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第一章
第12話 元暗黒騎士はエルフと夜を共にする
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「よく寝たわ~、すっかり元気になれた! 畳ってすごいのね!」
「おかげで外はすっかり暗くなってるな。もう夜だ」
そろそろ夕食を食べなくちゃいけない。
昼寝して忘れてたけど、俺昼飯食ってないんだった。
もう腹が減って辛抱出来ない。
「悪いけど、夕飯も【ダークマター】で生成したものになるけどいいか?」
「全然問題ないわ。あれが異世界の食べ物だって分かったら、むしろ興味が湧くくらいよ」
「とは言っても、やはりずっと【ダークマター】に頼るわけにはいかないからな。今後の食糧問題は早急に考えないといけないだろう」
「ええ。それについては食べながら話しましょう」
夕食は何を作ろうか。
昼寝したからさっぱりしたものがいいか?
いや昼飯を抜いたから、ガッツリしたものでもいいかもしれない。
「夕飯のリクエストはあるか?」
「美味しいものがいいわ」
「えらくザックリとしたリクエストだな。そういうのが一番困るんだが」
「お母さんにも同じことを言われたわ」
俺も同じだ。
実家にいたころは、夜ご飯は何でもいいと母に伝えて怒られたものだ。
用意する側になると、何でもいいというアバウトな要求が一番困ると分かった。
「食べられない物とかはないか? 肉は駄目とか、好き嫌いとかは」
「無いわね! 私は美味しければ何でもオーケーよ」
なるほど、分かりやすい。
俺の読んでたラノベには、肉は食べないエルフが出てたが、この世界にはそういうのはないらしい。
「じゃあ適当に作るぞ。【ダークマター】発動!」
「何が出てくるか楽しみね。お昼のソーメンも美味しかったけど、肉も食べたいわね。主食にパンも欲しいかも」
「おい、スキル発動する瞬間にリクエスト出すなよ。最初から言ってくれ」
肉とパンか。
そういえば前世だとよくファーストフード店でハンバーガーを食べてたな。
セットでフライドポテトも付けてたが、あれも美味しかった。
あ、頭の中にハンバーガーセットのイメージが出来てしまった。
「出来た、ビッグバーガーセットだ」
「パンに肉が挟まってるのね。これだけだとこの世界にありそうだけれど」
「生成出来たってことは、この世界には無いんだろう。食べてみろよ」
「そうね。いただきます……あむ……んん! 美味しい! パンがフワフワで、肉もジューシーだわ!」
「どれどれ、いただきます……うん、よく再現出来てるな。うまい」
どうやら俺のイメージ通り、ファーストフードのハンバーガーを再現出来たようだ。
懐かしい味に思わず感動する。
この世界でこういうファーストフードって無いもんな。
肉もこの世界の物とは思えないほど、旨味が詰まっている。
「ねえ、この細長いのは何?」
「もうハンバーガー食べ終わったのか、早いな。その細いのはフライドポテトだ。芋を細く切って油で揚げたやつだよ」
「へぇ~。芋はユグドラでもあるけど、見た目が違うわね。もっとくすんだ色をしてるわよね。それに油で揚げるなんて贅沢な食べ方じゃなくて、煮込むだけの料理が多いわ」
「この世界の料理油は品質が低いしな。揚げ物自体があまり無いから、フライドポテトは存在すらしてないってことなんだろう」
「だからあなたのスキルで生成出来たってことね。食材は存在してても、質や文化の違いでこの世界に無いから」
「そういうことだ。……待てよ、つまり質の問題さえ解決すれば、この世界の食材でも作れるってことか?」
「いいじゃない! 作りましょうよ! お昼のソーメンも、ビッグバーガーも一度きりなんて勿体無いわ! 私たちで作れるようにしましょう!」
アリアスの言葉で、今後の目標が見えた気がした。
