悪の女王。だがしかし喪女

えむら

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現実逃避は生きるすべである

悪喪女 二話

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【喪女】 もじょ
過去現在において一切男性関係のない女性。また未来において希望もなく、男性から意識されることなど生まれ変わってもない。人類の性別は男性、女性、ニューハーフ、喪女である。


 つまりはだ、男性にとって喪女は道端の石ころである。
 では喪女からといえば、あなたは石ころになったことがあるかと問おう。

 石ころになったつもりで考えてほしい。
 川辺でぼうっと空を眺めていたら、いきなり持ち上げられて、川まで投げ捨てられて、沈む。そうでなくとも蹴られたり、踏みつけられたり、その他エトセトラエトセトラ、、、
 恨まないはずなどない。なにゆえ男性は、喪女の平穏をぶち壊すのだ。
 喪女はただ放っておいてほしいだけなのに、なのに……!!


「母上、どうか開けてはくれないか。直接謝らせてほしい」


 道端の石ころなんてほっとけよてめぇええええええええ!!










 悪喪女 二話












「夢オチきぼんぬ……」

 囁いた言葉は誰に聞かれることもなく部屋の中で消えていく。響くことはない。だってそれだけ広いのだ。真っ赤な布に黒い薔薇の刺繍のしてある天蓋、やたら分厚いマットレスに金ピカの細工がほどこしてあるベッドはそれだけで喪女五人分が平気で横になれるほどだ。そのベッドがあってなお広く見える室内は、きちんと立って見渡したらどのぐらい広いのだろうか。
 好奇心に負けて床に足を下ろそうとしたが、高価そうな西洋風の調度品と備え付けられた暖炉と、極めつけに沈みそうなぐらい柔らかいカーペットに足をつけたところで心が折れた。これは、庶民が踏み入っていいところではない。
 それに、それにだ。感触などわかってしまったら、現実逃避できないじゃないか。いや、ある意味これも現実逃避といったらそうなのかもしれない。
 ゲームの、悪の女王になってしまうなんて……。

「ゲームなら、いいのに」

 静かになった扉をじっと睨みつける。そこにあるのは怨念だ。生身になってしまった推しへの恨みである。
 別に、悪の女王になるのはまっったく構わない。むしろこうなっては聖女セシリアにならなくてよかった。だって、生身の男性に迫られるなんて、鳥肌と嘔吐だけじゃすまない。
 それこそ、死んでしまう。

 喪女は死んではいけないのだ。
 だって、死んだら死んだら、、、
 

 母上に、たくさんの乙女ゲームを見られる……!!


 遺品整理のときに喪女の性癖を詰め込んだありとあらゆるものを見られるのだ。ヒキニートでしかも変態趣味なんてわかられた日には母は喪女を黄泉までおってくるだろう。それは嫌だ。絶対に嫌だ。
 つまり喪女は、なんとしてでも現実に帰らなければならない……!!
 が、どうしたらいいかわからないからこその、これだ。
 豊満な胸をこれでもかと太ももで押さえ込み大きなベッドの隅っこで布団をかぶる。ザ・私はなにも見えません聞こえません触れませんスタイル。
 これでなにか変わるのか? え、変わりませんけど、現実逃避からの逃避ですけどなにか?
 もしかしたら原作が終われば自動的に帰れるのかもしれないが……、だがしかし、それはそれで問題がある。

「母上、母上」

 生身の男性の声にぞわりと産毛が立つ。慌てて耳を塞いでも脳裏にこびりついた推しの声は、喪女が思っていたよりもすっと耳に入ってきてしまった。
 頭ではわかっていても体がまだついていけてないのだ。あれは生身の男性であり大好きな推しじゃないのに。なお二次元じゃない推し地雷です。

「具合がわるいのに、無理を強いてしまって、悪かった……。きさ、……あなただって、まだ父上の死に悲しむ一人であったのに」

 悲しんでないです全然悲しんでないです。てか時間軸今そこなのか。原作より前だ。
 プレイこそしてないものの、内容は攻略サイトで全部読んでいる。邪道ということなかれ、最初は必ずハッピーエンドから回収したい派なのだ。


