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第六章 おいでよ!男性保護省の巻
第六十六話 笠霧寧々音の実力
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『国立男性保護特務警護官養成学校』
この長くて読みづらい正式名のため、世間一般からはMapsを目指す学校として『M校』の通称で呼ばれている。毎年の合格定員は約百名、対して受験者は十万人超え――男性警護関連で不動の一番人気を誇る公安職公務員養成の職業訓練校である。
満十三歳から受験可能で、合格者の平均年齢は十七.八歳。歴代の最年少合格記録は深夜子の十三歳五ヶ月だ。今回、男性保護省のトップ六宝堂弥生から直々の特別訓練依頼があった『笠霧寧々音』は十三歳八ヶ月で歴代二位となっている。
その話題の少女を迎えに行った矢地から連絡があり、梅と朝日に餡子も合流してエレベーターで指定された階層へと移動中だ。
「で、餡子。どんな段取りになってんだ?」
「えっと……場所は203の特別訓練室を使うようになってるっス」
「餡子ちゃん、特別訓練室って?」
「特別訓練室は要人警護とか、機密性の高い依頼の事前訓練や打ち合わせに使う場所っスね。今回の訓練が非公式だから、人目につかない為だと思うっス」
地下二階へと到着して廊下を進みながら、餡子が朝日に施設の紹介をしていた。説明通りの場所らしく廊下側に窓は無い。入り口の扉も梅がセキュリティキーを使って解錠している。
「あー、矢地は例の生徒連れて、もう少しで着くらしいからよ。先に控えの部屋で待ってろってさ」
梅がスマホで矢地からのメールを確認しながら、訓練室の奥にある控えの部屋の扉を開ける。
部屋の中は一部ガラス窓になっており、下がっているブラインドを上げれば訓練室を見渡すことができる。三人がしばらく雑談をして待っていると訓練室の扉が解錠される音が響いた。その音につられるように三人は窓へと近づき、ブラインドの隙間から訓練場をのぞきこむ。
「ふーん。あれがババアが言ってたガキかよ。珍しい髪の色してやがんな?」
「ほんとだ……きれいだね。白? いや銀色? それに……目が赤い……」
「あれは多分アルビノっスね」
「えっ!? 霜降りとかエキスとかの?」
「朝日さん……それゲームのアイテムっス……てか、素材っス。クリチャーハンター好きなんっスね……」
「朝日。お前いっつも夜遅くまで深夜子とゲームやってるもんな」
「えへへ。面白いからついつい、ね」
「ファッ!? 深夜子と朝日さんが!? くっ、みーちゃん自分にそんなことは一言も……くううう!」
そんな餡子の妬みはともかく――この国の人間は黒髪黒眼を中心に、茶髪など外見的特徴に多少バリエーションはあれど、基本的な容姿の特徴は日本人に近い。アルビノに関しては珍しいと言う共通認識で間違っていない。
「それにしても……あの制服、なつかしいっスね」
「そういや久々に見たな」
M校の制服は白地にブルーラインのブレザーに、ネイビーとホワイトのチェック柄リボンとプリーツスカートだ。左胸に校章ワッペンもついており、意外とお嬢様学校風デザインになっている。
「へー、なんか警護官学校って感じがしなくてかわいい制服だね」
「でも、あれを見ると地獄の三年間を思い出して辛いっス……トラウマっス」
「そうか? まあ頭使う授業は面倒だったけどよ。他はそーでもねえだろ?」
「その感覚絶対おかしいっス! 毎年、体力的な理由で脱落者が出まくりだったっス。姐さんとみーちゃんは例外っスよ!」
そんな梅と深夜子は在学中、よくつるんでおり『最も危険な二人組』の異名で周りから恐れられていたりした。……そんなくだらない昔話を交えつつも三人は訓練室の様子をうかがい続けている。
矢地と比較したところ、身長は160センチに少し届かない程度で、細身だが十四歳にしてはしっかりと起伏のある身体つきだ。ショートウルフにカットしてある白金色の髪はライトに照らされ所々が輝いて見える。
