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お喋りレフラ
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門番の試験は無事に終わり、シュワーゼへのお咎めも無かった。
あの書庫へ連日出入りする人間はいない。
昨日の今日でまた鍵を借りに行っては、怪しんでくれと言っているようなものである。
シュワーゼは次の機会を伺いつつ勤務に励んでいる。
私はといえば、ユーゲンと旅したときに師匠の逸話や伝説を聞いた土地や、私と師匠が往年過ごした町デルアンファ、師匠の出身地などを回って師匠について調べている。
私が知っている師匠そのものだ、という内容もあれば、事実かどうか疑わしいものもある。
一緒に過ごしていた時期の話は判断しやすいが、出会う前の話、私が魔王討伐に出かけていたころの話は真偽が判断しがたい。
「子供を吹き飛ばして殺した」というのもあり、有り得なさ過ぎて笑ってしまった。
師匠の出身地は、王都から距離がある。
しかし途方もなく離れているわけではなく、馬車などの交通手段を使えば数日で王都まで行けるほどほどの距離。
そして魔王城と王城を結んだ直線上からも少し逸れており、全くないとは言えないが、魔物被害が少ない地域だ。
王都の情報を程よく受け取りつつ、独自の魔法研究等を行える距離感。
ここで、師匠は魔法陣の研究をしていたはずである。
魔法陣は悪魔の技術と言われていた時代に、どのように知識をつけ、研鑽していたのか。
しばらくこの町で情報収集していたが、他の町と比べて特異な部分は大して見受けられない。
よくある、都会に近い田舎町だ。
いや、師匠が居たのは1000年前の話なのだから、今と状況は違うわけだが。
図書館に寄り、食堂で昼食を取り、町を歩いて探索する。
今日は特に有益な情報は得られなかったな、と王都に戻り特区のシュワーゼ宅に向かっていると、誰かに呼び止められた。
「ゲルハルトさん」
早歩きで近づいてくるのはレフラだ。
「お久しぶりですね。シュワーゼさんのところに向かうんですか?」
レフラが教師として屋敷に来ていたのはブルデが学校に通っていたころである。
ブルデが学校を卒業して6年ほどたつ。
同様の年月、レフラとは顔を合わせていなかった。
「…ああ、そうだ」
「私も屋敷に向かうところなんです。一緒に行きませんか?」
勝負を挑んできていたときの対抗意識はどこへやら、ほがらかにレフラは笑う。
「…構わないが」
態度の違いが気持ち悪い。
眉根が自然と寄る。
そんな私の顔を見て、申し訳なさそうにレフラは口を開いた。
「あの頃はごめんなさい。今考えると、なんて幼かったんだろうって思います。仮にも魔法学校を主席で卒業して、自分が負けた事実を認めたくなかっただけなんです、きっと。あの実力差で、どれだけ努力したって敵うはずがなかったのに」
あの訓練小屋で、幾度となく魔法勝負をした。
結果を見るまでもなく、魔力を練っている時点ですでに歴然とした実力差。
戦意を喪失しておかしくなかったはずだ。
その圧倒的な差を見せつけて勝負を終わらせたい私の意に反して、ブルデもレフラも何度も勝負を挑んできた。
面倒だという思いしかなく、レフラとブルデの顔を見るだけで表情がゆがんだあの頃。
勝負がなくなってしまえば、ただのよく喋るやつだ。
「ゲルハルトさんに勝ちたくて努力したおかげで学校では好成績を収めたし、王城勤務でも役立ってるってブルデ、ゲルハルトさんに感謝してるんですよ。
あれだけ喧嘩腰だったくせにって、恥ずかしいから本人には言えないって言ってましたけど。
魔法統括者にも匹敵する実力じゃないかって、ブルデ、実はこっそりゲルハルトさんのこと慕ってるんです。
顔合わせたときには、良かったら会話してやってくださいね。あの人喜ぶので」
「はあ」
何やら好意的にとらえられている。
だから婚約報告もしてきたのだろうか。
「あ、もちろん私だって尊敬してますよ、本当に。今ならよくわかるんです。私とゲルハルトさんの実力差がどれだけのものだったか。
振り返れば、魔法学校では理論の詰め込みばかりでした。座学でいい成績をとったところで、魔法技術が高いわけではないんですよね。恥ずかしいことに、あの頃の私はうぬぼれてました」
少し落ちる声とともに、目を伏せた。
と思ったら、勢いよくこちらを見上げる。
「ゲルハルトさんはどちらの学校出身ですか?どのように魔法を勉強してました?」
くそ。
こういう、波のように気分が変わるやつは苦手だ。
舌打ちが出そうになる。
「私は、途中から学校には行っていない。…魔法は知り合いから教わってた」
「そうなんですか?学校に頼りすぎてはいけないということですかね…」
顎に手を当てて考え込むレフラ。
屋敷に居た頃は、落ち着いていながらもめげない闘志が面倒な奴だという印象だったが…。
案外落ち着きがないやつかもしれない。
早く屋敷に着かないだろうか。
「あ、突然ごめんなさい。実はブルデとの子供ができたことが分かって…。気が早いですけど、教育方針の参考に聞いておこうかと思ったんです。ブルデの魔力を継いで、魔力量のある子が産まれるかもしれませんからね。そうなったら、私の知識も生かしてとことん魔法分野を伸ばしてあげたいんです」
生き生きとレフラは教育方針を語っていたかと思いきや、今度はじっと私の顔を見る。
「…なんだ」
「ゲルハルトさんって全然お顔が老けないですね」
「そういう、老けにくい顔なんだろ」
一瞬、心臓が掴まれたかのように、胸が詰まった。
そういえばシュワーゼと会ってから12年余りが経っている。
人間と関わるようになったのが久方ぶりすぎて忘れていたが、今まで誰にも怪しまれていなかったのが奇跡とも言える。
このままシュワーゼのところに通い続けるのは危険か?
平静を装いつつ考えを巡らせる私にレフラは変わらず一人喋り続ける。
「すごく羨ましいです。私なんてすっかり若さが薄れちゃいました。ブルデとは年が離れてるので、隣歩いてるときとかぴちぴちお肌が羨ましくって。夜更かししないようにしたり、お肌には気を使ってるんですけどね」
レフラはさして気にしていないようだ。
一度シュワーゼに相談したほうがよさそうだな。
あの書庫へ連日出入りする人間はいない。
昨日の今日でまた鍵を借りに行っては、怪しんでくれと言っているようなものである。
シュワーゼは次の機会を伺いつつ勤務に励んでいる。
私はといえば、ユーゲンと旅したときに師匠の逸話や伝説を聞いた土地や、私と師匠が往年過ごした町デルアンファ、師匠の出身地などを回って師匠について調べている。
私が知っている師匠そのものだ、という内容もあれば、事実かどうか疑わしいものもある。
一緒に過ごしていた時期の話は判断しやすいが、出会う前の話、私が魔王討伐に出かけていたころの話は真偽が判断しがたい。
「子供を吹き飛ばして殺した」というのもあり、有り得なさ過ぎて笑ってしまった。
師匠の出身地は、王都から距離がある。
しかし途方もなく離れているわけではなく、馬車などの交通手段を使えば数日で王都まで行けるほどほどの距離。
そして魔王城と王城を結んだ直線上からも少し逸れており、全くないとは言えないが、魔物被害が少ない地域だ。
王都の情報を程よく受け取りつつ、独自の魔法研究等を行える距離感。
ここで、師匠は魔法陣の研究をしていたはずである。
魔法陣は悪魔の技術と言われていた時代に、どのように知識をつけ、研鑽していたのか。
しばらくこの町で情報収集していたが、他の町と比べて特異な部分は大して見受けられない。
よくある、都会に近い田舎町だ。
いや、師匠が居たのは1000年前の話なのだから、今と状況は違うわけだが。
図書館に寄り、食堂で昼食を取り、町を歩いて探索する。
今日は特に有益な情報は得られなかったな、と王都に戻り特区のシュワーゼ宅に向かっていると、誰かに呼び止められた。
「ゲルハルトさん」
早歩きで近づいてくるのはレフラだ。
「お久しぶりですね。シュワーゼさんのところに向かうんですか?」
レフラが教師として屋敷に来ていたのはブルデが学校に通っていたころである。
ブルデが学校を卒業して6年ほどたつ。
同様の年月、レフラとは顔を合わせていなかった。
「…ああ、そうだ」
「私も屋敷に向かうところなんです。一緒に行きませんか?」
勝負を挑んできていたときの対抗意識はどこへやら、ほがらかにレフラは笑う。
「…構わないが」
態度の違いが気持ち悪い。
眉根が自然と寄る。
そんな私の顔を見て、申し訳なさそうにレフラは口を開いた。
「あの頃はごめんなさい。今考えると、なんて幼かったんだろうって思います。仮にも魔法学校を主席で卒業して、自分が負けた事実を認めたくなかっただけなんです、きっと。あの実力差で、どれだけ努力したって敵うはずがなかったのに」
あの訓練小屋で、幾度となく魔法勝負をした。
結果を見るまでもなく、魔力を練っている時点ですでに歴然とした実力差。
戦意を喪失しておかしくなかったはずだ。
その圧倒的な差を見せつけて勝負を終わらせたい私の意に反して、ブルデもレフラも何度も勝負を挑んできた。
面倒だという思いしかなく、レフラとブルデの顔を見るだけで表情がゆがんだあの頃。
勝負がなくなってしまえば、ただのよく喋るやつだ。
「ゲルハルトさんに勝ちたくて努力したおかげで学校では好成績を収めたし、王城勤務でも役立ってるってブルデ、ゲルハルトさんに感謝してるんですよ。
あれだけ喧嘩腰だったくせにって、恥ずかしいから本人には言えないって言ってましたけど。
魔法統括者にも匹敵する実力じゃないかって、ブルデ、実はこっそりゲルハルトさんのこと慕ってるんです。
顔合わせたときには、良かったら会話してやってくださいね。あの人喜ぶので」
「はあ」
何やら好意的にとらえられている。
だから婚約報告もしてきたのだろうか。
「あ、もちろん私だって尊敬してますよ、本当に。今ならよくわかるんです。私とゲルハルトさんの実力差がどれだけのものだったか。
振り返れば、魔法学校では理論の詰め込みばかりでした。座学でいい成績をとったところで、魔法技術が高いわけではないんですよね。恥ずかしいことに、あの頃の私はうぬぼれてました」
少し落ちる声とともに、目を伏せた。
と思ったら、勢いよくこちらを見上げる。
「ゲルハルトさんはどちらの学校出身ですか?どのように魔法を勉強してました?」
くそ。
こういう、波のように気分が変わるやつは苦手だ。
舌打ちが出そうになる。
「私は、途中から学校には行っていない。…魔法は知り合いから教わってた」
「そうなんですか?学校に頼りすぎてはいけないということですかね…」
顎に手を当てて考え込むレフラ。
屋敷に居た頃は、落ち着いていながらもめげない闘志が面倒な奴だという印象だったが…。
案外落ち着きがないやつかもしれない。
早く屋敷に着かないだろうか。
「あ、突然ごめんなさい。実はブルデとの子供ができたことが分かって…。気が早いですけど、教育方針の参考に聞いておこうかと思ったんです。ブルデの魔力を継いで、魔力量のある子が産まれるかもしれませんからね。そうなったら、私の知識も生かしてとことん魔法分野を伸ばしてあげたいんです」
生き生きとレフラは教育方針を語っていたかと思いきや、今度はじっと私の顔を見る。
「…なんだ」
「ゲルハルトさんって全然お顔が老けないですね」
「そういう、老けにくい顔なんだろ」
一瞬、心臓が掴まれたかのように、胸が詰まった。
そういえばシュワーゼと会ってから12年余りが経っている。
人間と関わるようになったのが久方ぶりすぎて忘れていたが、今まで誰にも怪しまれていなかったのが奇跡とも言える。
このままシュワーゼのところに通い続けるのは危険か?
平静を装いつつ考えを巡らせる私にレフラは変わらず一人喋り続ける。
「すごく羨ましいです。私なんてすっかり若さが薄れちゃいました。ブルデとは年が離れてるので、隣歩いてるときとかぴちぴちお肌が羨ましくって。夜更かししないようにしたり、お肌には気を使ってるんですけどね」
レフラはさして気にしていないようだ。
一度シュワーゼに相談したほうがよさそうだな。
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