12 / 17
懐古
しおりを挟む
「ここのラーメンはやっぱり旨いな、そう思わないか? 佐竹」
「・・・まあ、不味くはないっすね」
「相変わらず辛口だな、お前は。一時期毎日のようにお前と張り込みをしてラーメンを食べていたのを思い出すよ」
勝手に思い出に耽っていろ、と俺は心の中で吐き捨てるように言いながら、ラーメンを啜った。
結局東堂に連れてこられたのはかつて通い詰めた豚骨ラーメンの店だった。脂の量を調節出来るが、いつも東堂は最上級の濃さを頼んでいた。レンゲが立つのではないかというほどのネットリとした白い油が最早ラーメン以外にしか見えないのは俺だけだろうか。
俺は1番脂の少ないあっさり豚骨ラーメンを啜る。細麺がスープに絡むが、さして味を感じれるような状況ではなかった。仕事を辞め、かつての同僚と食べる飯など本来は喉も通らないほど気不味いに決まっている。
「昼時だからと言って、遠慮せず飯を食えるのは、外回りの特権だな。うん、餃子も旨い」
バクバクと餃子を口に運ぶ東堂。注文時にニンニク増量をしたせいで、見るからにえげついものに見えてくる。店員も二度確認していたが、東堂は涼しい顔で同じ内容を繰り返していた。
「どうだ、佐竹もひとつ食べるか? 旨いぞ」
「いや、良いです」
食べるまでもない。それは爆弾だ。例え、この後人と会う予定が無いとかそういう話以前の問題である。
俺は濃いもの、ハッキリとしたもの味のものはあまり好きでは無い。なんならラーメンは塩ラーメンが1番好きだった。
「自分、食べ終わったので・・・」
「なんだ? 帰ろうってか?」
特段怒るわけでもなく、東堂はとぼけるような顔で俺を見る。かつてここに二人で通い詰めた時も、入店時は一緒で、退店時は別々と言うのはさほど珍しく無かった。
何度も言うが、俺と東堂は仲が良いわけでは無い。ただの仕事仲間で、致し方なく相棒関係なだけだ。別々で捜査はするし、互いの独自捜査には干渉しない。だから飯を食う時だけはこうしてラーメンを啜りながら情報交換を交わしていた。
それももう、昔の話だが。
「まあ待てよ、佐竹。せめて俺がラーメンを食べ終わるまで待ってくれ。餃子なら一つやるから」
「いや、だから餃子は要らないです」
「む? そうか? 餃子を食べれないから拗ねたのかと」
言って、東堂は冗談ぽく笑う。俺が何を考えているのか全てお見通しだと言わんばかりの顔だった。
「ハハ、良い顔だ。今日仕事を辞めてきた人間とは思えんな」
皮肉にも冗談にも聞こえることを平坦な口調で言う東堂。ニンニクたっぷりの餃子を食べていようがいまいが、やはりこいつとは口を利きたくないと思った。
「まあ待て、ただラーメンを食おうって訳じゃないん」
言いながらラーメンをズルズル啜り続ける東堂の言葉に説得力は微塵も感じられなかった。キリッとした眉とはっきりと鋭い目つき。こいつは笑っていても怒っていても眼を変えない。感情の起伏を言葉と語勢だけで表す。そういうとこも俺は嫌いだった。
店内は昼時とはいえ思ったより混んでいなかった。木造の内装は所々黒ずんでいて、その歴史を感じさせる。俺と東堂が初めてここに来た時からあったような、無かったような気もするが。
それこそ東堂と初めて飯を食べに来たのも、此処だった気がする。相棒とは名ばかりの協力関係にありながら、互いの捜査方針の違いをありありと感じざるを得なかったあの時、なんとも言えない気持ちで上司である東堂とラーメンを啜っていた記憶がある。
俺は東堂のように、利を利だと断定し、悪を悪だと切り捨て、義理も人情も事件解決のためには捨てることも厭わないと言う姿勢が理解出来なかった。情報収集のために暴力団や半グレ組織と関わり互いの利害を一致させたり、民間人であっても、犯罪を甘く見ている人間を見下すような態度で接するのは相棒として隣で見ていたくなかった。
見ないことで、俺は俺を正当化してきた。
俺には俺の、やり方があった。
面倒だとは言いながら、それでもやれることはそれなりにやってきたつもりだ。
かつての記憶に思慮を巡らし続けていた所で、東堂が箸を置いた。
「さて、本題に入ろうか」
テカテカの口元を手拭きで拭きながら、東堂は視線を上げる。昔と同じくカウンター席ではなくテーブル席を指定したのには懐古的な意味だけでなく、それ相応に違う意味があるようだった。
「例の連続殺人事件、お前はどう思う?何か心当たりがあるんじゃないか?」
東堂の眼は、確かに俺の内部を見据えていた。刺すように、真っ直ぐな細い線を俺の心臓に照射しているように思えた。