 ――薔薇王国の若き王子ウィリアム。作中にて何度も国を思う発言や執務室に詰めて夜も寝ていない描写が繰り返されるが、その理由が、王が亡くなっていることにある。
 薔薇飢饉が始まる一年前のことだ。まず、ウィリアムの母親である正妻が病でなくなった。美しく気高い緑薔薇の女王の死に国中が喪に服し、王は悲しみから床に伏せがちにようになる。
 そんな王の側にいつの間にか侍るようになった女。豊満な胸からは黒薔薇の紋の覗く、夜よりも黒い髪をした美しい女。王は、美しさからその女に魅入られ、女王が亡くなって二月もしないうちにその女を正妻にした。
 その女こそ、悪の女王ノワールである。
 ノワールを正妻として発表した後、王は、半年病床から出ないまま息を引き取った。

 全権を正妻であるノワールに譲ると、そう遺言に残し。


 ここまでいえばウィリアムの苦労とノワールへの恨みの理由もわかるだろう。ぽっと出女が国欲しさに王を殺したに違いない。そう思うのは、至極当たり前である。事実そのとおりのシナリオだったのだ。
「……え、私殺人したの!?」
 知らぬうちに前科一犯……、いや、いやいや、どう殺したのかもわからないのに罪に問われても困る。原作でもそこら辺の描写はなかったし……。てかウィル視点からの供述だから全部本当かもわからない!
 でも、考えれば考えるほどノワールは嫌われている。だって国民からでさえ嫌われてるし、ハッピーエンドのときなんてノワールが死んでヤッター万歳だ。しかも国を挙げての宴が始まるしそこで成り行きで挙式までしてしまうのだ。悲しむ人は一人もいない。

 ノワールが死なないエンドなど、バッドエンドしかない。バッドエンド=ノワールが勝つエンドだ。


つまり今の喪女の現状はこうだ。

選択肢1 現実に戻るまで待つ → 衰弱死
選択肢2 原作が終わるまで待つ → 殺される


「どないせぇっちゅーねん!!」

 どっちにしろ死ぬじゃねぇかええい一人でツッコミ入れてしまうのも仕方ないだろうだって退いても進んでも最悪の選択肢しかないぞこのやろうそりゃ現実逃避逃避もするわ!
 バッドエンドになればいいが、あのイケメンたちに勝てる気がしない。無理だ。だって体育の成績いつも1だったし。

「母上!? どうかしたのか!?」

 ああ、嗚呼、喪女は本当に放っておいてほしいのです。道端の石ころでありたいのです。イケメンと関わるのなんて無理だし、イケメンの義理の息子なんてもっと無理です。
 ―― だけど、だけど、母上にアハーンな乙女ゲーム見られるのは、もっと嫌です。


「うぃる、……ウィリアム」


 喪女は、死ぬわけにはいかないのです。母上を泣かせるのは嫌です。今まで色々うるさいこと言われて思春期は鬱陶しがったりしましたが、女手一つで喪女をここまで育ててくれたとってもいい母ちゃんなのです。32歳嫁の貰い手皆無なヒキニートが戻ったところでなにをと思われるかもしれませんが、
 オ   タ バ レ は 死 よ り も 重 い !


 あまたのアハーンなR18乙女ゲームは必ず私が処分する。




 そのためなら分厚い布団からも出ましょう。

 そのためならフーカフーカのカーペットへも足を下ろしましょう。

 そのためなら指紋をつけただけで震え上がる細工をみるのに虫眼鏡が必要な金の取っ手にも手をつけましょう。


 そのためならイケメンの面をおが……、おがむ……、










 想像しただけで無理だったので扉には手をかけるだけで終わった。

「母上!? お具合は、いかがですか?」

「いいえ、私は、……あなたに母と呼ばれる存在ではないのです」
 おえ、吐きそうになるのをこらえたせいで変な間ができた。

「確かに、生みの母ではありませんが……、父があなたを正妻としたならばあなたは私の母上だ」

「辛いでしょう、無理に母と呼ばないで」

「……では、私は代わりになんと呼べばよろしいので?」

「―― 呼ばなくていいです」

 扉の外側から息を飲む音が聞こえる。何かを言い返される前に、喪女は続けた。

「私は石ころとでも思ってください。ないものと思ってください。所詮私はどこの馬の骨ともわからぬ女、内政などできません。王がなぜ私に全権を譲ったのか、わかりかねますが、私には無理です。ほんと無理。もう無理……っ」

 めっっっっちゃ喋った。ここ一年分ぐらい話した。息継ぎしたら吐きそうだったし、しかも扉がやたら薔薇臭いから吐きそうだったし、この奥にイケメンがいるのかと思ったら吐きそうだったし。イケメン無理。ほんと無理。
 でもこれで関わってくることはなくなるだろう。ふふふ、このまま女王を降りて全権を第一王子に譲ってしまえば悪の女王ではなくなる。なんて完璧な作戦だ……!!
 戦わずして勝つとはこのことだ!!




