書道家・紫倉悠山のあやかし筆

糸烏 四季乃

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猫の書

永遠の家族5

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「……いまの、どういう意味?」

「心太。聞いてたの?」

「ハチが原因って、どういう意味!?」


叫んだ心太の腕の中から、ハチワレ猫がぴょんと飛び降りた。
その瞬間、きらきらと光りながら揺れたのは――。


「しっぽ……!」


突然大声を出して立ち上がった伊知郎と、心太たちが驚いたように見上げてくる。
その隙に、猫は廊下を逃げていってしまった。


「先生! 間違いない! 普通のしっぽの他にもう一本、短いけど光る尻尾があった!」

「あたしにもしっかり見えましたよ。やっぱり、猫又になりかけてるようだね」

「ね、猫又って、妖怪の? うそだ! ハチは妖怪なんかじゃないよ! 人間を食べたりしない!」


泣きそうな顔でそう言うと、心太はハチを追いかけるように廊下を走っていった。

伊知郎と心太の母は、悠山をうかがうように見る。


「……別に人間を食うとは言ってません。長く生きすぎた猫は、仲間を集め踊ったり、人間の言葉をしゃべるようになったり、神通力を得たりすると古くから言われています。あの猫も、力がつきすぎたようですね」

「そんな……。先生、どうしたらあの子を普通の猫に戻してやれますか」

「それは無理です」


悠山は、希望を打ち落とすかのようにきっぱりと言った。

一刀両断され、心太の母がよろめく。
慌てて伊知郎はその体を支え、悠山を睨んだ。


「先生。言い方ってもんがあるだろ」

「……土居さん。あの猫は、元々普通じゃないんですよ」


若干だがバツが悪そうに、悠山が口を開く。


「元々って、どういうことです?」

「自然に生まれた猫ではないってぇ意味です。あの猫の生みの親は、人間ですよ」

「に、人間? 人間が、猫を?」

「ええ、そうです。土居さん。この家には昔から、お札がありませんか?」


心太の母が目を丸くした。
心当たりがあるのだろう。

「あれのこと? でも、そんな……」とブツブツ呟いている。


「その札がいまどこにあるか、ご存知ですか。ぜひ見せていただきたいんです。いまの状況をなんとかできるかもしれません」


さきほどとは違い優しくかけられた言葉に、心太の母はやがてゆるりと首を横に振った。


「以前は、台所に張ってありました。私が結婚する前のことです。けどリフォームしてから、見ていなくて。捨てたんだろうと思ってたんですが」

「捨てられてはいないでしょうね。あの猫が家にいるのが証拠です」

「でしたら……母の部屋かもしれません」


案内すると言われ廊下に出た伊知郎は、ハッとした。
廊下には先週見たのと同じ、微かに光る小さな足跡が、点々と続いていたのだ。


心太の祖母の部屋に通されたとき、伊知郎は「やっぱり」と思った。
ここまでずっと、光の足跡が続いていたからだ。

家の奥に位置する部屋には大きな介護ベッドがあり、心太の祖母は横になりながらこちらを見て微笑んでいる。

ベッドの足元には大きな団子……もとい、猫を抱えた心太が座りこみ丸くなっていた。

そして三毛のハチワレ猫は、心太の腕の中からじっとこちらをうかがっている。
警戒しているというより、泰然とした面構えに見えた。


「何しに来たんだよ。ハチは絶対渡さないからなっ」


心太が獣のように歯を剥いて威嚇してくる。

息子の気持ちは痛いほどわかるのだろう。
心太の母はつらそうに唇を引き結んでいたが、やがてフッと息をつき、ベッドの上の母親のそばに立った。


「お母さん。聞きたいことがあるの。昔、台所の棚に張ってたお札、覚えてる? あれ、いまどこにあるのか、お母さん知らない?」

「お札が……どうかしたの?」


しわがれた、けれど温かい声が聞き返す。
何かを察しているように聞こえなくもなかった。

心太は警戒を解かないまま、母親と祖母のやりとりを見ている。


「心太くんのおばあさん、はじめまして。心太くんに書道を教えている、紫倉悠山と申します」


心太の祖母は「あらあ、男前」とシワで垂れた目を丸くする。


「……紫倉? あなたもしかして、紫倉巫山さんの?」

「はい。紫倉巫山の孫です。あたくしの祖父が書いたお札を、見せていただけますか?」


やはり、紫倉巫山が関係したことだったらしい。
だがなぜ、それが書ではなく札だと悠山にわかったのだろうか。

心太の祖母は何度か納得したようにうなずくと、震える腕を持ち上げて、窓際のを指さした。


「たしか、あそこの右上の棚にしまったはずよ」


その言葉に、心太の母が棚を確認する。

すぐにちりめんの袱紗を見つけ、悠山へと差し出した。
受け取った悠山が袱紗を開くと、さらに懐紙が現れ、それも開いてようやく、件のお札がその姿を見せた。
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