不死の魔法使いは鍵をにぎる

:-)

文字の大きさ
199 / 201

ヘフテとダモンの引っ越し

しおりを挟む
ヘフテとダモンが、自分たちの家を持つことになった。


長い間、森に会った元私の根城で共同生活を送っていた。
孤児たちと交流を深め、人間と魔物と、混ざった者たちの共存を進めるために。



現在、共存は半ば達成されたと言っていい状況だった。

魔物が働く姿は国中で見られるようになった。
魔物との関わりを避け、厭う視線を送る者もいるが、その数は少ない。

人間と魔物の血が混ざった者も、国を点在するようになった。
ヌーウェとその周辺に多く集まっているが、その他の町村にも定住している。

既存住民との交流を持てず苦労した地域もあったようだが、現在は穏やかに暮らしている。



人と魔物の共存を一部地域だけでなく、国中に推し進めるため、地道に行動していたヘフテとダモン。

目標はおおよそ達成された。
最近のダモンは面を付けたり外したり、相手によって対応を変えていた。
それも終わりにして、根を張って面無しの生活をしようとなったのだ。


新居へ手っ取り早く引っ越したいと転移を頼まれ、荷物とともに根城から新居へ移動する。
荷物の整理を手伝うとマーツェも来ていた。






「2人が家を持つとはねえ。成長したもんだ。感慨深いよ。ゲルハルトに抱っこせがんだりしてたのにね」

「マーツェおばさんくさ~い!」

「もう成人したからね。マーツェこそもっと落ち着いた生活しなよ」



ヘフテに笑われ、ダモンに言葉で刺されるマーツェ。
思いのほか心にきたようで、胸を押さえて眉をしかめている。



「ゲルハルトとマーツェは家買わないの?今は割とお金持ってるでしょ?」



荷物を家に運び入れながらヘフテが言う。


私とマーツェは長いこと転々としていた。

王の声明が出るまでは同じ宿屋に留まっていた。
しかし声明が出て共存に向けて歩き出してからは、民の様子を調べるために各地を飛び回る日々。

転移で行き来することも可能だが、客として出入りして初めて知れる情報もある。
調査に伴って宿屋も頻繁に変えていた。


現在は孤児たちを保護していた根城に戻っている。

大勢の子を入れるため増築していた根城。
無駄に広い家になってしまった。

掃除が面倒なため、そのうち余分を壊して縮小しようと思っている。







「うん。買うお金はあるけどね。まだいいかな。見て回ってたいんだ。変わってく世の中を」

「私も買う気はないな。根城で十分だ」




そう返答すると、ヘフテが驚きの声を上げた。




「えっ!あそこに住み続けるの?不便じゃない?」

「ゲルハルトは転移できるからね。問題ないんでしょ」

「ああ、そっか。ならどこでも問題ないね。いいな~。ヘフテも転移使いたい」



言いながら、ヘフテとダモンは2人で大きな箱を持ち上げる。

もともと荷物の少ないヘフテとダモン。
それを4人で運んでいるのだ。
もう3箱ほど運べば終わりだった。







「…避けたいからか?」

「何がだ」

「人との関わりを避けたいから?だから根城に留まるのか?」





少し沈んだ調子のマーツェの言葉。

いや、と言いかけて、以前の私ならそうだったなと思う。
それは呪いのせいでもあり、憎しみのせいでもある。

森奥深くの、滅多に人が立ち入らない場所で1人、誰にも会わない生活を選択しただろう。



しかし呪いは解けた。
人とはもう、うんざりするほど関わった後だ。
今更接触を断ったところで、誰かしらが会いに来そうな気がする。






「いいや、違う。単純に落ち着くからだ」



森に囲まれた静けさ。
長年住み続けた親しさ。

それらを捨てて新たな家を探そうという気にはならない。




「そう。そっか。よかった。ゲルハルト柔らかくなったもんね。ちょっと変わった」



残りの荷を抱えて家に入ると、ヘフテとダモンは荷解きを始めていた。



「人と会うのに億劫な顔しない。頼まれごとも割と引き受けるし。今日もね。良いことだと思う。ゲルハルトには人と関わっててほしいと思うよ。私は」

「どうしてだ」

「だって、根が優しいでしょ。ゲルハルト」

「は?」




マーツェは何を言っているのだ。



思ったよりも大きく出た声にヘフテが振り向いた。
マーツェは私の顔を見て笑う。



「ノーラの時から思ってたよ。根は優しい人だって。見ず知らずの私を助けてくれた。見捨てても良かったのにね」

「あれは気まぐれだ」

「そう?心無い人なら見向きもしないよ。ただの背景だ。それに、怒っても暴力に訴えない。警告が挟まるよね。それ以上するとただじゃおかないぞって。引き返す機会をくれる。なんだかんだ優しい。人間を憎んでいても」