「……失礼する、」



 勝ちを確信していたのだ。
 彼は喜び勇んで扉から離れていくと思ったし、喪女も数日後にはここから出れると思っていた。原作は行われないがいつか帰れるかもしれないと淡い期待をいだき、外に出たらまず薔薇飢饉が行われる前の王国を目に焼き付けて置こうとワクワクしていた。死の不安などまったくなかった。
 だが、喪女は死亡する。

「来てほしいところがある。具合さえ良ければ、ともに」

 扉が、開いた。
 ヒェっと息を飲む暇なく、目の前に現れる赤髪の青年。凛々しい眉に彫刻のように高い鼻、やたら幅の広い二重にマッチ棒が五本はのりそうな睫毛、薄い唇、扉から香ってきた薔薇の匂いはこの青年が纏っていたものだったのだ。



 ―― THE DEATH。



 喪女が扉にもたれかかっていたせいで、鼻と鼻とが触れ合う距離にいるイケメン。
 喪女の意識は、はるか天高く空を飛んだ。

「あ、はい」

「具合は?」

「あ、はい」

「それだと体が冷えてしまう。これを貸そう」

「あ、はい」

「靴は……、履いていく方が危険だな」


 お 姫 様 抱 っ こ だ よ 。

 イケメンが近くにいるだけでも無理だというのに、お姫様抱っこだよ。こいつはなんなんだ。私を殺したいのか。やっぱり悪の女王は退治されないといけないのか。
 しかも肩にかけられたジャケットが体温で生暖かいのなんの。これが、これが二次元だったらいいのに……!!

 心で泣きたくとも、今なにか反応をしてしまえば色々と決壊して色々と溢れ出しそうだった。
 そう、いろいろである。すでに鼻水が少し出そうだ。

「見てくれ」

 王城を登って、更に登って登って、喪女が意識を飛ばしている間に連れてこられたのは時を告げる鐘を鳴らす城の一番上、見張り台も兼ねたてっぺんも天辺だ。そこから更に、柵をまたぎ屋根を転がり落ちるすれすれのヘリで喪女も降ろされる。隣にはイケメン。
 ヒェっと飛び退きそうになったが、飛び退いたら転がり落ちて死にそうだったので喪女は代わりに石になった。

「ここは俺しか知らないんだ。……もちろん見張り番の兵たちは別だが」

 イケメンを見ないように遠くへと目線を伸ばすと、城下町を一望できた。緑の茨が城壁を覆い、赤い薔薇がチラチラと装飾のように転々と生えている。街は石畳だが、家々、本当にどこの家にも必ず薔薇が生えているのだ。ここから見えるということは相当数の薔薇が咲いているに違いない。
 また特に目を奪われるのが、広場らしきところにある大きな花壇だ。中心に赤とピンク、花びらに青、白、黄色、紫、黒、緑、色とりどりの薔薇が、上からみると薔薇の形に見えるように整えられて植えられている。
 それを絵に書く画家や和やかに談笑する主婦たち、花壇に水をやる子どもたち。ここまで、楽しそうな声が聞こえてくる。

「きれい……、」

 ポツリと呟いた言葉は風にのってあの子供たちに届くだろうか。
 夕暮れどきのせいか、吹いた風は少し冷たくて、喪女にしてはらしくもなく感動的な気分になった。

 本当に、心から、こんな綺麗な景色はないと思ったのだ。



「だろう!?」

「ヒェッ……!!」

 まぁそれもイケメンのご尊顔で台無しになるわけだが。100万カラットダイアモンドのような笑顔、二次元なら萌えるが三次元というだけで地雷です。
 視界に入れただけで目が潰れそうで、まつげを伏せてなんとか防いだ。

「俺は、この景色を父上のかわりに守りたいんだ!
この美しい国を次代、いいや、未来までつなげたい」

「ぁ、はい」

「無礼は後で謝ろう。俺は、あなたがこの景色を壊す人だと思っていた」

 ゲーム的には間違ってないですなんて、そんなことを言った瞬間にこの屋根から落とされそうだ。

「でも、違った。あなたもこの国を思う一人だった。父上は間違ってなかった…!!
俺は、あなたを見出した父上を信じる。だからこの国の住民が石ころの一つなど言わないでくれ」

 魔法じかけの時計塔が夕方の時刻を知らせる鐘を鳴らす。飛び立つ鳥たち。驚いてバランスを崩した喪女に手を差し出すイケメン。



「俺と一緒に、この国を正しく導いてほしい」


 手を握る温かい体温にぷつぷつと鳥肌が立っていく。
 気を失おうとして――、遠く離れそうになった意識の中でデジャブに気づいてしまったのだ。


(これ……、スチルじゃね?)


 構図も、景色も、そしてよくよく思い返せば彼の言っていたセリフはほぼ攻略サイトで見たスチルストーリー『夕日の誓い』そのままのものだ。
 そりゃデジャブにもなるわははは、なんて、現実逃避している場合ではない。

 喪女は、聖女セシリアはではないのに…!!

 まさか悪女になってもゲームが進行している?聖女セシリアに成り代わって?え?つまりはこのままなにもしなければ勝手にイケメン攻略が始まっちまうのかおい。おい!! 死ぬぞそんなの!!
 原作が始まっても死! 始まらなくても死! どういうことだ制作会社!!


「どうすりゃ、いいんだよ……」

 喪女が小さく呟いた言葉は鐘の音に消され誰にも届くことはない。
 ウィルは楽しそうに「年が近いのにやはり母上はおかしいよな。ノワールと呼ばせてもらってもいいか?」と無邪気にいった。もはやそれに対し首を横に振る力も残っていない。それを好意的にとったのか確かめるように「ノワール、ノワール」などと繰り返し挙げ句の果て「美しい君によくあう名前だ」などと言い始める攻略対象(暫定)
 だからその100万カラットダイアの笑顔いい加減やめろ心が死ぬ。いや喪女はもうすでに死んでいる、心が。

 だから、三次元は踏んだだけで死ぬ地雷なんだけど……、なんて思ったって、イケメンも綺麗な景色も自分自身も何一つ二次元になってくれやしなかった。





「うぉお゛お゛……ッ!!」
 帰りも、またお姫様抱っこだ。今度こそ死ぬ、死ぬ、と心の中だけで叫びながらなんとか素数を数えることで現実から目をそらした。が、部屋に戻っても、腕に体温が残っている気がして悪寒と鳥肌と嘔吐が止まらない。
 もし、もしこれが喪女の知っている『薔薇王国』のゲームではなく、別のストーリーだとしたら、やはり主人公は悪の女王ノワールになってしまうのだろうか?
 それとも喪女は知らないだけでノワールが嫌われるストーリーがこの先あるのだろうか?


 嫌われた末に死ぬのか、
 好かれた末に死ぬのか、
 選択肢はどちらかしかないのか、道端の小石エンドはないのだろうか


「こういうとき、乙女ゲームなら高感度を知らせる友人ポジションがいるはずなのに……」

 嫌われ者の悪の女王はそんなこと相談できる相手などいないだろう。本編のお助けキャラであるメイド長だってもれなく悪の女王には近づくなと警告していた。
 なぜ喪女だけこんなにもハードモードなのか。人生は理不尽だ。


「ダークレディ、お前には友人など必要ない」

「でもやっぱり乙女ゲーにおける友人ポジは様式美だと思うし……、好感度はチェックしたいよね」

 適時テェックの後上がっているようなら下げて道端の小石エンドを狙う。活路はそれしかない。

「護衛騎士や宰相はまだ怪しがっているが……、王子は取り込めたのだから上々だ。
やはりこの王国は単純なやつが多い」

「いや、だからそれが嫌なわけで」

「なにを嫌がることがある。この、私の、役に立てたのだぞ?」

 誇らしげに両手を広げ、えへんと胸を張る。
 ああ、ああ、その存在には気づいていたが、頭が理解を拒否していた。

「……いや、あの、どちら様?」

「はぁ、主の声を忘れるとはな」



 ―― コウモリの主を持った経験なんて、ないんですけど……


 いやそもそもダークレディってなに??
 わからないことだらけの世界で、更にわからないことが舞い込んでくる。


 そんな中ただ一つわかったこと。
 友人ポジは、まさかのコウモリでした……


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