11 / 27
1巻 3章 クリス
第十一話
しおりを挟む
あんなに情熱的な告白は、久しぶりだった。
クリスは、メロディアの部屋で、メロディアとともに、メロディアに気を遣うこともできずに紅茶を飲んだ。花柄の白い陶器に入った、鮮やかなフレーバーティー。クリスが配合し、愛しい少女が注いでくれた紅茶だ。のどを伝って、胃の中に入っていく。温かい。
二人とも無言だ。けれども何不自由なく、お互いに紅茶を楽しんでいた。
窓から穏やかな風が流れてくる。清潔な空気。クリスの頬を撫でた。
エラルド・クヲンツ、か。まっすぐに言われた。好きです、と。さわやかで、心地よい言葉。熱い、言葉。こんなことになるなんて。だからエラルドがどういう人なのかも、全く考えていなかった。ただの、優秀なハンターぐらいにしか。私にとってはその程度の人。とっても失礼なことだけど、けど、そういう人。その人からの、告白。
クリスはティーテーブルに乗せられた、数本の薔薇に目を向けた。それらは、一本、一本、丁寧に刺が処理されていた。これを全て自分で行ったらしい。大変な作業だったはずだ。時間もかかっているだろう。気の遠くなるような作業だ。けれどもきちんとやり終えている。クリスは感心した。
せっかくの薔薇だが、実は薔薇自体は中庭にも植えてある。そのことから、当然、クリスも刺の処理はできる。当たり前のように、ここに飾られている薔薇よりも綺麗に整えることができる。ティーテーブルの薔薇は、見る人が見れば茎が痛んでしまっている、不格好な薔薇だった。
でも、すごい……。綺麗にできているのもあったし、慣れないながらも丁寧に刺を処理しようとしてくれているのがわかる。きっと、痛かった。刺が手に刺さった。思いがけない痛さに涙目になったんじゃないかな。それでも頑張ってくれた。
不格好な薔薇だ。刺を落とそうとして、茎まで傷が付いている。茎を傷つけまいとして、刺の先端だけしか処理できていないものもある。しかしながら。ちゃんと手に取り、情緒を楽しむことができる薔薇。
愛、か。
愛ってなんなんだろう。
クリスは縮こまって座っている愛しいメロディアを見つめた。自分がクリスにこのような表情をさせているということを、おそらく恐怖から隠せていない、わが娘のような少女。愛を失うかもしれない恐怖にさらされている精神状態なのにも関わらず、クリスのことを気遣い、機敏を察して紅茶を注いでくれる、本来なら立場が上のはずの侯爵家令嬢。
私はこの子のことを愛していると自信をもって言える。この子のためならどんなことでもする。この子が傷つきそうならば、必ず身をもって守る。現実、私の仕事内容がそうで、護衛メイドはそういう職業スキルで、スキルの中にそういうスキルもあるけれど。そうじゃなくて。私自身が、この子の盾になりたい。この子の幸せを願ってる。だから私は……。
メロディアが勢いよく顔を上げて口を何度か開け閉めする。しかしながら、勇気が出なかったのか白いカップの中の紅茶を見つめて固まった。
クリスは自身の態度を反省して、微笑むようにした。いつでもメロディアが勇気を出せるように。いつでもメロディアがクリスに謝れるように。クリスは「どうしてこんなことをしたの?」と、メロディアが幼いころから聞かないことにしている。子どもは論理的な説明ができないからだ。今はできるはずだが、ずっとこの形で関係を作ってきたのだ。ゆえにクリスはメロディアに任せることにした。
手に持つ紅茶が波打った。
エラルドは、この薔薇のように、一つ一つ、障害を取り除くと言った。たぶん、本当にこの薔薇のように、一生懸命気持ちを込めて、傷つきながら前に進む。慣れないことにも必死に情熱をかけて。
薔薇のような人だな、とクリスは感じた。
花言葉の通りの、情熱的で、きらびやかな人。きっと、このまぶしいほどの光に、たくさんの蝶々が寄ってきている。一輪の薔薇を目掛けて、執着するように。歴史に名を残す皇后がバラを偏愛したように。大小の魅力的な蝶々が。
私が蝶々だとすると、私は毒蝶かな。
決して、清らかな蝶々ではなく。
それに私は、結局は男だから。
エラルドは障害を取り除くと言った。受け入れると言った。だがこれは前提が覆る、全く別の話になる。女かと思っていたら男だった。エラルドはとてもショックを受けるはずだ。愛を語らうどころの話ではない。
