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第17話
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シューラは、自身がまったく気にしていなかったことを、さも重大なことのように目の前の若者に言われて、初めてスタイスの顔を見上げた。
眉間に皺を寄せ、辛そうに遠くに視線を向けているスタイスは、栗毛の髪をかきあげて知的な顔をシューラの前に晒している。
「あら、ご存知ありませんでした?わたしも五年前は平民でしたけど?
生まれた時からの貴族のくせにいけ好かないズーミー様なんかより、礼節を弁えたスタイス様のほうがずぅっと素敵だと思いますわ!」
一瞬きょとんとしたスタイスだったが。
「いけ好かないって・・ぷっ、ハハハ」
スタイスはそれまでの緊張が、貴族らしくない言葉を使うシューラのお陰で解れていくのを感じていた。
─私をあの貴族より素敵って言ってくれた─
その言葉を胸に秘めて、こっそりと喜ぶ。
赤い髪を下ろした紫の瞳のシューラの、美しい顔立ちと涼し気な立ち居振る舞いに一目で憧れたスタイスは、その憧れの君が婚約者になると聞かされて、足が宙に浮いたような気がした。
─こんな幸せなことがあっていいのだろうか─
はにかむように微笑んだスタイスは、硬い表情のときにはわからなかった甘やかさを振りまく。
シューラは急に見せたスタイスの私的な表情に見惚れていた。
─穏やかで優しそうな方。でもお仕事はすごくできるのよね。
預り業の草案も、私では思いつかないようなことがたくさん書かれていて、お父様も驚かれたほどだった─
そう、スタイスはその柔らかで穏やかな空気を纏う容姿に似合わず、若くして猛烈な仕事人間と噂されている。
そういう意味でも、商会や男爵家を維持発展させていく後継者に相応しいと言えるだろう。
「いい香りですわね」
「祖母が薔薇が好きで庭園には力を入れていたそうです。薔薇はお好きですか?」
「はい。勿論好きですわ」
そう言ったシューラは、ふらりと薔薇のそばにより鼻を近づけるとスンと香りを吸い込んだ。
その仕草がとんでもなく可愛らしいと、スタイスの心を熱くしたことなど知りもしないシューラは、最高の笑顔で振り返り、
「この薔薇の香り、素晴らしく芳しいですわ!何という薔薇かしら、ご存知?」
─芳しいのは貴女だ─
小首を傾げたスタイスはそんなことを考えながら、知らぬ間に成立していた婚約は素晴らしい幸運だと改めて思うのだった。
─絶対に彼女と幸せになりたい!─
婚約して以来、よくいろいろな所に出かけるようになった二人。
スタイスはズーミーとは違い、明らかに格上の家のシューラに一切金を使わせない。
どこへ行っても、何を買うのでも、すべてスタイスがさりげなく支払いを済ませてしまう。
「私のものは自分で買いますわ」
シューラがそう言っても、にこりと笑い、首を振る。
「そう仰らずに、私とともにいる時は、是非私に支払わせてください。それが私の喜びですから」
いつも金を払うのが当たり前だったシューラは、かなりの期間、スタイスが支払いを済ませることに慣れなかった。
「一緒にお店に行くと、買おうか迷っているだけなのにすぐに気付いて、知らないうちに買ってくれているの!
それとは別に毎日のように花やプレゼントが届くのだもの、びっくりよ!」
そう友人の子爵令嬢エラ・メトリーに話すと!
「毎日はすごいと思うけど、婚約者からのプレゼントとかはけっこう当たり前のことだから。今までがおかしかったのよ。シューラはただノルズ様ににっこり微笑んで感謝の気持ちを伝えれば十分。きっとノルズ様もそれが最高のご褒美だと思うに違いないわ」
シューラが新たな婚約者スタイスを紹介した数少ない友人たちは、スタイス・ノルズのうっとりとシューラを見つめる視線に、今度こそシューラを大切にする相手が現れたとホッと安堵したものだった。
「そ、そうかしら」
「そうよ!元来殿方というのは私たちを甘やかすことに喜びを感じるものですもの!」
─そ、そうなのかしら─
自信満々に言い切ったエラを見て、ドキドキしたシューラだが、3ヶ月、半年とスタイスと過ごすうちに少しづつ婚約者に甘やかされることに慣れていく。
でもズーミーを知るシューラは、決して当たり前のこととは思わず、常に感謝の気持ちを言葉にしたり、小さなプレゼントにして示し続けた。
そうして親に押し付けられたにも関わらず、想いを育みあったふたりの婚約期間は順調に終わり、テルド伯爵の音頭取りの元、二つの商会の面子をかけた華々しい式が行われた。
その甘くとろけるような幸せぶりを皆に知らしめながら。
スタイスのことを玉の輿に乗った男とやっかみ半分に言う者もいたが、若くして預り業を軌道に乗せたスタイスは、あらゆる財産家の秘密を共有する裏の権力者となっていく。
金と人脈を持ち、歳とともに洗練されていく容姿のスタイスは、とにかくモテまくった。
だからといってスタイスが勘違いすることはなく、シューラの思いつきがあったから今があるのだと、数多の誘惑を跳ね除けて誰よりも妻を尊び、一途に愛し続けて。
後にレインスル男爵となったシューラはスタイスとの間に、双子男子と双子男女の四人の子を生んだ。
六人家族となったレインスル男爵家は、今一際賑やかな幸せに包まれている。
完
∈∈∈∈∈∈∈∈
最後までお読み頂きありがとうございます。
本編はこれにて完結となり、このあとズーミーその後編を外伝として公開します。
新作「婚約者は偽物でした!傷物令嬢は自分で商売始めます。」本日(19時頃予定)から公開します。ちょっと長め作品ですが、どうぞよろしくお願い致します。
眉間に皺を寄せ、辛そうに遠くに視線を向けているスタイスは、栗毛の髪をかきあげて知的な顔をシューラの前に晒している。
「あら、ご存知ありませんでした?わたしも五年前は平民でしたけど?
生まれた時からの貴族のくせにいけ好かないズーミー様なんかより、礼節を弁えたスタイス様のほうがずぅっと素敵だと思いますわ!」
一瞬きょとんとしたスタイスだったが。
「いけ好かないって・・ぷっ、ハハハ」
スタイスはそれまでの緊張が、貴族らしくない言葉を使うシューラのお陰で解れていくのを感じていた。
─私をあの貴族より素敵って言ってくれた─
その言葉を胸に秘めて、こっそりと喜ぶ。
赤い髪を下ろした紫の瞳のシューラの、美しい顔立ちと涼し気な立ち居振る舞いに一目で憧れたスタイスは、その憧れの君が婚約者になると聞かされて、足が宙に浮いたような気がした。
─こんな幸せなことがあっていいのだろうか─
はにかむように微笑んだスタイスは、硬い表情のときにはわからなかった甘やかさを振りまく。
シューラは急に見せたスタイスの私的な表情に見惚れていた。
─穏やかで優しそうな方。でもお仕事はすごくできるのよね。
預り業の草案も、私では思いつかないようなことがたくさん書かれていて、お父様も驚かれたほどだった─
そう、スタイスはその柔らかで穏やかな空気を纏う容姿に似合わず、若くして猛烈な仕事人間と噂されている。
そういう意味でも、商会や男爵家を維持発展させていく後継者に相応しいと言えるだろう。
「いい香りですわね」
「祖母が薔薇が好きで庭園には力を入れていたそうです。薔薇はお好きですか?」
「はい。勿論好きですわ」
そう言ったシューラは、ふらりと薔薇のそばにより鼻を近づけるとスンと香りを吸い込んだ。
その仕草がとんでもなく可愛らしいと、スタイスの心を熱くしたことなど知りもしないシューラは、最高の笑顔で振り返り、
「この薔薇の香り、素晴らしく芳しいですわ!何という薔薇かしら、ご存知?」
─芳しいのは貴女だ─
小首を傾げたスタイスはそんなことを考えながら、知らぬ間に成立していた婚約は素晴らしい幸運だと改めて思うのだった。
─絶対に彼女と幸せになりたい!─
婚約して以来、よくいろいろな所に出かけるようになった二人。
スタイスはズーミーとは違い、明らかに格上の家のシューラに一切金を使わせない。
どこへ行っても、何を買うのでも、すべてスタイスがさりげなく支払いを済ませてしまう。
「私のものは自分で買いますわ」
シューラがそう言っても、にこりと笑い、首を振る。
「そう仰らずに、私とともにいる時は、是非私に支払わせてください。それが私の喜びですから」
いつも金を払うのが当たり前だったシューラは、かなりの期間、スタイスが支払いを済ませることに慣れなかった。
「一緒にお店に行くと、買おうか迷っているだけなのにすぐに気付いて、知らないうちに買ってくれているの!
それとは別に毎日のように花やプレゼントが届くのだもの、びっくりよ!」
そう友人の子爵令嬢エラ・メトリーに話すと!
「毎日はすごいと思うけど、婚約者からのプレゼントとかはけっこう当たり前のことだから。今までがおかしかったのよ。シューラはただノルズ様ににっこり微笑んで感謝の気持ちを伝えれば十分。きっとノルズ様もそれが最高のご褒美だと思うに違いないわ」
シューラが新たな婚約者スタイスを紹介した数少ない友人たちは、スタイス・ノルズのうっとりとシューラを見つめる視線に、今度こそシューラを大切にする相手が現れたとホッと安堵したものだった。
「そ、そうかしら」
「そうよ!元来殿方というのは私たちを甘やかすことに喜びを感じるものですもの!」
─そ、そうなのかしら─
自信満々に言い切ったエラを見て、ドキドキしたシューラだが、3ヶ月、半年とスタイスと過ごすうちに少しづつ婚約者に甘やかされることに慣れていく。
でもズーミーを知るシューラは、決して当たり前のこととは思わず、常に感謝の気持ちを言葉にしたり、小さなプレゼントにして示し続けた。
そうして親に押し付けられたにも関わらず、想いを育みあったふたりの婚約期間は順調に終わり、テルド伯爵の音頭取りの元、二つの商会の面子をかけた華々しい式が行われた。
その甘くとろけるような幸せぶりを皆に知らしめながら。
スタイスのことを玉の輿に乗った男とやっかみ半分に言う者もいたが、若くして預り業を軌道に乗せたスタイスは、あらゆる財産家の秘密を共有する裏の権力者となっていく。
金と人脈を持ち、歳とともに洗練されていく容姿のスタイスは、とにかくモテまくった。
だからといってスタイスが勘違いすることはなく、シューラの思いつきがあったから今があるのだと、数多の誘惑を跳ね除けて誰よりも妻を尊び、一途に愛し続けて。
後にレインスル男爵となったシューラはスタイスとの間に、双子男子と双子男女の四人の子を生んだ。
六人家族となったレインスル男爵家は、今一際賑やかな幸せに包まれている。
完
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最後までお読み頂きありがとうございます。
本編はこれにて完結となり、このあとズーミーその後編を外伝として公開します。
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