ギャル系聖女が嫌で清楚系聖女に鞍替えですか。それ、メイクを落とした私です。

taqno2nd

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短編

「ミレーヌ・アングル! 貴様との婚約を破棄させてもらう!」

 私ことミレーヌ・アングルは、侯爵家の息子であるフェリクス・ダングラベール様に婚約破棄を言い渡された。突然の出来事で言葉が出ない。だって私には婚約破棄されるようなことをした覚えがないのだから。

「どうしてなのですかフェリクス様。私がなにか粗相をいたしましたのでしょうか」
「そうだ。お前のような男を誘う下品な見た目の女は聖女に相応しくない。お前みたいなビッチギャルは偽の聖女なんだよ!」

 なるほど、私の外見が気に食わないから婚約破棄すると。ビッチギャルという偏見は気になるが聞き流すことにする。それにしても偽の聖女……? 私は紛れもなくこの国の聖女だ。聖痣を身に宿し、教会と国王陛下に認められた正式な聖女なのだ。

 聖女は癒しの力で人々を治癒する務めがある。その希少性を目当てにフェリクス様の実家であるダングラベール家が私に婚約を申し出てきたのだ。

 それなのにフェリクス様は私を偽の聖女と言い、婚約破棄を言い渡してきた。あなたは私の聖女という身分と力が必要だったのでは?

「フェリクス様、本当に婚約破棄をしてしまって大丈夫なのでしょうか。ダングラベール侯爵の了解を得ていらっしゃるのですか?」
「親が勝手に決めた婚約だ。元々俺は乗り気じゃなかった。お前に対して恋愛感情など微塵もない」

 それは私もそうですけど。男爵家の娘である私が、侯爵家からの縁談を断れるはずもなく、仕方なく婚約しただけだもの。

「それに俺は真実の愛に目覚めたのだ。あの清楚で可憐な女性こそ聖女にふさわしい。ああ、麗しの君よ!」

 この人はもしかして、婚約者とは違う女性を好きになったから婚約破棄しようとしているのかしら。もしそうならフェリクス様は私が考えていた以上に馬鹿な人だったのかもしれない。婚約がそんな軽いもののはずがないってわからないの?

「一応聞きますけど聖女は教会と陛下に認められた聖痣がないと聖女とは認められませんよ?」

 私が嫌いだから別の女性を聖女にしろと言ったとしても、聖女の証である聖痣がなければ認められない。この国に聖痣を持っているのは私だけだ。フェリクス様が一目惚れした女性に聖痣がなければ、それは聖女でも何でもない。

「もちろんあの女性にも聖痣はあったぞ! やはり彼女こそが真の聖女なんだ!」
「まあ、本当ですか?」

 まさか私以外に聖女としての資格を持つ女性がいるとは思わなかった。いや過去には双子の聖女がいたという記録もあるし、同じ時代に複数の聖女がいたとしても不思議じゃない。

「彼女は夜になると王都の四番街に現れる。一人儚げに歩いている姿は妖精のようだ。月女神の化身のような美しさに目を奪われ、名前も知らない彼女に恋をしてしまった」
「四番街……?」

 そういえば昨晩、私も夜の散歩で四番街に行った。あそこは私の散歩ルートなのだ。もう一人の聖女も同じ場所に現れるなんて、偶然かな。

「お前のような派手なドレスではなく、シンプルで薄い色のドレスを着た素敵な女性だったぞ!」

 あれ? 昨日私が着てたのも同じ色のドレスだったはずだ。偶然って重なるものなんだなあ。

「そして月に輝く銀髪の髪! 目の端にあるほくろが切なさを醸し出している美しい聖女!」

 ん? 私も泣きぼくろあるんですけど。フェリクス様の前では化粧で隠しているけど、私の左目の下には泣きぼくろがある。

 んん? ここまで偶然が重なることなんてあるのだろうか。なんだか嫌な予感がしてきたんだけど……もしかして……。

「どこにいるんだ、華麗な聖女よ! 夜の十時頃に毎晩四番街に現れる、左手の甲に聖痣を宿した、左目に泣きぼくろがある銀髪の女性よ!」

 間違いない……フェリクス様の言ってる女性って私のことだー!!
 だって私、毎晩夜の散歩で四番街を歩いてるし! メイクを落として泣きぼくろ見せてるし! 銀髪だし! 左手に聖痣あるし! どう考えても私のことだ!

 どうしよう……。子供の頃に私の素顔は印象が薄いって言われたから、これまで派手なメイクをしてたんだけど、まさか素顔の方が聖女らしいと言われるなんて。
 いや普段の私のメイクが派手すぎたのかもしれない。でもそうでもしないと人に顔を覚えてもらえないんだもの、仕方ないじゃない。

 ここでその女性は私ですって言えば婚約破棄を覆してくれるだろうか。

「お前のような派手なだけのギャルと違って、彼女こそ本当の聖女だ! 私は絶対お前と婚約破棄して、彼女の愛を掴んでみせる!」

 なんか……冷めた。どうしてこの人と婚約しているんだろう。いやわかってる。親が決めたからだ。男爵家の私が聖女として認められて、その力を欲した侯爵家が婚約を申し出たからだ。

 でもここまで言われて婚約を続けるつもりはない。私は聖女という仕事に誇りを持っている。治癒魔法で多くの国民を癒やしてきた。その仕事はやりがいがあって、幼い頃は暗くて地味だと言われていた私の数少ない取り柄なのだ。

 けれど目の前の男のために聖女の力を振るうのが正しいのかわからなくなった。私は国民のために聖女を頑張っているのだ。将来この男と結婚して、侯爵家のためだけにこの力を使うというのが、本当にいいことなのか疑問に思う。

 元々私はフェリクス様との婚約に乗り気じゃなかった。今回の婚約破棄は願ってもない話というわけだ。おまけに他の女性を好きになったというのも、どうやらメイクをとった私のことらしい。浮気されて婚約破棄されるよりよっぽどマシ……なのだろうたぶん。

 私はできるだけ気丈に振る舞い、精一杯平静に努めて声を絞り出す。

「では今までありがとうございました」

 こうして私は婚約破棄を受け入れ、自由の身になったのだった。


 ◆◆


 私は家に帰るとメイクを落として夜の散歩へ出かける。四番街の夜道は人通りも少なく静かだ。メイクを落とせば誰も私だと気付かない。聖女なのに気付かれないというのもどうかと思うけど、聖女という重い役目を受けた私にとって、誰にも気付かれないというのは楽でいい。夜の散歩は私を一人にする貴重なストレス発散の時間なのだ。

 子供の頃から地味で暗くて印象が薄いと言われてきた。その度に落ち込んで、弱音を吐いていた。でも聖女は弱い心では務まらない。だから私は心に鎧を着込むように、派手なメイクをして自分に自信を持たせた。
 臆病な自分とは違うもう一人の自分を作り出し、気持ちを切り替えることで、聖女として振る舞えてきた。

 でもそれでギャル系聖女、ビッチ聖女、男と遊んでいると思われて婚約破棄されてしまうとはなんとも皮肉な話だ。これからは少し化粧を控えた方がいいのかしら。けれどこの地味で暗い顔で、はたして今まで通り聖女として振る舞えるか不安だ。

 メイクをしていない私は、ただの臆病な女だから。

「やあミレーヌ。こんな夜更けに一人で散歩かい」

 街灯の向こうから落ち着いた優しい声が語りかけてくる。街灯に照らされた顔は、私のよく知る人物だった。

「マクシミリアン殿下……。ご機嫌麗しゅう……」

 現れたのはこの国の第一王子のマクシミリアン殿下だった。優れた頭脳の持ち主で、積極的に公務を行なっているすごい方だ。その殿下がこんなところで何をしているのかしら。

「やはり君だったか。普段とは随分と雰囲気が違うな。いや普段の君も素敵だがね」
「あっ」

 しまった。殿下に話しかけられたせいで、咄嗟に返事をしてしまった。人違いですって誤魔化せばよかったのに。でも仕方ないじゃない、だってこんなところで殿下にお会いするなんて思わなかったんだもの。

 でもどうして殿下はメイクを落とした私を聖女ミレーヌだと見抜けたのだろう。素顔は家族以外には見せたことがない……というか見せても覚えられないくらい地味なのに。

「近頃噂になっている月夜の聖女とは君のことだったんだな。なんでも月女神の化身が夜な夜な四番街に現れるとか」
「いえ違います! 違うんです殿下! 私は聖女ミレーヌではございません。ほらこんな地味で暗い顔の女が聖女のはずがありませんわ!」
「ほほう、つまり聖女は美人だと。それを聞いたらミレーヌも喜ぶだろうな」

 くぅ……! 殿下と話しているとどんどんボロが出てしまう。やはり頭のキレがいい人だ。私のことを完全に見抜いている。下手に誤魔化すぐらいならいっそ素直に謝罪してしまおう。

