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図書室の静謐なくすぐり
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わたしの名前はアメリア。図書館で働いている、ごく普通の女性。知識を愛し、静けさに身を置くことが好きで、人と触れ合うのは少しだけ苦手だった。
けれども、人知れず抱えている秘密がある。
それは、わたしが——とても、くすぐったがりだということ。
小さな頃からだった。けれど、両親も、友達も、わたしの反応を面白がり、やがてそれが怖くなって、誰にも触れられないようにしていた。笑いながら苦しむことが、どうしても、わたしにはつらかった。
そんなわたしの世界に、ひとりの男性が現れた。
彼の名はセリル。図書館の常連で、どこか不器用な優しさを湛えた、静かな人。彼は、わたしの話をよく聞いてくれた。特別なことは言わないけれど、そのまなざしは、誰よりもあたたかかった。
ある日、閉館後の静かな図書館で、わたしはふと、セリルに「くすぐったがりなの」と打ち明けた。なぜ話したのか、自分でもわからない。ただ、彼なら、笑わないような気がした。
セリルは少しだけ驚いたようだったけれど、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ、試してみてもいいかな。僕の指で、アメリアがどんなふうに感じるのか。」
彼の手が、そっとわたしの手の甲に触れた瞬間——くすぐったかった。
でも、いつものように身をよじるのではなく、くすぐったさが、やわらかく波のように心に広がっていった。
「セリル…これは、なんだろう…」
わたしは笑っていた。でも、逃げ出すような笑いではなかった。ただ、ここにいてもいいのだと、身体が言っているみたいだった。
くすぐられるということが、誰に触れられるかによって、これほどまでに違うものになるなんて。
あの日から、わたしは少しずつ変わった。
触れられることが、怖くなくなった。
くすぐられることが、愛のかたちになる日が来るなんて、思ってもいなかった。
セリルの指先は、まるで羽のように、わたしの境界線をやさしく撫でてくれた。
あの日のことを、わたしは今でも大切に胸にしまっている。
-----------------------------------------
――セリルの視点より
昼下がりの図書館。
カーテン越しに差し込む光はやわらかく、本の背表紙を穏やかに撫でていた。
セリルは書架の陰から、彼女を見ていた。机に肘をつき、分厚い資料に向かう、静かな女性——アメリア。
彼女は、いつも堅い。
眉間には小さなしわ。口元は真一文字。
けれどセリルには見えていた。ときおりページの隙間からこぼれる、ほんの微かな安堵の吐息。ページをめくる指先の、やさしさ。
「笑ったら、きっときれいだろうな」
それが、最初の感情だった。
不躾な気もした。けれど、自分がその笑顔を見たいと願ってしまったのは、どうしようもなかった。
セリルは不意にそっと近づき、彼女の肩越しから、覗き込んでみせた。
「また難しい本を読んでるんだね。眉間にしわ、しわ。」
アメリアはぴくりと肩を揺らし、「…な、何か御用ですか」と表情を崩さずに返す。
でも、その声がほんの少し震えていることに気づいてしまった。
彼女は、固くしているのだ。
自分で自分を、守るように。
だからこそ、思ったのだ。
そっと、くすぐってみたい、と。
彼女の心の鎧を、少しだけ緩められないだろうか。
その先にあるものを、自分の手で見つけられたら。
ただ笑顔が見たい、という想い以上に、その笑顔を通して、彼女が安心していいことを伝えたいと思った。
セリルは、彼女の背中越しに、静かに手を伸ばした。
肩ではない。脇の、ほんの手前。
すぐ引っ込められる距離から、ひとすじのくすぐりを。
「ひゃっ……なにを…っ!」
アメリアが飛び退く。
でも、目が驚いているだけで、怒ってはいなかった。
セリルは言った。「笑ったほうが、きっと似合うと思ったんだ。」
それは、言い訳のようでもあり、
ほんとうの告白のようでもあった。
彼女は、困ったように目を伏せたあと、そっと小さく言った。
「……似合うかどうかは、あなたの勝手な判断でしょう。」
でも、それは否定ではなかった。
セリルにはわかった。くすぐりは、嫌がらせになっていない。
ほんの少しでも、彼女の心に触れられた気がした。
くすぐること。
それはただふざけた行為ではない。
ほんとうは、とても繊細な願いのかたち。
「君に触れていいですか」と、心の奥で問うような、やさしい接触の方法だった。
そして彼は思った。