エラルドはまず間違いなく、クリスのことを女性と思っている。他の、いやらしい視線を向けてくる貴族のように。上から下へと、全身を舐めるように視姦してくる、貴族のように。
ふと、自身の雇い主のことが頭に過ぎった。
実は御屋形様、あれでも今までで一番優しく守ってくれてる人なのよね。さりげなく、私に気づかれないように、嫌な貴族から守るようにそっと立ち位置を変えてくれたり。御屋形様よりも上の方から私にお誘いがあっても、物おじせずに、しっかりと、波風たたせないように回避なさったり。私が本当に嫌がることは絶対にしようとしない。あれでいて。その……、ちょっとその、あれだけど。
夜の顔を思い出し、頬を染めた。
御屋形様も、私に「愛している」と言う。男の私に。HeではなくSheを使うように教育されなおした、男の私に。身体を見た上で、綺麗だと言って、受け入れてる。……受け入れるというか、入れてくるというか。その、ずっと求めてくる。ちぐはぐな私を。「愛してる」って言って。
メロディアが自身のカップに紅茶を注いでいた。本来ならありえない光景だ。だとしても彼女はそれが当然のように、十年も自身と情事を重ねている男と似た眉を下げて、素直に受け入れてる。
本当にこの子は、あの人によく似ている。
こうしてクリスの顔色を窺って、一喜一憂している姿も。こうしてクリスの愛情を受けようとひな鳥のように必死なことも。こうしてクリスに関しては歯止めが効かず、突拍子もないことをする姿も。
本当によく似ている。
じっと見つめていると、大きな瞳が濡れだしてしまった。
「うっ……、ぐすっ……ヒック」
あぁ、やっちゃった……。
クリスは後悔しているのを隠しつつ、優しく頬を緩ませて立ち上がり、ハンカチを取り出しながら座っているメロディアの付近まで歩いた。いつでも抱きしめることができるように、跪いて顔と顔を近づける。ハンカチで、涙を拭いた。
悩んでる場合じゃないなぁ。この子も悩んでいるんだから。私がなんとかしないと。
クリスは男や女である前に、一人の母親であった。
「ごめんなさい……」
「大丈夫よ、メロディア」
この子は御屋形様と同じだ。
フォルテルと呼ばれたがる、あの人と。
ゆえにメロディアとあえて呼ぶ必要があった。
抱きしめようとする。しかし、メロディアが椅子から降り、自らのそりと抱き着いてきた。「大丈夫よ、大丈夫」と耳元でささやきつつ、背中を優しくさする。
温かい、子どもの体温。明確に違う、主人との差。
「あのね……、あのね……」
「うん。……うん」
「お義母さまと離れたくなかったの」
「うん……、うん……」
「だからね、お義母さまがエラルドと結婚したらね、わたしがどこか遠くに行ってもね、ハンターだから近くにいてくれるって思ったの」
「うん……、うん……」
「ごめんなさい……」
「うん……、大丈夫よ、メロディア……」
お義母さま。あぁ、もう。私と離れ離れになるかもしれないってストレスで、メロディアが幼いころに逆戻りしたじゃない。あぁ、そうか。そんなになってまで……、はぁ。でもこればっかりはもう、あー、もう、あー……。どうしよう。
いいや、離れたくないって言ってくれることは嬉しいんだけど、でもそれとこれとは別で。あー、もう。なんで男は勝手に決めて勝手に動くの。こうするからっていきなり決めて、いきなり行動されて、いきなり言われて。でも私たちにだって都合があるんだし、もう少しこう、どうにかならなかったの?
スキルは仕方がない。これはもうどうしようもない。だから別にこれがどうとは思わない。この子は一生懸命頑張ってる。現実に向き合おうと、剣を持ったこともないのに、素直に剣を振り続けている。痛いよね、手のひら。皮がめくれて、ヒリヒリして。腕も脚も動かすのもやっとになっているのに、それを悟られないように必死に笑顔を作って。この子はすっごく頑張ってる。
けど周りの大人は? もっと色々できたでしょうに。奥様も奥様だ。きちんとこの子を気にかけてくれたら、この子はこんなにもボロボロにならなかった。私に執着しなかった。いろんな人からの愛情を受けて、のびのびと育ち、結婚にも前向きになれた。それがどう?