「・・・まあ、不味くはないっすね」
「相変わらず辛口だな、お前は。一時期毎日のようにお前と張り込みをしてラーメンを食べていたのを思い出すよ」
勝手に思い出に耽っていろ、と俺は心の中で吐き捨てるように言いながら、ラーメンを啜った。
結局東堂に連れてこられたのはかつて通い詰めた豚骨ラーメンの店だった。脂の量を調節出来るが、いつも東堂は最上級の濃さを頼んでいた。レンゲが立つのではないかというほどのネットリとした白い油が最早ラーメン以外にしか見えないのは俺だけだろうか。
俺は1番脂の少ないあっさり豚骨ラーメンを啜る。細麺がスープに絡むが、さして味を感じれるような状況ではなかった。仕事を辞め、かつての同僚と食べる飯など本来は喉も通らないほど気不味いに決まっている。
「昼時だからと言って、遠慮せず飯を食えるのは、外回りの特権だな。うん、餃子も旨い」
バクバクと餃子を口に運ぶ東堂。注文時にニンニク増量をしたせいで、見るからにえげついものに見えてくる。店員も二度確認していたが、東堂は涼しい顔で同じ内容を繰り返していた。
「どうだ、佐竹もひとつ食べるか? 旨いぞ」
「いや、良いです」
食べるまでもない。それは爆弾だ。例え、この後人と会う予定が無いとかそういう話以前の問題である。
俺は濃いもの、ハッキリとしたもの味のものはあまり好きでは無い。なんならラーメンは塩ラーメンが1番好きだった。
「自分、食べ終わったので・・・」
「なんだ? 帰ろうってか?」
特段怒るわけでもなく、東堂はとぼけるような顔で俺を見る。かつてここに二人で通い詰めた時も、入店時は一緒で、退店時は別々と言うのはさほど珍しく無かった。
何度も言うが、俺と東堂は仲が良いわけでは無い。ただの仕事仲間で、致し方なく相棒関係なだけだ。別々で捜査はするし、互いの独自捜査には干渉しない。だから飯を食う時だけはこうしてラーメンを啜りながら情報交換を交わしていた。
それももう、昔の話だが。
「まあ待てよ、佐竹。せめて俺がラーメンを食べ終わるまで待ってくれ。餃子なら一つやるから」
「いや、だから餃子は要らないです」
「む? そうか? 餃子を食べれないから拗ねたのかと」
言って、東堂は冗談ぽく笑う。俺が何を考えているのか全てお見通しだと言わんばかりの顔だった。
「ハハ、良い顔だ。今日仕事を辞めてきた人間とは思えんな」
皮肉にも冗談にも聞こえることを平坦な口調で言う東堂。ニンニクたっぷりの餃子を食べていようがいまいが、やはりこいつとは口を利きたくないと思った。
「まあ待て、ただラーメンを食おうって訳じゃないん」
言いながらラーメンをズルズル啜り続ける東堂の言葉に説得力は微塵も感じられなかった。キリッとした眉とはっきりと鋭い目つき。こいつは笑っていても怒っていても眼を変えない。感情の起伏を言葉と語勢だけで表す。そういうとこも俺は嫌いだった。
店内は昼時とはいえ思ったより混んでいなかった。木造の内装は所々黒ずんでいて、その歴史を感じさせる。俺と東堂が初めてここに来た時からあったような、無かったような気もするが。
それこそ東堂と初めて飯を食べに来たのも、此処だった気がする。相棒とは名ばかりの協力関係にありながら、互いの捜査方針の違いをありありと感じざるを得なかったあの時、なんとも言えない気持ちで上司である東堂とラーメンを啜っていた記憶がある。
俺は東堂のように、利を利だと断定し、悪を悪だと切り捨て、義理も人情も事件解決のためには捨てることも厭わないと言う姿勢が理解出来なかった。情報収集のために暴力団や半グレ組織と関わり互いの利害を一致させたり、民間人であっても、犯罪を甘く見ている人間を見下すような態度で接するのは相棒として隣で見ていたくなかった。
見ないことで、俺は俺を正当化してきた。
俺には俺の、やり方があった。
面倒だとは言いながら、それでもやれることはそれなりにやってきたつもりだ。
かつての記憶に思慮を巡らし続けていた所で、東堂が箸を置いた。
「さて、本題に入ろうか」
テカテカの口元を手拭きで拭きながら、東堂は視線を上げる。昔と同じくカウンター席ではなくテーブル席を指定したのには懐古的な意味だけでなく、それ相応に違う意味があるようだった。
「例の連続殺人事件、お前はどう思う?何か心当たりがあるんじゃないか?」
東堂の眼は、確かに俺の内部を見据えていた。刺すように、真っ直ぐな細い線を俺の心臓に照射しているように思えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる