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195 すっぱいもの

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 目が覚めたドレイファスは、酷く疲れていた。目を擦り、体を起こすと何やら頭が重い。

「なんか、すこく長い夢だったな・・・」

 しかし、よく覚えていない。
 もちろん夢で見ていた間は覚えたと思っているのだが、目が覚めたらきれいに消え失せているのだから、なんとも切ない話である。

 ドレイファスはこれから数日、同じ夢を見続けて壮絶な寝不足(寝ているけど)になるのだが、二度三度と繰り返すうちに、夢もはっきりと思い出せるようになっていった。
 まずはボンディに。

「あれ、アプルの液体だったみたいなんだ」

 そう教えるとアプルの果実水をくれたが、もちろんそれではない。

「あと、トモテラとガーリーと玉ねぎすごく小さく刻んで、調味料入れて煮たものをソースにしてた!」

 何かもう一つ覚えたものがあったはずだと首を捻るが。どうやらここが限界のようだ。

「ではとりあえず、私はトモテラを煮たソースをがんばってみましょう」
「うん、よろしくね」


 次はシエルドだ。
 学院では話せないことなので、シエルドに離れに寄るように頼むと、心得た顔で頷いた。


「えー、何その夢!じゃあ春になって夏になって秋になったくらいの夢を一気に見てるの?」
「うん、そうなんだ。もう毎日眠くてしようがないんだよ」
「寝ているのに寝不足ってこと?」

 ぷぷっと吹き出したシエルドを、じとっと睨むが。

「寝不足のときにすっきりするポーション、師匠にもらったのがあったと思うな」

 ローザリオが昔徹夜で勉強し、翌日の肝心な試験のときに寝落ちてしまった経験から作られたポーションである。

「いいの、もらって?」
「僕はいらないもの。師匠みたいに徹夜で試験勉強なんかしないからね」

 師匠を小馬鹿にしたようなシエルドに何か言ってやろうかと思ったが、まずはポーションを飲むことにした。

「にっがい!」

 しかし、あれほど重かった頭はみるみるすっきりとして、数日ぶりの晴れ晴れした気持ちになっていく。

「これ、すっごくよく効くね」
「そう?師匠に言っておくよ。ところでさっきのアプルの話だけど、夢のとおりなら・・・半年くらいはかかるってこと?」

 シエルドは指折り数えながらドレイファスが夢で見てきただろう時間を数える。

「うん、たぶん」
「よし、じゃあ早速やってみよう」

 実験大好きなシエルドには、半年だろうが一年だろうがまったく苦ではない。むしろうれしそうにいそいそと瓶を用意し始めたが、ドレイファスは不思議なものをみるような目をシエルドに向けていた。


 アプルの実は、離れにはない。
というか厨房にもなかった。


「どこに行けばあるかな?山?」
「え、農会の市場でしょ」
「何それ」
「うそ!ドル、市場知らないの?」
「しっ、し・・・らない」

 一瞬悔しくて知っていると言いそうになったが、後でばれるともっとからかわれると思い出して、正しく、知らないと答えた。

「そうなんだ!じゃあ一緒に行こうよ」

 てっきり馬鹿にされる、からかわれると身構えたが、シエルドはそんなことよりアプルを手に入れることで頭がいっぱい。

「外に出るときの護衛はどうするの?」
「ではメルクルを呼んできます」

 レイドがアーサに目配せしてその場を離れたと思ったが、すぐメルクルと戻ってきた。

「はやっ!」
「たまたま廊下を歩いておりました」

 何かを示し合わせたように、ふたりの護衛はニッと笑った。

「農会の市場に行きたいと?」
「そう」
「では明後日の休みの朝にしてはどうでしょう」
「ええ?今日行きたいんだけど」

 メルクルは腰を屈め、シエルドに視線を合わせると言った。

「この時間だとほぼ売り切れていますよ。探したいものがあるなら学院が休みの明後日がいいでしょう」

 あっ!とシエルドが声を漏らして、同意した。

「じゃあそれで」


 約束の日の朝、まだ眠そうなドレイファスをシエルドが迎えに来る。

「すっごく眠そうだよ」
「うん、夢がね」

 あの長い夢を今も見ているので、シエルドのポーションを飲み終えてしまったあとは、また眠すぎる朝が続いていた。

「馬車で少し眠ったら」

 シエルドが肩を貸してやり、うとうとするドレイファスがなにかを呟いている。

「すっぱ」




「ドルついたよ」

 ゆさゆさと揺さぶられたドレイファス。
うむうむ言いながら起き出して、馬車を見回し、はっとする。

「目、覚めた?」
「うん、もう大丈夫。ありがとう」

 馬車の外は、屋台かずらりと並ぶ市場。
 初めて見るドレイファスは、ひとり落ち着かぬ仕草できょろきょろと見回しているが、シエルドはさっさと目当てのアプルを見つけ出していた。手を振って、ドレイファスを呼び寄せる。

