神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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161 しゅわしゅわの水

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 旅先では不思議と起こされずとも早起きしてしまうことがある。
ノースロップ湖に来たドレイファスもそうだった。

 パチッ

 ゆっくりと瞼が開く。

「なんだ?今の・・ゆめ?」

 湖のようだった。
水の中からプツプツと小さな泡が吹き出していて、グラスで泡ごと掬うと、何かの液体を入れて混ぜ、飲み干していた。

「あのプツプツ、なんだろ?」

 ドレイファスは見たことのないもの。
ということは、きっと異世界のものなのだろう。

「もうちょっとわかりやすい夢にしてもらいたいよ、ほんと」

 夢に文句を言っても、たぶん考慮はしてもらえないだろうが。

 侍女がいなくてもさっさとクローゼットから服を取り出して着替えを済ませ、部屋の外に出るとちゃんとレイドが座っていた。
 覗き込むと、ハッと目覚めて。

「おっはようございますっ」

 寝ていたらしい。

「おはよう、レイド。起こしてごめんね」
「いえ、どうされました?こんなに早く」
「目が覚めちゃったから、散歩したい」
「お供します」

 別邸の外に出ると靄がかかり、空気がしっとりと露を含んだように纏わりついてくるが、不快ではない。

「ふーっ」

 息を深く吸い込むと、なんとも気持ちがよい。
レイドと手を繋ぐ。

「ん、あっちに行ってみようかな」

 去年泳ぎの練習をした浅瀬の辺りはよく知っている。どうせなら歩いたことのない所にと、少し深そうな水色を湛えたところを目指してみた。

 少し歩くと湖の中を覗き込んでは、また歩く。

「ドレイファス様、何をされているのですか?」
「ん。夢に」
「え?夢をご覧になったのですか?」
「ん、そう。ノースロップとは違うけど、湖の夢だったから、ここで見つからないかなって思って」

 そう言ってまた、覗き込んでいる。

「何を探していらっしゃるのですか?」
「プツプツした泡」

 レイドは、言っている意味がよく理解出来なかったが。
泡はいくらでもあるので、目的の泡を一緒に探すことにする。

 そう例えば波が打ち寄せるときにできる泡。

「そういうのじゃない」

湖面に映る魚の影が吐き出すぽっこりした泡。

「もっとちいさくて次々に出てくるの!」

 小さな蟹が吹き出す泡。

「違うし」

 湖の湖面に小さくプツプツと現れては消えていく泡?

「え?あれ?なんか似てるかも。」
「え!本当ですか?」
「違うかな?でも見つけてくれてありがと!あれ、汲んで確かめてみたいんだけど、どうしたらいいと思う?」
「汲むんですか?」

 ほとりからは少しある。
靴も服も濡らせば歩いて辿り着けるかもしれないが、水の色は見た目より深いかもしれない濃さだった。

「一度戻って、ボートで出直すのがよろしいでしょう」

 目的が見つかれば、帰りの足は早い。
別邸に戻ると朝食の時間が近づいており、食事をして、準備を整えてから出かけることにした。

「蓋付きの瓶に入れてたかな?」

 ドレイファスは厨房のボンディを訪ねた。
今が一番忙しい時間だが、殺気立つこともなく歌を歌いながら鍋を振っている。

「ボンディ、おはよう」
「ドレイファス様!おはようございます、よく眠れましたか?」
「うん、よく寝たよ。ねえ、蓋付きの瓶があったら貸してほしいの」
「蓋付きの瓶でございますね!朝食の支度が終わりましたら準備致しましょう」
「朝食食べたら出かけちゃうから、それまでに持ってきてくれる」
「畏まりました、お持ちします~」

 答えを聞いて、湖畔のテーブルに戻る。
ローライトとグレイザールは既に席についていたが、トレモルとボルドアは早朝から鍛錬しているのか、来る気配はまだない。

「お待たせいたしました」

 給仕が始まるが、まだ来ない。

「トリィたちどうするんだろ」

 ドレイファスがきょろきょろし始めたとき、ようやくふたり一緒に走ってきた。

「おそーい!何やってたの」
「ごめんって。ちょっと夢中になり過ぎちゃった」

 ひとしきり文句を言うと、ナプキンを胸にかけてさっさと食べ始める。
ふたりには文句を言ったのだが、実際そこまで気にしていたわけではない。
 頭の中はさっきの泡立つ水でいっぱいだった。
飲んでいた、あの泡ごと。自分も飲んでみたいと、その一心で朝食を腹におさめていった。

「よし、ごちそうさまでした」

 くるりと見回してレイドが食べ終わっているか確認していると、ボンディが手を振って近づいてくる。

「ドレイファス様、さきほどのご要望はこちらでよろしいですか?」

 籠の中に蓋付きの瓶が数本。

「うん、ありがとう!」
「これどうなさるんです?」
「水汲むの」
「水ですか?」

 にこにこっと笑うだけのドレイファスは前にも見たことがある。
これ以上聞いても無駄だなとボンディは訊ねるのをやめた。

「レイド、そろそろ行きたい」
「準備はできております」

 レイドはとっくに食事を終え、船を用意していた。地元の漁師たちが早朝の漁から戻ってきたところを捕まえたので、きれいとは言えないが、不安定なものではないのでドレイファスを乗せても安心だ。
船は静かに湖面を滑り出した。

「あの辺だったよね?」
「ええ、あちらに向かうように頼んであります」

 そつなくこなすレイドである。

「ねえ、聞いてもいいですか?」

 漁師に声をかける。

「はい、なんでごぜえましょう?」
「あの辺にプクプク泡が出てるところある?」
「泡ですか?ああ、ありますね」
「あの泡はなあに?」

 想定外の質問だったらしい。漁師は返事ができずに固まった。

「泡なんだけど」
「へえ、ええっと、わたしらは気にしたことがねえもので、あの泡はなんなんでしょうねえ?」

 逆に質問されてしまう。

「飲んだりとかは?」
「ああ、あー?俺は飲みませんでね」

 これ以上訊いてもきっとほんと何もわからないだろうと、ドレイファスは諦めて。
湖面を覗くことに集中した。

「あ、あそこだ!」

 指差すところに寄せてもらうと。
船は湖面から高さがあるので、手をのばして汲むことはできない。

「ねえ、水を汲むにはどうしたらいいと思う?」

 レイドを見ると、桶にロープを繋いでいるところ。

「これを下ろして汲みましょう」

 そう言って、船から桶を湖面に落として入り込んだ水を汲み上げた。

「入った?」

 中を覗くと少ないが入っている!

