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1巻 4章 エラルド
第十六話
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キスをしてしまった。
深夜にもかかわらず。エラルドは眠れないでいた。
エラルドが泊まっているのは中程度の賃貸物件。治安は比較的良いが、代わりに住み心地はそこまで良くない。ドラゴンスレイヤーにはふさわしくない、中央値からは少し上でしかないランクの物件だ。
一人。エラルドは眠れない。
きしむ床。荒く木が削ってある、使い古しのテーブル。それに合わせた座りの悪い椅子。らしくない数本の酒瓶。コップ。浅い皿の上の豆類。干し肉。
クリスにキスをしてしまった。
酒を注ぐ。頭を抱えながら。酒を注ぐ。荒々しく置く酒瓶。のどを通っていく酒精。焼ける。上手くもなく、塩の味がキツイだけの干し肉をかじる。同時に豆。そして酒。頭を抱えたまま。舌打ち。
クリスに無理やりキスをしてしまった。
怯えた表情が焼き付いていた。
何をやっているんだ、ボクは。
酒をあおる。まずい。豆で誤魔化す。干し肉。食べれたものじゃない。だが今はこれしかない。干し肉を噛み切る。苛立ちをぶつけた。
何をやってるんだ。ボクは。クリスにキスをして。あんな表情をさせて。違う、こんなことをするつもりはなかった。あんな表情をさせるつもりなんか。なかった。
注ぎ終え、空になった酒瓶が転がっていく。一つも酔えない。楽しくない酒だった。
悩み事はいつも人に相談してきた。【宝石のナイフ】のメンバー、マイク、バーバラ、マリー。他にはギルドの仲間たちや、友人たち。色々な人に相談して、考えて。助け合ってきた。
でもこれは、この問題は相談できるレベルじゃない。チームが吹き飛ぶ。いや、覚悟はしていた。覚悟はしていたとはいえ、あの表情だ。あの、瞳だ。そういう顔をさせてしまった。クリスを。
お姫様。
領主様を操る侯爵領の陰の支配者。
奥方様たちを顎で使う実力者。
社交界の薔薇夫人。
全て、クリスに関するうわさだ。最もよくささやかれるのは、これらのどれでもない、「領主様の本妻」というもの。つまるところ、事実はどうであれ、クリスは外から見るとこうした人物だということである。身分、ともいえる。そんなクリスに無理やりキスをしたのだ。簡単に相談できるようなものではない。
新しい酒を手に付ける。コップに注ぐのも面倒になり、そのまま口の中に含んだ。
後ずさり、背中を見せて逃げ出した、クリス。
本当はもっとゆっくりと近づくつもりだった。たとえ会える期間が二年の、いや、一年という制約があるとしても、それでもじっくりと大切に近づくつもりだった。なにせ、ブローチ一つで顔を真っ赤にさせたクリスのことだ。時間をかけて丁寧に接した方が安心感を与えられたはずだ。そして穏やかな笑みを。
そうだ。穏やかな、屈託のない笑顔。ちゃんと見れたじゃないか。あのとき、クリスは何かを悩んでいたみたいだった。顔を曇らせて、顔をうつむかせて。色々と動いて、それからの満面の笑みだ。あのときばかりは最高の贈り物ができたじゃないか。
エラルドにはクリスがどうしてあんな顔をしていたのかはわからない。もしかしたら、エラルドが「茨」と表現したなにかが、そうさせたのかもしれない。噂のような状況であれば、様々なケースが想像できる。どれもこれもが鋭いトゲばかりだ。囚われのお姫様が身動きできなくなるほどの、茨。
ボクはトゲを丁寧に削いでいった。あの百本以上のバラのように。気持ちを込めて。愛を込めて。おかげで、おかげで、あんな魅力的な、あんな魅力的な……。
「クソッ!」
八つ当たり。
テーブルを思いっきり叩いてしまう。飛び跳ねる干し肉。皿から零れる豆。
あのとき。抱きしめたまま、そのままキスをするんじゃなくて! 謝って、紳士的に離れていれば! クリスを悲しませることなんてなかったんだっ! クリスのあの表情! キスが初めてだったのかもしれない。そんな人に、ボクはあんな暴力的なことをしてしまったッ!