そうだ。俺はこの荒れ果てた地で、前世の食事を再現出来るようにしよう。
アリアスに美味しいものを食べさせたい。俺も前世の食事を食べたい。
だったら自分たちで作ればいいじゃないか。
「大変そうだけど、やってみる価値はありそうだな」
「ええ、これから一緒に頑張りましょう!」
「ああ……って、その前に確認しておきたいんだが」
一番大事なことを聞き忘れていた。
「アリアスはいいのか……? 成り行きとはいえ、俺と二人で死の大地に住むことになってしまったけど」
「私はあなたを信頼してるわ。あなたがユグドラの黒き剣だから」
「その二つ名を名乗った自覚は無いんだけどな」
「じゃあ、これからあなたのことを知っていけるようにするわ。よろしくね、レクス」
ようやく名前で呼んでくれた。
俺を噂の暗黒騎士としてではなく、一人の人間として認識してくれた。
そんな気がして、なんだか嬉しかった。
「な、なによ……何か言いなさいよね……変なこと言ったみたいで恥ずかしいじゃない」
「いや、なんかこういうの慣れてなくてさ。こちらこそよろしく、アリアス」
アリアスの綺麗な手と握手を交わす。
俺のゴツゴツな手とはまるで正反対だ。
そんな正反対な俺たちは、これから一緒の家で暮らすこととなった。
金髪デカパイエルフとの共同生活。
田舎での自給自足のスローライフ。
前世の俺が見たら、歓喜の涙を流すことだろう。
だがやることが山積みだ。
アリアスに見捨てられないように、これから頑張っていこう。
◆◆◆
食後、アリアスに風呂の説明をした。
アリアスは風呂があることに感動して、早速入浴した。
「お風呂上がったわ。異世界のお風呂って凄いのね! 湯船の温度を自動で調整してくれるなんて最高よ」
「魔道具でも似たようなことは出来そうだけどな」
「そもそもお風呂を用意するのが一般的じゃないもの。一般人は水とタオルで体を拭くくらいで、お風呂なんて金持ちの道楽だわ」
「確かにそうか。俺も騎士団時代は水を浴びるだけだったし。任務に出ると数日間風呂に入れないこともザラだったよ」
おかげで訓練場も宿舎も男臭くてキツかった。
前世の運動部の部室の匂いを、十倍くらい酷くした匂いだったからな。
「シャンプーとリンス、ボディソープは使い方が分かったか?」
「ええ、あなたが説明してくれたから迷わなかったわ。髪を洗うのに専用の石鹸があるなんて、異世界は贅沢なのね」
「石鹸もこの世界じゃまだ市民に普及してないよな。魔法でどうにか出来るから、そういうのが発展してないのかもしれない」
「何でも魔法で解決出来るから不便に感じなかったけれど、この家にいると今までの生活は何だったのかって疑問に思うほど、この家は快適ね」
「魔法があるこの世界も、俺からしたら便利に思えるさ」
「そんなものかしら……」
まぁ、文明格差は気になるといえば気になるが。
「じゃあ俺も風呂に入ってくる。アリアスはゆっくりくつろいでてくれ」
「はーい」
俺は脱衣所で服を脱ぎ、風呂に入る。
前世の実家と同じレイアウトだな。
なんだか久々に実家に帰省したような気分だ。
まずはかけ湯をザバーっと。
「温かい……! さてと、湯船に入って……お゛お゛~生き返る~……!」
全身がポカポカと温まるのを感じる。
これだよこれ、この温かさこそ風呂の醍醐味だ。
「はぁ……気持ちいい……ここ最近の疲れが全部取れそうだ」
お湯を顔にかける。
気分がスッキリするな。
「ってこの湯船、アリアスが入った後だったな」
普通なら変なことを考えそうだが、そんな気にならなかった。
なぜなら風呂が最高だからだ。
むしろエルフの入った風呂というと、神々しささえ感じる。
「あったかい風呂と美味いメシ。それさえあれば人生どうにでもなる」
昨日から始まったいざこざなど知ったことか。
俺は今、最高の転生スローライフを迎えようとしているのだ。
それを楽しむためにも、嫌なことなどさっさと忘れるに限る。