「ええと、その……はい。お察しの通り私はミレーヌ・アングルでございます。お見苦しい姿をお見せしてすみません!」
「なぜ謝る。私は気にしてないよ。むしろ安心した」
「安心……ですか? 聖女の素顔がこんなしみったれた顔で、さぞや幻滅なさったでしょう?」
「幻滅する要素が見当たらないが?」
「だってこんな……影の薄い顔ですもの」

 実はここだけの話、幼い頃に私と殿下は会ったことがある。まだ聖女になる前の話で、派手なメイクもしていなかった頃だったか。

 聖女として認められ、国王陛下に拝謁を賜った時の話だ。王宮で迷子になった私に声をかけてくれたのが殿下だった。年齢が近かったからか、殿下は私と遊んでくれた。

『ほらほら、今度は私が君を追いかける番だ!』
『わ、わ、私は逃げ足には自信があるんですー!』

 迷子になったことも忘れて二人で王宮の中で遊んだのを今でも覚えている。殿下は暗い性格の私に優しくしてくれて……本当に楽しかった。とても幸せな時間だった。今思えばあれが初恋だったのかも。

 もっとも当時の殿下は、私がその日聖女になる予定の女の子だなんて知らなかったはずだ。ほんの数時間遊んだ、暗い性格の女なんて覚えていないだろう。だからこれは私だけが胸に秘めた思い出……。

「久しぶりだな。いや聖女としての君とは何度か顔を見る機会があったから、変な言い回しにはなるが」
「え……?」

 その言葉を聞いて、私は自分の浅はかな考えを反省することになる。

「子供の頃……王宮の中で一緒に遊んだ子。あれは君だろう? 聖女の仕事が忙しくて中々話しかけることが出来なかったが、ずっと気付いていたよ。あの時の子だって」
「どうして……ですか? 私、地味なのに。顔を見てもすぐ忘れられるのに」
「君の中から漏れ出る慈愛の心はあの時から変わっていない。幼い頃、一緒に遊んだ時に出来た私の怪我を癒してくれただろう。あの時に見せた君の優しい眼差しは、今も変わらずに輝いている」

 お、覚えていてくれたんだ……。

「ミレーヌ……。明日王宮に来てくれないか。また二人で話がしたい。そうだな……場所は私たちが出会った、王宮のあの場所でどうだろう」

 私のことを覚えていてくれた。それだけでも胸がいっぱいなのに、殿下からお誘いしていただけたことが本当に嬉しい。胸の奥が感動で張り裂けそうになる。

「私などでよければ……。ところでその、今の格好の方がいいでしょうか」
「どちらでも構わないよ。聖女として気丈に振る舞う君も、メイクを落とした今の君も同じミレーヌだからね。私にとっては大切な友人だ。かしこまった格好で来る必要もない。君の好きな格好で来るといい」

 そう言うと殿下は街灯の光から去っていった。遠くから馬車の音が聞こえる。もしかしたら私に会うためだけに、わざわざ馬車で来てくださったのかもしれない。

「マクシミリアン殿下……」

 私のことを覚えていてくれた。友人と言ってくれた。また会いたいと言ってくれた。あまりにも多くの喜びが押し寄せてきて、私はふらふらと家に帰ったのだった。それから夢を見ているかのような感覚で、お風呂に入りベッドで眠る。

「明日が楽しみで眠れないかもしれないわ……」


 ◆◆


 寝てた! 熟睡してた!

「時計を確認……遅刻だわ!」

 時間がないからメイクはなし! ドレスの着付けはメイドたちが大急ぎでやってくれたものの、散歩の時に着る地味な色のドレスだ。これで王宮に向かうのは正直どうかと思うけれど、待ち合わせに遅れるよりマシだと割り切る。


「失礼致しますわ!」

 王宮に入る時、私を見て兵士たちがざわついていた。ろくにメイクもしなかったから、はしたない女と思われただろうか。それとも私が聖女だと気付かずに、知らない女がやってきたと思ってびっくりしただろうか。

「ま、待ってください! あなた様の身元を確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「はい。ミレーヌ・アングルでございます。左手の聖痣を見ていただければわかりますか?」
「せ、聖女様!? ず、随分と雰囲気が違いますね……。いえ失礼しました。少々お待ちください」

 入り口で少し待たされた後、大きな足音が近づいてきた。

「おお月夜の聖女よ! 君に会いたかった!」
「フェリクス様……」
「なんと! 私の名前を知っていたとは感動しました美しき君!」

 そりゃ知ってますよ。昨日まで婚約者だったんですもの。まあ昨日婚約破棄されましたけど。

「私の婚約者は聖女と呼ぶには下品な見た目をしたビッチのような女でしてね。あまりにも品がないから昨日婚約破棄を叩きつけてやりましたよ。それに比べて君は正反対だ。美しい君、名前をお聞きしてもいいかな?」

 ずいぶん好き勝手に言ってくれるじゃないか。私は別にビッチでもないし、好きでギャル風メイクをしていたわけでもない。

 今更フェリクス様と話すことなんてないし、名前を告げて早く帰ってもらおう。

「ミレーヌです」
「おや? 奇遇だな私の婚約者もミレーヌという名前だった」
「ええそうです。私がそのミレーヌ・アングルです。昨日ぶりでございますねフェリクス様。その後、例の清楚な聖女様は見つかりましたか?」

 私の言葉を聞いたフェリクス様は大きく目を見開いた。

「ちょ、ちょっと待て。本当にミレーヌなのか!? まるで別人じゃないか!」
「私、普段は派手なメイクをしてるんです。素顔だと地味で顔も名前も覚えてもらえないので。自信をつける意味でも、派手なメイクは必要だったんです」

 実際今日も素顔で王宮に来てずっとソワソワしている。周りの兵士が私のことを横目に見ているからだ。やはり私の素顔は地味で暗いからだろう。……でも地味で暗い顔だからって、こんなにチラチラ見られるかしら普通?

「そ、そうだとは知らなかった。さあミレーヌよ、本当の君は美しい。昨日の話は水に流して、私と今一度婚約を……」

 都合のいい話というか、自分勝手の極みだ。この人は外見を理由に私に婚約破棄を申し出て、同じ理由でフッた相手に再び婚約をしようとしている。あまりに自分勝手だと呆れてしまう。

「ミレーヌ! 私と婚約しろ! お前は聖女だ! あんなビッチギャルではなく、月女神の化身のような美しさを私に見せ続けろ! さあミレーヌ!」
「あ、あのフェリクス様……。私この後人に会う約束がありますので……」
「私から逃げるのかミレーヌ! お前は婚約者である私の物だ! ほらこっちにこい! ミレーヌ!」

 あまりにしつこいフェリクス様のアプローチに次第に怖くなってきた。今にも腕を掴まれそうな勢いに、咄嗟に悲鳴をあげそうになった……。

 けれど悲鳴は上がらず、フェリクス様が振り上げた拳は空中で止まっていた。フェリクス様の手をがっしりと掴む殿下の姿がそこにあった。

「待て。彼女は私の大切な友人だ。手荒な真似はよしてくれ」
「で、殿下!?」
「ダングラベール家と彼女の婚約は、両者納得の上での婚約破棄されたと聞いている。当然王家も承諾した。君はもうミレーヌの婚約者じゃない。これ以上彼女に近づくことは許さん」
「そ、そんな……」

 殿下の眼光に威圧されたフェリクス様は、それ以上食い下がらずがっくりと項垂れる。そして私の方を見てぽつりと漏らした。

「最初からこんな美人だとわかっていれば婚約破棄などしなかったのに……」

 美人……? 私が? いや百歩譲ってメイクをしている時ならともかく、素顔の私が?

「外見だけで彼女を判断している限り、君に彼女と結ばれる資格はない。我が国を支えてくれている聖女に吐いた暴言の数々、しっかりと私の耳に届いているぞ。後日処遇を言い渡す。それまで王宮に出入りすることは許さん」
「は、はい……わかり、ました……」

 あんなにしつこかったフェリクス様があっさりと引き下がる光景に呆気に取られていると、殿下が優しく私の手を取ってその場から離れていく。フェリクス様と兵士の視線が気になったけれど、殿下の手の感触の方が今は気になってしまう。

 殿下に手を取られたまま王宮を進んでいると、広場にたどり着いた。そう、幼い頃ここで私は殿下と出会ったんだ。

「昔話をしてもいいかな。私には好きな子がいたんだ。その子は臆病で弱虫で、自分の容姿にも自信がなかったらしく前髪を目が見えないまで下ろしていた。他人の視線が怖かったのかもしれないね」
「そ、そんな子がいたんですね。根暗な女の子のようですし、殿下が好きになるとは思えないのですが……」
「確かに気弱な子だったよ。だが彼女の中身は愛で満ちていた。動物には博愛を、人には慈愛の心を。その献身的な姿は私の目にはどんなものよりも美しく見えた」
「殿下の想い人はとても素敵な方なのですね」

 一瞬、私のことかもしれないと期待してしまった。私なんかが殿下に好意を抱いてもらえるはずがないのに。

「君だよ」
「え……」
「子供の頃のことは今でも覚えている。君は王宮一人になって不安だったろうに、私と遊ぶととても楽しそうにしていた。そして王宮で飼っている動物を可愛がり、私が遊んで怪我をしてしまった時には自分のことのように涙を流し、治癒してくれた」

 そんなことまではっきりと覚えていてくれたなんて……。

「あの時はただ必死で……私はやれることをやっただけです」
「そうかな。聖女としての活躍は耳に入れている。君はあの頃と同じ、愛を持った素敵な女性だよ」
「そ、そんなことありません!」

 恥ずかしくなって大きな声を出してしまった。やはりメイクをしていないと緊張してしまう。しかも相手があの殿下だ。緊張するなという方が無理だろう。

「あー! 兄上ー!」

 向こうから幼い声をした男の子がこちらに向かって走ってくる。この方は殿下の弟君で、この国の第二王子のデオン殿下だ。歳は偶然か、私とマクシミリアン殿下が出会った頃と同じくらいだろうか。

 デオン殿下は兄であるマクシミリアン殿下を見つけて嬉しかったのか、はしゃいでこちらに駆け寄ってくる。しかし私たちの目の前でこけてしまった。

「まあ、大丈夫ですか?」
「うう……痛い。ぐすっ」

 擦りむいた痛みで泣きそうなのを、なんとか堪えているデオン殿下。私はデオン殿下の頭を撫でて落ち着かせた後、傷口に治癒魔法をかける。

「泣くのを我慢して偉いです。さすがは第二王子であらせられるデオン様ですね。とても勇敢でございます。ですがこれからはもう少し周りを見て、慌てて走っては駄目ですよ」
「お姉ちゃん聖女様みたい! ありがとう!」

 すっかり頭がひいたからか、けろっとした顔で兄であるマクシミリアン殿下に挨拶をした後、走り去っていった。今度は周りを見て気をつけながら。

「元気な弟君ですね」
「遊び盛りだから擦り傷も多くてね。我が弟ながら困っている」
「クスッ。まるで昔の殿下みたいです。あ、少々お待ちください」

 そういって私は花に治癒魔法を施す。先程デオン殿下が転んだ際に折れてしまったようだ。花はデオン殿下の怪我と同様、たちまち元気を取り戻した。

「あの時と同じだな。君は怪我人に笑顔で接して、道に倒れる花も愛する。そんな優しい心の持ち主だから、私は君が好きなんだ」

 殿下、今私のこと好きって……。

「一目惚れだったんだ。あの時から五年、こうして君とちゃんと話をしてみたかった。そして私の思っていた通りの女性だった」

 私が殿下の想い人……?

「フェリクスがとやかく言っているが、化粧をしてる君も、今のお淑やかな君も中身は同じだ。人を、花を、動物を、街を、そして国を愛してくれる君こそ聖女にふさわしい」

 私のことを外見じゃなくて、中身で見てくれる人は初めてだった。みんな聖女としての力だけを見てくる。私の中身を見てくれた人はいない。

 でもマクシミリアン殿下は違った。

「結婚を前提にお付き合いしてください」

 それは王族としての婚約の申し出ではなく、一人の男性としての告白だった。
 胸の奥に熱い感情が湧き出てくる。目が熱くなり、思わず涙が溢れてくる。

「君の国を愛する心は美しく尊いものだ。私のそばで共に国の発展を支えてくれ。君がいると私は頑張れる。私もまた君の愛に相応しい国を作ってみせる」

 真剣な表情だった。殿下が真摯に告白してくれているのだと理解する。ここではいと返事をすれば、全て終わるだろう。でも私は臆病だから、あと一歩を踏み出せない。

「本当は今すぐにでも、はいと返事をしたいです。私もあの頃の思い出をずっと大事にしてきました。ですが私は殿下のことをよく知りません。私だけ殿下に知られているのは不平等です」
「そうか。ならこれから互いのことを知っていこう。またここで、二人で話しなどしながらね。なに、時間はたくさんある。なにせ私は八年も待った。それに比べれば些細なことさ」
「今ひとつわかりました。殿下って意外と女性に話しかけるのに勇気がいるお方だったのですね」

 おいおい、それはないだろうと殿下は笑いながら、少し恥ずかしそうにしていた。

「初恋の相手になんて声をかければいいかわからなかったんだよ。私……いや俺だって年頃の男なんだ。仕方ないだろう」
「クスッ……。案外、私たち似たもの同士なのかもしれませんね」

 こうして王国史に残る恋愛熱々夫婦の恋が始まった。
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