悪の女王。だがしかし喪女

えむら

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現実逃避は生きるすべである

悪喪女 一話

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♪、~♪、♪


 酷く音痴な鼻歌が部屋に響いている。いつもなら自己嫌悪でへこんでしまうところだが今日ばかりは違う。だって今日は、待ち望んでいたものが届いたのだ。
 慎重にダンボールを開けて出てきたソフトに頬ずりをする。顔の脂がついてあわててティッシュで拭いた。

「あぁ……、ウィルたそかわゆす……」

 パッケージにデカデカと書かれているのは“推し”だ。といってもまだプレイしたわけではないのでこれから変わる可能性もある。公式の推しである赤髪のウィルが真ん中にデカデカと書かれてありその後ろに白髪のキレイな人と金髪のカッコイイ人。裏には豊満な胸の女性や、いかにも不健康といった感じの青年もいた。もう一度頬ずりしたくなって、それをぐっと押さえ込む。腹の中にグツグツと溜まる萌が一層増加した気がした。
 そう、そう、これこそ発売を待ち望んだ体験型VR乙女ゲーム『薔薇王国-ローズキングダム-』である。最初こそダサい名前だと散々ツブヤイターや掲示板で叩かれていたが、豪華声優によるCMが流れればその評価は一変した。女性向けのアニメの最中に流れる、問題になった“推し”の言葉。


『俺と契れ!』


 パッケージの裏にだって堂々と書かれている。ちなみにこの作品は完全なるA指定である。こんなギリギリなセリフをA指定で通したこの会社は本当にすごい。

「うへへ、へへぇ……」

 萌をこらえようとして、できなかった。だってスチル一覧の中にウィルたその寝顔を発見してしまったのだ。こんなのVRでみたら萌え死んでしまう。

 気味の悪い--彼女からしてみればご機嫌な--笑い声を立てながら震える指でソフトをゲームにセットする。荒ぶる吐息を隠さずにVRをかぶれば、そこからはもう、ゲームの世界―― 








 に、なるはずだった。





『    悪の女王。だがしかし喪女    』










「どうしてこうなったぁぁぁ!!??」


 叫び声を上げると扉を叩く音がより一層激しくなったが、そんなの構っている暇などない!!
 だって、だって、こんなの設定と違う!!

「どうし、どうして、どうして、どうして?」

 自身に生えた、豊満な巨乳。VRのはずなのに揉めるってどういうことだ揉まれてる感触があるってどういうことだ。私はAカップだぞこんちくしょう。今はどう考えてもHカップですどうもありがとうございます!!
 大きな姿見を覗いてみれば、そこにいるのは黒髪ロングの超ゴージャス美女だ。自分の体に自身があるのか、かなり胸元の開いた真っ黒な服。こんな切れ長の目で流し目されたら落ちない男はいないだろうという涼やかな目元、ぷっくりとした肉厚な唇、床まで届きそうな天使の輪っかだらけの黒髪。あ、しかも足にスリットまで入ってる。そこからちらりと足を出せば、鼻血が出そうになった。
 鼻を押さえると、鏡の前の美女も鼻を押さえる。間抜けな絵面のせいで中々に残念な美人だ。

「どう、して……?」

 最近のVRは、ここまで進化していたのだろうか? ぺたぺたと掌で顔に触っても機械の感触もなく素肌に触っている感触がある。
 いや、VRの進化などこの際どうでもいい。違う、一番困惑しているのはそこではない。

「……聖女セシリアじゃない、よね?」

 ―― 『薔薇王国―ローズキングダム―』、今流行りの乙女ゲーム。
「俺と契れ!」などと叫ぶCMのせいでお茶の間を凍らせ5chの『乙女ゲうわぁあ体験』でかなり語られた程だ。
 主人公は、現世から召喚された女性。名前は任意入力だが、キャラから最初に呼ばれる名前は変えられない。というのも、それがこのゲームの設定だからだ。
 薔薇の咲き誇る国、ローズキングダム。それが今や国々の薔薇は枯れ果て王都を守る茨の城壁はなくなりモンスターが跋扈する。数百年に一度ある、薔薇飢饉と呼ばれる現象だ。
 薔薇の名産国であるこの国は観光資源も名産もなくなりジリ貧になっていく。――それを打開するために呼ばれるのが、聖女セシリアの生まれ変わり。
 かつて聖女がこの国の惨状に涙を流し、流れた涙は王に薔薇の紋章を授け、紋章を授けられた王と聖女が契ることで新たな種が生まれる。その種が、一晩でたくさんの薔薇を咲かせるというのだ。
 つまり最初キャラは、プレイヤーのことを聖女セシリアとしか呼ばない。ある程度進むと呼んでくれるそうだが……、まあゲームだから無難に『お前』とか『あなた』とかに変換されるのだろう。
 
 そう、プレイヤーは、聖女セシリアになるはずなのだ。
 攻略のネタバレまで読んで予習していたから知っている。「私はそんなのじゃない!」そう叫ぶ主人公にメイン攻略キャラであるウィリアムが返すセリフ。


「なにを言ってる、お前のそのロゼの髪はまさしく聖女セシリアの証拠だ……だっけぇ。全然ロゼじゃないんですけどぉ」


 どんだけ梳いても梳いても黒髪だ。バクで色が黒くなっている、わけでもないだろう。スチルにでかでかと主人公が乗っているわけではないがここまで胸は大きくなかった気がする。というかこんな悪の幹部にいそうな女性がヒロインなんてどこの女が共感するんだ。
 くそう、さっきからログアウトボタンを探しているのに一向に見つからない。なぜだ。今すぐ製品会社にクレームのメールを送って正規品を渡して貰わなければならないのに。

「ウィルたその生おれちぎ早く見たいよぉ……」

 胸か、この大きな胸に隠されているのか? あん? それともこのクビレか?


「おい、何をしている。臣下が困っているだろう」


 どがしゃん、とすごい音を立てたのは、後ろにあった豪華な扉だ。すごい、吹っ飛んでる。片側だけが完全にバイバイしていた。きっと今日この部屋で寝たら風邪をひくに違いない。
 足型にへこんだ扉を踏んづけて入ってきたのは、

 推 し で し た 。

(あーーーーっ、ウィルたそウィルたそくんかくんかくんかすーはー薔薇のいい匂いですね髪かわいいですねすーはーああ~~~ウィルタその吐き出した二酸化炭素おいしいおそしてウィルたそに私の二酸化炭素をなすりつけているぐへへあ、あーー、御髪の双葉がゆれてるよぉおかわいいねぇえあーーーーいきててよかった死ななくてよかった、ウィルたそウィルたそ~~!おれちぎしてぇ~~~!!)

 言葉にしなかったのを褒めてほしい。なんてたって超リアルVR、軽蔑の目線で見られていれば自制もできる。
 推しの軽蔑の視線、ただのご褒美です。

「その下品な服を脱いでさっさと準備をしろ」

 ご褒美だ、が、しかし、やっぱりこのゲームは違う。
 ウィルたそに俺チギされたくて買ったのに最初っからまるで別物だ、早くログアウトしないと。

 睨みつけてくるウィルたそと、そのあとに入ってくる二名。あれば攻略対象の二人かぁ
 白髪がマチルダで、金髪がバレンシアだった気がする。攻略サイトの文字情報だけの推測だからもしかしたら間違っているかもしれないけれど。
 うん、このマチルダという青年のストーリーが大人気なのだ。なんか、女王に殺意を抱いていて、それを主人公になぐさめてもらうってストーリーらしいけど、

 ―― うん、女王に、殺意を抱いていて、

 ……、うん。

「ログアウトログアウトログアウトログアウト、ろぐあうとぉおおお!!」

 マチルダさんの目線がどう考えても敵を見る目線ですどうもありがとうございます!!全部察しました!!
 これ、悪の女王のノワールだわ!! 興味ないから顔しっかり見てなかった!!

 ―― 悪の女王、ノワール。その名の通りラスボスで、このゲームは、全部のルートが必ずノワールを倒してハッピーエンドになる……。なおキャラ全員から嫌われている模様。
 そんな視点のゲーム誰が開発したんだ!! クレームのメール一通だけで済ませてやるもんか!!二通書いてやる!!

「なに意味のわからない呪文を呟いている。……おい、聞いているのか!」

 ログアウトじゃないなら、ホーム? ああこれも違う。じゃあ、シャットダウン? 違う。スリープ。違う。ログオフ。違う。再起動。違う。ボタンが、どこかに? オフ? ボタンオフ? 設定画面? ホーム? ログアウト? ログアウト、ログアウトログアウトログアウト……、


「おい!!」


 ―― 必死になっていた私は気づかなかったのです。
 近づいてきたその“男性”が、ゲームでは発し得ないはずの確かな体温を帯びていることに。

「いくら貴様に全権が渡ったからといって王位第一継承者は俺だ! 好き勝手はさせん!」

 ぎゅっと強い力で握られた二の腕は、確かな痛みを感じた。そして彼の体温も。
 これは、VRだ。ゲームだ。体温なんて感じられないし、決まった進行があってそれから外れたことはできない。そう、これはゲームのはずなんだ。
 なのにどうして、彼はずっと私を揺さぶるのだろう。どうして体は彼の力に合わせて動いているのだろう。

 もしかしてこれは、 ゲ ー ム じ ゃ な い ?

「っ……!」

 そう思ってしまったら、もうだめだった。“男性”に体を触られている。“イケメン”の顔が近くにある。
 めまいだ。頭痛だ。ああ、吐き気まで。全身につぷつぷと鳥肌が立っていくのを感じる。

「……おい、どうした? 具合でも悪いのか?」

 彼は、いい人だ。憎いキャラクターでも具合が悪そうならばしっかりと心配してくれる。だが問題は。顔が近けぇ。


 うん、無理だ。


「おぅええ゛え゛、おぼろぉ、おう、ぅ゛っ、え゛え゛え゛」




―― 私、喪女山喪女子32歳引きニート☆
小学生の頃男子にからかわれたのが未だにトラウマでこの歳になっても処女だぞぉ☆ ついでにいうと喪女だぞぉ☆
そんな女が、イケメンのご尊顔に耐えられるわけがないっちゅーーねん☆

あ、いっけーなあい☆ 嘔吐嘔吐!




 盛大に吐瀉物がかけられた豪華なマントは見るも無残だ。可哀想に、クリーニング代、渡さなきゃ。
 なんて、そんな現実逃避をしながら、彼女の意識はブラックアウトした。
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