この子はとてもさみしがり屋だ。他の子がどうだかは詳しくわからないけど、私が知っている範囲では、この子はとってもさみしがり屋。他の子よりももっと愛してあげないと泣いてしまう子。抱きしめてあげないといけない子。それなのに……。
いいえ、私にも責任がある。こうして甘やかしている私にも。でも……、でも……。他の貴族はどう子育てをしているの? 私は貴族とも呼べない貴族だったから、ほとんど市民と同じような親子関係だったけど……。この子の場合は違う。この子の立場は。でもこの子はこうして愛情を欲しがって……、あぁ、そうか、それで御屋形様も奥様もあんな風に。
もう、どうしたら……。私が決めることのできる物事の裁量から、この問題は大きく超えてる。
「メロディアは離れ離れになるって思ったの?」
「うん……」
「そっか……」
「うん……」
背中をさする。次の言葉が出てこない。
それはメロディアも同じようで、お互いに抱き合ったまま、じっくりと体温を確かめ合う。
窓からの風。小鳥のさえずり。こんなときでも、変わらない自然。
御屋形様かぁ。なんて言うべきかなぁ。もうどうし……、あ、そっか。
「でもね、メロディア、聞いて?」
「やだ」
「もう……」
「やだ」
より強く、抱きしめる。
もっと強く抱きしめ返された。
「あのね、もしかしたらメロディアに好きな人ができるかもしれないよ? 結婚する人が好きな人かもしれないよ? そうしたらお義母さんなんていらないってメロディアが思うくらい、ハッピーになれるよ? 〇〇くん、○○くんって」
「やだ。お義母さまがいい」
「ありがとう、とっても嬉しい。でもね、メロディア。……あぁ、そうね。それなら一緒に会おうね。メロディアが結婚するかもしれない人と」
「お義母さまと一緒?」
「うん。一緒に、会おうね。『お願い』してみるから」
「お父様に?」
「うん、メロディアのお父様に」
言って、頭を撫でた。
エラルドのことはひとまずお預け。自分のことよりも今はメロディアのこと。また「お願い」しなきゃいけない。御屋形様に、メロディアの婚約者とメロディアが合うときに私も同席したいって。外出だ。外出……。でもこの子の調子だと、この子の様子だと。御屋形様は……。
クリスは、メロディアの部屋で、メロディアとともに、メロディアに気を遣うこともできずに紅茶を飲んだ。花柄の白い陶器に入った、鮮やかなフレーバーティー。クリスが配合し、愛しい少女が注いでくれた紅茶だ。のどを伝って、胃の中に入っていく。温かい。
二人とも無言だ。けれども何不自由なく、お互いに紅茶を楽しんでいた。
窓から穏やかな風が流れてくる。清潔な空気。クリスの頬を撫でた。
エラルド・クヲンツ、か。まっすぐに言われた。好きです、と。さわやかで、心地よい言葉。熱い、言葉。こんなことになるなんて。だからエラルドがどういう人なのかも、全く考えていなかった。ただの、優秀なハンターぐらいにしか。私にとってはその程度の人。とっても失礼なことだけど、けど、そういう人。その人からの、告白。
クリスはティーテーブルに乗せられた、数本の薔薇に目を向けた。それらは、一本、一本、丁寧に刺が処理されていた。これを全て自分で行ったらしい。大変な作業だったはずだ。時間もかかっているだろう。気の遠くなるような作業だ。けれどもきちんとやり終えている。クリスは感心した。
せっかくの薔薇だが、実は薔薇自体は中庭にも植えてある。そのことから、当然、クリスも刺の処理はできる。当たり前のように、ここに飾られている薔薇よりも綺麗に整えることができる。ティーテーブルの薔薇は、見る人が見れば茎が痛んでしまっている、不格好な薔薇だった。
でも、すごい……。綺麗にできているのもあったし、慣れないながらも丁寧に刺を処理しようとしてくれているのがわかる。きっと、痛かった。刺が手に刺さった。思いがけない痛さに涙目になったんじゃないかな。それでも頑張ってくれた。
不格好な薔薇だ。刺を落とそうとして、茎まで傷が付いている。茎を傷つけまいとして、刺の先端だけしか処理できていないものもある。しかしながら。ちゃんと手に取り、情緒を楽しむことができる薔薇。
愛、か。
愛ってなんなんだろう。