体を洗うのと一緒に、前の職場の記憶も綺麗さっぱり流してしまえ。
◆◆◆
「待たせたな」
「長かったわね。異世界だとお風呂は長時間入るのが普通なの?」
「久々の風呂で長湯しすぎたんだ。まぁ、元々風呂は好きだったが」
「そうなのね。私も明日からもう少し長く浸かっていようかしら」
「食事の時間とかも決めておいた方がいいかもな」
「そうね、一緒に暮らすならそういうことも決めないといけないわね」
あ、なんか今の会話家族っぽい。
改めてアリアスと一緒に暮らしていくんだと実感する。
「とりあえず夕飯は夜の七時を目安にするか。風呂は八時くらいで、先に入りたい方が入る。長くても三十分を目処にしよう」
「三十分も入るの? あなた本当にお風呂が好きなのね」
「疲れた時はそれくらい長湯するんだ。普段はもっと短いさ」
「ふーん、分かった。時間はそれで問題ないわ」
今後実際に生活していくにつれて、決めることも増えるだろう。
とりあえず今はこれで問題ないだろう。あくまで目安だ。
「お風呂に入ったせいか、体が火照るわ。こんなの初めてだわ」
「暑いか? 冷房をもっと強くしようか」
「いいえ、そこまでしなくていい。この火照り、なんだか心地いいの。体の疲れが放出されてるような感覚よ」
「お互い大変だったからな」
「ええ、本当に。まさか一日でこんなことになるなんて、夢にも思わなかったけど」
「俺もだよ」
まさか仕事をクビになった翌日に、金髪デカパイエルフと一緒に暮らすことになるとは。
人生何があるか分かったもんじゃないな。
「そうだ。これからの共同生活を祝して、ささやかな乾杯をしようか」
「お酒? あなたのスキルで出せるの?」
「恐らくな。ついでに風呂上がりのデザートも用意しよう」
「デザート! フルーツかしら」
残念、フルーツじゃない。
だがアリアスもきっと気にいるだろう。
俺は風呂上がりに飲む酒と、そしてデザートを脳内にイメージする。
「【ダークマター】発動!」
「これは、金属の筒? それに紙の器?」
「アルミ缶のビールと、カップアイスだ。この世界のエールみたいな酒と、牛の乳で作った氷菓子だよ」
「氷菓子……そんなものもあるのね。エールなら私も好きよ」
俺達の前に現れたのは、プレミアムな缶ビールとスーパーなカップアイスだ。
どちらも前世ではありふれた物だが、この世界には存在しないモノだ。
ご丁寧に二人分用意されている。
ちなみにアリアスは十八歳だがこの世界は十八歳から酒が飲める。
だから未成年飲酒にはならない。
まぁ、前世の日本ほど未成年の飲酒に厳しい世界でもないのだが。
「そういえばあなた、副作用は大丈夫なの。スキルを使うと精神に負荷がかかるんでしょう」
「今のところ平気だ。生成するモノの規模によって負担が変わるのかもな」
「家を作るのと食べ物を作るのでは、話が全然違うものね」
「それに俺が今まで生成してたのは、前世にも存在しなかった架空のモノが多かった。こういう前世に存在してた食べ物を生成する時は、然程精神に負担がない」
「なるほど、完全に想像上のモノを作る場合、コストが高くなるのね」
「たぶんそういうことなんだろうな」
どういう仕組みなのかは分からんが、ダークマターの副作用が知れたのは収穫だな。
家を作った時に気を失ったが、あれは『魔力で動く前世風の家』というある意味架空のモノを生成したからなのかもしれない。
「まぁ難しいことは考えないことにしよう。とりあえずグラスに注いで……乾杯!」
「かんぱ~い!」
元気よく乾杯するアリアス。
どうやら本当に酒が好きらしい。
「ぷはぁ~! 美味しいわねこのお酒、ビールって言ったかしら」
「ああ、久々に飲んだけどやっぱり美味いな。エールとは喉越しが違う」
本当は生ビールを生成したかったのだが、前世で風呂上がりに缶ビールを飲んでいたからそっちのイメージが増してしまった。
今度生ビールが生成出来ないか試してみるか。
「この氷菓子はどうやって食べるの?」
