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ショートケーキ
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「やっぱりここのショートケーキは美味しいね」
あのカフェ。
いつもの席で。
私の対面に座った娘が、朗らかに笑っていた。ショートヘアーで、細目で、スッキリと整った顔立ちの、私とほとんど同じ顔の娘だ。
娘は、娘が幼い頃から大好きなショートケーキを食べつつ、ティラミスを口に運んでいる私の様子を、何らかの気持ちを誤魔化すかのように、笑顔で伺っていた。
全く、同じ顔なのにどうしてこうも違うのだろう。
常に喪服を着たような男と呼ばれている私は、ティラミスを飲み込んだ。アイスコーヒーを少し口に含む。
「······そうだね」
「やっぱり?」
あはは、と娘は口を開けて笑った。
目を背けたくなるのを必死に抑えて私も笑顔を作る。本当はここには、二度と行くつもりはなかった。理由は簡単だ。妻との日々を思い出すからだ。
しかし私は今、『いつものカフェ』の、『あの席』に座っている。娘によって強引に連れてこられたのだ。『ケーキに罪はないんだよ!』と怒られて。
ガツンと殴られたような錯覚を起こした私に、娘はこうも言った。『あのカーディガンを着ていこうね』と。
私はこぼれ落ちてきそうな涙を我慢しようとしたのだが、娘が、娘にとってお気に入りの『あのカーディガン』を羽織ったとき、ついには我慢しきれずに頬を濡らしてしまった。
娘は、いつの間にか高校を卒業していた。そのことに、今更ながらに理解してしまったのだ。
妻が亡くなってから、私の時間は止まってしまった。仕事に逃げ、娘のことを見もしなかった。避けていたとも言える。
どうしても、どうしても妻を思い出してしまうからだ。イタズラをして笑っている、妻の可愛らしい笑顔を。ケーキを食べあって、恥ずかしそうにしている妻の赤い頬を。あのイタズラっぽい笑みを。
思い出してしまうのだ。
だから娘のことを見ないようにしていた。妻と愛して授かった娘のはずなのに、娘のことを見れなくなってしまっていた。そんな最悪な現実を知ってしまい、私は自分自身に衝撃を受けてしまったのだ。
ごちゃごちゃとした感情を抱えたまま、娘への申し訳なさから私は、娘に言われるがまま白いシャツの上から『あのカーディガン』を羽織った。
そうして渦巻く悪感情と戦いながら、私は娘と『あのカフェ』へと向かったのだ。
妻と出会った『あのカフェ』へ。妻にプロポーズした『あのカフェ』へ。三人でお祝いをした『あのカフェ』へ。
春が近づいてきた今、カフェの入口にある黒板には『みんな大好き、ショートケーキ!』と書かれてある。
妻との想い出が頭をよぎった私に、娘は、真剣な顔を作った。
「お父さん、話があるんだ」
「うん?」
「紹介したい人がいるんだけど······」
「えっ?」
全く予想していなかった話に驚いて固まるも、娘は、そんな私の様子に構わずに言葉を続けた。
「このカフェで出会ったんだけどね。私の2つ年上で、この近くで働いている優しい人だよ」
「はっ? えっ?」
「私が一人でケーキを食べていたら、なんか相席になっちゃって。なんか忙しそうにしてるなぁって思ってたんだけどね。なんか·······」
「まさか私たちと似たような顔の男だとでも言うのか!? それで『もしかして私たち、どこかで出会ったことあります?』と言ったのか? いやいや、まさかそんなこと!」
「うん?」
きょとん、と娘がしていた。
いつの間にか立ち上がっていた私は、自身があり得ないことを口にしていることを自覚し、恥ずかしくなってゆっくりと椅子に座った。
そんな私の様子を見て、娘が、声をあげて大きく笑った。娘の笑い声はしばらく続き、私は羞恥を誤魔化すべくティラミスを口に入れた。当時と変わらない味だった。
必死に笑いを抑えようと娘は口元を手で隠しながら、私に明るい笑みを向けた。
「そんなわけないじゃん。なにそれー、漫画?」
「あー、いや。まぁ、その、あれだよ」
「ふーん。あっ、わかっちゃった! もしかしてお父さんとお母さんの?」
にひひひひ、とイタズラっぽく表情を崩す娘に、私は項垂れて正直に話をした。
「······そうだよ」
「えっ! うそっ! えっ、じゃあ、もしかしてお父さんとお母さんの出会いって······」
「このカフェだよ·······」
「あはは! 本当に?」
「······そうだよ。この席で」
「あははははは!」
言ってしまった。
墓場まで持っていくつもりだでた秘密を、私は自ら差し出してしまったのだ。
ニヤニヤと頬を緩める娘が、嬉しそうに、さらに追撃をしてきた。
「えーっ、じゃあ、じゃあさっ! もしかしてプロポーズも?」
「······そうだよ」
「えー! うそーっ! すごいすごいっ!」
キャッキャとはしゃぐ娘。
その姿に観念して、私はイタズラっぽく笑う娘に、全て話をすることにした。
出会い。イタズラをして笑ったり。ケーキを食べあったり。カーディガンを羽織ったり。カフェに無理を言って予約してプロポーズした、あの懐かしい、永遠に続けば良いと思った二人の日々のことを。
目を輝かせて聞いている娘を見て、私は、妻からの問いかけにようやく答えることができた。
私たちの娘は、キミにとてもよく似たよ、と。
あのカフェ。
いつもの席で。
私の対面に座った娘が、朗らかに笑っていた。ショートヘアーで、細目で、スッキリと整った顔立ちの、私とほとんど同じ顔の娘だ。
娘は、娘が幼い頃から大好きなショートケーキを食べつつ、ティラミスを口に運んでいる私の様子を、何らかの気持ちを誤魔化すかのように、笑顔で伺っていた。
全く、同じ顔なのにどうしてこうも違うのだろう。
常に喪服を着たような男と呼ばれている私は、ティラミスを飲み込んだ。アイスコーヒーを少し口に含む。
「······そうだね」
「やっぱり?」
あはは、と娘は口を開けて笑った。
目を背けたくなるのを必死に抑えて私も笑顔を作る。本当はここには、二度と行くつもりはなかった。理由は簡単だ。妻との日々を思い出すからだ。
しかし私は今、『いつものカフェ』の、『あの席』に座っている。娘によって強引に連れてこられたのだ。『ケーキに罪はないんだよ!』と怒られて。
ガツンと殴られたような錯覚を起こした私に、娘はこうも言った。『あのカーディガンを着ていこうね』と。
私はこぼれ落ちてきそうな涙を我慢しようとしたのだが、娘が、娘にとってお気に入りの『あのカーディガン』を羽織ったとき、ついには我慢しきれずに頬を濡らしてしまった。
娘は、いつの間にか高校を卒業していた。そのことに、今更ながらに理解してしまったのだ。
妻が亡くなってから、私の時間は止まってしまった。仕事に逃げ、娘のことを見もしなかった。避けていたとも言える。
どうしても、どうしても妻を思い出してしまうからだ。イタズラをして笑っている、妻の可愛らしい笑顔を。ケーキを食べあって、恥ずかしそうにしている妻の赤い頬を。あのイタズラっぽい笑みを。
思い出してしまうのだ。
だから娘のことを見ないようにしていた。妻と愛して授かった娘のはずなのに、娘のことを見れなくなってしまっていた。そんな最悪な現実を知ってしまい、私は自分自身に衝撃を受けてしまったのだ。
ごちゃごちゃとした感情を抱えたまま、娘への申し訳なさから私は、娘に言われるがまま白いシャツの上から『あのカーディガン』を羽織った。
そうして渦巻く悪感情と戦いながら、私は娘と『あのカフェ』へと向かったのだ。
妻と出会った『あのカフェ』へ。妻にプロポーズした『あのカフェ』へ。三人でお祝いをした『あのカフェ』へ。
春が近づいてきた今、カフェの入口にある黒板には『みんな大好き、ショートケーキ!』と書かれてある。
妻との想い出が頭をよぎった私に、娘は、真剣な顔を作った。
「お父さん、話があるんだ」
「うん?」
「紹介したい人がいるんだけど······」
「えっ?」
全く予想していなかった話に驚いて固まるも、娘は、そんな私の様子に構わずに言葉を続けた。
「このカフェで出会ったんだけどね。私の2つ年上で、この近くで働いている優しい人だよ」
「はっ? えっ?」
「私が一人でケーキを食べていたら、なんか相席になっちゃって。なんか忙しそうにしてるなぁって思ってたんだけどね。なんか·······」
「まさか私たちと似たような顔の男だとでも言うのか!? それで『もしかして私たち、どこかで出会ったことあります?』と言ったのか? いやいや、まさかそんなこと!」
「うん?」
きょとん、と娘がしていた。
いつの間にか立ち上がっていた私は、自身があり得ないことを口にしていることを自覚し、恥ずかしくなってゆっくりと椅子に座った。
そんな私の様子を見て、娘が、声をあげて大きく笑った。娘の笑い声はしばらく続き、私は羞恥を誤魔化すべくティラミスを口に入れた。当時と変わらない味だった。
必死に笑いを抑えようと娘は口元を手で隠しながら、私に明るい笑みを向けた。
「そんなわけないじゃん。なにそれー、漫画?」
「あー、いや。まぁ、その、あれだよ」
「ふーん。あっ、わかっちゃった! もしかしてお父さんとお母さんの?」
にひひひひ、とイタズラっぽく表情を崩す娘に、私は項垂れて正直に話をした。
「······そうだよ」
「えっ! うそっ! えっ、じゃあ、もしかしてお父さんとお母さんの出会いって······」
「このカフェだよ·······」
「あはは! 本当に?」
「······そうだよ。この席で」
「あははははは!」
言ってしまった。
墓場まで持っていくつもりだでた秘密を、私は自ら差し出してしまったのだ。
ニヤニヤと頬を緩める娘が、嬉しそうに、さらに追撃をしてきた。
「えーっ、じゃあ、じゃあさっ! もしかしてプロポーズも?」
「······そうだよ」
「えー! うそーっ! すごいすごいっ!」
キャッキャとはしゃぐ娘。
その姿に観念して、私はイタズラっぽく笑う娘に、全て話をすることにした。
出会い。イタズラをして笑ったり。ケーキを食べあったり。カーディガンを羽織ったり。カフェに無理を言って予約してプロポーズした、あの懐かしい、永遠に続けば良いと思った二人の日々のことを。
目を輝かせて聞いている娘を見て、私は、妻からの問いかけにようやく答えることができた。
私たちの娘は、キミにとてもよく似たよ、と。
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