3 / 4
生クリームのフルーツケーキ
しおりを挟む
私たちは変わった。
あれからもう十数年だ。当たり前なことなのかもしれないが、それでも私達夫婦は変わったことに驚いた。
いつまでも二人で、いつものカフェのあの席に座ってケーキを食べ。いつまでも二人で、小さなイタズラを仕掛け合い。いつまでも二人で、笑い合う。そう思っていたのだが、どうも違ったようなのだ。
子どもができた。
二人に似た、女の子だった。
私たちは娘にこれでもかと振り回された。子どもというものは奇妙なもので、同じ血を分けているにも関わらず、他人で、考え方の違う人間なのだと何度も思い知らされた。
後で振り返ってみれば、それは学習の過程のためでもあり、失敗を重ねて大人へと成長していく姿でもあるのだと理解できる。が、やはり違う人間なのだと、何度も何度も発見させられるのだ。
例え、同じ顔の夫婦から生まれた、夫婦にそっくりな同じ顔の子どもなのだとしても。妻も娘も、私とは違う人間なのだ。
娘と出会った当初は、確かにその事実を理解していた。そもそもの背格好が違うのだからわかりやすくて当然だ。ハイハイしている様子は、まさにその通りでわかりやすかった。
次第に歩けるようになってきてもその印象は変わらなかった。基本的な顔の作りは同じなのだが、やはり100cm程度の身長だと、違う人間なのだと意識させられた。
その成長の最中、娘はイロイロなモノを触り、口にし、泣いて、笑った。その度に私たち夫婦はオロオロと同じ表情をした。二人で同じように焦り、二人で同じように困り、二人で同じように安堵した。
時には娘が突然駆け出すこともあった。慌てて二人で追いかけようとしたら、娘は転んでしまって膝をアスファルトで擦ってしまい、痛みと血で泣いたこともある。もちろん転ばずにそのまま元気よく走り、私たちを汗だくにさせることもあった。とにかく娘は明確に違う人間だった。
110cm。120cm。130cm。140cm······。さらに大きくなっていくにつれ、娘はだんだんと大人しくなっていった。いいや、成長の過程ゆえか、明るく失敗を重ねていっていたことは変わっていない。そうではなく、少しずつ大人になっていっていたということだ。中学生として制服に袖を通したときには、夫婦二人で驚いて、表情を緩めたものだった。
当たり前のことだが、叱ることもあった。危険なことをすれば叱ったし、道徳的な価値観から叱ったこともある。そのときばかりは私たち夫婦は役割分担をしていて、どちらかが叱れば後で片方がフォローした。
そうして娘は大きくっていった。
そんな娘が好きな食べ物は、私たち夫婦が出会ったカフェのショートケーキだ。小さな身体を使って、口元を生クリームで汚しながら、いつも娘は元気よくショートケーキを頬張っていた。
もちろん、あの席で。
しかしながら私たちは娘に、私たちがあのカフェにて出会ったことは教えていない。そしてあのカフェでイタズラして笑い、あのカフェで無理を言ってプロポーズしたことも、教えていない。
さすがに恥ずかしかった。誰がどうして自分たちの子どもに夫婦二人の出会いやプロポーズの話をするのだろうか。
ショートケーキとティラミスを食べ比べたり、カーディガンを羽織ったり。偶然相席となったことが出会いだとか、クリスマスにプロポーズをしただとか。二人で娘に伝えるには、私たちは若すぎたのだ。
あのカフェの、あの席に座り、ゆっくりと娘が成長していく姿を私たちは二人で眺めた。そしてだんだんと。娘は私たち夫婦と同じ顔になっていった。
三人で白いシャツの上に同じカーディガンを羽織い、カフェに行ったこともある。あのときの目を白黒させていたカフェの新人店員の姿に、申し訳ないが私たちは何度も思い出し笑いさせてもらった。
成長した娘は私たちにとてもよく似ている。同じ顔が三人だ。同じ格好をしてしまえば戸惑うのも当たり前で、私たちもその反応が見たくてわざと同じような表情を試みたこともあった。
とどのつまり、結局三人であっても、カフェでイタズラをして目尻を下げるのは変わらなかったということだ。そしてケーキを食べることも。私たちは変わらなかったのだ。
永遠に続けば良いと思ったほどの日々。出会い、プロポーズし、娘の誕生日会も開いたことのあるカフェ。
しかし。
終わりだ。
私たちはもうあのカフェに行くことはない。いつものようにあの席に座って、いつものようにケーキを頼み、いつものように他愛ない話をする。そんな日はもう来ない。
プロポーズをするときに無理をしてくれたこともあり、カフェには一生頭が上がらないと考えていたのだが、もう行くことはないのだ。
妻が亡くなった。
あのカフェからの帰り道。娘が高校生となる少し前に、そのことでお祝いをしたあの日。生クリームのフルーツケーキを三人で味わった後。
桜とともに妻は散った。
交通事故だった。