「労力を割くのが面倒だっただけだ」

「そうかな。優しさだと思うんだけど。まあいいさ。どっちでも。とにかく、そんなゲルハルトだから、人と関わっていてほしいな。皆に知ってほしい。分かってほしいと、思うよ。私は」




理解できなくて顔がしかむ。


私の評価は一先ず置いておく。
実態はどうであれ、マーツェはそう感じたのだろう。
不本意だがそれはまあいい。

しかし、それを人に知ってほしいとはどういう感情だ。
そうしたとしてマーツェに何の得がある。








「ヘフテも、ゲルハルトは優しいと思うよ」


二の句の出てこない私にヘフテが言う。



「ゲルハルトはねえ、不器用だよね。優しいのに、優しくないって自分では思ってる。人からの好意も苦手だよね。でも、人の気持ちをよく考えてるよ。だから皆、ゲルハルトを慕ってるんだ。エヌケルさんも、官吏たちも、ワイセも、みんな」

「何なんだ一体」



話の流れが、言いたいことが、理解できない。
この間ワイセに叱られたかと思えば、今度はマーツェとヘフテのこの言葉か。


ヘフテの荷解きの手は止まっていた。






「幸せになってほしいの。独りにならないでほしいんだよ」

「そう。そうなんだ。ゲルハルトには幸せになってほしい。押しつけなのはわかってるんだけど。ヘフテもそう思う?」

「うん。ゲルハルトって、自分から幸せを否定してく感じあるもん。ほっとけないよ。長い間お世話になってて、第2の家族みたいなものだしね」




付いて行けない私を置いて、マーツェとヘフテが盛り上がる。
黙々と荷解きをしていたダモンが手を止めて口を開いた。



「大事な人には、幸せでいてほしいんだよ。ゲルハルトにはそれが難しそうだから、周りが手を引かないとでしょ」

「そう!そういうこと。ダモンにも言われてるじゃないか。皆思ってるんだよ。ゲルハルトのことを。ゲルハルトの幸せを」



ヘフテと盛り上がっていたくせに、唐突に話に戻ってきたマーツェ。


途中で言葉が途切れたかと思うと、ふと表情が陰る。




「…難しい?人が憎いゲルハルトには、難しいのか?」

「…ああ、憎いな」




私を殺そうとした奴らのことは、憎い。
思い出せば簡単に点る、怒りの炎。


項垂れるマーツェに向けて言葉を繋げる。







「だが、整理はついた」








恨み憎しみと折り合いをつけ、前へと歩む魔王やマーツェ。
憎しみは消えないと、人間との関わりを拒んだダモンの村。

治癒を施してきた人たち。
情報を聞いてきた人たち。
協力を要請した魔物たち。

様々な人間、魔物、両方の血が混ざった者たちと関わってきた。





「許す日は来ない。私は一生奴らを憎む。だが、人間全てを憎むのは間違っていると、思った」




魔物にも人間にも、良質なものもいれば悪質なものもいる。


恩を忘れて私を殺そうとしてきた奴ら。
私の力を恐れて忌避した奴ら。
化け物だと蔑んできた奴。
魔物被害を私に擦り付けた奴。
詐欺話を持ち掛けてきた奴。

捻り潰してやりたい。
やればよかった。
そんな奴らと嫌になるほど遭遇した。



しかし良くしてくれる者も確かにいたのだ。

食事を分けてくれた者。
肉の捌き方を教えてくれた者。
私の身を案じてくれた者。
私を育ててくれた、人。



その人たちもひっくるめてしまうのは、失礼ではないか。
大きな括りでまとめてしまうのは、傲慢で浅はかではないか。


あの絶望は忘れられない。
憎しみは消せない。

けれど。





「全てを憎むのは間違っているし、全てを愛す必要もないと、そう思えた。…人として、人と関わって、残りを生きていくさ」



“残り”と言えるようになった、喜びを噛みしめて。











「…そう。そっか。そう思えたんだね」

「ああ」



さっさと荷解きを終わらせよう。
止まっていた手を再開させる。



「マーツェ泣いてる~!」

「ヘフテ!うるさいよ!そこは見て見ぬふりだ!見ないふりしてよ!」



手元に落としていた目線を上げると、マーツェの目からは雫が落ちていた。



「…どうして泣くんだ」

「成長したね。ゲルハルト。始めは無視ばっかだったのに。舌打ちも多くて。行方暗ますし。野生動物より気難しい感じだったのに。人と関わろうと、思えるようになったんだね」

「…お前また私を年下扱いしてるな」

「年上なのはわかってるけどさ。下っぽいから。精神的に」

「同感だね。確実にマーツェの方が精神的に大人でしょ」

「ヘフテもそう思う~!」



涙を流しながら笑うマーツェ。
変わらず平静なダモン。
元気よく笑うヘフテ。


ヘフテとダモンの引っ越しは騒がしく終わった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...