~嫉妬~

aki

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第五話

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 快晴。
 山林。
 青い芽吹き。
 桜が咲いていた。
 お昼過ぎ。私は広い庭で雑草を抜いていた。
 この作業はとても大変で、一本、一本、根元からしっかりと抜かなければならない。かなりの労働であった。
 その上、抜いた雑草をホウキで集めて、一旦、乾かさなければならない。そうして乾いた雑草を後でゴミ袋に入れるのだ。
 こんなド田舎だ。本音を言えば、抜いた雑草をさっと焼いて終わらせてしまいたいところなのだが、焼却はグレーなゾーンではあるし、家主のこともある。ゴミ袋に入れた方が無難だろう。
 後で手を洗わないといけないなぁ。
 そう、私の手はもちろん防水加工がされてある。介護には入浴の手伝いも含まれるのだから、逆に防水加工されていなければ不良品扱いになってしまうのだ。
 ゆえにこうして草抜きをすることもできる。とはいえ本来の機能ではないし、夕飯を作らなければならないので、あまり手を汚したくない。だから私は今、ゴム手袋をして草抜きをしていた。
 本当に人間のようで、なんだか自分自身に疲れてしまいそうだ。
 庭の雑草をある程度抜いたので立ち上がり、ゴム手袋を外した。思いっきり背伸びをする。心地の良い日差しだった。首に巻いたタオルで額を拭く。
 汗は出ない。けれど日光を浴びて私の身体の表面温度が上がっていたために温度調節機能が働き、予めセットしてあった水の一部が排出されて、額から水分がじんわりと出てきていたのだ。
 あぁ、ダメだ。
 彼と草抜きをしたとき、お互いにタオルで顔を拭きあったことを想い出してしまった。
 ため息が出てしまう。
 想い出しても意味はないのに。
 手袋を石垣に放り投げる。石垣にかけてあった竹ボウキを手に取った。竹ボウキで散らかった雑草を集める。後は一ヶ所に集めて、乾かすだけだ。
 突然、春風が吹いた。
 視界の隅でヒラヒラと桜の花びらが舞う。淡い花びらが、風に乗って優雅に。同時に雑草が地面を転がっていく。
 嫌悪。
 雑草が飛んだからではない。桜が私の嫌いな花木だからだ。
 憎たらしくて見たくもない花木だが、どうしようもなく視界に入ってきてしまう。全く、桜は非常に不愉快な生命だ。
 私がこのような負の感情を抱いているのは、彼に告白されたときのことを強く思い出してしまうからだ。彼の進んでいく道を決定付かせてしまった、あの日のことを。
 彼の、勇気を振り絞る表情。彼の、達成感に満ちた表情。彼の、愕然とした表情。
 私はどうしたら良かったのだろう。私だってあんな顔を見たくなかった。私だって彼とずっと笑っていたかった。私だって彼の隣にいたかった。
 すごく嬉しかった。すごく温かくなった。すごく抱き締めたくなった。「私も好き」と言いたかったし、手を繋ぎたかった。彼とキスを、してみたかった。
 でも断った。
 風に遊ばれて空を歩く桜の花びらの下で。風に押されてざわめく桜の木の下で。大地を汚していく桜の花びらの上で。
 私は彼の勇気ある告白を断ったのだ。
 桜は別れの記号だ。
 だから桜は嫌いだ。
 桜は嫌いなんだ。
 憎くて憎くて、悲しくなって。また好きな人に会いたくなってしまう桜なんて。私は大嫌いだ。
 あぁ、そういうことか。そういうことなのか。
 私は大きく息を漏らした。転がった雑草を集め出す。
 先日、初めて匠さんの奥さんの写真を見ることができた。別に匠さんと仲良くなったわけではない。仏壇の掃除をしていたのか、たまたま広い土間の棚に写真が置かれてあったのだ。
 当たり前のことなのだけれど、匠さんの奥さんの写真は、知らないお婆さんの写真だった。
 それなのにも関わらず私はひどく動揺してしまった。あれからずっとそのことを不思議に思っていた。しかしその疑問は、最低なことに先ほど桜が視界に入ったことで解決してしまった。
 彼女が幸せそうに微笑んでいたからではない。彼女が匠さんと写っていたからでもない。彼女の顔に生気が宿っていたからでもない。
 年老いていたからだ。匠さんと同じように、年齢を重ねていたからだ。私はこの生物として自然な現象に衝撃を受けてしまったのだ。
 ヒトは老いる。そう、老いるのだ。ヒトは老いるだなんて。なんて、なんて、······なんて贅沢なことなのだろうか。
 ヒトは細胞に活力がなくっていくことにより、シワを刻むことができるのだ。あぁ、なんて素敵な機能なのだろう。
 だって、好きな人との年月を、不可抗力で身体に刻むことができるのだ。あぁ、あぁ、羨ましいったらありゃしない。
 私は老いることがない。スクラップにされるまで、基本的には変わらない。いいや、厳密に云えば経年劣化は存在する。老いと言えば、老いなのかもしれない。
 でも違うのだ。
 これは本来の老いではないのだ。家で言えば塗装が剥げていたりだとか、一部が欠けていたりだとか、そういう類いのものなのだ。
 断じて、老いではない。
 私は彼と年齢を重ねたかった。だって彼はどんどん大人びていったのだ。いつの間にか背が高くなっていて、いつの間にか髭が生えていて。いつの間にか、恋をしていて。
 私が変わらないままでいるのに、彼はいつの間にかネクタイをするようにまでなっていたのだ。さっきまで高校生だったのに、あっという間に。その過程で、どれだけ私の胸が高鳴ったことだろう。
 出会ったときはまだ幼かった。告白されたときは大人になりかかっていた。遠方から帰ってきたときはすでに男性となっていた。
 私も。
 私も共に老いたかった。
 一緒に笑って生活をして。一緒に料理を食べて笑い合って。たまに愚痴を聞いてあげたりもして。ケンカして。謝って。仲直りして。一緒に時間を身体に刻みたかった。
 一緒に年を取って。年齢と共に体型が変わっていく姿を笑い合って。衰えていく身体の機能を心配し合って。健康に気を使った食事を作るようになって。一緒にシワを刻みたかった。
 そうしたら。そうしたら私は匠さんの奥さんのように、彼からずっと愛されたのだろうか。他人を介さないほどに、想われ続けたのだろうか。
 悔しい。
 悔しいよ。
 どうして!
 思わず私は竹ボウキを石垣に叩きつけた。何度も、何度も叩きつける。竹ボウキが折れそうになるほど、強く叩きつけた。
 どうして!?
 どうして私はヒトのように食事ができないの!? どうしてあのお掃除ロボットのように作業をするだけの機械じゃないの!? どうして私は匠さんの奥さんのように好きな人と年を重ねることができないの!?
 どうして!
 どうしてどうしてどうしてぇっ!? どうして私は!
 ねぇ、なんで!?
 なんでこんななの!?
 なんで中途半端なの!?
 ヒトでもない!
 ロボットでもない!
 私はなんなの!?
 どうして彼と愛し合うことができないの!? どうして彼は私の隣にいないの!? どうして彼は大人になったの!?
 ねぇ?
 ねぇ!?
 ねぇっ!?
 なんで!
 なんでなんでなんで!!
 なんで私は彼の告白を断ったの!? なんで私は彼にキスをしなかったの!? なんで私は遠慮しちゃったの!?
 彼だって私を求めていたじゃない! 彼だって私にキスをしたがっていたじゃない! 彼だって私のことを好きだったじゃない!
 彼と一緒に笑えば良かったじゃない! 彼はそれを望んでいたじゃない! 彼は私との生活を夢見ていたじゃない!
 私も一緒に笑いたかった! 私も彼との生活を夢見ていた! 私も桜を好きになりたかった!
 彼と愛し合いたいのにできない! 彼に愛されたいのに! 彼を愛したいのに!
 好き。
 好きだよ。
 私も好きなんだ!
 彼の将来を考えて断ってしまうぐらい、愛しているんだ!
 それなのに!
 私は中途半端だ!
 ヒトでもない!
 ロボットでもない!
 ねぇ?
 ねぇ!?
 ねぇっ!?
 私は誰に嫉妬をすればいいの!? 私はナニに嫉妬をすればいいの!?
 ねぇ!?
 誰か教えてよぉぉぉっ!
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