笑わせるたびに、少しずつ。
君が、自分で自分をゆるしていけますように、と。
指先の願いは、今日もそっと、アメリアのそばに寄り添っていた。
けれども、人知れず抱えている秘密がある。
それは、わたしが——とても、くすぐったがりだということ。
小さな頃からだった。けれど、両親も、友達も、わたしの反応を面白がり、やがてそれが怖くなって、誰にも触れられないようにしていた。笑いながら苦しむことが、どうしても、わたしにはつらかった。
そんなわたしの世界に、ひとりの男性が現れた。
彼の名はセリル。図書館の常連で、どこか不器用な優しさを湛えた、静かな人。彼は、わたしの話をよく聞いてくれた。特別なことは言わないけれど、そのまなざしは、誰よりもあたたかかった。
ある日、閉館後の静かな図書館で、わたしはふと、セリルに「くすぐったがりなの」と打ち明けた。なぜ話したのか、自分でもわからない。ただ、彼なら、笑わないような気がした。
セリルは少しだけ驚いたようだったけれど、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ、試してみてもいいかな。僕の指で、アメリアがどんなふうに感じるのか。」
彼の手が、そっとわたしの手の甲に触れた瞬間——くすぐったかった。
でも、いつものように身をよじるのではなく、くすぐったさが、やわらかく波のように心に広がっていった。
「セリル…これは、なんだろう…」
わたしは笑っていた。でも、逃げ出すような笑いではなかった。ただ、ここにいてもいいのだと、身体が言っているみたいだった。
くすぐられるということが、誰に触れられるかによって、これほどまでに違うものになるなんて。
あの日から、わたしは少しずつ変わった。
触れられることが、怖くなくなった。
くすぐられることが、愛のかたちになる日が来るなんて、思ってもいなかった。
セリルの指先は、まるで羽のように、わたしの境界線をやさしく撫でてくれた。
あの日のことを、わたしは今でも大切に胸にしまっている。
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――セリルの視点より
昼下がりの図書館。
カーテン越しに差し込む光はやわらかく、本の背表紙を穏やかに撫でていた。
セリルは書架の陰から、彼女を見ていた。机に肘をつき、分厚い資料に向かう、静かな女性——アメリア。
彼女は、いつも堅い。
眉間には小さなしわ。口元は真一文字。
けれどセリルには見えていた。ときおりページの隙間からこぼれる、ほんの微かな安堵の吐息。ページをめくる指先の、やさしさ。
「笑ったら、きっときれいだろうな」
それが、最初の感情だった。
不躾な気もした。けれど、自分がその笑顔を見たいと願ってしまったのは、どうしようもなかった。
セリルは不意にそっと近づき、彼女の肩越しから、覗き込んでみせた。
「また難しい本を読んでるんだね。眉間にしわ、しわ。」
アメリアはぴくりと肩を揺らし、「…な、何か御用ですか」と表情を崩さずに返す。
でも、その声がほんの少し震えていることに気づいてしまった。
彼女は、固くしているのだ。
自分で自分を、守るように。
だからこそ、思ったのだ。
そっと、くすぐってみたい、と。
彼女の心の鎧を、少しだけ緩められないだろうか。
その先にあるものを、自分の手で見つけられたら。
ただ笑顔が見たい、という想い以上に、その笑顔を通して、彼女が安心していいことを伝えたいと思った。
セリルは、彼女の背中越しに、静かに手を伸ばした。
肩ではない。脇の、ほんの手前。
すぐ引っ込められる距離から、ひとすじのくすぐりを。
「ひゃっ……なにを…っ!」
アメリアが飛び退く。
でも、目が驚いているだけで、怒ってはいなかった。
セリルは言った。「笑ったほうが、きっと似合うと思ったんだ。」
それは、言い訳のようでもあり、
ほんとうの告白のようでもあった。
彼女は、困ったように目を伏せたあと、そっと小さく言った。
「……似合うかどうかは、あなたの勝手な判断でしょう。」
でも、それは否定ではなかった。
セリルにはわかった。くすぐりは、嫌がらせになっていない。
ほんの少しでも、彼女の心に触れられた気がした。
くすぐること。
それはただふざけた行為ではない。
ほんとうは、とても繊細な願いのかたち。
「君に触れていいですか」と、心の奥で問うような、やさしい接触の方法だった。
そして彼は思った。
笑わせるたびに、少しずつ。
君が、自分で自分をゆるしていけますように、と。
指先の願いは、今日もそっと、アメリアのそばに寄り添っていた。
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