不死の魔法使いは鍵をにぎる

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魔物との対決

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少し離れたところに感じるのは魔物の気配。

小物じゃないな。
割りと大きい。



何かが動物と争いながらこちらに近づいてくる。
草木にぶつかりながら走る音が、次第に大きくなる。


がさり!


鹿とぶつかりころがり合いながら魔物が姿を現した。

猪に似た体躯、黒く濡れたような毒々しい毛並み。
四足歩行の体型なくせに度々後ろ足だけで立って走り回る。



ノーラの周りにいた鹿たちは魔物が姿を現した瞬間に一斉に逃げ出していた。
ノーラと私、取っ組み合いになっていた鹿と魔物が残される。


しかし魔物と戦っていた鹿はもう重症で、立ち上がることができないようだ。
四肢を震わせ、体を持ち上げては力なく地面に倒れを繰り返す鹿。

その様子をつまらなそうに一瞥し、魔物は鼻をならした。
視線をこちらに移し、魔物の興味がこちらに移ったのがわかる。




こいつ遊んでやがったな。




自分が生き残るためではなく、快楽を満たすために襲っている。

それは、この魔物にある程度の知能と強さが備わっていることを示唆していた。



面倒だな。

軽く舌打ちをしながら身構えた途端に、魔物が動いた。
うっすら残像が見えるくらいに俊敏。
先ほどとは段違いの動きに、鹿は本当に遊ばれていただけなのだと感じる。


魔力を圧縮した弾を高速で打ち出すものの当たらない。
外れ弾が木を打ち砕く。

私の力量を見ようとしているのか、一定の距離を保ったまま魔物は避け続ける。

いや、これも遊んでいるのか?




大きい図体をしている癖に弾を余裕で避けていく魔物を観察しながら考える。

魔物の動きを鈍らせないと当たらないな。
ここら一体の重力を強めて動きを制限するか。
ノーラを呼び寄せて周辺だけ魔法を除外して。






「ノーラ!傍に」






来いと呼ぼうとして、ノーラが魔物に向かって走っていることに気づく。


大柄な魔物と小柄な少女。
比べれば優に4倍以上の体格差がある。

無謀だ。






「何やってるんだ!こっちに来い!」




飛びかかる魔物の足元を転がり抜けて攻撃をかわすノーラ。
どこから取り出したのか、いつの間にか短剣を構えている。

すり抜けざまに魔物の足を狙うが、かすりもしない。
ノーラの剣撃を軽々避けた魔物は、後ろ足で少女の軽い体を蹴飛ばす。





「ぐっ」

「ノーラ!」




衝撃で後ろに転がったノーラが、木に背中を打ち付けた。


「っ…」




すぐに立ち上がろうとするが、顔を歪めてノーラは腹を抑える。

あばらかどっか折れてるのだろう。
普通なら蹴られた時点で気を失ってるはずだ。



こんなものか、とでも言うように見下した目の魔物。
ノーラから私へ、視線を移して流し目に見られる。


なんとも癪にさわる態度だ。
言葉を介していないのに煽られているのが分かる。



自分の足に魔法をかけて、魔物と相対し直す。

だいぶ魔物の動きが読めてきた。
こいつ、素早く動ける代わりに動きが雑だ。
体重移動が露骨で先が読みやすい。





「…来いよ」




挑発に乗って魔物が動き出す。


俊足で距離をつめようとする魔物に対し、魔力で強化した脚力で距離を保つ。
右へ左へと動き回る魔物の動きはほぼ予想通り。

弾を避け、後ろの左足に乗っていた体重が右前足に移動するのが見てとれた。



次は右か。

先読みをして、次に魔物が地に足をつける地点へ魔法を飛ばした。



魔物が地面を蹴ろうとした瞬間、発動する魔法。
魔法の効果で足元の雑草が瞬時に何十センチと伸びて足を絡めとる。
一つ一つは柔くても、何十何百と雑草がまとわりつけば自ずと隙はできる。




すかさず魔力の弾を連射。
ずどどどっ、と肉を抉る何とも言えない音を出して魔物の腹に穴が空く。
とどめに大きいのを顔に一発。

頭を吹き飛ばして、絶命を確実のものにする。


空いた腹の穴から、頭の吹き飛んだ首から、だらだらと滴るのは赤黒い紫の血。
次の一歩を踏み出す姿勢で頭を吹き飛ばされた魔物の体が、バランスを崩してゆっくりと倒れていく。








「は、さすが、だね」



痛みからだろう、浅く呼吸を繰り返しながらノーラが言った。

痛いなら大人しく黙っとけ。



念のため辺りの気配を確認するが、魔物は単独行動だったようだ。
魔物特有の不穏な気配は消えた。




「ノーラ、そのままじっとしてろ。治療する」




傍に歩いていき、膝をついてノーラの体に手をかざす。


やはり骨折しているな。
あばらが数本と腹部背部の内出血。




骨をくっつけ、細胞の働きを早めて内出血も治していく。
治療中に、「はああ~」とノーラが大きなため息をついた。





「ダメだな女の子の体は。てんで役に立たないや」





何を言っているんだこいつは。
脂肪も筋肉もろくについていない未成熟の細い体で、何ができるつもりだったのだろう。




「鍛練も何もしていないんだろう。当然だ」

「女の子はそんなことしちゃいけないんだと。お母さん大激怒だった」




不服そうに言うノーラの右手に収まっている短剣を見る。
新品なのか、よく磨かれているのか、ピカピカとした綺麗な姿。



護身用に持たされたのだろうか。

私の視線に気づいてノーラが軽口を叩く。




「最近は魔物も出るしって護身用に漸く買ってもらったんだ。本当は剣が欲しかったんだけどね」




短剣は新品のようだ。

なおさら、なぜ魔物に立ち向かおうとしたのかがわからない。
日頃から訓練していたわけでもなく、武器は真新しく、ましてや戦わざるを得ない状況だったわけでもない。






…だが、ノーラのあの動き、あの表情。

訓練もしていない9つの少女にあの動きができるだろうか。





恐怖から目を瞑ってしまうだろうに、魔物から一瞬も目をそらさず。
速さが足りず当たっていなかったが、的確に隙を狙った攻撃。
表情だって、死線をいくつか乗り越えてきたかのような、刃物のような鋭い目付きだった。



戦場を経験せずしてあのような表情を、動きを、できるものなのか。






「…もういいぞ」

「ありがとう」




そう言って笑う少女の顔はあどけなく、さっきとは、魔物と対峙していたときとは別人のよう。
すくっと立ち上がって腹をぺたぺたと触って確かめている。




「すごいね。全快だ。ゲルハルトに魔法で敵う人いないんじゃない?」

「どうだかな」




負傷箇所、負傷具合が見て分かりやすい外傷はともかく、骨折や内出血など状態を把握しづらい傷は上級の魔法使いでも治すのが難しいとされる。
下手に手を出すと、骨がずれてくっついたり、正常な組織を弄ってしまって体内組織が崩れたりするのだ。




奇跡的に被害を受けていない、食事途中だったテーブルへと歩く。
土ぼこりやら木屑やらが飛び散っているが、バスケットの中に入ったままのアップルパイは無事だろう。




「あ!サンドイッチが食べられない状態になってる!」



数口食べて小皿に置いていたノーラの食べ掛けサンドイッチは、土や木屑がかかって食べられたもんじゃない。

ぐきゅるる…。
ノーラの腹の虫が鳴る。




「アップルパイは無事だ?無事だね。食べよう」




バスケットの中を覗き見て無事を確認。
ちゃちゃっと自分と私の分を切り分けて新しい小皿に乗っけている。

「はい」と当然のように渡されるので、私もそのままアップルパイを食す。


相変わらずの早食いだ。
もう2切れめに突入した。




「…ノーラ」

「なに?」



頬袋でも持ってるかのように詰め込んで食べている。




「もうここに来るのはやめろ」



ぴたっと口の動きが止まった。


ノーラの行動に口を出すつもりなどなかったが、さっきの様子から考えると魔物が出たって気にせずにやって来そうだ。

今日以降、私はもう根城へ籠る。
予定よりも早まったが仕方がない。

あの大きさの魔物を相手にするのなんざ億劫すぎる。




「私はもうここには来ない。お前も来るな」

「断る」



即座に返答がくる。
食べていた口も手も止めて、真っ直ぐに私を見つめる強い視線。

通常ならばあり得ない返答、少女の思考に自然と口調が呆れ気味になる。




「来たって会えないぞ。無駄に魔物に襲われるだけだ」

「嫌だ。ゲルハルトも来てよ」

「私はもう籠る」

「どこに?どこに籠るんだ?そこまで行く」

「結界をはっているから無理だ。人も魔物も動物も、何も入れたりしない」







なにも起こらず、静かに平穏に、ただただ生を重ねる無為な時間。
終わりの見えない、気が遠くなるような。
長い長い時を、数えるのなんてとうに止めた時間を。





いつぶりかの人との関わりに、忘れかけていた感情が呼び起こされる。

心にすきま風でも吹いているかのような。
この気持ちはなんだったか。






静かに話す私とは対照的に、強く真っ直ぐな声が飛んでくる。




「そんなことしたらもうゲルハルトに会えないじゃないか。魔王討伐まで50年なんてざらだし、100年かかることだってあるのに」




何にそこまで執着しているのか。
少女は言葉を重ねて説得を試みる。

しかし少女の言葉は上滑りして、私は違うことに気を取られていた。




魔王討伐までの年数について、やけに詳しい。

親や祖父母などから話を聞いていたとしても、知れるのはせいぜい一代だ。
「50年なんてざら」なんて言葉出てくるはずがない。



あの村に学校はあっただろうか。
小さな村だ。
教育に金をかけられる自治体などはなく、公共の教育機関はないはず。


有志でより集まって行われる勉強会などはありそうだが、その程度の勉強会でそんな知識を与えるだろうか。
せいぜい読み書きや算数を教えるくらいではないのか。


学校がないのだ。
図書館もあるはずがなく、書籍から知識を得ることもできない。





「魔王が倒されるまで出てくる気はないんでしょう。いいじゃないか。ゲルハルトなら大抵の、こんな僻地に現れる魔物なんて余裕でしょう?さっきだって余裕で倒してた」





たった9つの、恐らく大した教育を受けていない子どもからは到底出てくるはずがない発言。

魔物が化けている…?

いや、そうだとしたら先程の戦闘の意味がわからなくなる。
そういえば初めて見つけたときに倒れていたのも、魔物と戦いにかかったからなのではないか。





「明日も来てよ。アップルパイ持ってくるし何だったら他にも一緒に」

「お前はなんなんだ」


つらつらと重ねるノーラの言葉を遮る。






「なにって…、…なに?」





ノーラの透き通った緑の瞳が、揺らいでるように見えるのは疑りすぎだろうか。
表情が読み取れない。





「お前は本当に子どもか?化けてるんじゃないだろうな」




魔物じゃなくとも、高位の魔法使いならば姿を変えることは可能だ。
中身が子どもでなく、老人である可能性もある。



そう思うとしっくりくる気がした。


子どもに似つかわしくない知識量。
やけに落ち着いた言動。

魔物と対峙した経験も実際にあるのかもしれない。




なんとも言い難い表情のまま、反論も何もしないノーラ。





「どうなんだ。無言は肯定と受けとるぞ」





待つという行為が苦手なため、ぞんざいな声になっていく。

ノーラは何をどう発言しようか、逡巡しているようにも見える。
合わさっていた視線が下がり、右へ左へ目が泳ぐ。



少しして、眉間を少し寄せてゆっくりと口を開いた。








「…“そう”だって言ったら、ゲルハルトはどうするんだ」

「とりあえずその姿を止めろ。気持ち悪い。話はそれからだな」

「口が悪いなあ」



くすりと笑い、言葉を繋げる。



「姿は変えられない。私には魔力が全然ないから」

「じゃあなんだ。正真正銘子どもであると言うのか」

「“そう”だし、“そう”じゃない」





断言をしない曖昧な言い方に苛立つ。
話す気がないならもういい、と声を荒げようとしたところで、ノーラは言った。





「ゲルハルトの言う通り、私の中身と外側は解離してる」


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