「どれくらい買えばいいと思う?」

 実験を実際にやるのはシエルドなので、ドレイファスが決めることはしない。

「出来上がるのに何ヶ月もかかるなら、多めに作ってみよう!一瓶にアプル何個入れてたの?」
「このくらいの瓶に二つ」
「え?そんなものでいいの?」

 定期的に瓶を振らなくてはいけないのだ。
あまりに多く作ると、それが大変そうだとシエルドが瓶10本分のアプル20個と決めた。

「せっかくだから少し見てまわろうよ」

 自分の革袋から金貨を支払ったシエルドが、アプルを馬車に乗せるとまた降りてきて指をさす。

「いい物見つけた!ほら、あれみて」

 見慣れない花があった。
大きくてひらひらした花びらは、しゃくしゃくを思い起こさせるが、花びらの数はしゃくしゃくの方が圧倒的に多い。

「これ、何ていう花ですか?」

 気軽に屋台の女性に話しかけたシエルドにドレイファスは驚いたが、まったく頓着しない。

「ビスケスよ。買うかい?」
「香りを嗅いでみてもいいですか」
「ああ、どうぞ」

 シエルドはこくんと頷き、手を花に当てて鼻を寄せ、くんと嗅いだ。

「うん、良い香りですね。ではこれを・・母上と姉上とおばあさまとおば様たちかな。全部で7束お願いします」

 ポケットから革袋を出した。

「ちょっとシエルってば!」

 シエルドに姉はいないと言うのに何を言っているんだと、ドレイファスが小さく袖口を引っ張ったが、シエルドはパチンと一度ウインクをしただけでコインを支払い、花束を受け取る。

「どうもありがとう」

 互いに礼を言うとシエルドはアーサに花束を渡して馬車へ戻っていく。
追いついたドレイファスがシエルドの肩を掴む。

「うん、中で話すから早く馬車に乗って」

 言いたいことはわかっているとでも言わんばかりに、ドレイファスを先に馬車へと押し込んだ。

「ちょっとシエルってば!さっきの何?姉上なんていないだろ?」
「嘘も方便って言葉知らないの?怪しまれずにたくさん買うために言っただけだよ。モリエールさん直伝なんだけど、すごくうまく言えた!」

 扉を閉めようとして話が聞こえたメルクルが笑っている。

「そ、そうなの?」
「そうだよ、罪のない嘘ならついたっていいんだ」

 碧い目は戸惑いを浮かべて、メルクルを見た。
 いつも誰よりも頼りになる護衛は、ニッと笑って何も答えない。

「そういうものかな?」
「そういうものだよ」

 パタンとメルクルが馬車の扉を閉めると、静かに公爵家への道程を走り出した。

「その花はどうするつもり?」
「タンジェントさんに増やしてもらう」
「見かけない花だよね?」
「ビスカスっていう南方の花だ。この辺ではめったに見かけないね。これは疲れを癒やす茶にしたり、いろいろ使えそうなんだ」
「そんなこと、あの女の人言ってたか?」
「鑑定したんだよ、こうやって」

 花に顔を近づけてみせる。

「とりあえずこれはタンジェントさんに任せて、僕らはアプルに取りかかろう!」



 離れの実験室についたドレイファスとシエルドは、アプルの実を布でくるりと拭き取ると、シエルドはナイフでアプルをざくざくと切り始めた。ドレイファスは瓶と蓋を拭いて、水を汲んできた。

「瓶に2個分のアプルを入れて、水をひたひた?」
「そう」
「こんな感じ?」
「だったと思う」
「で、二、三日おきに瓶を振るの?」
「そう。あ!振る前に蓋を閉めて、振ったら少し緩めてたと思う」
「緩めるの?なんで?」
「そんなの、わからないよ」
 
 シエルドとドレイファスは顔を見合わせて、へへっと笑う。

「だよね、ドルがわかるわけないわ」
「ちょっとシエル!ひどいな」



 それから、しばらくはシエルドとドレイファスが交代で瓶を振り、少しづつ間隔を開けて、アプルの実を取り出す日がやって来た。
話を聞いていたローザリオも様子を見に来て。

「へえ、水とアプルだけで時間を置いたらこうなるのか?」

 実を絞り、すべてを濾して瓶に入れ直す。

「ちょっと貸して」

 匂いを嗅ぐと、ツンと酸っぱい匂いが鼻をつく。
指先で実を濾した布巾についている汁を掬い、ひと舐めして。

「おお、匂いのとおりにけっこうな酸味だな。しかし嫌なものではない」

 気に入ったらしい。

「ここまでの期間は?」
「三月です」
「なるほど。では私も作ってみよう。時間の短縮ができるような何かがあるか、見つけたいからな」

 濾して詰めた瓶をまた三月放置し、火入れをして完成させたときも、もちろんローザリオはやって来た。

「以前よりずっと酸味が強くなったなぁ」

 舐めると、その酸味に顔を顰める。

「師匠!これはそのままではなく、何かと合わせて、調理に使ったり飲み物にいれたりするらしいですよ」

 シエルドが、食いしん坊の師匠を嗜めるように教えてやったのたが、ローザリオは不満そうな顔をする。

「そんなこと、知っていたなら口に入れる前に教えなさい」

 シエルドはぺろりと舌を出した。
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