クリスは縮こまって座っている愛しいメロディアを見つめた。自分がクリスにこのような表情をさせているということを、おそらく恐怖から隠せていない、わが娘のような少女。愛を失うかもしれない恐怖にさらされている精神状態なのにも関わらず、クリスのことを気遣い、機敏を察して紅茶を注いでくれる、本来なら立場が上のはずの侯爵家令嬢。
私はこの子のことを愛していると自信をもって言える。この子のためならどんなことでもする。この子が傷つきそうならば、必ず身をもって守る。現実、私の仕事内容がそうで、護衛メイドはそういう職業スキルで、スキルの中にそういうスキルもあるけれど。そうじゃなくて。私自身が、この子の盾になりたい。この子の幸せを願ってる。だから私は……。
メロディアが勢いよく顔を上げて口を何度か開け閉めする。しかしながら、勇気が出なかったのか白いカップの中の紅茶を見つめて固まった。
クリスは自身の態度を反省して、微笑むようにした。いつでもメロディアが勇気を出せるように。いつでもメロディアがクリスに謝れるように。クリスは「どうしてこんなことをしたの?」と、メロディアが幼いころから聞かないことにしている。子どもは論理的な説明ができないからだ。今はできるはずだが、ずっとこの形で関係を作ってきたのだ。ゆえにクリスはメロディアに任せることにした。
手に持つ紅茶が波打った。
エラルドは、この薔薇のように、一つ一つ、障害を取り除くと言った。たぶん、本当にこの薔薇のように、一生懸命気持ちを込めて、傷つきながら前に進む。慣れないことにも必死に情熱をかけて。
薔薇のような人だな、とクリスは感じた。
花言葉の通りの、情熱的で、きらびやかな人。きっと、このまぶしいほどの光に、たくさんの蝶々が寄ってきている。一輪の薔薇を目掛けて、執着するように。歴史に名を残す皇后がバラを偏愛したように。大小の魅力的な蝶々が。
私が蝶々だとすると、私は毒蝶かな。
決して、清らかな蝶々ではなく。
それに私は、結局は男だから。
エラルドは障害を取り除くと言った。受け入れると言った。だがこれは前提が覆る、全く別の話になる。女かと思っていたら男だった。エラルドはとてもショックを受けるはずだ。愛を語らうどころの話ではない。
エラルドはまず間違いなく、クリスのことを女性と思っている。他の、いやらしい視線を向けてくる貴族のように。上から下へと、全身を舐めるように視姦してくる、貴族のように。
ふと、自身の雇い主のことが頭に過ぎった。
実は御屋形様、あれでも今までで一番優しく守ってくれてる人なのよね。さりげなく、私に気づかれないように、嫌な貴族から守るようにそっと立ち位置を変えてくれたり。御屋形様よりも上の方から私にお誘いがあっても、物おじせずに、しっかりと、波風たたせないように回避なさったり。私が本当に嫌がることは絶対にしようとしない。あれでいて。その……、ちょっとその、あれだけど。
夜の顔を思い出し、頬を染めた。
御屋形様も、私に「愛している」と言う。男の私に。HeではなくSheを使うように教育されなおした、男の私に。身体を見た上で、綺麗だと言って、受け入れてる。……受け入れるというか、入れてくるというか。その、ずっと求めてくる。ちぐはぐな私を。「愛してる」って言って。
メロディアが自身のカップに紅茶を注いでいた。本来ならありえない光景だ。だとしても彼女はそれが当然のように、十年も自身と情事を重ねている男と似た眉を下げて、素直に受け入れてる。
本当にこの子は、あの人によく似ている。
こうしてクリスの顔色を窺って、一喜一憂している姿も。こうしてクリスの愛情を受けようとひな鳥のように必死なことも。こうしてクリスに関しては歯止めが効かず、突拍子もないことをする姿も。
本当によく似ている。
じっと見つめていると、大きな瞳が濡れだしてしまった。
「うっ……、ぐすっ……ヒック」
あぁ、やっちゃった……。
クリスは後悔しているのを隠しつつ、優しく頬を緩ませて立ち上がり、ハンカチを取り出しながら座っているメロディアの付近まで歩いた。いつでも抱きしめることができるように、跪いて顔と顔を近づける。ハンカチで、涙を拭いた。
悩んでる場合じゃないなぁ。この子も悩んでいるんだから。私がなんとかしないと。
クリスは男や女である前に、一人の母親であった。
「ごめんなさい……」
「大丈夫よ、メロディア」
この子は御屋形様と同じだ。
フォルテルと呼ばれたがる、あの人と。
ゆえにメロディアとあえて呼ぶ必要があった。
抱きしめようとする。しかし、メロディアが椅子から降り、自らのそりと抱き着いてきた。「大丈夫よ、大丈夫」と耳元でささやきつつ、背中を優しくさする。
温かい、子どもの体温。明確に違う、主人との差。
「あのね……、あのね……」
「うん。……うん」
「お義母さまと離れたくなかったの」
「うん……、うん……」
「だからね、お義母さまがエラルドと結婚したらね、わたしがどこか遠くに行ってもね、ハンターだから近くにいてくれるって思ったの」
「うん……、うん……」
「ごめんなさい……」
「うん……、大丈夫よ、メロディア……」
お義母さま。あぁ、もう。私と離れ離れになるかもしれないってストレスで、メロディアが幼いころに逆戻りしたじゃない。あぁ、そうか。そんなになってまで……、はぁ。でもこればっかりはもう、あー、もう、あー……。どうしよう。
いいや、離れたくないって言ってくれることは嬉しいんだけど、でもそれとこれとは別で。あー、もう。なんで男は勝手に決めて勝手に動くの。こうするからっていきなり決めて、いきなり行動されて、いきなり言われて。でも私たちにだって都合があるんだし、もう少しこう、どうにかならなかったの?
スキルは仕方がない。これはもうどうしようもない。だから別にこれがどうとは思わない。この子は一生懸命頑張ってる。現実に向き合おうと、剣を持ったこともないのに、素直に剣を振り続けている。痛いよね、手のひら。皮がめくれて、ヒリヒリして。腕も脚も動かすのもやっとになっているのに、それを悟られないように必死に笑顔を作って。この子はすっごく頑張ってる。
けど周りの大人は? もっと色々できたでしょうに。奥様も奥様だ。きちんとこの子を気にかけてくれたら、この子はこんなにもボロボロにならなかった。私に執着しなかった。いろんな人からの愛情を受けて、のびのびと育ち、結婚にも前向きになれた。それがどう?
この子はとてもさみしがり屋だ。他の子がどうだかは詳しくわからないけど、私が知っている範囲では、この子はとってもさみしがり屋。他の子よりももっと愛してあげないと泣いてしまう子。抱きしめてあげないといけない子。それなのに……。
いいえ、私にも責任がある。こうして甘やかしている私にも。でも……、でも……。他の貴族はどう子育てをしているの? 私は貴族とも呼べない貴族だったから、ほとんど市民と同じような親子関係だったけど……。この子の場合は違う。この子の立場は。でもこの子はこうして愛情を欲しがって……、あぁ、そうか、それで御屋形様も奥様もあんな風に。
もう、どうしたら……。私が決めることのできる物事の裁量から、この問題は大きく超えてる。
「メロディアは離れ離れになるって思ったの?」
「うん……」
「そっか……」
「うん……」
背中をさする。次の言葉が出てこない。
それはメロディアも同じようで、お互いに抱き合ったまま、じっくりと体温を確かめ合う。
窓からの風。小鳥のさえずり。こんなときでも、変わらない自然。
御屋形様かぁ。なんて言うべきかなぁ。もうどうし……、あ、そっか。
「でもね、メロディア、聞いて?」
「やだ」
「もう……」
「やだ」
より強く、抱きしめる。
もっと強く抱きしめ返された。
「あのね、もしかしたらメロディアに好きな人ができるかもしれないよ? 結婚する人が好きな人かもしれないよ? そうしたらお義母さんなんていらないってメロディアが思うくらい、ハッピーになれるよ? 〇〇くん、○○くんって」
「やだ。お義母さまがいい」
「ありがとう、とっても嬉しい。でもね、メロディア。……あぁ、そうね。それなら一緒に会おうね。メロディアが結婚するかもしれない人と」
「お義母さまと一緒?」
「うん。一緒に、会おうね。『お願い』してみるから」
「お父様に?」
「うん、メロディアのお父様に」
言って、頭を撫でた。
エラルドのことはひとまずお預け。自分のことよりも今はメロディアのこと。また「お願い」しなきゃいけない。御屋形様に、メロディアの婚約者とメロディアが合うときに私も同席したいって。外出だ。外出……。でもこの子の調子だと、この子の様子だと。御屋形様は……。
0
あなたにおすすめの小説
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる