~嫉妬~

aki

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第四話

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 寒椿が寂しい景色を紅く彩らせていくれていた。他の木々が葉を落としている中で旬を迎えるこの花木は、私の乾きを潤してくれる数少ない生命だ。
 昼食が終わり、片付けをした後、私は一人、縁側にて座布団を敷いて座っていた。
 穏やかで冷たい風が造られた頬を薙ぐ。赤みを差さない、血色のない頬。血液の通っていない頬。けれども介護に必要なためにある程度の温度は検知できるようになっている、頬。 
 この仕事を始めてもう四、五カ月経つ。介護と聞いていたが蓋を開けてみれば、この仕事は介護というよりもデイサービスのような内容だった。
 日常生活の補佐のような仕事だ。料理に、掃除に、洗濯に、買い物に。家政婦のような仕事内容とも言える。前のように認知症の老人のお世話ではない。
 認知症のヒトのお世話は大変だ。至るところに気を配らなければならないのだから、それはもう本当にキツい。
 彼らは確かに突拍子もないことをするのだけれど、確実に彼らは長い人生を経験した先輩なのだ。本人もさぞツラいことなのだと思う。
 そう考えてみると、どうして私たちのような複雑な思考回路を持つロボットが生まれたのかを理解させられる。年長者に気を使う必要があるのだから、複雑な思考回路が必要なのは当然のことなのだ。
 そしてその複雑な思考回路を持つ存在は、無機質な人形であってはならない。血の通った人間に見える存在でなければ、彼らは心を開いてくれないのである。
 匠さんは心を開いてくれないけれど。
 ふっ、と笑みが溢れる。
 爽やかさとはかけ離れた笑み。
 匠さんとのやり取りはほとんどない。そのおかげと言うべきか、今では掃除もかなりの範囲ができており、こうしてゆったりと紅い花を眺める時間が作れるようになっていた。
 寒椿。
 キレイな花だ。
 少し前に気が付いたことなのだけれど、どうやら私は心のどこかで再び『彼』に会うことをリサイクルショップにいたときから、いいや、彼が大学に行ったときから五年の間、ずっと期待をしていたらしい。
 もちろん、遠方の大学から帰ってきてくれたときには会うことができた。その度に微笑んで私の料理を食べてくれたけれど。
 一緒に散歩だってしたんだ。一緒に、大人になっていく彼と、一緒に。······まぁ、介護もあるし、少しの間だけなんだけど。
 それに優しい彼のことだ。どうせ恋人の一人や二人、いたのだろうけれど。
 風が、葉を揺らした。
 ネットを使えないのでわからないが、寒椿かと思ったけれど、もしかしたら山茶花(さざんか)かもしれない。
 想像に過ぎないが、彼となら一緒にのんびりと縁側に座って、「どっちなのだろうね」、という他愛もないお話ができたのだろうか。意味のない思考だが、どうしても考えてしまう。
 私には「家族」なんて言葉、関係ないのに。
 いいや。
 そうじゃない。
 もう認めよう。
 私は彼に会いたい。一緒に暮らしたい。本当は「家族」になりたかったのだ。どうして私は彼の告白を断ってしまったのだろうといつも後悔している。
 ううん。
 当たり前だ。
 断って当たり前のことなんだ。だって彼のためにならないから。彼はヒトとして、命を繋いでいくべきなのだ。
 少し前、買い物中、彼に似た後ろ姿の人がいて思わず追いかけてしまいそうになった。それほど彼を求めてしまっているけれど。
 好き、だったのだろう。ううん。好きなのだろう。今も、相変わらず。
 おかしなことだ。
 まるでイキモノだ。私はロボットであり、ヒトではない。ただの機械なのだ。このような感情、デリートするべきなのだ。
 それなのに。
 今日も縁側から見える紅い花はキレイだ。悔しいぐらい、見事な花を咲かせている。冷たい風に吹かれても。冷たい雨が降っても。艶やかに、異性を求めて咲いている。
 馬鹿馬鹿しい。
 実に馬鹿馬鹿しい。
 機械と言えば、匠さんが大切にしているお掃除ロボットだ。あのロボットは私と比べたら単純で、ゆえに私のような思考回路を持たない。
 そんなロボットらしいロボットは、今日も騒音を立てながら粛々と己の役割を全うさせている。今も私が掃除することを許されない、匠さんの奥さんの仏壇のある部屋を。
 あのロボットは、匠さんと奥さんとの想い出の品らしい。匠さんは何も言わないのだけれど、随分と大切に扱われているように見える。
 あの時代のロボットなんて、バッテリーの寿命は長くてたった数年だ。本体だって、数十年使われるように設計されていないはずだ。
 最悪、モデルチェンジのために、計画的陳腐化がなされてあることも予測できる。商業、経営的な視点から、わざとデチューン、つまり性能を落とされていることだってあるのだ。また、各部品の寿命をわざと短くさせられていることだってあり得るだろう。
 そんなロボットを数十年も愛用することは、本当に容易なことではない。本来ならば動かないガラクタになる運命なのだ。そんなロボットを、数十年も。
 確かに修理をすれば動くだろう。けれどもそれにしたって知識を得なければできないことだ。分解して、修理して。ジャンク品を漁って。そうまでして、ようやく動くことのできるロボット。
 どうして?
 私は八年で捨てられた。好きな人からもらったエプロンも、好きな人からもらった帽子も、何もかも所持することが許されず。電源を切られたまま、初期の姿でリサイクルショップに売られた。
 どれだけ私が落ち込んだのか、あのロボットにはわからないだろう。どれだけ私が涙を流したかったのか、あのロボットにはわからないだろう。どれだけ私が彼の顔を再び見たいのか、あのロボットにはわからないだろう。
 心ないヒト型ロボットはリサイクルショップで私に言った。「そんなの、保存した動画を再生すれば良いじゃあなイカ」と。
 違う。
 そうじゃない。
 映像が欲しいわけじゃない。今の『彼』の顔が見たいのだ。どうしてそれがわからないのだろう。
 リサイクルショップで言われた通り、店内で、保存してある動画を再生してみたことがある。けれどもその度に、私の心は張り裂けそうになってしまった。
 だからそれから彼との動画を再生することはなくなった。あんなにも彼の顔を見たいのに。あんなにも彼の顔を見ることを願っているのに。おかしなことだけれど、もう、昔の動画を見ることはないのかもしれない。
 だから彼との動画は、保存する必要のない無駄なファイルだ。でもどうしてか動画を消すことができず、フォルダの中に大切に保管してある。もう見ることはないのに。
 彼に会いたい。
 どうして?
 どうしてあのお掃除ロボットは、機械なのに私が欲しいものを持っているのだろう。
 愛されて、健気に精一杯働いて。できないことも認められていて。数十年、一緒にいることが許されている。
 なぜ?
 どうして?
 私がきちんとした機械だったなら、あのお掃除ロボットのように大切に愛されていたの? 介護することもなく、好きな人と一緒にいることが許されたの? リサイクルショップに捨てられることもなかったの?
 ねぇ?
 教えてよ。
 教えてよ!
 先輩でしょう!?
 ロボットとして、教えてよ!
 私が生まれる何十年も前から生きてきた、年長者でしょう?
 だからできるはずだ。私に教えることができるはずだ。だから私に教えてよ!
 ねぇ、どうして? どうしてあなたはそんなに愛されているの?
 私がヒト型の介護用ロボットではなくて単なる完全な機械だったなら、大学へ、彼の住むアパートへ彼と一緒に行くことができたの!?
 彼の住むアパートの部屋を掃除して! 彼の住むアパートのキッチンで彼のために料理して! 彼の住むアパートの簡易ベッドで眠る彼を見つめて! 「おやすみ」って! 「おはよう」って! 二人で笑って!
 ねぇ、どうして!?
 どうして私は機械じゃないの!? どうして私はこんなにも苦しい想いをしなければいけないの!?
 ねぇ、教えてよ!
 教えてよ!
 どうして私は機械じゃないの!? こんな想いをするぐらいだったなら、私は複雑な思考回路なんていらなかった! ただの機械でいたかった!
 ねぇ?
 ねぇ!?
 教えてよ!
 私に教えてよ!!
 ねぇ······。
 教えてよぉ······。
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