時間が戻るならば。あの瞬間、抱きしめたあの時まで戻りたい。あの最高の笑顔を見せてくれた、魅力的なクリスを抱きしめていた、あの時まで……。でも戻らない。戻るわけがない! ボクはクリスを傷つけてしまったッ!
すごく怯えていた。とても怖かったに違いない。あんなに恐がって。あぁ、神よ! 神よ! どうしてボクは! 違う、違う、違う! そうじゃない。神に頼るな! 冷静に、冷静に考えろ、エラルド! エラルド・クヲンツ!
酒が、まずい。そこそこの金額の銘柄なはずなのに。これほどまずい酒は初めてだった。しかし、ほのかに香りが。柑橘系の香りが。クリスと似た、柑橘系の。
そうなんだ。初めてなんだ。これほど人を好きになったのは。これほど、全てをささげたいと思ったのは。命も、剣も、誓いも。この愛を、全ての情熱をささげたいと思ったのは、クリスが初めてなんだっ!
苦しい。
苦しい!
狂おしい!
クリス!
クリス!
クリスティーナ!
ボクはこの愛をささげたい。あの最高の贈り物をもう一度。笑顔を! クリスティーナ!
「くっ!」
熱が、ともった。
冷たかった身体に、熱が。
ならばどうするべきか。ボクはどうすればいいんだ? ボクは失敗した。クリスに無理やり……。くっ、沈むな、エラルド! 今は前を向けぇ! それで、それでどうするべきだ? 謝るべきだ。謝って……、謝る?
さっと、血の気が引いた。
会う必要がある。謝るということは。あんな表情をさせたのに? ノコノコと、無神経に会う必要があるというのか!? クリスをまた傷つけなければいけないのかっ!? あぁ、なんてことだっ! なんて残酷なんだ!
火が、火が、火が、火が足りない。考えろ、考えろ! 身体を灯せ。愛を燃やせ!
いや、ボクはそれでも会わなければならない! ボクはクリスと共に生きたい。あのバラの告白。茨を取り除き、自由にする。あのバラの誓い。それを実現させるために。現に、あのときの笑顔。そうだ、できたじゃないか! できたんだよ! この調子でいいんだよ! ボクはクリスが好きだ。だから会う覚悟をしなければ。ボクのせいで、好きな人を傷つける覚悟を!
けどその上で。それからは幸せにするんだ。さらなる覚悟を持って。バラの誓いを真実に! ボクのせいで、ボクの失敗で、ボクはさらにクリスを傷つける。認めろ、エラルド。ボクは調子に乗って、失敗したんだ。あのバラのトゲを削いでいた最初の頃のバラと一緒だ。茎まで傷つけてしまった。ならばどうする?
失敗を取り返せ!
愛でより丁寧に!
愛を尽くして気持ちを込めて!
茨のトゲを処理していけばいいんだ!
できた。あのときはできた。百本以上のバラ。だんだんと茎を傷をつけないようになって、だんだんとより素晴らしい綺麗なバラになっていった。一緒だ。バラと一緒なんだ。最初は上手くできなかった。次は……、次?
次が、あるのか?
くそっ。次……、いいや、クリスの性格を考えろ。クリスはとても真面目なんだ。それに優しくて、気遣いができて、剣まで使える。……違う。また調子に。いやいいのか。ははっ。なんだ、調子に乗れるほどの余裕が出てきたじゃないか。この調子だ。やりすぎなければいいんだ。冷静に、調子に乗るべきだ。
そうだ。調子に乗れるほど、ボクは自信がある。クリスは真面目だから、契約にはきちんと従う。つまり必ず会ってくれるはずなんだ。情けないことにクリスの優しさに助けてもらうことになるけれど、受け入れるんだ。ボクは失敗をしたのだから。
酒の味が、少しはおいしく感じてくる。
やることが見えてきた。次に会ったときに謝るんだ。許してくれるだろうか。許してくれないかもしれない。でもクリスは優しいから。いや、ダメだ。優しさに甘えるな。紳士的に、心を込めて謝るんだ。許されないかもしれない。それでも、受け入れるんだ。
許されなかったら?
諦めるのか?
クリスを?
諦められるのか?
……できない。できるはずがない。
経験豊富なマイクやロレントさんは「一時の感情だ」と笑うかもしれない。「時間が解決してくれる」とも言うかもしれない。けれど、けれども。
怖い。許されなかったことを考えると、怖い。でも覚悟を決めろ、エラルド。覚悟を……! 潔く、あきらめる覚悟を……っ!
あぁ、嫌だ!
絶対に嫌だ!
絶対に絶対に嫌だッ!
嫌われたくない!
嫌われたくないぃっ!
苦しい! 狂おしい! こんなにも、こんなにも好きなんだ! 好きなんだよっ! あぁ、どうしてボクはあんなことをしてしまったんだ! どうしてボクは。いや違う! 進め! 覚悟を決めろ! バラの告白を真実にするんだ! 勇気を出して! 進め、エラルド! 丁寧に処理した、バラのように想いを込めて!
バラ。バラだ。百本以上の。できたんだ。丁寧に綺麗なバラが。百本以上あるおかげで。バーバラとマリーのおかげで。ありがたい。二人のおかげだ。相談に乗ってくれていたマイクのおかげだ。あぁ、なんて素晴らしい仲間たちなんだ。【宝石のナイフ】は最高だ。
竜種を倒した時もそうだ。勇気を出して、【宝石のナイフ】のみんなで……。
ふと、おかしくなって笑ってしまった。
ボクたちは竜種を倒した。勇気を出して、果敢に挑んだ。でも。
「あははっ! ははははっ!」
怖い。あの時より怖い。竜種を倒したときよりも、告白したときの方が。竜種を倒したときよりも、謝りにいくときの方が。怖い。勇気が必要だ。好きな人に拒絶されるかもしれないのに、それでも謝りに行くための、勇気が。
なにがドラゴンスレイヤーだ。大したものじゃないじゃないか。好きな人に告白をする方が、好きな人を傷つける方が、よっぽど勇気が必要だ。あぁ、みんな、本当にすごいなぁ。こんなことをして、愛を紡いでいくのか。竜種を倒すよりも、よっぽどすごいじゃないか。
頑張ろう。みんな、頑張っているんだから。そうやってボクたちが産まれているんだから。今、頑張らないで、いつ頑張るんだろう。だいたい、本当につらいのはクリスなんだ。怖がっている場合じゃない。
さぁ、勇気を出そう。会って、謝ろう。会えなければ、伝えてもらおう。アマンダならば伝えてくれるはずだ。頑張ろう。うん。頑張ろう……。
深夜にもかかわらず。エラルドは眠れないでいた。
エラルドが泊まっているのは中程度の賃貸物件。治安は比較的良いが、代わりに住み心地はそこまで良くない。ドラゴンスレイヤーにはふさわしくない、中央値からは少し上でしかないランクの物件だ。
一人。エラルドは眠れない。
きしむ床。荒く木が削ってある、使い古しのテーブル。それに合わせた座りの悪い椅子。らしくない数本の酒瓶。コップ。浅い皿の上の豆類。干し肉。
クリスにキスをしてしまった。
酒を注ぐ。頭を抱えながら。酒を注ぐ。荒々しく置く酒瓶。のどを通っていく酒精。焼ける。上手くもなく、塩の味がキツイだけの干し肉をかじる。同時に豆。そして酒。頭を抱えたまま。舌打ち。
クリスに無理やりキスをしてしまった。
怯えた表情が焼き付いていた。
何をやっているんだ、ボクは。
酒をあおる。まずい。豆で誤魔化す。干し肉。食べれたものじゃない。だが今はこれしかない。干し肉を噛み切る。苛立ちをぶつけた。
何をやってるんだ。ボクは。クリスにキスをして。あんな表情をさせて。違う、こんなことをするつもりはなかった。あんな表情をさせるつもりなんか。なかった。
注ぎ終え、空になった酒瓶が転がっていく。一つも酔えない。楽しくない酒だった。
悩み事はいつも人に相談してきた。【宝石のナイフ】のメンバー、マイク、バーバラ、マリー。他にはギルドの仲間たちや、友人たち。色々な人に相談して、考えて。助け合ってきた。
でもこれは、この問題は相談できるレベルじゃない。チームが吹き飛ぶ。いや、覚悟はしていた。覚悟はしていたとはいえ、あの表情だ。あの、瞳だ。そういう顔をさせてしまった。クリスを。
お姫様。
領主様を操る侯爵領の陰の支配者。
奥方様たちを顎で使う実力者。
社交界の薔薇夫人。
全て、クリスに関するうわさだ。最もよくささやかれるのは、これらのどれでもない、「領主様の本妻」というもの。つまるところ、事実はどうであれ、クリスは外から見るとこうした人物だということである。身分、ともいえる。そんなクリスに無理やりキスをしたのだ。簡単に相談できるようなものではない。
