書道家・紫倉悠山のあやかし筆

糸烏 四季乃

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猫の書

永遠の家族3

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心太の母に了承を得てから土居家に向かうと、家の前で心太の母と誰かが話しているところに出くわした。

相手は心太の母より一回りほど年上だろう男で、不機嫌そうな顔で何かまくしたてている。
それを心太の母は頭を下げながら、必死になだめるように、懇願するように相手をしていた。

男が肩を怒らせ帰っていくと、心太の母はこちらに気づき気まずそうな顔をした。


「すみません、先生。恥ずかしいところをお見せしちゃいましたね~」

「こんにちは。また急に来てしまい、こちらこそ申し訳ありません。……いまの方は?」

「町会の会長さんです。明日のことをお話に来られたんで、もう少し時間をいただけないか頼んだんですけど……」


あの様子では、ダメだったのだろう。

家の周りは相変わらず野良猫たちで溢れていて、気のせいでなければ前回来たときよりも少し増えているように見えた。
周りの家からこちらを迷惑そうにうかがっている人もいて、伊知郎と目が合うとさっと逃げていく。

町会の会長には睨まれ、ご近所からも疎まれ、これでは心太たちも生活しにくいだろう。


「母ちゃん……。先生が、ひとり子猫をもらってくれる人を見つけてくれたって」


母親を元気づけるようにそう言った心太の健気さに、心太の母は泣きそうな顔で笑った。

伊知郎もこっそり泣きそうになり、頬の肉を噛むことでなんとか耐える。
悠山には見抜かれているようで、白けた目を向けられたが。


「どうぞ、上がってください」


心太の母にうながされ、お邪魔する。

家に入る前に悠山に「きらきら光る猫がいないか、見ておきなさい」と耳打ちされ、そっとうなずいた。
たしか、三毛のハチワレ猫だったか。

庭にいる猫たちをざっと見ても、それらしき猫は見つからない。
出かけているのか、隠れているのか、それともこの間のように家の中にいるのか。

少し緊張しながら、子猫たちの待つ居間へと向かった。


「ほら、見て先生! 子猫、ちょっと大きくなっただろ?」

「本当ですね。みんな元気そうだ」

「そうなんだよ、三匹とも食いしん坊でさ。俺、ミルクあげてるんだけど、三匹もいるから大変なんだよ」


育児を語る母親のような口ぶりで言うと、心太は着替えにひとり居間を出ていく。

伊知郎は子猫の愛らしさに、早速緊張感を失いかけていた。
だが悠山がきっちり正座で心太の母親に向き合い「お聞きしたいことがあります」と切り出すので、慌てて正座で悠山に習う。


「はあ。子猫のことでしょうか?」

「いえ。ハチという猫についてです」


ハチ、という犬のような猫の名前を出した途端、心太の母の顔色が変わる。
明らかに「まずい」といった、焦りと後ろめたさのようなものをを感じた。


「ハチ、ですか。昔から出入りしている野良猫ですよ。本当に飼っているわけじゃ……」

「わかっています。ハチはペットではないんでしょう。昔からというと、どれくらい前からかわかりますか? だいたいで構いません」

「心太が生まれた年の、ちょうどいま頃からです」

「へえ。とすると、ハチは心太くんと同じくらいか、年上ということになりますね。野良猫にしては、随分長生きだ」

「……何がおっしゃりたいのか、よくわかりません」


心太の母の顔色は、どんどん悪くなっていく。
伊知郎には悠山の質問の意図はわからなかったが、心太の母は着々と追い詰められているようだった。


「ハチがこのお家に出入りするようになったのが、九年前。でも土居さん。あなたはそれよりも前から、ハチのことを知っていたんじゃありませんか?」


伊知郎は悠山と心太の母の顔を交互に見た。
一体どういうことなのだろう。

ハチという野良猫がこの家に出入りする前から、心太の母親はその野良猫の存在を知っていた?
そうだとして、なぜ悠山にそんなことがわかるのか。

疑問ばかりが頭に浮かぶが、心太の母親が白い顔で固まっているのを見ると、悠山の言葉が間違いではないのがよくわかった。


「えっと……どういうことだ?」

「ハチは、その三毛のハチワレ猫のいまの名前です。でもその猫は以前、別の名前で呼ばれていたんでしょう。もしかしたら、更にその前にも別の名前があったのかもしれませんね」

「な、なんで? 別の家で別の名前で呼ばれてたってことか?」

「いいえ。この家で、呼ばれていたんです」


わけがわからない。
なぜ、別の名前で呼ぶ必要があるのか。
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