「蓋を剥がして、そこにある木のスプーンで食べるんだよ。ほら、こんな感じ」
俺はカップアイスの食べ方をアリアスに見せてみた。
うん、美味しい。
前世ではいつでもどこでも買えたカップアイスが、この世界では最高の甘味だ。
仕事で疲れた日とか、風呂上がりによく食べてたなぁ。
すごい贅沢をしているみたいで、わくわくする。
「こうやるのね……うわ、冷たいっ。それに甘いわ! フルーツの甘さとは違う味わいね! これが牛のミルクから作られてるの?」
「どうやって作るのかは俺も詳しくないけどな。気に入ってもらえたようでなによりだ」
「これは罪な味だわ……こんな贅沢をして許されるのかしら……」
「大袈裟な……と言いたいとこだけど、確かにこの世界じゃ味わえないよなぁ」
「この甘いかっぷあいすを食べた後に、ビールで喉を潤す。最高ね……素晴らしいわ、異世界の食べ物!」
「ビールとアイスの組み合わせはあんまりしないけどな。まぁ今日は特別ってことで」
「そんな……この味はもう味わえないのね……。ねぇレクス、このかっぷあいすも、私たちで作れないかしら」
「アイスを作るのか……? いや、それはどうだろう……作り方も分からないしな」
確かにアイスを作れれば、食事にデザートが追加されて嬉しい。
日々の幸福感も増すだろう。
試してみる価値はあるかもしれない。
どうやって作るかは、また考えないとな。
「ここでの生活は人生の再スタートみたいなものだ。せっかくならやりたいことをどんどんやっていこう」
「そうね。新しいことに挑戦するって、楽しみだわ。こんなに素晴らしい物があるって知って、諦めるなんて私には出来ないもの」
「目標が出来るってのはいいことだ。やる気も出てくる」
「ええ、一緒に頑張りましょう」
それからアリアスと、これからやってみたいことなどを色々話していった。
俺達はこれからの生活に向けて盛り上がるのだった。
こうして、俺達のスローライフ最初の夜が更けていった。
「おかげで外はすっかり暗くなってるな。もう夜だ」
そろそろ夕食を食べなくちゃいけない。
昼寝して忘れてたけど、俺昼飯食ってないんだった。
もう腹が減って辛抱出来ない。
「悪いけど、夕飯も【ダークマター】で生成したものになるけどいいか?」
「全然問題ないわ。あれが異世界の食べ物だって分かったら、むしろ興味が湧くくらいよ」
「とは言っても、やはりずっと【ダークマター】に頼るわけにはいかないからな。今後の食糧問題は早急に考えないといけないだろう」
「ええ。それについては食べながら話しましょう」
夕食は何を作ろうか。
昼寝したからさっぱりしたものがいいか?
いや昼飯を抜いたから、ガッツリしたものでもいいかもしれない。
「夕飯のリクエストはあるか?」
「美味しいものがいいわ」
「えらくザックリとしたリクエストだな。そういうのが一番困るんだが」
「お母さんにも同じことを言われたわ」
俺も同じだ。
実家にいたころは、夜ご飯は何でもいいと母に伝えて怒られたものだ。
用意する側になると、何でもいいというアバウトな要求が一番困ると分かった。
「食べられない物とかはないか? 肉は駄目とか、好き嫌いとかは」
「無いわね! 私は美味しければ何でもオーケーよ」
なるほど、分かりやすい。
俺の読んでたラノベには、肉は食べないエルフが出てたが、この世界にはそういうのはないらしい。
「じゃあ適当に作るぞ。【ダークマター】発動!」
「何が出てくるか楽しみね。お昼のソーメンも美味しかったけど、肉も食べたいわね。主食にパンも欲しいかも」
「おい、スキル発動する瞬間にリクエスト出すなよ。最初から言ってくれ」
肉とパンか。
そういえば前世だとよくファーストフード店でハンバーガーを食べてたな。
セットでフライドポテトも付けてたが、あれも美味しかった。
あ、頭の中にハンバーガーセットのイメージが出来てしまった。
「出来た、ビッグバーガーセットだ」
「パンに肉が挟まってるのね。これだけだとこの世界にありそうだけれど」
「生成出来たってことは、この世界には無いんだろう。食べてみろよ」
「そうね。いただきます……あむ……んん! 美味しい! パンがフワフワで、肉もジューシーだわ!」
「どれどれ、いただきます……うん、よく再現出来てるな。うまい」
どうやら俺のイメージ通り、ファーストフードのハンバーガーを再現出来たようだ。
懐かしい味に思わず感動する。
この世界でこういうファーストフードって無いもんな。
肉もこの世界の物とは思えないほど、旨味が詰まっている。
「ねえ、この細長いのは何?」
「もうハンバーガー食べ終わったのか、早いな。その細いのはフライドポテトだ。芋を細く切って油で揚げたやつだよ」
「へぇ~。芋はユグドラでもあるけど、見た目が違うわね。もっとくすんだ色をしてるわよね。それに油で揚げるなんて贅沢な食べ方じゃなくて、煮込むだけの料理が多いわ」
「この世界の料理油は品質が低いしな。揚げ物自体があまり無いから、フライドポテトは存在すらしてないってことなんだろう」
「だからあなたのスキルで生成出来たってことね。食材は存在してても、質や文化の違いでこの世界に無いから」
「そういうことだ。……待てよ、つまり質の問題さえ解決すれば、この世界の食材でも作れるってことか?」
「いいじゃない! 作りましょうよ! お昼のソーメンも、ビッグバーガーも一度きりなんて勿体無いわ! 私たちで作れるようにしましょう!」
アリアスの言葉で、今後の目標が見えた気がした。
そうだ。俺はこの荒れ果てた地で、前世の食事を再現出来るようにしよう。
アリアスに美味しいものを食べさせたい。俺も前世の食事を食べたい。
だったら自分たちで作ればいいじゃないか。
「大変そうだけど、やってみる価値はありそうだな」
「ええ、これから一緒に頑張りましょう!」
「ああ……って、その前に確認しておきたいんだが」
一番大事なことを聞き忘れていた。
「アリアスはいいのか……? 成り行きとはいえ、俺と二人で死の大地に住むことになってしまったけど」
「私はあなたを信頼してるわ。あなたがユグドラの黒き剣だから」
「その二つ名を名乗った自覚は無いんだけどな」
「じゃあ、これからあなたのことを知っていけるようにするわ。よろしくね、レクス」
ようやく名前で呼んでくれた。
俺を噂の暗黒騎士としてではなく、一人の人間として認識してくれた。
そんな気がして、なんだか嬉しかった。
「な、なによ……何か言いなさいよね……変なこと言ったみたいで恥ずかしいじゃない」
「いや、なんかこういうの慣れてなくてさ。こちらこそよろしく、アリアス」
アリアスの綺麗な手と握手を交わす。
俺のゴツゴツな手とはまるで正反対だ。
そんな正反対な俺たちは、これから一緒の家で暮らすこととなった。
金髪デカパイエルフとの共同生活。
田舎での自給自足のスローライフ。
前世の俺が見たら、歓喜の涙を流すことだろう。
だがやることが山積みだ。
アリアスに見捨てられないように、これから頑張っていこう。
◆◆◆
食後、アリアスに風呂の説明をした。
アリアスは風呂があることに感動して、早速入浴した。
「お風呂上がったわ。異世界のお風呂って凄いのね! 湯船の温度を自動で調整してくれるなんて最高よ」
「魔道具でも似たようなことは出来そうだけどな」
「そもそもお風呂を用意するのが一般的じゃないもの。一般人は水とタオルで体を拭くくらいで、お風呂なんて金持ちの道楽だわ」
「確かにそうか。俺も騎士団時代は水を浴びるだけだったし。任務に出ると数日間風呂に入れないこともザラだったよ」
おかげで訓練場も宿舎も男臭くてキツかった。
前世の運動部の部室の匂いを、十倍くらい酷くした匂いだったからな。
「シャンプーとリンス、ボディソープは使い方が分かったか?」
「ええ、あなたが説明してくれたから迷わなかったわ。髪を洗うのに専用の石鹸があるなんて、異世界は贅沢なのね」