新しい酒を手に付ける。コップに注ぐのも面倒になり、そのまま口の中に含んだ。
後ずさり、背中を見せて逃げ出した、クリス。
本当はもっとゆっくりと近づくつもりだった。たとえ会える期間が二年の、いや、一年という制約があるとしても、それでもじっくりと大切に近づくつもりだった。なにせ、ブローチ一つで顔を真っ赤にさせたクリスのことだ。時間をかけて丁寧に接した方が安心感を与えられたはずだ。そして穏やかな笑みを。
そうだ。穏やかな、屈託のない笑顔。ちゃんと見れたじゃないか。あのとき、クリスは何かを悩んでいたみたいだった。顔を曇らせて、顔をうつむかせて。色々と動いて、それからの満面の笑みだ。あのときばかりは最高の贈り物ができたじゃないか。
エラルドにはクリスがどうしてあんな顔をしていたのかはわからない。もしかしたら、エラルドが「茨」と表現したなにかが、そうさせたのかもしれない。噂のような状況であれば、様々なケースが想像できる。どれもこれもが鋭いトゲばかりだ。囚われのお姫様が身動きできなくなるほどの、茨。
ボクはトゲを丁寧に削いでいった。あの百本以上のバラのように。気持ちを込めて。愛を込めて。おかげで、おかげで、あんな魅力的な、あんな魅力的な……。
「クソッ!」
八つ当たり。
テーブルを思いっきり叩いてしまう。飛び跳ねる干し肉。皿から零れる豆。
あのとき。抱きしめたまま、そのままキスをするんじゃなくて! 謝って、紳士的に離れていれば! クリスを悲しませることなんてなかったんだっ! クリスのあの表情! キスが初めてだったのかもしれない。そんな人に、ボクはあんな暴力的なことをしてしまったッ!
時間が戻るならば。あの瞬間、抱きしめたあの時まで戻りたい。あの最高の笑顔を見せてくれた、魅力的なクリスを抱きしめていた、あの時まで……。でも戻らない。戻るわけがない! ボクはクリスを傷つけてしまったッ!
すごく怯えていた。とても怖かったに違いない。あんなに恐がって。あぁ、神よ! 神よ! どうしてボクは! 違う、違う、違う! そうじゃない。神に頼るな! 冷静に、冷静に考えろ、エラルド! エラルド・クヲンツ!
酒が、まずい。そこそこの金額の銘柄なはずなのに。これほどまずい酒は初めてだった。しかし、ほのかに香りが。柑橘系の香りが。クリスと似た、柑橘系の。
そうなんだ。初めてなんだ。これほど人を好きになったのは。これほど、全てをささげたいと思ったのは。命も、剣も、誓いも。この愛を、全ての情熱をささげたいと思ったのは、クリスが初めてなんだっ!
苦しい。
苦しい!
狂おしい!
クリス!
クリス!
クリスティーナ!
ボクはこの愛をささげたい。あの最高の贈り物をもう一度。笑顔を! クリスティーナ!
「くっ!」
熱が、ともった。
冷たかった身体に、熱が。
ならばどうするべきか。ボクはどうすればいいんだ? ボクは失敗した。クリスに無理やり……。くっ、沈むな、エラルド! 今は前を向けぇ! それで、それでどうするべきだ? 謝るべきだ。謝って……、謝る?
さっと、血の気が引いた。
会う必要がある。謝るということは。あんな表情をさせたのに? ノコノコと、無神経に会う必要があるというのか!? クリスをまた傷つけなければいけないのかっ!? あぁ、なんてことだっ! なんて残酷なんだ!
火が、火が、火が、火が足りない。考えろ、考えろ! 身体を灯せ。愛を燃やせ!
いや、ボクはそれでも会わなければならない! ボクはクリスと共に生きたい。あのバラの告白。茨を取り除き、自由にする。あのバラの誓い。それを実現させるために。現に、あのときの笑顔。そうだ、できたじゃないか! できたんだよ! この調子でいいんだよ! ボクはクリスが好きだ。だから会う覚悟をしなければ。ボクのせいで、好きな人を傷つける覚悟を!
