が、どんなに短い時間であっても、愛する人と過ごす事が出来たし、可愛い息子にも恵まれた。色々あったけど、今は本当に幸せだったと思えているんだ。だから、ありがとう」
ルーカスは再び私を抱き寄せ、私の頭の天辺に、キスを落とす。
私は泣きそうになるのを必死にこらえる。ここで泣いたら、最後に彼の記憶に残る私が泣き顔になってしまうからだ。私は精一杯、笑みを浮かべる。そして深呼吸を一つして、気持ちを落ち着かせた。
私はこれから、念願の復讐を彼に果たす。だから、彼に最後の意地悪を言わなくてはならない。私はルーカスの目を見て、覚悟と共に口を開く。
「ルーカス、悪いけどあなたは死ねないわ」
私の言葉を聞いた途端、彼が息を飲む音が聞こえた。そんな彼に構わず続ける。
「私は言ったでしょ?あなたを恨み続けるって」
ルーカスに告げると、私は用意してあった、ミュラーから受け取ったクリスタルを彼の体に押し付ける。するとルーカスの体に、淡い光が宿った。
(お願い、成功して!)
私は光を目掛け、自分の魔力を全力で流し込む。
「これは復讐だから。あなたは一生、私への恨みに囚われて生きて行くしかないのよ」
私が口にした事を理解したらしいルーカスの顔からは、血の気が引いていた。
「ルシア、やめろ。僕は君を失ってまで、生きたくない」
ルーカスは私の手首を掴み、抵抗を試みる。けれど今の彼には、私に勝てる力は残っていない。私はそんなルーカスを見つめ、静かに宣言する。
「私を許さないでいいから」
(お願い、それを生きる糧として)
私は願いつつ、魔力を流す。
「ルシア、駄目だ、僕は君のいない人生なんて、死んだほうが……」
ルーカスの身体がガクリと崩れ落ちる。私は慌てて彼の身体を支えようとするも、魔力が奪われた私の体は、もはや言うことを聞かない。
「ルーカス、ありがとう。あなたに会えて幸せだったよ」
言い切った私の心は、温かく、やわらかな光に包まれたようだった。
復讐を果たし確かに私は「やり遂げた」と、後悔する事なく達成感に包まれる。
(ルーカス、ジョシュアをお願いね)
私の脳裏に父や母。それからロドニールにリリアナ。モリアーティニ侯爵にドラゴ大佐達が「頑張ったね」と手招きする映像が流れ込む。
(うん、復讐、やり遂げたよ)
私は心で呟き、穏やかな気持ちに包まる。そして真っ白な光に、意識が飲み込まれていったのであった。
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