生死の狭間

そこらへんの学生

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発覚

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「随分酷い有様でしたね、ありゃあ」
 顔をしかめ、鼻を腕で擦りながら勤続10年目で刑事の佐竹はそう言った。キャリアコースではない佐竹にとって、管轄内で起こる殺人事件は厄介極まりないことだった。事件解決のためとはいえ、死んだ人間を目で、鼻で確認しなければならない。それがどれほどの役に立つかも分からないが、少なくとも佐竹にとってそれは面倒で厄介なことであったのだ。
「あれだけ酷く損傷してしまっていては、被害者が誰かを特定するのにも時間がかかる。今回の事件は長引きそうだな」
 佐竹の言葉を受けて、上司にあたる東堂はあっさりとそう返した。事件を厄介事だと捉える佐竹に反して、東堂は昇進のチャンスだと内心意気込んでいた。キャリアコースである東堂は、殺人事件の解決に貢献し自らの昇進を狙っているのだった。しかし、それを表情に出すことはせず、あくまで自分は事件解決のため、被害者の家族のために動いているのだという偽りの信念を常日頃から自他共に語っている。
「どうせ自分に回ってくる仕事は周辺の聞き込みとかだけなんで、あんまり直接見たくはないですねぇ、ああいうの」
 佐竹はうんざりするように言った。いわゆる所轄の刑事である所の佐竹にとって、仕事は生きるために仕方なくやっていることに過ぎない。
「そうはいってもだ、佐竹。俺たちが動かなきゃ民衆の不安も拭えないし、被害者遺族の気持ちも晴れないだろう。やるしかないんだ」
「被害者遺族っつったって、被害者が誰かも分からないくらいでしたよあれは」
「鑑識から正式な検査結果が出るまでは俺たちに出来ることは聞き込み調査くらいしかないだろうな」
 被害者の個人が特定できるような場所(顔や指など)はひどく損傷しており、身分証明書も現場には一切落ちていなかった。損傷、とは言うが何者かによる暴行の末についたものだと言うことは明らかだった。死因は出血死、又は窒息死とその場にいる刑事のほとんどが長年の経験と勘でそう直感していた。
「でもなんでこんなとこで殺人事件なんて起きるんですかねぇ」
 県内でも有数の大河川の河川敷。事件の現場は頭上に大きな道路が走る高架下の日陰だった。一目には付きにくく、そもそも人が寄り付かないような場所。夏場には若者がバーベキューに絶好の場所として使うが、12月の真冬に訪れる人間はそう居ない。
「殺人を起こすような人間に、道理なんてありはしない。動機なんて、そこに人が居たから、で片付くような無茶苦茶なもんさ」
 儚い顔をして、東堂は答える。言葉と共に白い息が吐き出される。
「・・・ま、それもそうですね」
 佐竹は河川敷の霜が乗った土をザクザクとつま先で掘りながらそう返した。程よい硬さと感触の良さを伴った土が盛り上がる。
 同時に、被害者の遺体付近から、同僚たちの声がする。東堂たちを呼ぶ声だった。
「どうやら一通りの確認は終わったようだ。行こう、佐竹」
 佐竹は東堂に背を向けて、言葉には手で合図した。東堂はそんな佐竹を見て、一つため息をついてから同僚たちの元へ駆けて行く。佐竹の上司である東堂だが、東堂からすれば佐竹のような気概もやる気もない部下は足手纏いに他ならなかった。故に二人は捜査パートナーとして互いに協力する立場であるにもかかわらず、単独で操作を行うことが多かったのである。昇進思考の東堂は形式上は佐竹と協力しようとするが、あくまでそれは形だけのものである。自分は協力的だったが、相手は非協力的だったので仕方なく単独で捜査を行う。その口実のための呼び声であった。佐竹もそれを理解した上で合図したのだ。
「はぁ、めんどくせえなあ」
 緩やかに流れる川の流れを眺めながら、佐竹はそう呟いた。白い息が銀色の空の中に溶けていった。
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