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1章 始まりのはじまり
始まり
しおりを挟む「特別警備隊というのは、その町の15歳から22歳くらいまでの若者を中心に成り立っているんです。腕っ節の強い人を集め、その頂点に皇立守護院の卒業生を配属したわけです。試験的なものですからね、最初はどうなることかと思っていたんですが、西南北地区は意外と上手くいったんです。隊全体の統率も取れていますし、町の治安も安定するようになりました。ところが、東地区だけはどうにも上手くいかなかったんですよ」
「へぇ……」
なんだろう、なんかすごく嫌な予感がするんですけど。
「発足してから半年と少しで、すでに10人も隊長が変わっています。シオン、貴方で11人目ですね。ですが、東地区の治安自体は悪くないんです。むしろいいくらいなんですよ。その上特別警備隊は町の住人から好かれていて、特に女性に大人気だそうです。何でも美形ぞろいだと聞きました。なのに隊長が次々に変わるんです。そして隊長の職から離れた人たちは、そろって人相が変わって帰ってくるんですよね。全員ありえないほどに痩せて、ほとんどの人がノイローゼのような状態でした。任務前は生き生きとした表情で行くのに、帰ってきたら死人です。これは問題だ、と判断したわけですよ」
嫌な予感が現実になりそうな気配がする。キクさんの話が一区切りついたところでようやく師匠が口を開いた。
「つまり、この特別警備隊を提案したのは俺だし、全責任も俺が負うことになっている。このままじゃやばいわけだ。ここ何ヶ月かは上のうるせぇジジィ共も黙っていたが、そろそろ口うるさくなってくる頃なんだよな。あいつら俺が失敗しそうなもんなら、こぞって突っついてくるし。まじうぜぇんだよ。そこで、だ。俺の愛弟子であるお前を隊長として配属させ、いっちょ挽回しようかってことだ。てなわけで、がんばれよシオン」
イイ笑顔で、ぽんっと軽やかに頭に手をのせられた。
「ってただの尻拭いじゃねぇかあ!!」
勢いよく頭から手を払いのけてやった。
「ふざけんな!なんで俺があんたの尻拭いをせにゃならんのだ!しかもノイローゼとか死人とか行く前からテンションがた落ちなんですけど!」
「諦めろ」
「諦めてください」
麗しのお二方が、満面の笑みを浮かべながら残酷な言葉を吐いた。
「ありえない!」
俺の渾身の叫びが部屋に木霊する中、またも無情な言葉が投下された。
「ちなみに任務は3日後からだからな」
「早く荷物整理した方がいいですよ。エイランまで少なくとも2日はかかりますし」
「だからなんであんたらはそう勝手なの!? 3日後とか不可能だから!!」
「ほれ、今すぐ荷物まとめて出発しろ。初日から寝坊すんなよダサいからな」
「ねぇ俺の話聞いてる? 聞いてないよね!? あと寝坊大魔王のあんたに言われたくないわ!!」
なんで俺の周りは人の話を聞いてくれない奴らばかりなんだ!さっきから空回りしかしてないような気がする。
「シオン」
師匠の俺を呼ぶ声が、先ほどとは違う真剣さを帯びる。その声を合図にしたかのように、部屋の空気が変わった。俺も怒りを静め、まっすぐに師匠を見つめる。
「シオン、お前を東地区特別警備隊、通称紅の隊長に任命する」
「くれない……?」
「東西南北の特別警備隊には、それぞれ色の別称がついている。西は白、南は蒼、北は黒、そして東は紅だ」
師匠が俺の方へとゆっくり近づいてくる。こちらを見下ろす瞳は柔らかな色をたたえていた。さっきよりもずっと優しく頭を撫でられる。
「シオン、俺はお前ならどうにかできるんじゃないかって思ってる。何てったって、この俺が認めた弟子だからな」
優しく頭の上を手が滑っていく。
ずるい。こんな風に優しい手つきで触れられると、昔を思い出してしまう。
出逢ったあの日を。
救われたあの夜を。
この人なら信じられると、そう思った瞬間を。
「がんばれ、お前なら変えられる」
師匠は、信じているとは言わなかった。言う必要はないと思っているからだ。なら、俺のすべきことは一つしかないじゃないか。
一つ息を深く吐いた。
「よし分かった。見てろよ、俺がその紅を変えてやる」
にぃっと口端あげて、師匠を見上げた。
「なんてったって、俺はあんたの弟子だからな」
それを聞いた師匠は目を見開くが、瞬時にいつもの食えない笑みを浮かべ、後ろではキクさんがいつもの微笑を浮かべていた。
「やってやろうじゃねぇか」
そうだ。どうなるかなんて分からない。
それでもやる前から逃げるのは嫌だ。全てをかけてやってやる。
「よーし。意気込んでんのはいいがそろそろ皇都でねぇと3日後までにエイランに着かねぇぞ」
「えっほんとに3日後なの!? 冗談じゃなくて!?」
「俺が冗談なんで言うか。冗談はお前の顔だけにしとけ」
「あーー!!むかつくけどこんな馬鹿らしい言い合いしてる場合じゃない!!」
俺は踵を返すと扉へ一直線に走った。ここで時間を食っていては本当に間に合わなくなる。扉に手をかけ廊下へと一歩踏み出すその前に、背中に師匠の声が投げかけられた。
「お前のやりたいようにやれ」
その言葉に対して、俺は振り向かなかった。きっと師匠はいつものにやけた笑みを浮かべているはずだ。
俺は右腕だけを挙げて「おうっ」と短く、けれど強く返事を返し、そのまま廊下を走り抜けて自分の部屋へと向かった。
扉の閉まる音が廊下に響く。これが始まりの合図。
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