あれからもう十数年だ。当たり前なことなのかもしれないが、それでも私達夫婦は変わったことに驚いた。
いつまでも二人で、いつものカフェのあの席に座ってケーキを食べ。いつまでも二人で、小さなイタズラを仕掛け合い。いつまでも二人で、笑い合う。そう思っていたのだが、どうも違ったようなのだ。
子どもができた。
二人に似た、女の子だった。
私たちは娘にこれでもかと振り回された。子どもというものは奇妙なもので、同じ血を分けているにも関わらず、他人で、考え方の違う人間なのだと何度も思い知らされた。
後で振り返ってみれば、それは学習の過程のためでもあり、失敗を重ねて大人へと成長していく姿でもあるのだと理解できる。が、やはり違う人間なのだと、何度も何度も発見させられるのだ。
例え、同じ顔の夫婦から生まれた、夫婦にそっくりな同じ顔の子どもなのだとしても。妻も娘も、私とは違う人間なのだ。
娘と出会った当初は、確かにその事実を理解していた。そもそもの背格好が違うのだからわかりやすくて当然だ。ハイハイしている様子は、まさにその通りでわかりやすかった。
次第に歩けるようになってきてもその印象は変わらなかった。基本的な顔の作りは同じなのだが、やはり100cm程度の身長だと、違う人間なのだと意識させられた。
その成長の最中、娘はイロイロなモノを触り、口にし、泣いて、笑った。その度に私たち夫婦はオロオロと同じ表情をした。二人で同じように焦り、二人で同じように困り、二人で同じように安堵した。
時には娘が突然駆け出すこともあった。慌てて二人で追いかけようとしたら、娘は転んでしまって膝をアスファルトで擦ってしまい、痛みと血で泣いたこともある。もちろん転ばずにそのまま元気よく走り、私たちを汗だくにさせることもあった。とにかく娘は明確に違う人間だった。
110cm。120cm。130cm。140cm······。さらに大きくなっていくにつれ、娘はだんだんと大人しくなっていった。いいや、成長の過程ゆえか、明るく失敗を重ねていっていたことは変わっていない。そうではなく、少しずつ大人になっていっていたということだ。中学生として制服に袖を通したときには、夫婦二人で驚いて、表情を緩めたものだった。
当たり前のことだが、叱ることもあった。危険なことをすれば叱ったし、道徳的な価値観から叱ったこともある。そのときばかりは私たち夫婦は役割分担をしていて、どちらかが叱れば後で片方がフォローした。
そうして娘は大きくっていった。
そんな娘が好きな食べ物は、私たち夫婦が出会ったカフェのショートケーキだ。小さな身体を使って、口元を生クリームで汚しながら、いつも娘は元気よくショートケーキを頬張っていた。
もちろん、あの席で。
しかしながら私たちは娘に、私たちがあのカフェにて出会ったことは教えていない。そしてあのカフェでイタズラして笑い、あのカフェで無理を言ってプロポーズしたことも、教えていない。
さすがに恥ずかしかった。誰がどうして自分たちの子どもに夫婦二人の出会いやプロポーズの話をするのだろうか。
ショートケーキとティラミスを食べ比べたり、カーディガンを羽織ったり。偶然相席となったことが出会いだとか、クリスマスにプロポーズをしただとか。二人で娘に伝えるには、私たちは若すぎたのだ。
あのカフェの、あの席に座り、ゆっくりと娘が成長していく姿を私たちは二人で眺めた。そしてだんだんと。娘は私たち夫婦と同じ顔になっていった。
三人で白いシャツの上に同じカーディガンを羽織い、カフェに行ったこともある。あのときの目を白黒させていたカフェの新人店員の姿に、申し訳ないが私たちは何度も思い出し笑いさせてもらった。
成長した娘は私たちにとてもよく似ている。同じ顔が三人だ。同じ格好をしてしまえば戸惑うのも当たり前で、私たちもその反応が見たくてわざと同じような表情を試みたこともあった。
とどのつまり、結局三人であっても、カフェでイタズラをして目尻を下げるのは変わらなかったということだ。そしてケーキを食べることも。私たちは変わらなかったのだ。
永遠に続けば良いと思ったほどの日々。出会い、プロポーズし、娘の誕生日会も開いたことのあるカフェ。
しかし。
終わりだ。
私たちはもうあのカフェに行くことはない。いつものようにあの席に座って、いつものようにケーキを頼み、いつものように他愛ない話をする。そんな日はもう来ない。
プロポーズをするときに無理をしてくれたこともあり、カフェには一生頭が上がらないと考えていたのだが、もう行くことはないのだ。
妻が亡くなった。
あのカフェからの帰り道。娘が高校生となる少し前に、そのことでお祝いをしたあの日。生クリームのフルーツケーキを三人で味わった後。
桜とともに妻は散った。
交通事故だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる