不死の魔法使いは鍵をにぎる

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バウムの話

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私やシュワーゼとは違って、バウムには警戒心があまりなかった。
聞けばあっさり勇者だったと答えた。


魔王の呪いによって樹木に変態しているのだという。

バウムが異変を感じたのは、魔王を倒して1年ほど経ってからだった。








ある朝起きたら、足先が茶色くなっている気がした。
触ると肌が固くなっている。

気のせいかとも思ったが、だんだんと、木肌のような皮膚片が剥がれ落ちるようになった。



思い至る原因は、魔王を倒したときのことだけだ。

あのとき、死に際に魔法をかけられた。
頭蓋の中心をつぶされるような、心臓を引っ張られるような、漠然とした不快感。


どのような魔法も、術者が亡くなってしまえばその効力は失せる。
何も起こらないだろう。

そう考えていたのだが、見当違いだったようだ。




私の体は、呪われている。




しかしそれが問題だとは思わなかった。
今のところ足先の変色、そして固い皮膚片が落ちるくらいだ。
生活に支障はなく、命に危機が訪れる様子もない。


放っておいても問題はない。











「いや、問題あるだろう。呪われてるんだぞ?」



バウムに噛みついてから自分の言葉に引っかかる。
いや、呪いに対する認識は違うが、私も呪いを解こうとは思わなかったな。



「そうだな。本来なら、そうだろう。でも、あのときの私には、生きる理由がとくになかったんだ」












バウムが魔王討伐に出かけたのは、家族が亡くなってしまったからだった。



食料調達で離れている間に家を魔物に襲われ、妻も2人の子供も命を落としたのだ。

家に戻ったとき、まだ息のあった息子は魔物に必死の抵抗をしていた。
魔物の背後から剣を突き刺し、息子を助け出したものの、あと一歩及ばなかった。
血を流しすぎた息子はまもなく息を引き取り、バウムは討伐に出ることを決意した。






家族の敵討ち。

もしくは、自殺願望。






討伐できるのなら、それが一番いい。
しかしたとえできなくても構わなかった。

生きる気力がわかないバウムは、自分の命を終わらせたかった。




息子のもとに、娘のもとに、…妻のもとに、ともに逝きたかった。






無感情に、無加減に、無心で、ただただ目の前の魔物を殺していった。
自ら命を絶つことはできず、いつの間にか魔王を倒して、けれどまだ生きている自分。

呪いで命を削られようと、一向に構わなかった。














「けれど私は、死ぬどころか、まだ、こうして生きている」





バウムは、ルターの次の勇者だ。
おおよそ500年生きていることになる。

生を手放したくなる気持ちはよく理解できる。
死を選べる体なら、私は自死していたかもしれない。




「呪いが、進行していくにしたがって、食事をとらなくても、平気になった。光合成を、しているらしい。感情も揺れ動かなく、なっていった」









時が経つにつれて少しずつ人間から遠ざかる見た目。
乾きを訴え水と日光を求める体。
喜び・悲しみなどの感情の波が少なくなる心。



室内にいるのが苦痛になり、外へ、森へ、足を運ぶようになった。



そのうちに、人間のものでも、魔物のものでもない魔力を感じるようになった。
光合成をしているときのような心地の良い魔力。
緑の多いところに行くとよりそれを感じられる。


どうやら植物の魔力のようだと、そう気づいたのは植物化が始まり40年ほど経ってからだった。



時間の間隔も変化しているようで、いつの間にか大層な年月が経っている。

次の新しい魔王が現れ、そして討伐される。
人間の寿命ではありえない年月。


生きる気力はないくせに、自死することができずにずるずると、ここまで生きてきた。








「最近は、立ち止まっていたら、地面に根を、張ってしまうんだ。横になって眠ることも、しなくなった」

「呪いを解こうとは思わないのか?…私は呪いについて調べているんだ」



私の問いかけに、ゆっくりと首を振る。



「あと、どれくらいかはわからないが、もう少しで、完全な樹木となる。もう少しで、家族のもとに逝ける。私はそれで、充分だ」

「そうか」



悲しみも悔しさも手放して、長年切望していたものがようやく手に入ると、静かに凪いだ表情。

本人が満足しているのなら、口は出すまい。
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