けどその上で。それからは幸せにするんだ。さらなる覚悟を持って。バラの誓いを真実に! ボクのせいで、ボクの失敗で、ボクはさらにクリスを傷つける。認めろ、エラルド。ボクは調子に乗って、失敗したんだ。あのバラのトゲを削いでいた最初の頃のバラと一緒だ。茎まで傷つけてしまった。ならばどうする?
失敗を取り返せ!
愛でより丁寧に!
愛を尽くして気持ちを込めて!
茨のトゲを処理していけばいいんだ!
できた。あのときはできた。百本以上のバラ。だんだんと茎を傷をつけないようになって、だんだんとより素晴らしい綺麗なバラになっていった。一緒だ。バラと一緒なんだ。最初は上手くできなかった。次は……、次?
次が、あるのか?
くそっ。次……、いいや、クリスの性格を考えろ。クリスはとても真面目なんだ。それに優しくて、気遣いができて、剣まで使える。……違う。また調子に。いやいいのか。ははっ。なんだ、調子に乗れるほどの余裕が出てきたじゃないか。この調子だ。やりすぎなければいいんだ。冷静に、調子に乗るべきだ。
そうだ。調子に乗れるほど、ボクは自信がある。クリスは真面目だから、契約にはきちんと従う。つまり必ず会ってくれるはずなんだ。情けないことにクリスの優しさに助けてもらうことになるけれど、受け入れるんだ。ボクは失敗をしたのだから。
酒の味が、少しはおいしく感じてくる。
やることが見えてきた。次に会ったときに謝るんだ。許してくれるだろうか。許してくれないかもしれない。でもクリスは優しいから。いや、ダメだ。優しさに甘えるな。紳士的に、心を込めて謝るんだ。許されないかもしれない。それでも、受け入れるんだ。
許されなかったら?
諦めるのか?
クリスを?
諦められるのか?
……できない。できるはずがない。
経験豊富なマイクやロレントさんは「一時の感情だ」と笑うかもしれない。「時間が解決してくれる」とも言うかもしれない。けれど、けれども。
怖い。許されなかったことを考えると、怖い。でも覚悟を決めろ、エラルド。覚悟を……! 潔く、あきらめる覚悟を……っ!
あぁ、嫌だ!
絶対に嫌だ!
絶対に絶対に嫌だッ!
嫌われたくない!
嫌われたくないぃっ!
苦しい! 狂おしい! こんなにも、こんなにも好きなんだ! 好きなんだよっ! あぁ、どうしてボクはあんなことをしてしまったんだ! どうしてボクは。いや違う! 進め! 覚悟を決めろ! バラの告白を真実にするんだ! 勇気を出して! 進め、エラルド! 丁寧に処理した、バラのように想いを込めて!
バラ。バラだ。百本以上の。できたんだ。丁寧に綺麗なバラが。百本以上あるおかげで。バーバラとマリーのおかげで。ありがたい。二人のおかげだ。相談に乗ってくれていたマイクのおかげだ。あぁ、なんて素晴らしい仲間たちなんだ。【宝石のナイフ】は最高だ。
竜種を倒した時もそうだ。勇気を出して、【宝石のナイフ】のみんなで……。
ふと、おかしくなって笑ってしまった。
ボクたちは竜種を倒した。勇気を出して、果敢に挑んだ。でも。
「あははっ! ははははっ!」
怖い。あの時より怖い。竜種を倒したときよりも、告白したときの方が。竜種を倒したときよりも、謝りにいくときの方が。怖い。勇気が必要だ。好きな人に拒絶されるかもしれないのに、それでも謝りに行くための、勇気が。
なにがドラゴンスレイヤーだ。大したものじゃないじゃないか。好きな人に告白をする方が、好きな人を傷つける方が、よっぽど勇気が必要だ。あぁ、みんな、本当にすごいなぁ。こんなことをして、愛を紡いでいくのか。竜種を倒すよりも、よっぽどすごいじゃないか。
頑張ろう。みんな、頑張っているんだから。そうやってボクたちが産まれているんだから。今、頑張らないで、いつ頑張るんだろう。だいたい、本当につらいのはクリスなんだ。怖がっている場合じゃない。
さぁ、勇気を出そう。会って、謝ろう。会えなければ、伝えてもらおう。アマンダならば伝えてくれるはずだ。頑張ろう。うん。頑張ろう……。
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