ルビーのような濃紅色の瞳に、色素異常とは思えない健康的でツヤのある乳白色の肌。そして顔の造形も非常に整っているのだが、常にぼーっとした半目をしており、しかも無表情なので色々ともったいない。朝日からすればジト目系美少女、と言ったところだ。
余談だが、本来アルビノは色素不足から肌が紫外線などに弱く虚弱なイメージがあるが、この世界の屈強な女性にその理論は一切通用しない。ぶっちゃけ髪と目の色が珍しいだけの存在である。
「おっ、ジャージに着替え始めたな……そろそろだぜ。朝日、帽子とマスク忘れるなよ」
「うん。了解」
朝日は朝礼時と同じく、帽子を深めにかぶってマスクを装着する。梅と餡子は事前に着替えを済ませており、すでにジャージ姿だ。
「僕が男ってことは言わないんだよね」
「ああ、最初は男役ってことにするらしいからな」
矢地の立案で、最初は朝日が男性であることを隠して接する流れになっている。それである程度慣れたところで男性だと知らせる――『ほら大丈夫だったでしょ? できるじゃない作戦』である。
「でも……これでダウンコート着るだけで大丈夫? バレないのかな?」
「あまり喋らなけりゃそう簡単にバレやしねえよ。そもそも男が訓練相手に出てくるとか思っちゃいねえだろうからな」
「えっ、そうなの?」
「朝日さん。普通の男性はこんな訓練の相手とかは受けてくれないんスよ」
いくらM校の生徒とは言っても、訓練で本物の男性を相手にする機会は多くはない。男性相手の訓練は、実際の男性警護をしている現役Mapsグループに生徒が数名同行する『現場実習』のみとなる。訓練のためだけに協力をしてくれる男性など、世界広しと言えど朝日くらいなのだ。
『よし、全員入って来てくれたまえ』
部屋の扉がノックされて、矢地の声が聞こえる。
「うし、朝日。準備は大丈夫か?」
「うん」
「では行くっス」
梅を先頭に餡子、少し緊張した面持ちの朝日らが訓練室へと入っていった――。
「笠霧寧々音よ。よろしく」
「なんだあ? やたら愛想のねえガキだな」
矢地が朝日ら三人を簡単に紹介し、寧々音からの自己紹介開始直後にいきなり梅が割って入った。
見た目通り、と言うべきの無愛想な口調と態度が堪に触ったようだ。不満そうな梅の言葉に反応して顔を向ける寧々音だが、表情に変化はない。そのまま朝日、餡子と三人を順番にながめると、無言のまま梅たちへと近づき始めた。
「あん? なんか文句でも――って、おい?」
煽りに反応したと取った梅だったが、寧々音はその前を完全スルーで通り過ぎる。そして餡子の前で立ちどまり、ジトっとした視線を向けた。
「え? 自分っスか? どうかしたっスか?」
「貴女が矢地教官のおっしゃられたSランクの先輩? 今日は色々と教えて――」
「ちょっと待てえーーーっ!!」
梅が叫び声を響かせながら小走りで寧々音の前に回り込む。
「うるさいわね。何かしら?」
「何かしら? じゃねえっ! 俺だ! お、れ、が、Sランクの先輩だ! 見た目で判断してんじゃねえぞクソガキ!」
「Sランク……貴女が? 冗談」
「冗談じゃねえ! おらっ、これが目には入らねぇかってんだ!!」
そう言って取り出したMaps身分証を見せつける。
身分証を見た寧々音は、本日初めてその半目をくわっと見開いて驚きの表情を見せる。しかし、すぐに元の表情に戻るとため息をつく。
「ふぅ……仕方ないわね。まあ、せっかくの機会だから勉強させて貰うわ……大和先輩。それと、私はクソガキではなく笠霧寧々音よ」
「ちっ、いちいち上から目線な奴だな。笠霧っつったよな、お前十四歳の一回生だろ。正真正銘のガキじゃねーか?」
その言葉にわずかだが寧々音の目元がひくついた。
「はぁ……ガキ、ね。大和先輩……Mapsを目指す者に年齢は関係ないわ。それに――」
寧々音の視線が、梅の慎ましやかな胸部へ向かう。そして十四歳にしては充分と思える自分の膨らみに目をやってから、梅の顔へ視線を移すと目を伏せながら軽く鼻で笑う。
「フッ」
「今どこ見て笑いやがったーーーっ!? てめえ、ぶっ殺され――ふぎゃ!」
「よし、自己紹介はそこまでだ!」
突撃寸前の梅の頭を矢地の手がわしづかみにしてロックした。そのまま、あれこれ愚痴る梅を引きずって訓練室の中央から離れていく。
「時間も限られている。予定通り、まずは単独警護訓練を始める! 襲撃側餅月、警護側笠霧でワンセットだ。警護対象の男性役は神崎さんにやって貰う」
「了解したわ」
「了解っス!」
「は、はい」
単独警護訓練は、一対一の対戦形式だ。正面、背後、自由の三回ワンセットの攻撃を襲撃側主導で行う。警護対象に襲撃側が接触したらアウト、警護側は襲撃者を捕まえればセーフである。
「それから餅月、実戦形式でやってくれ」
「えっ、いいんスか? この子、一回生っスよ?」
実戦形式は本来三回生から行う訓練方法で、対戦者同士に熱が入れば怪我人続出の本気対戦になるのも珍しくない。それをM校一回生と現役Mapsが行えば、普通なら勝負にもならないであろう。
「私は問題無いわ」
餡子に送られたジトっとした視線から、自信と余裕が伝わってくる。
「なあっ!?」
「ぷっ、言うじゃねえか? おい餡子、手加減すんじゃねえぞ!」
「け、怪我しても、自分は知らないっスからね」
――十五分後。
「きゅううううう…………そ、そそそんな馬鹿な……っス」
まがりなりにも現役Mapsである餡子は、一般女性を基準にすれば圧倒的に強い部類に入る。しかし、寧々音はその餡子からの攻撃を一度も受けること無く一方的に撃退したのであった。
「ふうん……マジでやんじゃねえか」
「ほう、余力を残して完封とは想像以上に逸材だな。閣下が目を付けられるわけだ」
しかも餡子に怪我をさせないように手加減すらしていた。それに気づいた矢地と梅は感心の声を上げている。一回生としては異様とも言える強さである。
「はうう……か、噛ませっスか? 自分、噛ませ犬っスか?」
哀れ傷心の餡子はここで朝日に泣きつき癒されたいところだが、今は男性であることを隠して進めている。うるうると主人に甘える犬のような視線を送るのが精一杯であった。
「面白え! おい矢地。俺にもやらせろよ」
「うむ。よし、餅月交代だ。そして笠霧! お望みのSランク相手だ。胸を借りるつもりでやってみるがいい」
寧々音のジトっとした視線が梅に向かう。あまり変化は無いが、どうやらやる気満々らしい。
「大和先輩……先に少しいいかしら」
「あん? なんだよ」
「Sランクの警護に対する見識も興味あるの。聞かせて貰える?」
「はあ? んなもん男を守るに決まってんだろ」
シンプル・イズ・ベスト。
「「…………」」
「大和先輩、もしかしなくても脳筋かしら?」
「失礼か、てめえ!? それ以外に何があんだよ?」
「…………はぁ、では大和先輩。警護対象男性のカテゴリをエグゼクティヴと仮定。警護環境はハイリスクで屋外商業区域。クライアントからローファイル警護を要求されていて、複数の脅威者によるアンブッシュの可能性がある場合にコンフリクトマネージネントはどう組み立てる?」
「「…………」」
「敵が襲ってきたら片っ端からぶっ殺す!」
一瞬、絶句と言わんばかりの表情を見せた寧々音だが、すぐにこれ以上ないくらい気の毒なものを見る目に変わった。
「矢地教官、脳筋が限度を超えています」
「矢地に同意求めてんじゃねえーーっ!」
「そうだな」
「そこで同意するなあああああ!!」
事実は事実なので仕方のないところではあるが、梅にもこれまで朝日を守ってきたプライドがある。筋肉――いや、脳をフル回転させて小生意気な後輩に威厳を見せつける手段を考える。
「いいぜ! 男を守んのは理屈じゃねえってのを身体で教えてやんぜ! ……俺は左手だけで戦ってやんよ。それなら少しは楽しめんだろ」
「!? なっ、一体何を……ふざけな――いえ、わかったわ。じゃあ私が襲撃側で、大和先輩……その言葉、後悔させてあげるわ!」
梅の挑発にしっかり乗っかる寧々音であった。
この長くて読みづらい正式名のため、世間一般からはMapsを目指す学校として『M校』の通称で呼ばれている。毎年の合格定員は約百名、対して受験者は十万人超え――男性警護関連で不動の一番人気を誇る公安職公務員養成の職業訓練校である。
満十三歳から受験可能で、合格者の平均年齢は十七.八歳。歴代の最年少合格記録は深夜子の十三歳五ヶ月だ。今回、男性保護省のトップ六宝堂弥生から直々の特別訓練依頼があった『笠霧寧々音』は十三歳八ヶ月で歴代二位となっている。
その話題の少女を迎えに行った矢地から連絡があり、梅と朝日に餡子も合流してエレベーターで指定された階層へと移動中だ。
「で、餡子。どんな段取りになってんだ?」
「えっと……場所は203の特別訓練室を使うようになってるっス」
「餡子ちゃん、特別訓練室って?」
「特別訓練室は要人警護とか、機密性の高い依頼の事前訓練や打ち合わせに使う場所っスね。今回の訓練が非公式だから、人目につかない為だと思うっス」
地下二階へと到着して廊下を進みながら、餡子が朝日に施設の紹介をしていた。説明通りの場所らしく廊下側に窓は無い。入り口の扉も梅がセキュリティキーを使って解錠している。
「あー、矢地は例の生徒連れて、もう少しで着くらしいからよ。先に控えの部屋で待ってろってさ」
梅がスマホで矢地からのメールを確認しながら、訓練室の奥にある控えの部屋の扉を開ける。
部屋の中は一部ガラス窓になっており、下がっているブラインドを上げれば訓練室を見渡すことができる。三人がしばらく雑談をして待っていると訓練室の扉が解錠される音が響いた。その音につられるように三人は窓へと近づき、ブラインドの隙間から訓練場をのぞきこむ。
「ふーん。あれがババアが言ってたガキかよ。珍しい髪の色してやがんな?」
「ほんとだ……きれいだね。白? いや銀色? それに……目が赤い……」
「あれは多分アルビノっスね」
「えっ!? 霜降りとかエキスとかの?」
「朝日さん……それゲームのアイテムっス……てか、素材っス。クリチャーハンター好きなんっスね……」
「朝日。お前いっつも夜遅くまで深夜子とゲームやってるもんな」
「えへへ。面白いからついつい、ね」
「ファッ!? 深夜子と朝日さんが!? くっ、みーちゃん自分にそんなことは一言も……くううう!」
そんな餡子の妬みはともかく――この国の人間は黒髪黒眼を中心に、茶髪など外見的特徴に多少バリエーションはあれど、基本的な容姿の特徴は日本人に近い。アルビノに関しては珍しいと言う共通認識で間違っていない。
「それにしても……あの制服、なつかしいっスね」
「そういや久々に見たな」
M校の制服は白地にブルーラインのブレザーに、ネイビーとホワイトのチェック柄リボンとプリーツスカートだ。左胸に校章ワッペンもついており、意外とお嬢様学校風デザインになっている。
「へー、なんか警護官学校って感じがしなくてかわいい制服だね」
「でも、あれを見ると地獄の三年間を思い出して辛いっス……トラウマっス」
「そうか? まあ頭使う授業は面倒だったけどよ。他はそーでもねえだろ?」
「その感覚絶対おかしいっス! 毎年、体力的な理由で脱落者が出まくりだったっス。姐さんとみーちゃんは例外っスよ!」
そんな梅と深夜子は在学中、よくつるんでおり『最も危険な二人組』の異名で周りから恐れられていたりした。……そんなくだらない昔話を交えつつも三人は訓練室の様子をうかがい続けている。
矢地と比較したところ、身長は160センチに少し届かない程度で、細身だが十四歳にしてはしっかりと起伏のある身体つきだ。ショートウルフにカットしてある白金色の髪はライトに照らされ所々が輝いて見える。
ルビーのような濃紅色の瞳に、色素異常とは思えない健康的でツヤのある乳白色の肌。そして顔の造形も非常に整っているのだが、常にぼーっとした半目をしており、しかも無表情なので色々ともったいない。朝日からすればジト目系美少女、と言ったところだ。
余談だが、本来アルビノは色素不足から肌が紫外線などに弱く虚弱なイメージがあるが、この世界の屈強な女性にその理論は一切通用しない。ぶっちゃけ髪と目の色が珍しいだけの存在である。
「おっ、ジャージに着替え始めたな……そろそろだぜ。朝日、帽子とマスク忘れるなよ」
「うん。了解」
朝日は朝礼時と同じく、帽子を深めにかぶってマスクを装着する。梅と餡子は事前に着替えを済ませており、すでにジャージ姿だ。
「僕が男ってことは言わないんだよね」
「ああ、最初は男役ってことにするらしいからな」
矢地の立案で、最初は朝日が男性であることを隠して接する流れになっている。それである程度慣れたところで男性だと知らせる――『ほら大丈夫だったでしょ? できるじゃない作戦』である。
「でも……これでダウンコート着るだけで大丈夫? バレないのかな?」
「あまり喋らなけりゃそう簡単にバレやしねえよ。そもそも男が訓練相手に出てくるとか思っちゃいねえだろうからな」
「えっ、そうなの?」
「朝日さん。普通の男性はこんな訓練の相手とかは受けてくれないんスよ」
いくらM校の生徒とは言っても、訓練で本物の男性を相手にする機会は多くはない。男性相手の訓練は、実際の男性警護をしている現役Mapsグループに生徒が数名同行する『現場実習』のみとなる。訓練のためだけに協力をしてくれる男性など、世界広しと言えど朝日くらいなのだ。
『よし、全員入って来てくれたまえ』
部屋の扉がノックされて、矢地の声が聞こえる。
「うし、朝日。準備は大丈夫か?」
「うん」
「では行くっス」
梅を先頭に餡子、少し緊張した面持ちの朝日らが訓練室へと入っていった――。
「笠霧寧々音よ。よろしく」
「なんだあ? やたら愛想のねえガキだな」
矢地が朝日ら三人を簡単に紹介し、寧々音からの自己紹介開始直後にいきなり梅が割って入った。
見た目通り、と言うべきの無愛想な口調と態度が堪に触ったようだ。不満そうな梅の言葉に反応して顔を向ける寧々音だが、表情に変化はない。そのまま朝日、餡子と三人を順番にながめると、無言のまま梅たちへと近づき始めた。
「あん? なんか文句でも――って、おい?」
煽りに反応したと取った梅だったが、寧々音はその前を完全スルーで通り過ぎる。そして餡子の前で立ちどまり、ジトっとした視線を向けた。
「え? 自分っスか? どうかしたっスか?」
「貴女が矢地教官のおっしゃられたSランクの先輩? 今日は色々と教えて――」
「ちょっと待てえーーーっ!!」
梅が叫び声を響かせながら小走りで寧々音の前に回り込む。
「うるさいわね。何かしら?」
「何かしら? じゃねえっ! 俺だ! お、れ、が、Sランクの先輩だ! 見た目で判断してんじゃねえぞクソガキ!」
「Sランク……貴女が? 冗談」
「冗談じゃねえ! おらっ、これが目には入らねぇかってんだ!!」
そう言って取り出したMaps身分証を見せつける。
身分証を見た寧々音は、本日初めてその半目をくわっと見開いて驚きの表情を見せる。しかし、すぐに元の表情に戻るとため息をつく。
「ふぅ……仕方ないわね。まあ、せっかくの機会だから勉強させて貰うわ……大和先輩。それと、私はクソガキではなく笠霧寧々音よ」
「ちっ、いちいち上から目線な奴だな。笠霧っつったよな、お前十四歳の一回生だろ。正真正銘のガキじゃねーか?」
その言葉にわずかだが寧々音の目元がひくついた。
「はぁ……ガキ、ね。大和先輩……Mapsを目指す者に年齢は関係ないわ。それに――」
寧々音の視線が、梅の慎ましやかな胸部へ向かう。そして十四歳にしては充分と思える自分の膨らみに目をやってから、梅の顔へ視線を移すと目を伏せながら軽く鼻で笑う。
「フッ」
「今どこ見て笑いやがったーーーっ!? てめえ、ぶっ殺され――ふぎゃ!」
「よし、自己紹介はそこまでだ!」
突撃寸前の梅の頭を矢地の手がわしづかみにしてロックした。そのまま、あれこれ愚痴る梅を引きずって訓練室の中央から離れていく。
「時間も限られている。予定通り、まずは単独警護訓練を始める! 襲撃側餅月、警護側笠霧でワンセットだ。警護対象の男性役は神崎さんにやって貰う」
「了解したわ」
「了解っス!」
「は、はい」
単独警護訓練は、一対一の対戦形式だ。正面、背後、自由の三回ワンセットの攻撃を襲撃側主導で行う。警護対象に襲撃側が接触したらアウト、警護側は襲撃者を捕まえればセーフである。
「それから餅月、実戦形式でやってくれ」
「えっ、いいんスか? この子、一回生っスよ?」
実戦形式は本来三回生から行う訓練方法で、対戦者同士に熱が入れば怪我人続出の本気対戦になるのも珍しくない。それをM校一回生と現役Mapsが行えば、普通なら勝負にもならないであろう。
「私は問題無いわ」
餡子に送られたジトっとした視線から、自信と余裕が伝わってくる。
「なあっ!?」
「ぷっ、言うじゃねえか? おい餡子、手加減すんじゃねえぞ!」
「け、怪我しても、自分は知らないっスからね」
――十五分後。
「きゅううううう…………そ、そそそんな馬鹿な……っス」
まがりなりにも現役Mapsである餡子は、一般女性を基準にすれば圧倒的に強い部類に入る。しかし、寧々音はその餡子からの攻撃を一度も受けること無く一方的に撃退したのであった。
「ふうん……マジでやんじゃねえか」
「ほう、余力を残して完封とは想像以上に逸材だな。閣下が目を付けられるわけだ」
しかも餡子に怪我をさせないように手加減すらしていた。それに気づいた矢地と梅は感心の声を上げている。一回生としては異様とも言える強さである。
「はうう……か、噛ませっスか? 自分、噛ませ犬っスか?」
哀れ傷心の餡子はここで朝日に泣きつき癒されたいところだが、今は男性であることを隠して進めている。うるうると主人に甘える犬のような視線を送るのが精一杯であった。
「面白え! おい矢地。俺にもやらせろよ」
「うむ。よし、餅月交代だ。そして笠霧! お望みのSランク相手だ。胸を借りるつもりでやってみるがいい」
寧々音のジトっとした視線が梅に向かう。あまり変化は無いが、どうやらやる気満々らしい。
「大和先輩……先に少しいいかしら」
「あん? なんだよ」
「Sランクの警護に対する見識も興味あるの。聞かせて貰える?」
「はあ? んなもん男を守るに決まってんだろ」
シンプル・イズ・ベスト。
「「…………」」
「大和先輩、もしかしなくても脳筋かしら?」
「失礼か、てめえ!? それ以外に何があんだよ?」
「…………はぁ、では大和先輩。警護対象男性のカテゴリをエグゼクティヴと仮定。警護環境はハイリスクで屋外商業区域。クライアントからローファイル警護を要求されていて、複数の脅威者によるアンブッシュの可能性がある場合にコンフリクトマネージネントはどう組み立てる?」
「「…………」」
「敵が襲ってきたら片っ端からぶっ殺す!」
一瞬、絶句と言わんばかりの表情を見せた寧々音だが、すぐにこれ以上ないくらい気の毒なものを見る目に変わった。
「矢地教官、脳筋が限度を超えています」
「矢地に同意求めてんじゃねえーーっ!」
「そうだな」
「そこで同意するなあああああ!!」
事実は事実なので仕方のないところではあるが、梅にもこれまで朝日を守ってきたプライドがある。筋肉――いや、脳をフル回転させて小生意気な後輩に威厳を見せつける手段を考える。
「いいぜ! 男を守んのは理屈じゃねえってのを身体で教えてやんぜ! ……俺は左手だけで戦ってやんよ。それなら少しは楽しめんだろ」
「!? なっ、一体何を……ふざけな――いえ、わかったわ。じゃあ私が襲撃側で、大和先輩……その言葉、後悔させてあげるわ!」
梅の挑発にしっかり乗っかる寧々音であった。
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