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第7話

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 それ以来、マイクスとボルトンは胸襟を開いて親しく付き合うようになった。



「実に気持ちのいい男だよ、マイクス様は。懐に入った相手には裏表がない」

 ボルトンは屋敷で妻のアルマエラに楽しげに話した。

 いくら商会の繋がりで見知った仲だったとしても、マイクスの自分への信頼は予想以上に大きなもので、信用第一を掲げるボルトンにとって、財産の一部を預けたいとまで言ったマイクスは、愚か者でなければ得難い友となることは間違いなかった。

「それになアルマ。
マイクス様の一人娘シューラ嬢は跡継ぎ娘で、婿入予定の彼女の婚約者は絶賛浮気中なんだ。素敵な話だと思わないか?」
「浮気者の婚約者の何がよろしいのよ?」
「不貞により婚約は遠からず解消される。マイクス様も、どうやらシューラ嬢本人もそれを望んでいるようだ。問題は婚約者の実家が貧乏だからしがみついて離れようとしないだろうことだけだな」
「それでどうしてその話が素敵なの?」

 アルマエラは苛ついたように先を促した。

「だから、うちが協力してうまく浮気者を引き剥がしてやって、後釜にステイを滑り込ませるんだよ」

 真面目で王都一信用がおけると言われるボルトンだが、当たり前のように策を練る。
計算高さが表に出ないように、さも様々な偶然が重なったように見せかけるには綿密な計算が必要だが、ボルトンはそういった手練手管に長けていた。

「楽しくなってきたぞ!」
「貴方!ステイがそれを喜ぶとは限らないわよ」
「何を言う!男爵家への婿入りなんだから、これは間違いなくステイへの最高の贈り物になるぞ」

 こうなったら夫は自分の意見は聞かないだろうと、アルマエラは肩を竦めて席を立った。




 さて、レインスル男爵家の執務室では、シューラとマイクスが睨み合っていた。
互いに怒りを隠さない。
 しかしその怒りは互いに向けられているわけではない、二人の間に放り出されたズーミーの調査書に対してのものだった。

「そういえば、レストランで支払いをさせられたときにアーニャ・ドルザ嬢をお見かけしたことがありましたわ!まさかズーミー様とふたりで食事した支払いをわたくしにさせたと?」
「え?シューラは食べていないのか?」
「ズーミー様と?ふたりで一緒に食事をしたことはついぞございません。わたくしはいつも控室で待たされておりましたわ」
「なっ、何ぃ!シューラ、食べてもいないのに金だけ払わされていたというのか?それをもっと早くに話してくれていたら」

 先日見せてくれた小遣い帳も、払った金額だけで細かな内訳まではわからないものだった。
 というか、今シューラが驚いているくらいだから、金の用途をズーミーがシューラに教えたことはなかったのだろう。

「バカにしおって貧乏貴族のくせに!」

 愛娘へのひどい扱いと裏切りに、マイクスの怒りは頂点に達した。

「この私がコテンパンにしてやるぞ!
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