「石鹸もこの世界じゃまだ市民に普及してないよな。魔法でどうにか出来るから、そういうのが発展してないのかもしれない」
「何でも魔法で解決出来るから不便に感じなかったけれど、この家にいると今までの生活は何だったのかって疑問に思うほど、この家は快適ね」
「魔法があるこの世界も、俺からしたら便利に思えるさ」
「そんなものかしら……」
まぁ、文明格差は気になるといえば気になるが。
「じゃあ俺も風呂に入ってくる。アリアスはゆっくりくつろいでてくれ」
「はーい」
俺は脱衣所で服を脱ぎ、風呂に入る。
前世の実家と同じレイアウトだな。
なんだか久々に実家に帰省したような気分だ。
まずはかけ湯をザバーっと。
「温かい……! さてと、湯船に入って……お゛お゛~生き返る~……!」
全身がポカポカと温まるのを感じる。
これだよこれ、この温かさこそ風呂の醍醐味だ。
「はぁ……気持ちいい……ここ最近の疲れが全部取れそうだ」
お湯を顔にかける。
気分がスッキリするな。
「ってこの湯船、アリアスが入った後だったな」
普通なら変なことを考えそうだが、そんな気にならなかった。
なぜなら風呂が最高だからだ。
むしろエルフの入った風呂というと、神々しささえ感じる。
「あったかい風呂と美味いメシ。それさえあれば人生どうにでもなる」
昨日から始まったいざこざなど知ったことか。
俺は今、最高の転生スローライフを迎えようとしているのだ。
それを楽しむためにも、嫌なことなどさっさと忘れるに限る。
体を洗うのと一緒に、前の職場の記憶も綺麗さっぱり流してしまえ。
◆◆◆
「待たせたな」
「長かったわね。異世界だとお風呂は長時間入るのが普通なの?」
「久々の風呂で長湯しすぎたんだ。まぁ、元々風呂は好きだったが」
「そうなのね。私も明日からもう少し長く浸かっていようかしら」
「食事の時間とかも決めておいた方がいいかもな」
「そうね、一緒に暮らすならそういうことも決めないといけないわね」
あ、なんか今の会話家族っぽい。
改めてアリアスと一緒に暮らしていくんだと実感する。
「とりあえず夕飯は夜の七時を目安にするか。風呂は八時くらいで、先に入りたい方が入る。長くても三十分を目処にしよう」
「三十分も入るの? あなた本当にお風呂が好きなのね」
「疲れた時はそれくらい長湯するんだ。普段はもっと短いさ」
「ふーん、分かった。時間はそれで問題ないわ」
今後実際に生活していくにつれて、決めることも増えるだろう。
とりあえず今はこれで問題ないだろう。あくまで目安だ。
「お風呂に入ったせいか、体が火照るわ。こんなの初めてだわ」
「暑いか? 冷房をもっと強くしようか」
「いいえ、そこまでしなくていい。この火照り、なんだか心地いいの。体の疲れが放出されてるような感覚よ」
「お互い大変だったからな」
「ええ、本当に。まさか一日でこんなことになるなんて、夢にも思わなかったけど」
「俺もだよ」
まさか仕事をクビになった翌日に、金髪デカパイエルフと一緒に暮らすことになるとは。
人生何があるか分かったもんじゃないな。
「そうだ。これからの共同生活を祝して、ささやかな乾杯をしようか」
「お酒? あなたのスキルで出せるの?」
「恐らくな。ついでに風呂上がりのデザートも用意しよう」
「デザート! フルーツかしら」
残念、フルーツじゃない。
だがアリアスもきっと気にいるだろう。
俺は風呂上がりに飲む酒と、そしてデザートを脳内にイメージする。
「【ダークマター】発動!」
「これは、金属の筒? それに紙の器?」
「アルミ缶のビールと、カップアイスだ。この世界のエールみたいな酒と、牛の乳で作った氷菓子だよ」
「氷菓子……そんなものもあるのね。エールなら私も好きよ」
俺達の前に現れたのは、プレミアムな缶ビールとスーパーなカップアイスだ。
どちらも前世ではありふれた物だが、この世界には存在しないモノだ。
ご丁寧に二人分用意されている。
ちなみにアリアスは十八歳だがこの世界は十八歳から酒が飲める。
だから未成年飲酒にはならない。
まぁ、前世の日本ほど未成年の飲酒に厳しい世界でもないのだが。
「そういえばあなた、副作用は大丈夫なの。スキルを使うと精神に負荷がかかるんでしょう」
「今のところ平気だ。生成するモノの規模によって負担が変わるのかもな」
「家を作るのと食べ物を作るのでは、話が全然違うものね」
「それに俺が今まで生成してたのは、前世にも存在しなかった架空のモノが多かった。こういう前世に存在してた食べ物を生成する時は、然程精神に負担がない」
「なるほど、完全に想像上のモノを作る場合、コストが高くなるのね」
「たぶんそういうことなんだろうな」
どういう仕組みなのかは分からんが、ダークマターの副作用が知れたのは収穫だな。
家を作った時に気を失ったが、あれは『魔力で動く前世風の家』というある意味架空のモノを生成したからなのかもしれない。
「まぁ難しいことは考えないことにしよう。とりあえずグラスに注いで……乾杯!」
「かんぱ~い!」
元気よく乾杯するアリアス。
どうやら本当に酒が好きらしい。
「ぷはぁ~! 美味しいわねこのお酒、ビールって言ったかしら」
「ああ、久々に飲んだけどやっぱり美味いな。エールとは喉越しが違う」
本当は生ビールを生成したかったのだが、前世で風呂上がりに缶ビールを飲んでいたからそっちのイメージが増してしまった。
今度生ビールが生成出来ないか試してみるか。
「この氷菓子はどうやって食べるの?」
「蓋を剥がして、そこにある木のスプーンで食べるんだよ。ほら、こんな感じ」
俺はカップアイスの食べ方をアリアスに見せてみた。
うん、美味しい。
前世ではいつでもどこでも買えたカップアイスが、この世界では最高の甘味だ。
仕事で疲れた日とか、風呂上がりによく食べてたなぁ。
すごい贅沢をしているみたいで、わくわくする。
「こうやるのね……うわ、冷たいっ。それに甘いわ! フルーツの甘さとは違う味わいね! これが牛のミルクから作られてるの?」
「どうやって作るのかは俺も詳しくないけどな。気に入ってもらえたようでなによりだ」
「これは罪な味だわ……こんな贅沢をして許されるのかしら……」
「大袈裟な……と言いたいとこだけど、確かにこの世界じゃ味わえないよなぁ」
「この甘いかっぷあいすを食べた後に、ビールで喉を潤す。最高ね……素晴らしいわ、異世界の食べ物!」
「ビールとアイスの組み合わせはあんまりしないけどな。まぁ今日は特別ってことで」
「そんな……この味はもう味わえないのね……。ねぇレクス、このかっぷあいすも、私たちで作れないかしら」
「アイスを作るのか……? いや、それはどうだろう……作り方も分からないしな」
確かにアイスを作れれば、食事にデザートが追加されて嬉しい。
日々の幸福感も増すだろう。
試してみる価値はあるかもしれない。
どうやって作るかは、また考えないとな。
「ここでの生活は人生の再スタートみたいなものだ。せっかくならやりたいことをどんどんやっていこう」
「そうね。新しいことに挑戦するって、楽しみだわ。こんなに素晴らしい物があるって知って、諦めるなんて私には出来ないもの」
「目標が出来るってのはいいことだ。やる気も出てくる」
「ええ、一緒に頑張りましょう」
それからアリアスと、これからやってみたいことなどを色々話していった。
俺達はこれからの生活に向けて盛り上がるのだった。
こうして、俺達のスローライフ最初の夜が更けていった。
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評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
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