不死の魔法使いは鍵をにぎる

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欲に負けた交渉

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日を重ねるごとに魔物が増えているのを感じる。


数はもちろん、より凶暴な魔物が多くなった。
以前は遭遇してもこちらの動きにびびって逃げ出す魔物が多かったのに、逃げないどころか攻撃的で飛びかかってくる。



まだ体長が小さい魔物ばかりだからいいが、大きいやつが出てくると面倒だ。
もうそろそろ、本格的に根城に籠る時期だな。


…あと何回甘味を楽しめるだろうか。
さすがに人の身長を越す魔物が出るようになっては、ノーラも森へはこないだろう。






そんなことを考えていたら、頭の上にはてなを飛ばしながらノーラが現れた。
周りには数匹の鹿を連れていて、ファンシー度が増している。

ノーラは私を見つけて大きな目を丸くさせた。



「すごい。今日はすんなりたどり着いた」



そう言いながら、はふ、と小さく息を吐く。

ノーラが私の元へやってくるのは大抵昼過ぎの時間帯。
昼前のこの時間に現れたことはなかった。



「聞いてよ。鹿が服の裾引っ張ってきてさ、ついてきてほしいみたいだったから追いかけたらもうたどり着いちゃったよ」



ありがとうと鹿たちの頭を撫でている。

人に慣れた鹿は従順で扱いやすい。
持ってきていた、よく熟れた小粒の実を鹿の方へ放る。

少女の手に気持ち良さそうに身を委ねていた鹿たちが、ぴくりと反応をして実に口をつけた。


ギブアンドテイク。
今回の報酬だ。





その様子を見て、ノーラが何かを呟く。



「動物とは仲がいいんだな」





思案顔からパッと表情を崩して、ノーラはバスケットからサンドイッチを取り出した。



「お昼ご飯まだなんだ。お兄さんもよかったら一緒に食べよう?」



ベーコンや卵焼き、レタスやトマトの挟まったカラフルなサンドイッチ。

パイやスコーンなど、ノーラが持ってきていたものは尽く高いクオリティで美味しいものだった。
きっとサンドイッチも美味しいのだろう。



「いただく」



言うや否や立ち上がり、ノーラが皿などを広げて食事の準備をするのを手伝う。

一人分にしては多めの量を持たされていたようだ。
二人で分けても割りと食べれそうだ。


ノーラは私の行動に少し驚いたように目を見開いたものの、嬉しそうに目尻を下げた。



「鹿好きなの?」

「いや」

「でも木の実あげて仲良さそうだったよ」

「あれは正当な代価だ。甘やかしたわけじゃない」

「代価?なんの…」

「なんだっていいだろう」




そっけなく言って、食べる準備の終わったサンドイッチを手に取ってかぶりつく。
水分でふやけたりせずに、パン本来のしっとりさを生かしている。

相変わらず腕がいい。



ノーラはそんな私の言にムッとしたように口を尖らせた。



「それなら私にはサンドイッチの代価を受けとる権利があるよね?」

「ないな」

「どうして?美味しいでしょう。喜んで食べてるじゃないか」

「私は頼んでいない。ノーラが勝手に持ってきているんだろう」

「鹿は?」

「鹿とは交渉したからな。私は前もって報酬に木の実をやると話していた」






木の実を口にする鹿に目線をやり、ノーラは何事かを考える。
少しの沈黙。

そして口を開く。









「…なら交渉しようじゃないか」









食べていたサンドイッチを小皿に置いて、上目遣いでこちらを見る。



「今日はアップルパイを持ってきたんだ。その代価を要求しよう」




また子どもらしからぬことを言い出したな。



「何を要求するんだ」



面倒な流れにしてしまったと若干後悔。




「警戒しなくていいよ。簡単なことだから」

「なんだ」








私の問いかけににっこりと笑う。



「お兄さんの名前を教えてほしいな」








確かに簡単なこと。
数秒で事足りる。



…だが。






「交渉決裂?承諾できない?」



応えない私に、へにゃりと眉を下げる。



アップルパイは正直食べたい。


しかし私はそもそも、誰とも関わるつもりはなかったのだ。
森で倒れていたノーラを見つけたときも、助ける気などなかった。

たまたま周りに人気がなく、少女の意識も混濁状態だったから、誰にも私の存在は認識されないだろうと気まぐれに助けたに過ぎない。

予想に反して少女本人にバレたわけだが。



ノーラともこれ以上親しくするつもりはないのだ。







「アップルパイいらない?」





親しくするつもりは…。


ちらりとノーラが持ってきたバスケットを見る。

あの中に、リンゴの甘酸っぱさにバターのコクが合わさった、さっくりしっとりとしたアップルパイが眠っている。
私には作れない、ノーラが来なくなったらきっともう食べられないであろうアップルパイ。






…。











「…ゲルハルトだ」



完全に物に釣られている。
どれだけ生を重ねても、甘味の誘惑を断ち切れない自分がなさけない。




私が名を口にした瞬間、パッとノーラの瞳が輝いた。



「ゲルハルト!ゲルハルトね!」



今日はいい日だ!、と上機嫌で鹿に飛び付いていった。

屈託なく笑い騒ぐ様は年相応の少女に見える。
ノーラが鹿をわしゃわしゃと撫でてじゃれる姿に自然と唇が弛んだ。



思えば、ノーラの「名前を教えて」攻撃はずっと前からあった。


私の何に興味を持ったのかは謎だ。
無愛想で面白みのない男が子どもの好奇心を満たすことはない。

私の周りをチョロチョロすることなど一過性のものだろう。
名前を教える必要性などなく、親しくなることもない。

そう考えていた。







…奇妙な娘だ。



「ノーラ。アップルパイ食べてしまうぞ」



サンドイッチを食べ終え、アップルパイに手を出そうとする。
瞬間、ノーラとじゃれていた鹿がピクリと動きを止めて警戒するように中空を見つめた。



「何事?」



空気が張りつめたにも関わらず、ノーラはのほほんとした声。
私も動きを止めて気配を探る。
鹿たちが見つめている方向に集中し、空気を、気配を、たどる。

草木の落ち着いた静かな気配の中に、「動」の気配。



ああ、なにか騒がしいのがいるな。
せわしなく動き回って…。

ちくちくと肌を内側から刺すような、独特の気配。






「魔物だ」
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