3 / 10
約束3
しおりを挟む「君、名前は?」
「馨。おっさんは?」
おっさん、と呼ばれた男は目を丸くし、咳払いをした。
「まあ、君から見れば僕もおっさんだな」
「で、おっさんは何をするの」
「ちょっとわけあってね。この辺りの掃除かな」
掃除?と首を傾げる馨を余所に、再び蔓をかき分けて行く。
「何を掃除すればいいんだよ」
その背中に問いかけると、男は夢中な様子で蔓をかき分けながら答えた。
「君が思ったものを拾えばいいよ。それでいい」
「何だそれ?」
意味わかんねえ、と言いながら、取り敢えず川に入ることした。
まだ暑い時間。涼む口実ができた。
掃除屋の男は、蔓の中にすっぽり隠れていた。
葉が揺れ、男が何処にいるのかは分かったが、何を掃除しているのかは分からなかった。
馨は、靴を脱ぎ、焼き石の様に熱い石の上を早足で水面まで移動した。
取り敢えずゴミが落ちていないか見渡したが、意外なことに空き缶一つ落ちていなかった。
そして思い出していた。春先、この小川に蛍の幼虫を放流したことを。
ゴミ以前に、この小川には蛍が増えると言われていた。
馨は、そろそろ蛍もいるのか、そんなことを思いながら水に浸った。
さらさらと流れる水は、冷たすぎることもなく馨の足を冷やす。まだ暑い西日が頬を照らし、馨は米噛みを伝い流れる汗を手の甲で拭った。
蔓を揺らし、藪の中を移動する男を目で追って、馨は一息ついた。
「あった、あった。馨くん、あったよ」
薄と葛の蔓の間から、掃除屋の声が上がった。
膝まで川の流れに浸かっていた馨は、蔓の合間から手を振る掃除屋の元へと戻った。
「何を探していたんだ?掃除屋は掃除するのが…」
「掃除屋さん、ありがとうね」
馨が言いかけたところで、背後から声がした。振り返ると、そこには小さな老婆が一人立っていた。
掃除屋、と呼ばれた男は人懐こい笑みを見せ、ペコリと老婆に頭を下げる。
「これで最後です。ミサコさん」
老婆はにっこり笑って、何かを差し出した。
「ほんとう、ありがとう。暑かったでしょ?はい、これ、孫が持ってきてくれたの」
老婆の手から掃除屋が受け取ったのは、二本のコーラだった。
「よかったら、そちらのお客さまにも。私、これが好きでね。孫が覚えてて持ってきてくれたの」
「いいんですか?ミサコさんの分まで」
「私はさっき孫といただいたからいいのよ。それに、もう行かなくちゃ」
「そうですか。それじゃあ、ご主人によろしくお伝え下さい」
「ありがとうね。じゃあ、さようなら」
老婆が頭を下げると、辺りが、急に赤く染まりだした。馨が何事かと振り返れば、山の向こうへ夕日が沈んでゆくところだった。
赤く丸い西日が落ちていくと、途端に暗闇が拡がる。
気温も、ぐっと下がっていくようだった。
川辺りは街灯もなく、さらさらと水音だけが響く。
「なあ掃除屋のおっさん、送っていったほうがいいんじゃないか?」
足場も悪いし、と言いながら振り返ると、薄闇にはコーラを二本持った浴衣姿の掃除屋が立っているだけだった。
遠目にも、老婆が帰っていく姿が無い。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる