【完結】君を傷つけるつもりはなかったと、浮気者の婚約者が叫んでいます。

やまぐちこはる

文字の大きさ
17 / 23

第17話

しおりを挟む
 シューラは、自身がまったく気にしていなかったことを、さも重大なことのように目の前の若者に言われて、初めてスタイスの顔を見上げた。
 眉間に皺を寄せ、辛そうに遠くに視線を向けているスタイスは、栗毛の髪をかきあげて知的な顔をシューラの前に晒している。

「あら、ご存知ありませんでした?わたし・・・も五年前は平民でしたけど?
生まれた時からの貴族のくせにいけ好かないズーミー様なんかより、礼節を弁えたスタイス様のほうがずぅっと素敵だと思いますわ!」

 一瞬きょとんとしたスタイスだったが。

「いけ好かないって・・ぷっ、ハハハ」



 スタイスはそれまでの緊張が、貴族らしくない言葉を使うシューラのお陰で解れていくのを感じていた。


 ─私をあの貴族より素敵って言ってくれた─


 その言葉を胸に秘めて、こっそりと喜ぶ。

 赤い髪を下ろした紫の瞳のシューラの、美しい顔立ちと涼し気な立ち居振る舞いに一目で憧れたスタイスは、その憧れの君が婚約者になると聞かされて、足が宙に浮いたような気がした。



 ─こんな幸せなことがあっていいのだろうか─



 はにかむように微笑んだスタイスは、硬い表情のときにはわからなかった甘やかさを振りまく。
 シューラは急に見せたスタイスの私的な表情に見惚れていた。



 ─穏やかで優しそうな方。でもお仕事はすごくできるのよね。
預り業の草案も、私では思いつかないようなことがたくさん書かれていて、お父様も驚かれたほどだった─



 そう、スタイスはその柔らかで穏やかな空気を纏う容姿に似合わず、若くして猛烈な仕事人間と噂されている。
 そういう意味でも、商会や男爵家を維持発展させていく後継者に相応しいと言えるだろう。


「いい香りですわね」
「祖母が薔薇が好きで庭園には力を入れていたそうです。薔薇はお好きですか?」
「はい。勿論好きですわ」


 そう言ったシューラは、ふらりと薔薇のそばにより鼻を近づけるとスンと香りを吸い込んだ。

 その仕草がとんでもなく可愛らしいと、スタイスの心を熱くしたことなど知りもしないシューラは、最高の笑顔で振り返り、

「この薔薇の香り、素晴らしく芳しいですわ!何という薔薇かしら、ご存知?」



 ─芳しいのは貴女だ─



 小首を傾げたスタイスはそんなことを考えながら、知らぬ間に成立していた婚約は素晴らしい幸運だと改めて思うのだった。


 ─絶対に彼女と幸せになりたい!─








 婚約して以来、よくいろいろな所に出かけるようになった二人。
 スタイスはズーミーとは違い、明らかに格上の家のシューラに一切金を使わせない。
 どこへ行っても、何を買うのでも、すべてスタイスがさりげなく支払いを済ませてしまう。


「私のものは自分で買いますわ」

 シューラがそう言っても、にこりと笑い、首を振る。

「そう仰らずに、私とともにいる時は、是非私に支払わせてください。それが私の喜びですから」

 いつも金を払うのが当たり前だったシューラは、かなりの期間、スタイスが支払いを済ませることに慣れなかった。

「一緒にお店に行くと、買おうか迷っているだけなのにすぐに気付いて、知らないうちに買ってくれているの!
それとは別に毎日のように花やプレゼントが届くのだもの、びっくりよ!」

 そう友人の子爵令嬢エラ・メトリーに話すと!

「毎日はすごいと思うけど、婚約者からのプレゼントとかはけっこう当たり前のことだから。今までがおかしかったのよ。シューラはただノルズ様ににっこり微笑んで感謝の気持ちを伝えれば十分。きっとノルズ様もそれが最高のご褒美だと思うに違いないわ」

 シューラが新たな婚約者スタイスを紹介した数少ない友人たちは、スタイス・ノルズのうっとりとシューラを見つめる視線に、今度こそシューラを大切にする相手が現れたとホッと安堵したものだった。

「そ、そうかしら」
「そうよ!元来殿方というのは私たちを甘やかすことに喜びを感じるものですもの!」

 ─そ、そうなのかしら─

 自信満々に言い切ったエラを見て、ドキドキしたシューラだが、3ヶ月、半年とスタイスと過ごすうちに少しづつ婚約者に甘やかされることに慣れていく。
 でもズーミーを知るシューラは、決して当たり前のこととは思わず、常に感謝の気持ちを言葉にしたり、小さなプレゼントにして示し続けた。


 そうして親に押し付けられたにも関わらず、想いを育みあったふたりの婚約期間は順調に終わり、テルド伯爵の音頭取りの元、二つの商会の面子をかけた華々しい式が行われた。
 その甘くとろけるような幸せぶりを皆に知らしめながら。




 スタイスのことを玉の輿に乗った男とやっかみ半分に言う者もいたが、若くして預り業を軌道に乗せたスタイスは、あらゆる財産家の秘密を共有する裏の権力者となっていく。
 金と人脈を持ち、歳とともに洗練されていく容姿のスタイスは、とにかくモテまくった。
 だからといってスタイスが勘違いすることはなく、シューラの思いつきがあったから今があるのだと、数多の誘惑を跳ね除けて誰よりも妻を尊び、一途に愛し続けて。

 後にレインスル男爵となったシューラはスタイスとの間に、双子男子と双子男女の四人の子を生んだ。
六人家族となったレインスル男爵家は、今一際賑やかな幸せに包まれている。




∈∈∈∈∈∈∈∈


最後までお読み頂きありがとうございます。
本編はこれにて完結となり、このあとズーミーその後編を外伝として公開します。

新作「婚約者は偽物でした!傷物令嬢は自分で商売始めます。」本日(19時頃予定)から公開します。ちょっと長め作品ですが、どうぞよろしくお願い致します。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

婚約破棄が破滅への始まりだった~私の本当の幸せって何ですか?~

八重
恋愛
「婚約破棄を言い渡す」 クラリス・マリエット侯爵令嬢は、王太子であるディオン・フォルジュにそう言い渡される。 王太子の隣にはお姫様のようなふんわりと可愛らしい見た目の新しい婚約者の姿が。 正義感を振りかざす彼も、彼に隠れて私を嘲る彼女もまだ知らない。 その婚約破棄によって未来を滅ぼすことを……。 そして、その時に明かされる真実とは── 婚約破棄されたクラリスが幸せを掴むお話です。

妹と再婚約?殿下ありがとうございます!

八つ刻
恋愛
第一王子と侯爵令嬢は婚約を白紙撤回することにした。 第一王子が侯爵令嬢の妹と真実の愛を見つけてしまったからだ。 「彼女のことは私に任せろ」 殿下!言質は取りましたからね!妹を宜しくお願いします! 令嬢は妹を王子に丸投げし、自分は家族と平穏な幸せを手に入れる。

【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが

ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は 今 更私に婚約破棄を告げる。 ふ〜ん。 いいわ。破棄ね。 喜んで破棄を受け入れる令嬢は 本来の姿を取り戻す。 * 作り話です。 * 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。 * 暇つぶしにどうぞ。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

婚約破棄した相手が付き纏ってきます。

沙耶
恋愛
「どうして分かってくれないのですか…」 最近婚約者に恋人がいるとよくない噂がたっており、気をつけてほしいと注意したガーネット。しかし婚約者のアベールは 「友人と仲良くするのが何が悪い! いちいち口うるさいお前とはやっていけない!婚約破棄だ!」 「わかりました」 「え…」 スッと婚約破棄の書類を出してきたガーネット。 アベールは自分が言った手前断れる雰囲気ではなくサインしてしまった。 勢いでガーネットと婚約破棄してしまったアベール。 本当は、愛していたのに…

敵対勢力の私は、悪役令嬢を全力で応援している。

マイネ
恋愛
 最近、第一皇子殿下が婚約者の公爵令嬢を蔑ろにして、男爵令嬢と大変親しい仲だとの噂が流れている。  どうやら第一皇子殿下は、婚約者の公爵令嬢を断罪し、男爵令嬢を断罪した令嬢の公爵家に、養子縁組させた上で、男爵令嬢と婚姻しようとしている様だ。  しかし、断罪される公爵令嬢は事態を静観しておりました。  この状況は、1人のご令嬢にとっては、大変望ましくない状況でした。そんなご令嬢のお話です。

婚約破棄、ですか。此方はかまいませんよ、此方は

基本二度寝
恋愛
公国からやってきた公女ニドリアラは、王国の王子アルゼンが男爵令嬢と良い仲になっていると噂を聞いた。 ニドリアラは王国に嫁ぐつもりでやってきたはずなのだが、肝心の王子は他の令嬢にうつつを抜かし、茶会の席にも、夜会の出席もない。 ニドリアラの側にいつも居るのは婚約者の王子ではなく、王家から派遣された護衛の騎士だけだった。

処理中です...