「瓶に入れるから手伝って」

 レイドが桶を傾け、ドレイファスが流れてくる水を瓶に受け止めていく。

「もう一度!」

 何度もくり返し、ボンディにもたせてもらった瓶すべてに水を詰め終えると、ようやくドレイファスが帰ると言って岸に向かう。

「みなさん、今日はありがとうございました」

 余談だが、レイドが礼だと紙包みを渡したのを見て、ドレイファスは物を買う以外でも金を使うことがあるとこのときに覚えたのだった。


 湖岸で漁師たちに手を振り見送ると、ドレイファスがカチャカチャと音を立てながら瓶を入れた籠をがんばって運ぶ。

「私がお持ちします、ドレイファス様」
「うん、いい。自分で持って行きたい」

 途中休みながら部屋へ戻る。
瓶の蓋を開けて、中を覗くと!

「プツプツ、しゅわぁ」

 泡が浮かんで消えていくときに「しゅわぁ」と音がすることに気づく。
コップに注ぐと、しゅわしゅわと音を立てて泡が消えていくのが面白い。

「の、飲んでみよかな」

 夢の中では、これを美味しそうに飲んでいたのだから、きっと大丈夫と自分を奮い立たせる。

「だって、湖の水なんだから!大丈夫大丈夫」

 コップに口をつけると、ぐっと傾けて一口。

「!!」

 口の中でしゅわしゅわしゅわぁと泡が弾けて消えていくのがわかる!
ただの水を飲むより、なにか、ちょっと美味しい気さえするのだ。

「これ、いい!」

 しかし今日はがんばりすぎた。
急に眠気に襲われ、飲み終えたコップを放り出して、寝台に潜り込むとあっという間に眠りに落ちた。


『しゅわしゅわしゅわぁ』


 おとなもこどももしゅわしゅわの水を楽しそうに飲んでいる。
おとなのは透明・・・より少し黄色がかって。こどものはオレル水みたいなんだけど、しゅわしゅわしてるもの。
そして、しゅわしゅわの水を持ってきた女の人が、はちみつを垂らして細い棒でかき混ぜ、飲み干した。

 ─おいしいのかな?─

 パチッと目が覚めパッと起き上がると、うん!と頷き、瓶を掴んで厨房へ向かう。
部屋の外に待機していたレイドがあとからついてきた。

「ボンディ!」
「おおドレイファス様、瓶はお役に立ちましたかな」
「うん、あのねはちみつ持ってきてる?あとオレル水とか」
「はちみつはカルルドくんのミンツのがございます。あとオレル水ですね」
「両方出して!あとコップいくつか」

 そういうと、調理台に水を詰めてきた瓶を出し、ボンディが出したコップにしゅわしゅわと水を注いでいく。
それからはちみつを垂らしたもの、オレル水を混ぜたものを作り、飲んでみた。
ボンディはドレイファスのやることを見守っている。

「あ!」

 ミンツはちみつを溶かしたものは美味しかった。甘みとさわやかな風味としゅわしゅわが絶妙!
期待してオレル水と混ぜたものも飲んだのだが。

「なんか違う・・・」

 変な顔をしたドレイファスの変化に、ボンディが覗き込んできた。

「ドレイファス様?」
「これ、飲んでみて」
「はい、いただきます」

 まずはちみつ入りに口をつけると、ボンディの眉が上がる。

「うんん、おーいしい!なんだこの弾ける感じ?」
「じゃ、こっちも」

 最初がおいしかったので躊躇わずに手をのばし、口にする。

「あれ?こっちは・・・ああ、そうか!」

 ボンディは何か気づいたようで、奥からあまり出回ることのないオレンジ色の果実を持ってきた。

「これ、なんだかおわかりになりますか?」

 ボンディの問いにドレイファスが首を振ると、何やらうれしそうだ。

「これはね、オレルですよ、絞るとオレル水になるんです」

 その情報は正確ではない。オレル水は、書いて字のごとく100‰果汁ではなく、オレルの絞り汁を水で薄めているのだ。

 ボンディはオレルを半分に切ると、コップの上で絞り始めた。ポタポタと果汁が落ちるたびに、しゅわぁしゅわぁと音を立て、泡が消えていくのが儚く美しい。

「ちょっと失礼」

小さく萎んだオレルを置いて手を拭き、ようやくボンディがコップに口をつけた。

「ん!んんん!」

 表情が見る見る変わり、どう見てもドヤ顔である。
残りのオレルを絞り、ドレイファスとレイドに同じものを作ってやるとコップを渡す。

「ドレイファス様、どうぞおあがりください」

 そうしてふたり一緒に、ぐいっと飲み干した。
ドレイファスとレイドは目を合わせ、頷きあう。

「おいっしいっ!なにこれ!」

 目をまん丸くしてびっくりして叫ぶドレイファス。

「いや、ドレイファス様がお作りになったのではありませんか」

 ボンディが吹き出した。
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