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約束3
しおりを挟む「君、名前は?」
「馨。おっさんは?」
おっさん、と呼ばれた男は目を丸くし、咳払いをした。
「まあ、君から見れば僕もおっさんだな」
「で、おっさんは何をするの」
「ちょっとわけあってね。この辺りの掃除かな」
掃除?と首を傾げる馨を余所に、再び蔓をかき分けて行く。
「何を掃除すればいいんだよ」
その背中に問いかけると、男は夢中な様子で蔓をかき分けながら答えた。
「君が思ったものを拾えばいいよ。それでいい」
「何だそれ?」
意味わかんねえ、と言いながら、取り敢えず川に入ることした。
まだ暑い時間。涼む口実ができた。
掃除屋の男は、蔓の中にすっぽり隠れていた。
葉が揺れ、男が何処にいるのかは分かったが、何を掃除しているのかは分からなかった。
馨は、靴を脱ぎ、焼き石の様に熱い石の上を早足で水面まで移動した。
取り敢えずゴミが落ちていないか見渡したが、意外なことに空き缶一つ落ちていなかった。
そして思い出していた。春先、この小川に蛍の幼虫を放流したことを。
ゴミ以前に、この小川には蛍が増えると言われていた。
馨は、そろそろ蛍もいるのか、そんなことを思いながら水に浸った。
さらさらと流れる水は、冷たすぎることもなく馨の足を冷やす。まだ暑い西日が頬を照らし、馨は米噛みを伝い流れる汗を手の甲で拭った。
蔓を揺らし、藪の中を移動する男を目で追って、馨は一息ついた。
「あった、あった。馨くん、あったよ」
薄と葛の蔓の間から、掃除屋の声が上がった。
膝まで川の流れに浸かっていた馨は、蔓の合間から手を振る掃除屋の元へと戻った。
「何を探していたんだ?掃除屋は掃除するのが…」
「掃除屋さん、ありがとうね」
馨が言いかけたところで、背後から声がした。振り返ると、そこには小さな老婆が一人立っていた。
掃除屋、と呼ばれた男は人懐こい笑みを見せ、ペコリと老婆に頭を下げる。
「これで最後です。ミサコさん」
老婆はにっこり笑って、何かを差し出した。
「ほんとう、ありがとう。暑かったでしょ?はい、これ、孫が持ってきてくれたの」
老婆の手から掃除屋が受け取ったのは、二本のコーラだった。
「よかったら、そちらのお客さまにも。私、これが好きでね。孫が覚えてて持ってきてくれたの」
「いいんですか?ミサコさんの分まで」
「私はさっき孫といただいたからいいのよ。それに、もう行かなくちゃ」
「そうですか。それじゃあ、ご主人によろしくお伝え下さい」
「ありがとうね。じゃあ、さようなら」
老婆が頭を下げると、辺りが、急に赤く染まりだした。馨が何事かと振り返れば、山の向こうへ夕日が沈んでゆくところだった。
赤く丸い西日が落ちていくと、途端に暗闇が拡がる。
気温も、ぐっと下がっていくようだった。
川辺りは街灯もなく、さらさらと水音だけが響く。
「なあ掃除屋のおっさん、送っていったほうがいいんじゃないか?」
足場も悪いし、と言いながら振り返ると、薄闇にはコーラを二本持った浴衣姿の掃除屋が立っているだけだった。
遠目にも、老婆が帰っていく姿が無い。
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